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第177話 マキシとフォウリンと

「―――ご一緒してよろしいかしら?マキシ=ヘイト」


―――食堂の端で食事を取るマキシに声を掛けたその人影は火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオンだった。


「……」


突然そんな声を掛けられたマキシはスープのスプーンを空中で止めたまま、驚いた顔をしていたが再びスプーンを口に運んで何も答えなかった―――


しかしフォウリンはそんなマキシの様子に何も無かったかのように向かいの席に座る。


同じようにスープを飲み出すフォウリンを訝しげな表情でチラ見しているマキシ。


「あら♪ このスープ、とってもコクがあって美味しいですわ♪ そう思いません?」


「……」


やはりマキシからの返事はない。


少し離れて様子を見ていたセレストやイノセント達も、不安げな表情を浮かべてふたりの様子を見守っている。


だが厨房からその様子を見ていた八雲は―――


(まあ、初めから上手くいくとは思ってなかったけど……仕方ない。少し手助けしてやるか)


―――と、何か思いついて厨房の奥へと入っていく。


エルカとカイルもふたりの遅々として進まない会話にオロオロとした様子で見ていた。


そんなふたりのところにウェンスがサラダを盛った器を持っていく。


「こちらのドレッシング?というのを振掛けて、お召し上がりくださいませ」


サラダの器と一緒に持ってきた瓶には、雪菜お手製のドレッシングが入っている。


ベーシックなフレンチドレッシングは、酢、油、塩、胡椒の四つの調味料を乳化させるように混ぜるだけの非常にシンプルなレシピである。


保存期間も長くどんな食材ともマッチするので、ひと瓶作っておくだけでとても重宝するものだ。


勿論、乳化するまで混ぜるのは昔から八雲の担当だった。


―――このドレッシングのおかげでシェーナ達エルフ幼女達も野菜を、モキュ♪ モキュ♪ と食べてくれるようになった経緯はまた別の話しだ。


この世界では生野菜には塩を掛けて食べる風習が根付いていて、勿論マヨネーズといった品物もない。


「こちらの瓶の中身を振掛けて食べればいいんですの?」


「―――ええ、そのように説明してくれと八雲様から言われましたわ」


初めて見る代物だが八雲がそう言うのなら間違いはないだろうと、フォウリンは乳化しているその液体を生野菜にサッと掛けてフォークで一欠け刺して野菜を口に運ぶ。


「―――ッ?!これ、美味しいですわ♪」


その言葉にウェンスもだが、マキシも驚いた顔を見せる。


「さあ、マキシ様もどうぞ」


ウェンスは純粋にマキシに少しでも食事をしてもらいたので、同じくドレッシングを薦めると恐る恐るその瓶に手を伸ばすマキシ。


フォウリンと同じようにサッと野菜サラダの上に振掛けてフォークで野菜を口に運ぶと、


「ッ?!……美味しい……」


小さな声でそう呟いた。


それを聴いてフォウリンも笑みを浮かべると、


「わたくし、こんな物が世の中にあるなんて今まで知りませんでしたわ」


再びマキシに向かって話し掛けた。


「……」


だが、やはりマキシからの返事はない―――


一瞬、開きかけた扉がまた閉じたような思いにセレスト達やエルカ達も気が気ではなかった。


ウェンスもまた出来ればフォウリンに助け舟を出してあげたいと思ってはいたが今の状況でマキシに何か声を掛けても、そのことで余計に折角のフォウリンの行動に水を差すことになるかも知れないと躊躇している。


しかし、そんなところに―――


突然ドンッ!とテーブルに置かれた皿がふたりの目の前でジューッ!と焼ける音を立て、その漆黒のステーキ皿に載った大きな肉を見てマキシとフォウリンはビクッ!と驚いて思わず顔を上げる。


「お待たせしました!ベヒーモス肉のシャトーブリアンに涼しげな夏野菜を添えて―――どうぞお召し上がりください!」


そこには漆黒のステーキ皿の上にベヒーモスの肉の中でも最高級と言われる希少部位シャトーブリアンが焼かれ、それも分厚いステーキ状になって載せられて、今でもジュージュー!と音を立てながら肉の焼ける食欲をそそる匂いを漂わせてくる。


「此方のステーキソースを掛けてお召し上がり下さい。あと此方は手作りパンになります」


勿論ステーキソースもこの世界には存在していなかったので八雲の手作りのオニオンソースとなっている。


パンはユリエルが得意だということで、早い時間から厨房へ仕込みにきて焼いてくれていたものだ。


「や、八雲様!?これは、八雲様が?」


フォウリンが驚いた顔で八雲に問い掛ける。


「うん?ステーキなんてただ肉焼いてるだけだから。あ、でもこのステーキ皿はちょっと拘ってるんだよ!」


「確かに今でも焼きたて状態ですわね」


「そうそう!熱伝導率が良いんだよなぁ~♪ ノワールの鱗!」


「……はっ?」


八雲の一言でフォウリンの顔が固まる。


その向かいにいるマキシの顔も固まっていた。


「ちょ、ちょっと、お待ちになって……それって、もしかしてですけど……黒神龍様の鱗で出来ている、と?」


「うん?ああ、そう言ったけど?これでステーキ焼いてやると、ノワールも喜ぶんだよなぁ♪」


「……ありえない」


「えっ?」


そこでマキシが突然言葉を発したことに、フォウリンは思わず声を漏らす。


「ありえないよ!神龍の鱗だよ!?希少価値がどれだけあるのか知ってる?鱗一枚でも白金貨十枚はする代物だよ!?それを……ステーキ皿って何してんの!?」


「いやぁ、別にノワールがいいって言うからさぁ。まぁ、いいから食ってみろって!」


マキシが学園にいた頃のようにツッコミを入れると、八雲は悪びれもせずにステーキを勧めた。


「―――それとも何か?俺の焼いたステーキが食えないとでも言うのか?あぁん?」


真っ昼間から女子にステーキを無理矢理食わせようとする上に、言い方が街中のチンピラのような口振りである……


その勢いに押されてマキシはナイフとフォークを手にすると、恐る恐るシャトーブリアンにナイフを向ける。


吊られてフォウリンもナイフとフォークを手に取る。


それを見て八雲がステーキソースをサッとふたりのシャトーブリアンに掛けていくと、肉から零れたソースが黒神龍の鱗製ステーキ皿の上でジューッ!!と勢いよく弾けてソースの香りを周りに漂わせていく。


「うわ……軟らかい……」


ナイフがスゥッと入る赤身の部分に驚きを隠せないマキシ。


そして切り分けた肉の塊をそっと口に運ぶと―――


「うわぁ……美味しい!」


その様子を見てフォウリンも自分のステーキを口に運んでいくと―――


「なんですのこれ!?こ、こんな美味しいステーキを食べたのは生まれて初めてですわ♪ ベヒーモスの肉というだけでも希少価値が高いのに、その中でも最高級と言われるシャトーブリアンなんて一生をかけても口にすることなんて出来ませんのに、わたくし感動しましたわ!」


「うん、それにこのステーキソースっていうのが肉のクセなんかもすべて補って余りあるくらいに調和していて、僕もこんなステーキ食べたの初めてだよ!」


「そうか、それは料理人として作った甲斐があったってもんだな!」


「―――いや八雲様はシュヴァルツの皇帝では?」


思わず出たフォウリンのツッコミに八雲はニヤリと笑いながら答える。


「俺は皇帝の肩書きがあるが好きな料理をやめる気はない!むしろ俺は歌って踊れて料理の出来る皇帝になる!」


「―――それまったく皇帝の公務に関係ありませんわよね!?」


そんな八雲とフォウリンのボケとツッコミを見て、思わずマキシもその可愛らしい顔が綻んだのをフォウリンは見逃さなかった。


「ああ!今笑いましたわね!マキシ!」


「え……あ、ごめんなさい」


思わず怒られたと思ったのかマキシがまた俯いてしまった。


「おい―――そんなことより肉を喰え!肉を!」


八雲が「お残しは許しまへんで!」と言わんばかりの威圧的な態度でステーキ肉を指差す。


その勢いにマキシも気圧されて残りのステーキにナイフを入れ始めた。


「そうそう。大体お前はちょっと痩せすぎなんだよ。飯は絶対に喰え!そうすればいずれ胸も大きくなる」


「何故……今、胸の大きさが?マキシだってそれなりにあるでしょう?」


八雲にツッコミを入れるフォウリンに胸を見られて思わずナイフとフォークを持ったまま両腕で胸を隠すマキシ。


「ああ~それってセクハラなんですけど~!」


何故かギャル口調で話す八雲。


「八雲様がマキシの胸のことをおっしゃったんじゃありませんか!」


「口にはしたが目線は送ってない。想像してみろフォウリン。誰かがフォウリンの胸の話しをニヤニヤしながら話しているとして、その話を聴いている相手が無言でフォウリンの胸をジッと見つめる姿を……」


「―――どっちも最低ですわ!!」


「じゃあマキシに決めてもらおう。胸の話題を振った俺か、胸に視線を送ったフォウリンか、どっちが最低だ?」


「どっちも最低……」


「―――ほらやっぱり!」


「完全な巻き込み事故ですわ!もう一度現場検証を希望しますわ!!」


まるで学園にいる時のように笑い合ったり冗談を言ったりツッコミを入れたり、気がつけばマキシもフォウリンもすっかり八雲のペースだった。


今はまだ二人きりで話しても明るい話になんかならないだろうと、そんな予想をしていた八雲の読み通り、ふたりだけではまだまだ蟠りを解くことは難しいだろう。


だが、九頭竜八雲はそのような状況を体験している―――


―――両親が事故で亡くなった時


―――祖母が亡くなった時


―――そして、最後に祖父が亡くなった時だ。


その時の周囲にいてくれた人々は皆いい人達だった。


だからこそ、そっとしておこうという雰囲気に流され、こうして一歩踏み込んで話しかけようとする者は雪菜以外にはいなかったのだ。


逆を言えばあの時、雪菜が傍にいなければ今の八雲は存在していなかったかも知れない。


それほど八雲にとって雪菜はかけがえのない幼馴染であり恋人なのだ。


(今はこれでいい……まだ始めなんだ。これから何回もこうして話していけばいい)


現実でものを言えば、マキシは加害者でフォウリンは被害者家族―――そんな変わらないことはとっくに理解しているふたりだ。


だとしても、その線を取っ払ってマキシに近づきたいというのなら、八雲はこうしてフォウリンの背中を押してやろうと心に決めたのだった―――






―――そんな和やかな雰囲気で食事も進んでいき、マキシとフォウリンのテーブルに雪菜とユリエルがやってきた。


「あ!ユリエル様、先ほどのパンはユリエル様が作られたと伺ったのですが」


「ええ。巡礼で各国を回っていた時に教徒の方々に教えて頂きました。聖法王猊下とその地の方々と共に頂くパンをよく焼いていたので」


「そうなのですね。ではわたくしにもパンの焼き方を教えて頂けますか?」


「はい勿論。私でよければいつでもお教えしますよ♪」


「マキシ!貴女はパンを作ったことがありますの?」


「え?僕?……ないけど……」


「だったら一緒に作りませんこと?」


「え?僕……そんなこと……」


突然のお誘いにマキシが動揺しているとユリエルが笑みを浮かべて、


「是非、一緒に作りましょう。初めてのことは誰もが戸惑います。けれど、失敗してもいいのです」


「失敗……しても?」


「はい。失敗は成功の母。人は過ちを繰り返して成功を見出します。失敗は悪ではありません。間違えることは当たり前で、正しい道へと進むことを選択することが試練なのです。神はそうして人々を見守られています」


「正しい道へと進む……」


そんなユリエルの言葉を噛み締めるように呟くマキシの前に、再び皿が置かれる。


「はいは~い♪ 次はデザートで~す♪ お屋敷のチビッ子達にも大人気!みんな大好きプリンアラモードだよ!!」


デザート皿に盛られたカラメルソースが掛かった、ぷるん♪ と揺れるプリンと色とりどりのフルーツ、そして純白の生クリーム……完璧なプリンアラモードだった。


「わぁ♪ とっても豪華なデザートですわね♪ これは雪菜様が?」


「えっへん♪ デザートは得意なんだぁ♪ 自信作だからどうぞ食べてみて!」


どうぞ!と勧められてデザート用の小さなスプーンを渡されたマキシとフォウリンはまず皿の中央を占領している黄色いぷるぷるした物体、プリンへスプーンを突き立ててみる。


「うわぁ!軟らかい……」


「まったく抵抗がありませんでしたわ」


そうしてスプーンの上でぷるぷる揺れるプリンを一気に口の中に入れると、一瞬でふたりの瞳がキラキラと輝きだした。


「な、なにこれ!?凄く甘くて、軟らかくて、まるでスライムみたい」


「おい、言い方……」


マキシの例えに思わず突っ込む八雲……


「―――でも本当に美味しいですわ!こんなデザート初めてです♪」


フォウリンは笑顔でパクパクと口に運んでいく。


最後のデザートまで堪能したふたりは、初めのギスギスとした空気も無くなり軟らかい表情に戻っていた。


八雲は雪菜とユリエルにそっとウィンクを送るとユリエルは笑顔で、雪菜は何故か肘を曲げてドヤ顔のガッツポーズをキメていた。


(……いや、なんでドヤ顔?)


と内心八雲はツッコミを入れていたが。


まだまだ時間は必要だろうが、マキシに対するフォウリンのファーストコンタクトは八雲達の活躍もあり問題なく進んだのだった―――






―――そして天翔船雪の女王スノー・クイーンはエーグル公王領の上空を通過しようとしていた。


問題無く飛行する天翔船……


昼食後は特に何もなく、その後に天翔船の豪華な夕食も終えて夜通しで飛び続ける雪の女王スノー・クイーンの船内では、ここから夜の暗闇の中で大人の時間が開始されるのだった―――



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