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第176話 船旅の途中で

―――天翔船雪の女王スノー・クイーンは順調に航路を進み、数時間して太陽が中天を過ぎた頃にはエーグル公王領の上空に差し掛かろうとしていた。


船内では皆それぞれ好きに行動しており、特に八雲も制限を設けていなかったが食事の時間だけは決めていた―――


今回料理を担当するのが八雲と雪菜、ユリエルに葵と白金といった面子で作るしかないと思っていたのだが、紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーから『槍を持ち進む者』ゲイラホズが、蒼天の精霊シエル・エスプリからは『願い』のウェンスが助っ人をしてくれることになった。


好きにバラバラで食事を取られると誰かが厨房に常駐しなければならなくなるため、食事の時間は制限して指定する形を取ったのだ。


あともう少しで夕食の仕込みを始めるかという時間に、フォウリンはひとり八雲の個室に向かって船の通路を歩いていく。


(エルカの言う通り、自分で分からない時は誰かを頼るのもひとつの道。マキシのことを相談するなら適任なのは八雲様ですわ)


フォウリンはこれからのマキシとの接し方について八雲に助言を求めるため、ひとり個室を訪れる。


そうこう考えているうちに、八雲の過ごしている個室の扉に辿り着いたフォウリンは、扉を二度ノックして返事を待つ……


「―――はぁい」


すると、すぐに中から返事がきたのでフォウリンはそのまま扉を開くと―――


「あっ?!シャルロット!!今は―――ッ!!!」


そこで聞こえる八雲の声だが―――もう遅い。


「突然、失礼致しますわ。八雲様、実はご相……談……が―――ッ?!/////」


―――開いた扉の向こう、大きなソファーでは、


腰を掛けた八雲と―――


その右膝の上に跨っているシャルロットと―――


反対の左膝に跨っているヴァレリアが―――


肩を露出して胸があと少しで見えるといったところまでドレスの胸元を下げているシーンだった……


「キャアアッ!!ついお返事してしまいましたぁ!」


「キ、キ、キャアアアアア―――ッ!!!/////」


途端に顔を赤くして悲鳴を上げるシャルロットとヴァレリア―――


「―――はぁわわわあ!?/////」


―――目の前で行われていることに脳の処理が追いつかず、頭上から蒸気が吹き出しそうな程に顔を真っ赤にするフォウリン。


そんな三人を眺めながら何故か笑っている八雲……


四者四様の事態に陥ったところ、八雲が落ち着かせようとしたのか揶揄っているのか真剣なのか、


「フォウリンも混ざるか?」


―――と、言ったため一気にその場の空気が凍りつき、シャルロットとヴァレリアからはジト目が向けられて、言われたフォウリンは意味を考えたら途端に顔を改めて茹でダコのように真っ赤にして狼狽えている。


さすがに八雲もシャルロットとヴァレリアの視線が痛くて、コホンと咳払いする。


「……冗談は置いておいて何しに来たんだ、フォウリン?」


「え?冗談……そ、そうですわよね!ハハッ!……え、えっと……実はご相談がありまして」


「ああ、それではわたくしとシャルロットは席を外しましょう」


すぐに身形を整えたヴァレリアとシャルロットは気をつかって部屋から退室しようとするのだが、


「あ、いえ!出来ればお二人にも聞いて頂きたいのですが」


フォウリンがふたりを慌てて止めに入ったので、それならとふたりも同席することとなった―――






―――そして、


シャルロットがティーポットでお湯を用意してお茶の準備をしてくれている間、フォウリンは先ほどの扇情的なシーンが頭から離れないでモヤモヤした気持ちが抜けない。


ティーグル公王領の姫君にして美少女のヴァレリアと、そのティーグルの公爵家令嬢である可愛らしい美少女のシャルロット……


ふたりはユリエルも合わせてすぐに学園中の話題の的になり、少しでもお近づきになろうという愚かな輩が後を絶たないほどだ。


そんなふたりを事も無げに膝の上に乗せ、あまつさえ上着を開けさせて睦事を行っていた場面に遭遇すれば、フォウリンでなくとも狼狽えるのは当然のことだろう。


ましてや十六から十八歳といったお年頃の若者達の集まりともなれば恋愛話に興味がないと言えばおかしな話だ。


同年代の男女の接触はそれだけでフォウリンの胸をドキドキさせるのに十分だった。


「いやあ、止めようとしたら、もう部屋に入って来ていたから驚いたよ」


「も、申し訳ございません!!まさか、そのようなことになっているとは/////」


「うん、まあ俺は気にするようなことはなかったけど、シャルとリアが嫌な思いをしてしまったら申し訳ないからな。見られたのが女の子のフォウリンだったのがまだ救いだったかな。もし男だったら、その場で真二つにしてるところだったよ♪」


「アハ……アハハ……」


(―――カイルを部屋に残してきて正解でしたわぁ!連れて来ていたら、首が飛んでいましたわよ……)


乾いた笑みを浮かべながら顔は青ざめるフォウリン……


「それで?相談っていうのは?部屋で気に入らないところがあるとか?」


「い、いいえ!部屋はとても豪華でわたくしの実家のお部屋よりも立派ですわ!」


「それはよかった。それで?どうしたんだよ?」


屈託のない八雲の笑顔にフォウリンは勇気を出して尋ねる。


「その、マキシのこと……なのですけど」


「ん?マキシの?あいつ何かしたのか?」


途端に八雲の顔が真顔になったことにフォウリンも落ち着きを取り戻す。


「いえ、決してそのようなことはありません。わたくしがご相談したかったことはマキシとどう接していけばいいのか、それが分からなくなってしまって……このまま普通に接しても、それは同情されているのだと取られてしまわないかと」


その言葉を聞いて八雲は、切り返して告げる。


「いや、普通そう思うだろ。てか、同情したらダメなのかよ?」


「えっ?」


「あれだけの過去があったんだ。傷つかない方が頭おかしいだろ。傷ついているヤツがいたら助けるだろ?それが同情でも愛情でも友情でも何でもいいさ。すべては『情』で動いているんだろ。現に、こうしてフォウリンがマキシのことで俺のところに相談に来たことも『情』なんじゃないのか?」


八雲の言葉にフォウリンは頭を叩かれたような気持ちになり、己の浅慮に恥じ入るばかりだった。


八雲は感情に線引きをしたりしない、すべては同じ『情』からきているのだからとフォウリンに諭してくれたのだ。


「八雲様の言われる通りですわ……人は何故、感情を分け隔てて気持ちに線引きをしてしまうのでしょうか……」


フォウリンが呟くように問い掛ける。


「そうだなぁ……感情に線引きして振り分けようとするのは、自分がそう出来ると自慢したいだけなのかもな。プライドってヤツだよ」


「あら?では八雲様はプライドがないと仰っているように聞こえるのですが?」


「プライドはあるさ。でもプライドと大事なモノを比べた時に、捨てられないプライドなんて犬に喰わせろと言いたいだけだ」


「まあ!?八雲様!喰わせろ、だなんてお行儀が悪いですよ!」


そこにお茶とお菓子を持ってきたシャルロットがプンスコとした表情で八雲に注意する。


「ゴメ~ン♪ シャルちゃんが、あ~ん♪ して食べさせてくれたら大人しく食べます!」


「本当にプライドがありませんわ……」


「ウフフッ♪ フォウリン様はどうしてそこまでマキシ様のことを?」


横で聞いていて黙っていたヴァレリアが問い掛けると、フォウリンは顔を真剣な表情に変える。


「わたくしは今のマキシの姿になってから、彼女とまだ話しておりません。ですが八雲様から彼女のことをお話頂いた時に、ふと自然に思ったのが彼女は自分に価値を見出せていないのではないか、といった疑問でした」


その言葉を聞いた八雲は―――


(意外と鋭いな、フォウリン)


―――と内心で感心していた。


「あの子の取った行動は許されないことでしょう。剣帝母様がお目覚めになられて処刑を言い渡しても不思議ではないほどに……ですがそんなことは分かっていたはずなのです!ですが黒神龍様や白神龍様までがいらっしゃるタイミングで、レッドを襲撃して一体誰が事を成せるのでしょう?それこそ自滅しかありはしないというのに、あの子の話を聴くほど……まるで破滅に向かって全力疾走しているみたいで」


(フォウリンの推察は間違っていないだろう。むしろ、よくぞそこまで読み解いたと感心するまである)


「―――だったら、そのままアイツにぶつけてみろよ」


八雲の発破にフォウリンは一瞬目を丸くする。


「わたくしが話して、よろしいので?」


「フォウリン以外に誰が話すんだ?俺はもうアイツに言いたいことは言った。あとはアイツ次第さ」


八雲の言葉にフォウリンは大きく頷き、そこからは四人でお茶を楽しんでからフォウリンは八雲の部屋を出た。


「八雲様、フォウリン様はマキシ様と仲良くされたいということなのですよね?」


徐にシャルロットが八雲に問い掛ける。


「ああ、そうだよ。フォウリンは彼女自身が、納得のいく答えを見つけたいのさ」


八雲が答えると次にヴァレリアが問い掛ける。


「ですが、肝心のマキシ様はお話を伺っただけでも御心をかなり痛めているのでしょう。今の状態でフォウリン様とお話をして大丈夫なのでしょうか?」


「うん、ふたりに良いことを教えてあげよう」


「はい☆」


「なんでしょうか?」


良いことと聞いて少し食い気味に八雲に擦り寄るヴァレリアとシャルロット。


「人間は一度失敗しても心が折れない限りは何度でもやり直せるのさ。フォウリンのあの顔、すぐに諦めるようなヤツの顔に見えたか?」


その八雲の言葉にヴァレリアとシャルロットは少し固まっていたが、すぐに―――


「まあぁ♪ フフフッ♪」


と、笑ってその言い方に呆れた声を上げていた。


「さて、それじゃあ飯の用意でもするかな―――」






雪の女王スノー・クイーンの食事時間は定時がある―――


八雲と雪菜、ユリエルに葵と白金といった面子で作るしかないと思っていたのだが、紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーからゲイラホズが、蒼天の精霊シエル・エスプリからはウェンスが助っ人をしてくれることになったことで逆に厨房は戦争状態に陥りそうだった。


奇しくも首都レッドに構築された東の塔で攻防戦を繰り広げたふたり―――


「―――ちょっとゲイラホズ!あなたが包丁を握る姿なんて想像出来ませんでしたけど、本当に料理が出来ますの?」


「本当によく動く口だな、ウェンス……大根でも咥えて黙って見ていろ」


当然のように言い合いになるふたりだったが、ゲイラホズは相手にしたくないような素振りを見せる。


(あの金髪巻き髪美人のウェンスが大根を咥える……だと?!……「いやぁん♡ 太すぎるぅ♡」とか言うのか!?なにそれ超見たいんですけど!!!)


ゲイラホズの言葉にイケないウェンスを想像してしまう八雲だったが、


「やくもぉ~♪ 変な妄想してないでサッサと手を動かして」


耳元で雪菜にそう呟かれて思わずビクリと跳ねる八雲を見てゲイラホズが、


「どうした八雲?お腹でも痛いのか?」


クールビューティーのゲイラホズがエプロン姿で心配顔を向けてくれる姿に八雲は別の意味で前屈みになりながら、


「だ、大丈夫ですゲイラホズ先生、持病の笏が……」


「いやそれ、大丈夫じゃないだろう?見せてみろ」


と言って八雲の黒いシャツを捲ろうとしてくるので、慌てて抵抗する。


「―――あ、いや!ホント大丈夫ッス!!マジでやめてぇ~!」


そう言ってシャツを捲り上げられた八雲の腹筋が露わになって、思わずその場にいた女子全員がゴクリ!と生唾を飲んだ音が響く。


見事にシックスパックに深く割れた逞しい腹筋を見て既に『龍紋』を刻まれた女子達はキュン♡ と下腹部が疼き、そうでない女子も頬を赤らめていて、ゲイラホズですら目を反らしながら、


「なんか、スマン……/////」


とシャツを下ろしてまた自分の調理に戻っていき、厨房はここから悶々とした空気が漂っていくのだった―――






―――雪の女王スノー・クイーンの厨房は八雲の『創造』できる最高の設備が設置されていて、水道は勿論のこと巨大な冷蔵庫・冷凍庫も配置されている。


「こんな魔道具、初めて見ましたわ……食材を長期保存する箱だなんて」


ウェンスが冷蔵庫を見ながら感嘆の声を漏らす。


「原理は水属性基本ウォーター・コントロール風属性基礎ウィンド・コントロールの応用だから、そんなに難しくはないさ。国に帰ったら造ってみたらどうだ?」


八雲の言葉にウェンスは俯いて呟く。


「マキシ様は、国に帰れるのでしょうか……」


その言葉に対する答えを八雲は持っていない。


「分からん。でも、ウェンスは一緒に帰りたいと思ってるんだ?」


「―――当然ですわ!我が御子をお護りするのが我が使命。わたくしはそのためにこの旅についてきたのですから」


「いざとなったらマキシを連れて逃亡でもするか?」


「ッ?!……いえ、そのようなことはしません。それは卑怯ですから」


少ししか会話していないが八雲は、このウェンスの性格が色々と垣間見えてきていた。


まるで騎士道精神を体現したかのような立ち居振る舞い―――


そして主に忠義を誓いながらも正道から外れることを許さない精神―――


ある意味『侍』のような魂を持ったウェンスに八雲は好感を持つ。


そうして出来上がった料理を厨房と繋がった広い食堂のテーブルに並べて、食事を始める。


マキシもひとり、テーブルの隅で食事をしている。


そこへ皿を持った人影が現れて、その人影を見たマキシが固まっていた―――


「―――ご一緒してよろしいかしら?マキシ=ヘイト」


―――その人影こそは火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオンだった。


フォウリンを見たマキシは黙って彼女のことを見つめていた―――



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