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第171話 マキシ=ヘイトという存在

―――ワナワナと震えながら八雲を見上げるマキシ。


「お、お前ぇえええ!!!―――フッ!フフ、フフフッ!……随分と上から言ってくれるじゃないか?そんな口をきいていて、いいのか?」


「あ?なに?負け惜しみ?とうとう雑魚がよく言う台詞まで言い出して」


八雲の煽りは止まることを知らない―――


「黙れ!!―――エーグルの女皇帝、お前の女だったよね?」


「は?……なんで、ここでフレデリカが出てくる?」


ここでフレデリカの名前が出てきたことに、そのマキシの言葉を八雲が顔を顰めながら問い掛ける。


「エーグルの隣国……エズラホ王国から軍を出してあるのさ。その軍の指揮官には【呪術】を仕込んである。もちろん王族にも仕込み済みだよ。【呪術】の発動に距離は関係ないんだ。それがどういう意味か分かるよねぇ?」






―――その頃、フロンテ大陸北部ノルドから遥か離れた西部オーヴェスト。


今、そのオーヴェストの大国、シュヴァルツ皇国の東側に位置するエーグル公王領に隣接するエズラホ王国が国境を越境し、進軍していた―――






「フフフッ……嘘だと思うなら誰かに『伝心』でも飛ばして誰かに訊けばいいさ」


得意気にして歪んだ笑みを浮かべるマキシの顔に八雲は呆れるような顔を浮かべた。


そして、『伝心』を使って確認しろと言ってきたマキシに―――


「いや―――自分で視る」


―――そう言って天を仰ぐ八雲の右目の前に小さな魔法陣が三重になってスコープの様に展開される。


「は?自分で?……どうやって―――」


「―――ああ、本当だ!エズラホ王国から軍が越境して来ているなぁ」


至って冷静な声で発せられる八雲の言葉にマキシは不信感を表情に浮かべるものの、


「え、ああ、ど、どうだい?言っていることが分かったよね?だったら―――」


「―――だったら、アイツ等全員、消し去っても文句は言わないよな?」


「は?消す?どうやって?」


言動が理解出来ない状況に陥るマキシを横に、八雲は更に右手を天に向かって翳す―――




「―――『魔術反射衛星マジック・リフレクション・サテライト』起動」




―――八雲は周囲に十二個の魔法陣で円を描く様に配置して展開する。




すると魔法陣にはこの世界、この惑星の立体的な惑星儀が投影プロジェクションで現れると十二機の衛星が惑星の周囲で点滅して存在を示していた。




「―――各機、反射角度調整……Contact Start!」




すると周囲にある魔法陣から両隣の魔方陣へと真っ直ぐに光の線が放たれ、更にその魔法陣が次の魔法陣へと光を結んでいく―――




八雲を挟んで両側から繋がっていく魔法陣の光の線は、やがて八雲を中心にして正十二角形の線を結んでいくと最後のひとつ、八雲の正面にある魔法陣に向かって行くところで、




「―――炎属性基礎ファイアー・コントロール




展開している魔法陣とは別の巨大で複雑な魔法陣を、エーグル公王領に越境し進軍するエズラホ王国軍の上空七千mの位置に展開すると同時に、マキシと他の者が見えるように大きめのビジョンを光属性魔術ライト・コントロールの《投影》で作成し、上空から見えるエズラホ軍を表示させる。




「な、なんだ!これは!?―――何故ここからエズラホ軍の様子が見えるんだ!?」




マキシは地表を進むエズラホ軍の進軍の状況が映し出されて驚愕の表情を八雲に向ける。


最初にエーグルで観測されたエズラホ王国軍の兵数は六千だった―――


―――しかし、日を追うごとに追加される軍の兵数はエーグル側も静観する事態を越えていた。


その時点でエズラホ王国軍総数二万四千人―――


―――事態を重く見たフレデリカは八雲に『伝心』で報告。


その報告を聴いた八雲は軌道衛星上の反射衛星をエーグル上空に移動し、観測を続けていたのだ。




「―――魔術が得意な特待生のくせに、そんなことも分からないのか?」




すると集団の中にいたクレーブスが―――


「なるほど……八雲様が打ち上げた『反射衛星リフレクション・サテライト』を改良したとは聞いていましたが、『索敵』の付与に加えて『遠見レンズ』も付与したのですね」


―――魔神の討伐以降、八雲が衛星の改良を行っていたことを思い出した。


「ああ、でもそれだけじゃない。以前は太陽光の反射だけだったが、今は魔力の伝達も出来るようになった」


「魔力を?伝達?―――なんのことを言っているんだ?」


マキシはこの世界では未知である八雲の発想に付いていけない。




「見ていれば分かる―――」




八雲が両手を前に突き出すと、膨大な魔力を膨らませる。


映し出された《投影》のビジョンに照準が表示される―――




魔術反射衛星マジック・リフレクション・サテライトによって世界から収集されていた魔力が変換されて鏡面の反射板を通り、エーグル上空の魔術反射衛星に集中し続ける。




「八雲式創造魔術


―――殲滅極焔デストロイ・インフェルノ!!!


―――発射ファイア!!!!!」




収束された魔力をエーグル上空に展開された巨大な魔法陣に衛星軌道上から光の柱となって降り注ぐ―――


―――降り注いだ光を受けた魔法陣が増幅した魔力を変換し、


エーグルの大地に向かって巨大な炎の柱を発射していった―――






―――エーグル公王領の大地を進軍するエズラホ王国軍では、


「はぁ……なぁシュヴァルツ皇国って新しく共和国になったって国だろ?四つの国が集まったってことは、攻め込まれたらエズラホの方がヤバいんじゃないのか?」


徴兵に駆り出された青年が、一緒に進軍する仲間に問い掛ける。


「さあ、どうなんだろうなぁ?共和国になったって言ってもエーグルだけの兵力から見たら、以前にあった災禍の時に相当兵力を落としたって聞いたからエーグルだけなら獲れるかもしれねぇが……」


「収穫期と重なる時期に徴兵とかエズラホもただじゃ済まないぜ……」


「ああ、まったくお先真っ暗だぜ。うちの国王は一体何考えてんだか―――」


「コラッ!!!―――貴様ら!進軍中に何を喋っているかぁ!!!」


歩兵の青年達の前に現れる馬に乗った隊長クラスの王国兵に思わずふたりは縮こまってしまった。


「ヒェッ!!!いえ、あっしらは別に何も―――」




その時―――




―――進軍するエズラホ王国軍の前方に、天から巨大な炎の柱が舞い降りて進行方向を炎の壁が塞いだ。




エズラホ王国軍の前に立ちはだかる巨大な炎の柱は幅十数kmにまで至る―――


―――落下した瞬間に巨大な轟音と衝撃波、そして高温の熱波をも周囲に振り撒いた。


その世界の終焉を表したかのような巨大な炎にエズラホ軍の兵達は息を呑んでいたが、やがて―――




「い、いやだ……いやだぁああ!!!こんなところで死にたくねぇええ―――ッ!!!」


「か、神の怒りだぁああ!!!こ、こんなところにいたら焼き殺されちまうぞぉおお―――ッ!!!」


「か、かみさんと子供残してこんなところで死ねるかぁああ―――ッ!!!」


「おっかぁあ!!!オラ家にけえる!!!死にたくねぇえよぉお―――ッ!!!」




エズラホ軍は阿鼻叫喚の絶叫が彼方此方から上がり、我先にと回れ右をしてエズラホに向かって撤退を開始する―――


「ま、待てぇええ!!!お前達!これは王の命令だぞぉおお!!!」


「―――うるせえぇえ!バカ野郎がぁ!!!行きたきゃお前だけ、あの炎の中に飛び込んで来い!!!」


「ウグッ?!―――おのれぇ」


一兵卒にそこまで言われて従軍した貴族の出である隊長の男は、振り返って炎の柱を睨むが誰が好き好んで炎の中に身を投じたりするのか―――


―――巨大な炎は衰えることなく周囲に熱波を振り撒いていく。


「ああ……こんなことが……現実に起こることなのか……」


隊長の男も衰えることのない炎の柱にとうとう心が折れて、乗っていた馬の踵を返すのだった―――






【―――エズラホ軍の様子はどうだ、ジェーヴァ?】


【はい八雲様!奴等は我先に国境に向かって引き返していってるッス♪】


【そうか、万が一まだエーグルに向かうようなことがあれば―――】


【―――その時は殲滅でいいッスよね♪】


八雲はフレデリカから国境付近のきな臭い動きを報告された際に、龍の牙ドラゴン・ファングのジェーヴァを急遽エーグルに派遣していた―――


『災禍戦役』で多くの犠牲を出した八雲は今回の進軍に対して軍の前方に照準を合わせて殲滅極焔デストロイ・インフェルノを放って軍の侵攻を阻み、これ以上は立ち入るなと警告する方法を取ったのだ。


それでも再編して攻めてくるような真似をするのなら、その時は確実に殲滅する攻撃を放つことも想定している。


【引き続き撤退した軍がどう動くか、監視を続けてくれ。ジェーヴァ】


【了解しましたッス!……でも、八雲様に早く会いたいッス】


【俺も会いたいよ。こっちが片付いたら一度エーグルに顔を出しにいくから、それまでエーグルを頼む】


【はい、エーグルもフレデリカ様も絶対護るッス!】


嬉しそうなジェーヴァの声を聴いて八雲は『伝心』を切った―――






遠見レンズ』のスキルで映された映像を《投影》のビジョンで見ていたマキシは、硬直して佇んでいた。


一体どこで間違ったのか……


いつから間違っていたのか―――


何故、自分はそのことに気づけなかったのか―――


ああ、憎い……こんなにも思い通りにならないなんて―――


ああ、虚しい……結局、僕はここで死ぬために生まれてきたのか―――


―――様々な思考がマキシの脳内を駆け巡るも、その答えは出ない。


しかし、周囲の世界は考える悠長な時間をマキシに与えてくれるはずもなかった。




「―――さて、それで?……エーグルが、なんだって?」




マキシに向かって猛禽類のような視線を突き刺す八雲に声も上手く出せない。


「アウゥ……ああ……」




「―――フレデリカが、どうしたってぇ?」




八雲の身体から放たれる『威圧』はまるで蛙の前に立ちはだかる蛇の如く、目の前の蛙をどういたぶってから丸呑みにしようかという意志しか感じ取れない。


―――今この場でマキシが獲れる選択は多くはない。


ひとつ、【呪術カース】を用いて脱出を図り、即座にこの場を離脱すること―――


―――八雲には『神紋』の能力で【呪術】が作用しないため身体能力から考えてみても、マキシも御子として基礎能力は常人より高いものの剣聖イェンリンを戦闘不能に出来る八雲が相手では太刀打ち出来ない。


二つ、周囲の誰かを人質にしてこの場を切り抜けること―――


―――今、自分の周りにいるのは八雲始め四人の神龍、そしてそれに従う龍牙の娘達だ。その中にアマリア達もいるがイマジンの自動人形を屠ってきた者達を大人しく人質に出来るとも思えない。


三つ、もう何もかも捨てて己自身も捨てて玉砕覚悟の突撃をすること―――


(……ああ、なんだ……これでいいじゃないか……僕の人生、なんの価値もないのだから……)


「フフッ……もう、それでいいや」


「んん?」


笑みを漏らしながら何かを呟くマキシに八雲が訝しげな視線を向けると―――


―――マキシは『収納』から蒼い剣を取り出した。


(ほう……イカレ野郎かと思ったら、最後は潔く散る覚悟が出来たか?)


剣を手にしたマキシに対して、八雲は黒刀=夜叉を出して鞘から黒い刃を引き抜く。


「うわぁあああ―――ッ!!!」


蒼い剣を鞘から抜き去り、八雲に向かってくるマキシ―――


―――上段から振り下ろした蒼い剣を八雲が片手で握った夜叉で打ち払う。


「ウアゥ!!」


その打ち払いだけでよろめきニ、三歩後退するマキシをただ黙って見つめる八雲―――


―――そんなマキシに八雲は、


「なんだ?ヨルンの孫とかいうから剣を出した時は、どれだけ腕に自信があるのかと思ったら、子供レベルか」


静かな声でそう告げると―――


「うるさい!!!」


―――叫びながら斬り込んでくるマキシを避けたところで、八雲が足を引っかけると地面に転がる。


「ウグゥウウッ!!!」


肩から地面に倒れ込み、ザザァと擦れる音を立てながら倒れたマキシを八雲は見下ろす―――


「腰も入ってなければ重心もなってない。お前に剣を教えたヤツはとんだヘボ剣士だな」


―――マキシが剣を学んだのは、まだ幼い頃に父ライグから教えられた剣術だった。


ヨルン=ヘイトの敵討ちをするために父から教えられた剣……悍ましい復讐の鬼だった父も、剣術が少し上手くなってくると頭を撫でて笑みを浮かべてくれた―――


―――幼かった時のマキシが唯一覚えている父との良い意味での思い出。


その後に父と祖母に騙され、母を手にかけることになり、その場で父と祖母を呪い殺した際も後悔など微塵もありはしなかったマキシだが―――


「馬鹿にするな!!!これは父さんの―――」


―――そう言い掛けてマキシはハッと我に返った。


何故自分は今、父に教わった剣を馬鹿にされて憤慨していたのか?


その答えに辿り着いているはずなのに、マキシ自身はそれが認められない。


「それは親父から習ったのか?道理で基本もなってないド素人の剣な訳だ。所詮は復讐、復讐と息巻いて言ってるヤツの剣なんてそんなもんだ」


八雲の追い撃ちをかけるような言葉に、マキシは歯を喰いしばり立ち上がると八雲に斬り掛かる―――


「黙れぇえ!!!」


―――上段からの剣を八雲が夜叉で払う。


「お前なんかに!!!皇帝なんてしているお前なんかに何が分かる!!!」


―――今度は右から横薙ぎに斬り込んでくる剣を八雲は素早く夜叉で払う。


「奴隷の母はいつも父と婆ぁに責められて泣いていた!!!」


―――払われた剣をふたたび左から横薙ぎに振るマキシに八雲は再び剣を払い除ける。


「セレストも蒼天の精霊シエル・エスプリ達も皆、見て見ぬ振りで僕と母を見捨てた!!!」


―――袈裟斬りに打ち込んでくるマキシのそれも八雲は払い除けた。


その言葉を聞いてセレストとイノセントは苦悶の表情で俯き瞼を閉じている―――


「だから何もかもを壊したかった!!!ヴァーミリオンもアズールも!!!この世界のすべてを!!!」


―――さらに上段から剣を振り下ろすマキシは、既に足元もおぼつかないほどに疲弊している。


「僕は、僕はただ―――家族と笑っていたかっただけなのに!!!!!」


その言葉にセレストとイノセントがハッと瞳を開けてマキシにその視線を向けると―――


―――マキシはついに瞳から涙を溢れさせて振り下ろした上段からの一撃を、八雲は避けることもせずに肩で受け止める。


「……エ?」


八雲なら払い除けることも躱すことも簡単に出来たはずなのに、それをしなかった姿を見て逆にマキシが呆然とする。


「それが……お前の本音なんだな」


肩から血を滲ませる八雲は、今までと違って優しい目をしてマキシを見つめていた―――


「……あ」


涙が溢れるマキシは、いま自分は何を叫んだのか?何を言ってしまったのかを思い返す。


すると八雲は肩に斬りつけられた刃を素手で握り、かまわずに肩から外してゆっくり持ち上げるとマキシの手には力が入っておらず、その手から簡単に剣を奪っていった……


「マキシ……」


セレストのマキシを呼ぶ声が静かに八雲にも届く。


すると……マキシの身体が突然、淡い光に包まれたかと思うと眩い光に飲み込まれる。


「ッ!?―――なんだ?」


八雲が目を覆うほどの光が差した後に現れたものは―――




藍色のストレートな長い髪……


藍色の大きな瞳……


美少女と呼ぶに相応しい面立ち……


額に生えた二本の角は少し短くなり……


華奢な身体は身長も縮んで……


そして小振りだが感度の良さそうな胸……




「んん!?―――胸!?」


そこに現れた白い肌の美しい少女に思わず八雲は二度見してしまう。


「い、いやいやいや!これもあれだろ?魔族の変身の魔術とかでやってるんだろ?ハハハッ!!残念だったな!俺は騙されたり―――」


「―――それがマキシの本当の姿よ」


少し動揺気味の八雲の早口に、セレストがバッサリとカットインを決めた……


セレストは勿論、イノセントもその通りだと言った素振りをしているが―――




「エェエエエ―――ッ!!!!!」




―――八雲を筆頭に紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達も龍の牙ドラゴン・ファング達も一斉に大声を上げる。


その声にしゃがみ込んだマキシは潤んだ瞳で八雲を見上げる。


ノワールと紅蓮、白雪は此処に来る前にセレストから聴いていたようで、特に驚きはしなかった。


「この話ってどうオチつければいいんだよ……」


目の前の怯えるような態度の美少女になったマキシの姿を見て、八雲は今までの疲れがドッと押し寄せてくるのだった―――



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