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第170話 マキシ=ヘイトの鬱屈

「―――八雲様!どうか!どうかお気を確かに!!ああ、ノワール様!!どうか八雲様を!!!」


アリエスの絶叫が響き渡る広場―――


龍の牙ドラゴン・ファング達は八雲の状況に動揺する。


そんな中、地面を苦しみながら転がる八雲の動きが次第に大人しく静かになっていく。


「おや?どうやら完全に【呪術カース】が全身に回ったようだね♪―――さあ九頭竜八雲!こっちに来るんだ!!」


蒼神龍の御子マキシ=ヘイトのその声に静かになった八雲がスッとその場に立ち上がり、切断された自分の右腕を『回復』の加護で繋ぎ合わせてマキシの傍に立つ。


「―――八雲様!どうか!どうかお気を確かに!!」


「兄さま!!」


「兄ちゃん!!」


「御子!!」


アリエスにジェミオス・ヘミオス姉妹、スコーピオもマキシに向かっていく八雲の背中に呼びかけるが八雲の歩みは止まらない―――


―――右腕が繋がり、右手を握ったり開いたりして具合を確かめる八雲がマキシの隣までいくと、


「改めてこれからよろしくね♪ さあ、それじゃあ八雲君!今回はこの場をお暇しようと思うから、追撃してくるヤツがいたら撃退してくれるかな」


もはや人形と化して返事などすることなど出来ない八雲の顔はイェンリンのように無表情だ……


だが、そこで―――




「ああ、分かった」




「エッ?」




返ってくるはずのない返事がマキシの耳に届き、八雲に顔を向けた瞬間―――




「グボォオオ―――ッ!!!」




―――マキシの左頬に目掛けて、身体を捻るようにして鋭く撃ち出された八雲の右拳が突き刺さり、頬を極限まで変形させながら身体を浮き上がらせてその広場の宙を舞っていく。




「八雲様―――ッ!!!」




アリエス達はその八雲の姿に沈んでいた気持ちが一気に高揚して歓喜の声を上げる―――


―――そして宙を舞っていたマキシは背中から地面の上に鈍い音を立てながら落下した。




「ガハッ!!!ゴホッ!ゲホッ!ハァハァ―――お、お前ぇ、まさか……【呪術カース】が効いてないのか!?」




背中を強く打ち付けたマキシは左頬を赤く腫らせ、八雲に向かって叫ぶ―――


―――その声に接近する八雲が地面に倒れるマキシを見下ろしながら、




「ああ―――効いてきたよ」




強烈な殺意の籠った『威圧』を放つ鋭い漆黒の瞳で睨みつける―――




「ヒィッ!!!―――ラ、ラーズグリーズ!八雲を止めろ!!コイツ【呪術】が効いていないんだ!!!」




―――想定外の状況にマキシは動揺し、ラーズグリーズに命令する。


「エッ?―――生徒に手を出せるはずないじゃないですか?御免ですよ」


「ハァ!?お、お前一体なにを―――」


そこでラーズグリーズは再び上着の袖を捲ると、そこには【呪術】を受けた証しだった炎のような文様が消えている。


「なぁ!?何故だ!確かにお前は僕の【呪印カース封魂操戯マネッジシール】に掛かっていたはずだ!!」


ラーズグリーズの突然の叛旗にマキシはこれまでの余裕の態度が一気に崩れ出す。


「ええ、確かに貴方の【呪術】は発動していましたよ。正直言ってこの世界でも五本の指に入ると自慢していいほど、貴方は【呪術師カース・マスター】として大成しています」


「―――それなら、何故!?」


マキシの疑問は傍で聞いている八雲も疑問に思っていた。


「簡単なことですよ―――私も【呪術師カース・マスター】だからです」


「ハァ!?―――まさか……」


「同じ【呪術師】なら【呪印返し】も学んでいるでしょう?【呪術師】同士がぶつかりあえば、より強い【呪力】を持つ側の能力が発動する―――まだまだでしたね、イシカム君……いや、マキシ君」


ニタリと不敵な笑みを浮かべるラーズグリーズの二つ名は『計画を壊す者』―――


学園に潜入したマキシが自分に【呪術】を仕掛けてきた際に【呪印返し】を用いて解呪し、わざと呪いに掛かった振りをしてマキシの動向を窺っていたのだ。


ルトマン校長がイェンリンに斬られてからユリエル達が到着するまでに応急手当を施したのもラーズグリーズだった。


流石に死神グリム・リーパーの召喚を命令されたときはラーズグリーズも冷や汗を掻いたが……


だが、こうして首都レッドの被害を最小限にする動きが裏で働き、この戦いも終わりを告げようとしている。


マキシは突然盤面が逆転したことで、興奮して思考が纏まらないといった状況だが、


「そ、それなら九頭竜八雲も、お前が!?」


八雲が【呪術】に掛かっていないのもラーズグリーズによるものだと推察した。


「―――いいえ。八雲君に関して、私はなにも手を貸していませんよ。彼の自力です」


アッサリと否定され、改めて八雲に向き直る。


「お前は、何故?どうして?どうやって呪いを免れた―――ッ!!!」


叫び声を上げるマキシに八雲はシャツの胸元を開いて見せると―――


「なんだ、それは!?」


「ほう、地聖神様の『神紋』……ですか」


―――マキシは何なのか理解出来なかったが、ラーズグリーズはその紋様が地聖神のものだと知っていた。


そして、八雲の胸の中央に刻まれたその『神紋』は光を放ち、輝いている。


「お前に【呪術】を掛けられて身体に異物が侵入してくるような感覚に襲われた時、急に胸が熱くなってそこからは嫌な感覚が消えていったんだ。でも意識もハッキリしていたし、自分の意思で『回復』も使えたからな」


確かに起き上がった八雲は自分自身で右腕を治療していた―――


「地聖神の……『神紋』だと……ふざけるな!!!」


「いや俺に文句言うなよ……地聖神のところに行って言ってこい」


調子が戻り出して軽口も吐けるまで回復した八雲はラーズグリーズに目を向ける。


「―――いやぁ先生が裏切り者だったんですねぇ。怪しいとは思っていましたけど」


「薄々気づいていたのではありませんか?そのような素振りも君の前では何度も見せていましたし」


「ええ―――ですけど死神グリム・リーパーはやり過ぎだったんじゃありませんか?」


「あれは命令された私も冷や汗を掻きました。あれで八雲君が殺されたなら、私がノワール様に殺されてしまいますから」


「流石は『計画を壊す者』。自らの計画も破綻しかけるとは……」


「誰が上手いこと言えと?」


八雲とラーズグリーズの掛け合いを呆けて聞いていたマキシだが―――


「ふ、ふざけるなよ!―――お前等!!!」


「―――アッ?」


「―――ハッ?」


「ウグッ……」


八雲とラーズグリーズの密度の濃い『威圧』をぶつけられて顔を引きつらせるマキシは思わず後退る。


「さぁて……これだけのことをしてくれたんだ。お前にも同じくらい苦しんでもらわないと気がすまないよな?」


猛禽類のような鋭く黒い瞳がマキシを捉える―――


「ええ、当然私の義姉妹イェンリンにしたこと、このレッドにしたことすべて、その身体に刻ませてもらいましょう」


見ただけで呪われそうなラーズグリーズの歪んだ蒼い瞳がマキシを貫く―――


「クソッ!!―――イノセント!!僕を護れ!!!」


集団の中にいたイノセントに向かってマキシが怒鳴り声を上げると、


「―――お断り致します」


と、イノセントに思いもよらない拒否を突きつけられてしまった。


「な、なんだと!?―――どうして!僕は御子だぞ!!何故僕の命令が聴けない!!!」


直属の眷属である蒼天の精霊シエル・エスプリのファーストにまで拒絶されて、マキシは顔を歪ませて叫ぶ。


すると、そこに新たな声が上がる―――




「―――もう、やめなさい。マキシ」




―――その声の主は、蒼天のような蒼く長い髪を靡かせた、金色の瞳にノワール達と同じような尖った耳をして、水色のワンピースに身を包んだ絶世の美女だった。




「セレスト!?―――ちょうどいい……セレスト!此処にいるヤツ等をすべて殺せ!!!」




「もう、やめなさいと言っているのよ、マキシ。貴方が自分自身を許せないことは分かっています。けれど、その行き場のない感情を他に、ヨルンのことで蟠りのあるヴァーミリオンに向けるのは間違っているわ」


「なにを言っているんだ!セレスト!!―――ジジイのことなんか関係ない!僕はただあのクソ親父と婆ぁにジジイの出来なかったことをやって見返してやりたかっただけだ!それのなにが悪い?僕はこの大国ヴァーミリオンを手に入れる!そしてこの国を滅ぼしてやるんだ!!!」


「そんなことを貴方の母が望んでいるとでも?ヘルガは―――」


「―――うるさい!!!母さんのことは言うな!何もしてくれなかったくせに!!!」


まるで子供のような叫び声を上げるマキシ―――


―――だが、そこに空から影が複数飛来して大地に下り立つ。


「これは話しに聴いた以上に駄々子のようだな、セレスト」


そこに現れたのはノワール、紅蓮、そして白雪だった―――


「ノワール!無事だったか!!」


「八雲!―――て、どうしたその恰好は!?ボロボロではないか!?」


コートは破れ、腹部のシャツには穴が空き、あちこち傷ついた八雲の姿にノワールが驚く。


「その話はあとだ。紅蓮、すまない……イェンリンを……」


現れた紅蓮に八雲はイェンリンにした事を謝罪しようとするが、


「フレイアから『伝心』で状況は聴いているわ。むしろあの子を殺さないでくれて……ありがとう」


逆に彼女を殺さずに止めてくれたことに感謝の言葉を掛けられて、内心少し落ち着いた。


「どうやらこれは……セレスト様もまたマキシ君の『計画を壊す者』だった……ということでしょうか?」


ラーズグリーズが視線をセレストに向けながら問い掛ける。


「そうね……この子がこうなったのは私の責任でもあります」


セレストが静かに語り始める―――


「ライグとエチルダのマキシとヘルガを虐げる行為を見て見ぬ振りをしていましたから。そして母であるヘルガを城から追い出したと思ったら、その二年後……マキシを騙して母を手にかけさせた所業……そこまでするとは思っていなかったことに後悔しました。もっと真剣にマキシとヘルガに向き合っていればと今でも悔やんでいます」


「自分の母親を……」


八雲は人一倍、家族愛が強い―――


早くに両親を亡くし、祖父母も喪った八雲にしてみれば自らの母親を手にかけることなど想像も出来ないことだっただけに、その話しは衝撃だった。


「だからこの子のことを御子にして保護し、その悲しみを少しでも何とかしようと考えました。けれどマキシは時間が経つほどに己を責め悩み、そして遂にこのような事態を引き起こしてしまうところまで追い詰められてしまったのです。そんな時、私は貴方のことを知りました」


そう言ってセレストの見つめる先に立つのは―――八雲だった。


「エッ?俺のこと?」


思わず面食らう八雲だが、セレストはそのまま続ける。


「はい。あの一度も御子を迎えなかった黒神龍が迎えた御子、それから貴方のしてきたことを知って、私は貴方ならマキシを止めてくれると確信しました」


「俺よりイェンリンの方が止められると思うけど?あ、そうか……ヨルンのことがあるから」


言ってから八雲はしまったと後悔する。


「イェンリン……たしかに何も思わないのかと言われると嘘になります。ですがそれだけが理由ではありません。ヨルンは野心家でした。自業自得だったところも否定出来ませんし、私は最後まで戦争には反対しました。マキシを御子にして、貴方のことを知って暫くした頃、私の元に海聖神様から天啓があったのです。その声は―――」




『―――九頭竜八雲に寄って、汝の事は成就せん』




「この天啓に私はマキシの事だと悟り、従うことに致しました。貴方には本当に申し訳ないことをしたと思っています」


そう言ってセレストは八雲に頭を下げる。


「また四柱神か……この世界の神様は俺に干渉しすぎなんじゃないか?今度なんか言ってきたら『放っておけ』って伝えといてくれ」


八雲の憎まれ口にセレストは思わず驚いた顔を見せる。


「さて、大体話が見えてきたところで、お前はどうする気だ?マキシ=ヘイト」


今まで黙ってセレストの言葉を聞いていたマキシだったが、次第に肩を震わせて笑い出した。


「ハハハッ!アッハッハッハッ!!―――なんだよ……この茶番は……」


マキシを囲む一同、マキシの言葉を黙って聴いている。


「結局セレストも僕のこと、裏切ってたんじゃないか……この侵攻も賛同してくれて、蒼天の精霊シエル・エスプリも此処まで着いて来て、結局僕のことを見て笑っていたんだろう!」


「それは違うわ!私は、ただ貴方に―――」


「―――黙れ!!!お前もあの親父達と一緒だ!!!お前なんか―――グホォオオッ!!!」


「ッ!?」


マキシが最後まで言い終わる前に八雲の拳がマキシの顔面に入り、まるでバスケットボールのように地面に打ち付けられたかと思うと、人体では信じられないほど空中にまで跳ね上がった―――


「もうお前―――面倒くさい」


突然の一撃にセレストも周囲で見ていた者達もドカン!と地面に打ち付けられてポォンと身体が跳ねたマキシを呆気に取られて見ていた。


「アガッ!ゴホッ!ゲホッ!……ガハッ……ウウゥ……」


背中を激しく打ち付けて呼吸が儘ならないマキシは激しく咳き込む。


「ゴチャゴチャ喋ってんじゃねぇよ。テメェ等の事情なんか俺の知ったことか」


「ゴホッ!この……ゲホッ!お前に何が分かる!!」


地面に這い蹲りながら八雲を睨むマキシに八雲はゲスい笑みを浮かべて見下す。


「出たよ~!お前に何が分かる~♪ とか、使い古された台詞!そんな言葉で同情引けると思ってんの?」


「なんだと!―――誰が同情なんか欲しがるか!!!」


だが八雲の挑発的な手法は止まることを知らない。


「はぁ~?同情して欲しいって顔に書いてんだよ!母親を殺した?だからなに?俺には関係もなければ興味もないね!」


「お、お前ぇえええ!!!―――フッ!フフ、フフフッ!……随分上から言ってくれるじゃないか?そんな口をきいていて、いいのか?」


「あ?なに?負け惜しみ?とうとう雑魚がよく言う台詞まで言い出して」


「黙れ!!―――エーグルの女皇帝、お前の女だったよね?」


「は?……なんで、ここでフレデリカが出てくる?」


マキシの言葉に八雲が顔を顰めながら問い掛ける。


「エーグルの隣国……エズラホ王国から軍を出してあるのさ。その軍の指揮官には【呪術】を仕込んである。もちろん王族にも仕込み済みだよ。【呪術】の発動に距離は関係ないんだ。それがどういう意味か分かるよねぇ?」






―――その頃、フロンテ大陸北部ノルドから遥か離れた西部オーヴェスト


今そのオーヴェストの大国、シュヴァルツ皇国の東側に位置するエーグル公王領に対して、隣接するエズラホ王国が国境を越境して進軍していた―――



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