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第172話 蒼神龍の語る過去

―――マキシの首都襲撃が一旦落ち着き、そこで紅龍城に場所を移す八雲達。


紅龍城の玉座には紅神龍紅蓮ぐれんが座り、その左右に貴賓席が二席ずつ設置され、右側の二席に白神龍白雪しらゆきとその御子である雪菜が着席し、左の二席に黒神龍ノワールと八雲が着座していた―――


雪菜は白雪が命じたダイヤモンドによって浮遊島から連れて来られ、今回この場に同席させられている。


玉座の広間には今回の首謀者である蒼神龍の御子マキシ=ヘイトと蒼神龍セレスト=ブルースカイ・ドラゴン、そしてその眷属の蒼天の精霊シエル・エスプリの面々が跪いて裁きを受ける覚悟で待っていた。


その一団の右側に紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達が立ち並び、左側には龍の牙ドラゴン・ファング達と葵に白金、アマリア、ジュディ、ジェナに加えて雪菜を連れて来たダイヤモンドが立ち並んでいた。


その中で紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの第四位『先駆者』のヒルドが前に出る―――


「―――それでは、この度の首都レッドの被害について申し上げます」


―――手元に持った帳簿を開いて読み上げていくヒルド。


その内容は―――


イェンリンに【呪術カース】を仕掛けて暴走させ、その際に破壊された首都の建物について―――


セレストの状態異常バッド・ステータスの結界陣による負傷者について―――


蒼天の精霊シエル・エスプリのイマジンが《召喚《サモン》》によって招き入れた自動人形による被害について―――


―――まだまだ大まかな数字でしかなかったが、今現在で判明している数字がそこで読み上げられた。


ただひとつ不幸中の幸いなことは負傷者が出たものの奇跡的に死者が出なかったこと、これは元々この襲撃を仕組んだマキシの裏でセレストが人命を奪わないことが絶対遵守の命令として蒼天の精霊シエル・エスプリ達に徹底して指示していたことだった。


重傷だったルトマン校長もラーズグリーズの応急処置とユリエルの対処で一命を取り止めている。


「―――以上が、今回のマキシ=ヘイトによる襲撃事件で現在判明している被害になります」


「ありがとうヒルド。引き続き被害状況については調査をお願い。ではマキシ=ヘイト。貴女は今の内容に意義申し立てがあるかしら?」


玉座に鎮座する紅蓮が至って冷静に、それでいて冷たく重い空気を漂わせながら玉座の床に跪くマキシに問い掛ける。


マキシはさきほど判明した本来の姿……少女の姿をしたまま俯いて床を見つめて黙っていた。


本来ならばこれだけのことをやらかした者など、即刻で拷問でも処刑でもすればいいのだろうが、相手が蒼神龍の御子という点と、その背景に全員が同情気味になっている点や今回の騒動の事のあらましをハッキリさせておきたいこともあり、この玉座で直接的な尋問の時間が設けられた。


しかし紅蓮の物腰はとても柔らかく、こうした尋問などには不向きな性格だ。


それだけに黙っているマキシを責めることもなく、自分自身の眉をハの字に曲げて困り顔を浮かべていた……


その様子を見て八雲は―――


(ああ……こりゃ、このまま待っていたら陽が落ちちまうぞ……)


―――と、左の貴賓席で着座しながら紅蓮とマキシのふたりを見て、早く終わらないかと暗い表情で天井を見ていた。


そしてノワールは―――


(クソッ!紅蓮のヤツがどうしてもというから同席してやったが、我は早く屋敷に帰って我の天使達の無事な姿を拝みたいのだ!ああ、シェーナのほっぺをプニプニしたい……ルクティアのお喋りを聞いていたい……トルカと一緒にお昼寝したい……レピスと追いかけっこしたい……)


―――と、苛立ちを隠し切れておらず、膝が小刻みで上下にずっと揺すられている。


反対側に座る雪菜は―――


(え?なにこの状況?私まったく話分からないんですけど?大体あの子誰?おデコに角生えているから魔族だよね?もう!―――誰かこの状況を説明してよぉお!!!)


―――と、誰も説明してくれない状況にただ焦ってアタフタしていた。


雪菜の隣の白雪は―――


(……)


―――本当に我、関せずを決め込んでいた……




だが、そこで雪菜があることに気づいた―――




【―――八雲!!!】


突然、雪菜からの『伝心』を受信して思わずビクッと背筋を伸ばす八雲。


それを見てノワールも『伝心』を使ったなと勘付くと、雪菜と八雲の『伝心』に割り込んできた。


【―――おい八雲!我は早く屋敷に帰って天使達の無事を確認しなければならぬのだ!早くこの状況を終わらせてくれ!】


【いやノワール、これはヴァーミリオンの問題だから俺が勝手に介入するのはよくないって―――】


【―――って言うか!私まったく話についていけてないのに御子だからって此処に座らされているんだよ!まずは何があったのか説明してよ!!】


雪菜の『伝心』を聞いてノワールが、


【―――いや雪菜よ!一から話すとなったら長くなる!それは後々に八雲から説明を聞くとしてだな、まずは早くこの場を何とかしてくれ!このままでは天使達がお昼寝タイムに入ってしまう!!】


【―――いや、そこは黙って寝かせてやれよ】


【大体、あそこに跪いてる可愛い子誰なの?魔族だよね?】


【ああ―――あれはイシカムだ】


【……エ?】


【だからイシカム!イシカム=オチエだよ!】


八雲の『伝心』を聞き直した瞬間―――


「エエエエ―――ッ!?男の娘!?」


―――雪菜がそう叫んで立ち上がる。


「おい、付いてないからな、たぶん……」


―――と、冷静にツッコミを入れる八雲。


突然の叫び声に玉座にいるほぼ全員が視線を雪菜に向けるが、そんなふたりを見て紅蓮が、


「ン、ンン!……ふたりとも……お静かに」


と、注意をする。


だが次の瞬間、紅蓮の脳裏に電のような閃きが過ぎる―――


「マキシ=ヘイト……貴女の犯した罪は重罪であり、本来このような場を設ける必要すらありません。ですが、貴女の言葉でなにか言いたいことがあるのなら言ってごらんなさい」


紅蓮がマキシに語り掛ける。


だが、それでもマキシはまるで諦めたような表情で何も語らない……


「では、こちら側も訊ねる相手を変えましょう。八雲さん、貴方が訊きたいことを訊ねて下さい」


「エ!?―――俺が?」


突然の紅蓮の振りに心の準備もなかった八雲が驚くが、ノワールと雪菜は「行け!とっとと終わらせろ!!」と言いたげな視線でフン!フン!と顎を前に振って嗾けてくる。


「今回の件、貴方がいなければイェンリンを失っていたかも知れないし、マキシを抑えたのも貴方よ。だから貴方に今回のマキシの処分も決めてもらいたいの。イェンリンが治療中の今は貴方に権限を譲ります」


ヴァーミリオン皇国の皇帝が不在である今、事態を収束させた八雲に処分の権限を譲るという措置は本来ではあり得ない対応だが、紅蓮はルーズラーの時のこともあって八雲にマキシのことを託したいと考えたのだ。


「じゃあ死刑で!―――はい皆、解散!!!」


「―――ちょ!?ちょっと待って!!」


一言で済ませ、あっさり死刑を宣告し席を立って解散しようとする八雲に、紅蓮とセレストも声を上げる。


「うん?なに?俺が決めていいんでしょうが?―――だったら死刑で終わり!世は常に事も無し!平和万歳!」


「いや、そういうことじゃなくてね?もっとこう、何かあるでしょ?訊きたいこととか」


あまりに性急な判決に眉を顰めた紅蓮が食い下がってくる。


「は?俺が訊きたい?―――おい、勘違いするなよ紅蓮。俺が訊きたいじゃなくて、コイツ等が聴いてほしいの間違いだろう。勿体ぶって話さないなら、そのまま冥府に逝ってよし!死神グリム・リーパーによろしくな」


そう言って席を立ち上がる八雲に今度はセレストが懇願する。


「お待ちください!八雲殿のおっしゃる通り、此方から全て話すのが筋というものです。どうか今までの無礼は許して頂けませんか?」


そう言ってセレストは玉座の上に立つ八雲に静かに深々と頭を下げた。


その姿を見て蒼天の精霊シエル・エスプリの一同も驚愕の表情を浮かべると、同じく主に倣って頭を深々と下げて八雲に懇願する。


八雲はシュヴァルツ皇国の皇帝位ではあるが本来は只の高校生であり、人に傅かれるのは好まない性格だ。


そうしたところに雪菜が声を上げる。


「あの!私は白神龍の御子をしています草薙雪菜といいます。私は今回の件に関してはまったく存じ上げません。ですので、初めから経緯を説明して頂けませんか?」


と言ってセレストに説明を求めてマキシに助け舟を出した。


その様子を見て八雲は小さな溜め息を吐くと雪菜には敵わないと思いながら自分の席に座る。


ノワールは話が長引いたことにショボンとした顔をしていたが、八雲が座り直したなら仕方がないと大人しくしていた。


「お話をする機会を与えて下さってありがとうございます、雪菜殿。ではまず、マキシのことについてお話させて頂きましょう。マキシはご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、先代の私の御子ヨルン=ヘイトの孫にあたります」


心地の良い声で語るセレストの言葉に皆が耳を傾ける―――


「ヨルンには妻にしたエチルダとひとり息子のライグがおりました。野心家のヨルンでしたが家族に対する愛情だけは常に注いでいて、エチルダとライグも幸せな家族としての生活を送っていたのです。ですが―――」


―――そこで一息呼吸するセレスト。


「ヨルンはこともあろうか、ヴァーミリオンの皇帝に―――恋をしてしまったのです」


その言葉に玉座の時が止まってしまった……


「は、はぁ!?こ、恋?―――ヴァーミリオンの皇帝に?当時の皇帝ってやっぱり!?」


動揺して声を上げたのは八雲だった。


炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン……かの剣聖にして紅神龍の御子。その人です」


セレストの冷静な声に八雲も冷静さを取り戻していく。


「―――すまん。続けてくれ」


八雲が落ち着き、セレストが続きを語っていく―――


「当時、野心家のヨルンはアズール皇国を手に入れてから隣国のエズラホ王国を手中にしていました。そして本来ならヴァーミリオンに攻め入る考えなどなかったのですが、エズラホ王国の侵攻の際に抵抗した王国の残党を追ってヴァーミリオンの国境まで軍を引き連れ出向いた際に、そこに同じく内乱掃討で出撃していたイェンリンと邂逅したのです」


「まさに運命の出会いってわけか……」


八雲はまるで作り話のようなその事実に思わず呟いていた。


「その時イェンリンと出会ったヨルンは一目で心を奪われてしまいました……大国ヴァーミリオン皇国を数百年もの間、統治してきたイェンリンに神々しさまで感じたと言っていました。ですが、相手は大国の皇帝……神龍の御子同士とはいえ、国を背負う為政者同士で簡単に婚姻など出来る訳もありませんでした。そんな状況でヨルンが出した答えは『力づくでも手に入れる』という暴挙と言っていい結論でした」


セレストの語りは少し感情が入ってきて、時々声が震えていた……


「そうして、ご存知のようにヴァーミリオンへ侵攻したヨルンは恋焦がれたイェンリンの手によってこの世を去りました。ですが、それで納得出来なかったのはエチルダでした。彼女は妻という立場もイェンリンによって踏み躙られたと思い込み、幼かったライグに唯ひたすらにイェンリンへの憎悪を植え付けていました」


(それがマキシの父親と祖母か……)


八雲はセレストの話しに耳を傾けながらそんなことを思い浮かべていた。


「エチルダの憎悪を受け継いだライグは精神的にも歪んだ成長をしていきました。そしてエチルダはライグを私の次の御子にと迫ってきましたが―――私はそれを拒否しました」


(まあ、そんな歪んだ人間に御子になられても困るよな)


そう頭の中でセレストに同意する八雲。


「それでもう恨みを抑えて欲しかったのですが、それから暫くしてエチルダは奴隷商から特殊な力をもった魔族の女性を手に入れてきました。それが……マキシの母ヘルガです」


(マキシの母親……)


八雲はマキシの母親の最後については知っている。


「ヘルガが産んだマキシは女でした。初めはそれを見て男でなければと考えていたライグとエチルダでしたが、その時ヘルガが『女の方が【呪術カース】の能力が強いし、変身の魔術を使えるから男の姿にもなれる』とライグとエチルダを説得して、知らないうちに子供を処分などされないよう、必死にマキシを守ったのです」


話しを聴いてマキシは、そんな話は知らなかったと言わんばかりの驚きの表情でセレストを見ていた。


「それから成長するにつれてライグとエチルダから剣術や魔術を教え込まれたマキシは、母からは【呪術カース】について学びました。でも誤解しないでください。ヘルガはマキシに自分の身を守れるようにと教えたのです。父と祖母によっていつも泣いていたマキシがひとりになったとしても強く生きられるようにと……」


では、何故マキシは今、蒼神龍の御子なのか?


この後セレストの口から語る内容で、その答えが告げられるのだった―――



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