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第169話 剣聖との決着

―――オーバー・ステータスを発動したイェンリンと空中戦を繰り広げる八雲だが、




「ゴオッ!グホッ!ガハッ!―――グウッ!!」




紅蓮剣=業炎を失って素手の攻撃に切り替えたイェンリンの、蒼白い闘気に包まれたその一撃一撃が強烈な衝撃と共に八雲に撃ち込まれる―――


それを黒盾=聖黒せいこく二枚が高速で回り込み、その衝撃を受け止めるが攻撃力の上昇したイェンリンの拳に吹き飛ばされ、遂に八雲自身にその攻撃が直撃していく。


宙に浮かぶ八雲に神速の速度で残像を生み出しながら、あらゆる角度で拳を撃ち込むイェンリンに八雲も黒籠手=黒鉄くろがねで身体をガードするが、撃ち込まれる衝撃は確実に八雲にダメージを与えていった―――




「―――グゥ!ガッ!ゴボッ!グハッ!!!」




―――その一撃一撃が重たいイェンリンの拳が八雲の身体中に衝撃を止めどなく響かせていく。


このままではいずれ生命力が切れてまた―――『終末』が発動してしまう。


―――今のイェンリンを止めるにはそれもひとつの手段かも知れないが、そうすると八雲は再生した後にいつ意識が戻るか分からない。


イェンリンにどこまでダメージを与えるかも未知数であるその手は打てない―――




なにより、そんな手段でイェンリンに勝っても―――


(―――自分自身が納得出来ない!!)


―――と八雲は心の中で叫ぶ。




―――今も降り掛かるイェンリンの攻撃に身体中は何度も骨折をしては『回復』を掛けることを繰り返す。


先ほど紅蓮剣=業炎ごうえんを破壊したことで、業炎の【回復阻害】を受けることがないため、『回復』の加護は効果を発動しているが、その『回復』速度を上回る勢いで身体を破壊される―――


―――黒神龍装ノワールシリーズ達も八雲を援護すべくイェンリンの攻撃の合間で彼女に攻撃を仕掛けるが、八雲ですら目が追いつかないオーバー・ステータスによる神速の動きに黒神龍装達も回避され続ける。




(このままだと本当に!だったら―――死中に活を求めるのみ!!)




八雲は再度自分の身体に負ったダメージを『回復』の加護で治療し、できるだけ万全の体勢を整える―――


―――そうしながらも、黒神龍装達に目を配り、位置などを再度確認した。


そんな時にもイェンリンの進撃は続く―――




「さあ来い!!!イィェンリィンン―――ッ!!!!!」




―――そう叫ぶと八雲は四肢を大きく伸ばして、自分の身体をイェンリンに差し出すようにする。


すると拳を握っていたイェンリンが右手の指を伸ばして手刀の構えで一直線に八雲に突き進む―――


―――そして、


神速の突撃は八雲の腹部を貫き背中へ手刀が鮮血と共に飛び出してきた。




「ウガアァアア―――ッ!!!!!アアア―――ッ!!!グウゥ―――ッ!!クッソがぁあ!!超痛ぇえええ―――ッ!!!!!アアアア―――ッ!!!!!」




意識が飛びそうなほどの激痛が八雲を襲う―――


―――腹部からイェンリンの突き刺した腕が肘くらいまで背中側へと一気に八雲の身体を貫通したのだ。


その激痛と出血はショックで命を奪ってもおかしくはないものだった―――




「ウグゥウ―――ッ!!!!!―――ゴボッ!ゲホッ!!」




―――口から吐血が止まらない八雲。


だが、そこで八雲の黒い瞳が鋭く光る―――


因陀羅いんだらぁああ―――ッ!!!!!」


―――その名を叫ぶと同時に上空から黒大太刀=因陀羅いんだらが急降下して、そのまま八雲の背中に突き抜けたイェンリンの右腕に突き刺さる。


八雲がイェンリンを強く抱きしめて離さないでいると、【呪術カース】によって意識のないイェンリンにはこれから何が起こるのかわからなかった―――




そして次の瞬間―――




黒脇差=金剛こんごうが左腕を―――




漆黒刀=比翼ひよくが右脚を―――




漆黒刀=連理れんりが左脚を―――




―――イェンリンの四肢が八雲を貫いた右腕以外、一瞬で斬り飛ばされたのだった。




無意識のイェンリンは八雲に抱き締められて呆けていたが、己の四肢を失ったことで藻掻き暴れ出す―――


―――そんなイェンリンから腕を放し、八雲は左手を伸ばして背中側でイェンリンの右腕に突き刺さった黒大太刀=因陀羅いんだらの柄を掴んで引き抜く。


その瞬間、腹部から腕が抜け落ちて左腕、右脚、左脚を失ったイェンリンの身体が地上に向かって落下していくのを眺めていた八雲だったが身体に空いた穴から噴き出す出血が酷く、今にも意識を失いそうだった―――


―――だがイェンリンが右腕に力を入れたのを見つけると、




「イィェンリィイン―――ッ!!!!!」




叫び声を上げながら、ゆっくりと落下するイェンリンに向かっていく八雲―――


―――そしてイェンリンが剣聖技・真空刃ホロウ・ブレイドを残った右腕で放つ。


神速の真空刃が迫る中、満身創痍の八雲に回避するほどの速度を出せるわけもなく―――




「グゥウウ―――ッ!!!」




―――八雲の右腕が真空刃で切断され宙を舞い、その傷口からさらに鮮血を噴き出していた。




だが、右腕が飛ばされながらも、左手に黒大太刀=因陀羅を握りしめて迫る八雲―――




「終わりだぁああ―――ッ!!!!!」




―――振り下ろした因陀羅が落下するイェンリンの右腕を捉え、ズバンッ!と切断する。


ついに四肢を完全に失ったイェンリンは、その無表情の顔を八雲に向けながら、ゆっくりと加速して地上へと落下する―――


―――その姿を黙って見送る八雲。


広がる草原の大地に飲み込まれるように、イェンリンの身体はドスンと音を立てて地面に落ちた―――




「ハァハァ、ハァハァ……ゲホッ!……勝った……のか……」




―――身体中が鮮血に塗れた八雲。


右腕のあったところからまだ鮮血がボタボタと大地に降り注ぐ―――


―――腹部に空いた穴を『回復』の加護で治癒させながら、ゆっくりと大地に向かって降りて行く。


実際のところ、この対決はイェンリンが戦闘経験や勘を働かせることの出来ない無意識状態であったこと、途中業炎を破壊出来たこと、それら要因が重なって倒すことが出来た。


八雲としてはこれを勝利とは呼べないことだと分かってはいるが、それでも口にせずにはいられなかった。


考えてみれば無謀な賭けだった―――


イェンリンがもし、あの状況で腹を狙わなかったら、逆に八雲の四肢を刻みに来ていたら大地に堕ちていったのは八雲の方だっただろう……


そんなことを色々思い返しながらも腹部の『回復』が終わると、とりあえず右腕は止血程度に『回復』してイェンリンの傍に下りる。


四肢を失ったイェンリンはそれでも無表情で、八雲を瞳に映すとまだ何かを仕掛けようと身体をモゾモゾと動かしている。


「もう、終わったんだ。だから……もういい」


自分の知る誇り高いヴァーミリオン皇帝にして剣聖のイェンリンがこんな壊れた人形のようになって、四肢を失ってもまだ自分の命を狙おうと蠢く姿に、八雲は胸の奥から哀しさと苦しさが溢れてくるのを感じた。


「帰ったら、ちゃんと身体、治してやるからな……」


そう言って八雲はイェンリンの身体を抱き寄せるのだった―――






―――イノセントとアリエスが龍の牙ドラゴン・ファング紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー、それに自動人形の討伐に討って出たアマリア、ジュディ、ジェナ達と無事に合流を果たした。


「―――自動人形はどうなりました?」


アリエスがサジテールに問い掛けると、


「俺とスコーピオ、ジェミオス、ヘミオスの『索敵』で首都の中を調べたが、もう残ってはいないようだ。クレーブスからの連絡が早かったことも、人員を確保してくれたのも良かった」


「そうですか……レッドの民達に被害は?」


クレーブスに問い掛けると、


「死者は殆ど出ていない……というか、おかしい。イマジンの自動人形オートマタ達は武器こそ備えていたものの、それを民に向けて使っている素振りがまったくなかった」


「どういうことです?」


そこでイノセントが前に出る。


「―――それは私から説明致しましょう」


イノセントの言葉に全員が息を呑んだとき、皆が集合しているその広場に『空間創造』による空間の隙間が造られて、そこから人影が出てくる。


「―――八雲様ッ!!!!!」


真っ先に悲鳴のような声を上げたのはアリエスだった―――


―――空間の隙間から出てきた八雲は全身血だらけで口には自分の右腕を咥え、左腕に抱えたイェンリンと、彼女の身体の上に切断した両腕、両脚を乗せて出てきたのだ。


誰もが戦慄する惨状だったが、アリエスは八雲の元に走り寄る。


それと共に他の皆も一斉に八雲に向かって走り出した。


「八雲様!八雲様!―――どうかお気を確かに!私がわかりますか!?」


その姿を見てパニック気味のアリエスに、八雲は口に咥えていた自らの腕を離すと、


「大丈夫だアリエス……と言いたいが、誰か手伝ってくれ」


そう言ってその場にゆっくりとイェンリンを下ろした八雲。


八雲の周囲に龍の牙ドラゴン・ファング達とアマリア達、イェンリンの周囲には紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達が囲んでいく。


「ハァハァ……本当に……疲れた……」


座り込んだ八雲は、傷つき疲れ切った身体を徐々に『回復』させるも、戦闘中もひたすらに『回復』を発動していたことに加えて、『回復』では流れ出た血は戻せないこともあって失血状態のため気分が酷く悪い。


フレイア達は―――


「イェンリン!しっかりしてください!!イェンリン!!!」


―――四肢を失い横たわる義姉妹に皆それぞれ声を掛けている。


「一応……傷口は止血してあるから……それ以上出血の心配はないけど……手足はあとから治すとしても……その変な呪いはどうしたら消えるんだ?」


八雲がイェンリンの状態について問い掛けると、フレイアが重苦しい顔で振り返り、


「この【呪術カース】というのは種類によりますが、時間によって解除されるもの、呪術師自身で解除出来るものから、呪術師が死んでも発動し続けるものまで多種多様なのです……」


「マジかよ……何か解呪するアイテムとか方法はないのか?」


「今のところは……ですが、紅蓮様達にお伺いすれば何か手段が見つかるかも知れません」


フレイアの説明中もアリエスは涙目で八雲の顔の血をハンカチで拭っていく。


「そうか……それで、ノワール達は今どこに?」


するとブリュンヒルデが八雲に、


「まだ浮遊島を護りながらセレスト様と対峙している」


と説明して、今までの経緯と自動人形について説明を付け加える。


その話を聴いた八雲は驚いた顔をしながら、


「俺とイェンリンが闘ってる間に、そんなことになってたのか……」


「先ほど自動人形の掃討は終了しましたが、ノワール様達は未だに戦闘中でマキシ=ヘイトの姿も見ていません」


クレーブスは悔しそうな表情を見せる。


「分かった……『回復』したら、俺もノワール達のところに―――」


「―――八雲君!!」


クレーブスに今後のことを話そうとしていたところに、イシカムとラーズグリーズが走り寄ってくる。


「……イシカム、お前どうして下に?」


「あ、ああ!ラーズグリーズ先生に連れてきてもらったんだ!皆が困っている状況をただ見ているなんて出来ないと思って」


「お前、無茶するなよ……」


「いや!無茶してるのはどう見ても八雲君だから!自分の恰好見てから言ってよ……」


「ハハハッ……たしかに……」


イシカムのツッコミに八雲は思わず笑みが零れる。


「いま『回復』を掛けるから、楽にして」


そう言ってイシカムは座り込んだ八雲の左手を取る。


「なんだ……お前、『回復』の加護まで持ってるのか?スゲェな特待生……」


「ああ、そうなんだ……『回復』はけっこう……得意なんだ」


そう言ったイシカムは俯き気味にニヤリとした歪んだ笑みを浮かべると―――




「―――【呪印カース封魂操戯マネッジシール】」




―――【呪術カース】を発動した。




「ウォオオオ―――ッ!!!!!」


みるみるうちに左手から黒い炎のような文様が八雲の身体に広がっていく―――


「―――貴様ッ!!!」


八雲の傍にいたアリエスが腰の黒脇差=金剛に手を掛け斬りつけるも、イシカムは余裕の動きでその一太刀を回避した。


「おっとぉ~♪ 危ない♪ 危ない♪―――最近のメイドは刃物を持つのが当たり前なのかな?」


そう言ってニヤリと歪んだ笑みを浮かべるイシカムの姿が、額に角が生えて縛っていた蒼い長髪を解き、身長も伸びてみるみる魔族の青年の姿に変わっていくと、掛けていた眼鏡を外して地面に叩きつけた―――


「アハハハッ!!!まさか八雲君がイェンリンに勝ってしまうなんて、思いもしなかったよ!でもこれでイェンリンと八雲、ふたりの最強を手に入れることが出来たよ!」


「グゥウッ!!ウグゥウ―――ッ!!!お、お前はぁああ―――ッ!!!」


身体中に【呪術カース】が発動していく八雲は全身を異物が駆け抜けていくような嫌悪感が覆っていく。


「そうさ。御察しの通り……僕がマキシ=ヘイトさ♪ もうすぐ意識が途切れるだろうけど、改めて宜しくね♪ 八雲君♪」


ニヤニヤとした顔で苦しさのあまり地面を転がる八雲を見ているマキシ。


「ラーズグリーズ!―――なにをしている!!その罪人を捕らえろ!!!」


マキシの後ろに控えているラーズグリーズに向かってブリュンヒルデが叫ぶ。


だが―――


「申し訳ありません、ブリュンヒルデ。実は私も―――」


―――そう言って袖を捲るラーズグリーズの腕には、イェンリンと同じような【呪術カース】の紋様が刻まれていた。


「ウッ?!それは―――」


それを見て驚愕するブリュンヒルデを無視してマキシは続ける。


「さあ、その紋様が完全に身体を覆い尽くせば九頭竜八雲は僕のモノだよ!アハハハッ!!!」


「グゥウウ―――ッ!!ふ、ふざけんなぁああ―――ッ!!!」


全身の異物感に抗う八雲をアリエスは抱きしめて声を上げる。


「八雲様!どうか!どうかお気を確かに!!ああ、ノワール様!!―――どうか八雲様を!!!」


此処にはいない主に懇願するアリエスの瞳からは涙が止まらずに頬を伝っていった―――



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