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第179話 神龍達との談話

―――天翔船雪の女王スノー・クイーンでの一夜が明け、ヴァレリアとシャルロットとの夜で気持ちのいい朝を迎えた八雲はふたりをそっと優しく起こすと、朝食の仕込みのために先に部屋を出ることを告げて厨房に向かった。


雪の女王スノー・クイーンは現在、大陸西部オーヴェストのフォーコン王国上空を越えて、大陸東部エストのカエルレウム魔導国の西側を飛行していた―――


朝食の準備のため厨房に向かうと―――


そこには既に雪菜とユリエル、ウェンスにゲイラホズとそれにフォウリンとマキシ、あとはエルカまでが揃って朝食の準備をしているので広く造った厨房もかなり混雑しているように見える。


今日の朝はオムレツと街で売っているのを八雲が買い込んで冷蔵庫に入れていた豚肉の腸詰めとユリエルがフォウリンとマキシにパンの焼き方を教えながら用意をしていく。


「あっ!―――おはよう八雲♪」


そう言った雪菜を皮切りに厨房の皆と挨拶を交わしていき、フォウリンとマキシの前に立った八雲。


「早速パンの作り方を教えてもらってるのか?」


「―――ええ♪ わたくしもマキシもパンを作るのは初めてですので、ユリエル様にご指導頂いていますの」


そんな会話をしている間に釜の中で丁度パンが焼き上がったようで、香ばしいパンの香りが漂ってきている中をユリエルが慣れた手つきでパンを載せた黒いトレイを引き出してきた。


「出来ました♪ でもこのトレイ、本当によく均等に焼けるんだけど、八雲君、これってまさか……」


「ん?ああ、それもノワールの鱗―――」


「―――わああ!またこんなところに国宝級の素材を使ってぇえ!!!」


角の生えた頭を抱えてまたマキシが叫びだしたので、


「此処にある調理器具は殆どがそうだぞ?大丈夫か?情緒不安定?」


「―――誰のせいなの!?……はぁ、もう本当に八雲君は常識から外れ過ぎていて理解出来ないよ……」


「だったら、お前がその常識を教えてくれよ」


「……エッ?」


突然真剣な顔での返事に思わず固まってしまうマキシを見て、八雲はニヤリと笑みを浮かべる。


「誰かに教えて、それを教えてもらったヤツがまた誰かに教える。世の中の常識って案外、そうした人から人へ教えられたことへの集積に過ぎない。だからお前が俺にものを教えてくれても、それがまたこの世界の常識に積み重なっていくだけさ」


「……ウン」


小さく頷くマキシを見ながら八雲が微笑んでいると、ユリエルが焼きたてのパンを皿に移して差し出してくる。


「賄いだよ♪ 食事班に与えられた特権だから」


そう言ってマキシとフォウリンが焼いたパンをそのふたりに差し出してきた。


「こっちのが、マキシが作ったパンでわたくしはこちらですわ♪」


そうして、それぞれのパンを手に取りマキシとフォウリンが口に運ぶと、


「うん♪ 美味しいですわ! ユリエル様のパンには敵いませんけれど、それでも初めて作ったにしてはちゃんと食べられますわ」


そう言ったフォウリンのパンを千切ってユリエルが口に運ぶと、


「うん♪ 美味しく出来ています!これならすぐにコツを掴んでご自分で焼くことも出来ますよ」


と、フォウリンのパンを賞賛する。


エルカも主の焼いた初めてのパンを食べて感動と賞賛を贈っていた。


「まだ、焼き加減など覚えることがたくさんありましてよ。まだまだユリエル様みたいには出来ませんわ」


そんな謙遜した返事をするフォウリンだが、どこかソワソワとして初めてのパンが上手く出来て余程嬉しい様子だ。


「ぅわ……美味しい……」


マキシも自分のパンを口に入れて、初めてのパン作りに感動しながら食べていく。


そのマキシのパンもユリエルは千切って口にしてみると、


「うん♪ とっても上手く出来ています!でもまだ火加減や焼き加減などは経験を積んでいかないと失敗もあるでしょう。でもまた作ればいいのです。食材を無駄にするのはいけませんが、こうして上手く出来たものを味わうことで、貴女の努力は報われているのだと感じることが出来るでしょう」


そう告げるユリエルの優しい微笑みに、マキシはコクリと恥ずかしそうにしながら頷いていた。


その様子を八雲もフォウリンも、そして厨房にいた雪菜やゲイラホズ達も温かい視線を送って見ていた。


ウェンスはそんなマキシの姿を見てハンカチを出して目元を覆って泣いていたが、八雲は見なかったことにしようと誓った……






―――それから、朝食時間も終わり、後片付けも済ませると飛行中はやることがない。


一応、娯楽室を造って本棚やテーブルにソファーなども常備しているが、十代の年頃である若者には退屈な時間でもある。


そんな時ヴァレリアやシャルロット、それにユリエルと雪菜はフォウリンと一緒にマキシを誘ってお茶会を開くといって自分達の部屋でお茶菓子とお茶を用意している。


女子会の開催を聞いて、八雲はひとり艦橋に上がるとアルテミスが飛行経路の確認と操船を行っていた。


「―――特に問題はないか?アルテミス」


そう問い掛ける八雲にアルテミスは無表情のままで、


「はいマスター、航路に問題はありません。この高度を維持していれば飛龍などの魔物もついてこられませんから安全です」


と、航路に問題のない旨を報告する。


「ですが問題というほどではありませんが後部推進部の左右で多少の魔力伝達に誤差が感じられます。飛行に支障はありませんが、向こうに到着したら一度メンテナンスが必要だと意見具申致します」


「ああ……禄に飛行試験もせずに造った勢いで飛び出してきちまったからなぁ。向こうに着いたら『空間船渠ドック』に入渠させて整備するから、その時の記録を残しておいてくれ」


「―――了解しました」


その会話を最後に八雲が艦橋から窓の外に広がる蒼天の空と白い雲を眺めていると―――


「此処にいたのね―――お邪魔だったかしら?」


そこに現れたのは紅蓮と白雪、そしてセレストだった。


「なんだ?神龍様が三人揃ってこんなところへ。俺を探しにきたのか?」


「ええ、少しセレストが貴方とお話がしたいと言ったものだから。今いいかしら?」


紅蓮が微笑みながら八雲に問い掛ける。


「え?なに?イジメ?ダメ、絶対」


「―――違うわよ!いいから付き合ってちょうだい」


「え、いや俺にはノワールがいるから、急に紅蓮と付き合うとか、その/////」


「―――なに勘違いしているの!?違うわよ!話に付き合ってと言っているの!/////」


「分かってる。冗談だ」


「貴方ねぇ……少しイェンリンに似てきたわよ」


「やめてくれ……俺はあんなに我が儘なんかじゃないから」


「―――自分で気づいてないの!?」


そんな紅蓮との軽快な会話に白雪が声を上げる。


「いいから来なさい!貴方達の会話を聴いていたら今日が終わってしまうわ」


その一喝で八雲は大人しく神龍三人に連行されるのだった……






―――空いている談話室に入った四人。


「―――それで?話っていうのは?」


ソファーに腰掛けた八雲を向かいのセレストがジッと見つめる。


八雲の隣には紅蓮が腰掛け、向かいのソファーにはセレストと白雪が座っている。


「黒神龍の御子……九頭竜八雲殿。この度は我等が行ったことに心から謝罪を申し上げます。それと、マキシのことを気にして下さっていることも心から感謝を申し上げます」


「突然改まって何だよ?マキシのことは礼なら俺じゃなくてフォウリンに言えよ。俺はフォウリンを手伝っただけだ」


八雲は事実、心からそう思っているのでフォウリンに礼を言うのが筋だと信じて疑わない。


「そうですね。フォウリン殿にも本当に感謝しています。ですが、貴方がいなければマキシがあそこまで素直になることはなかったでしょう。だからありがとうございます」


そう言って頭を下げるセレストに八雲はむず痒い思いをするが、無下にするのも礼を失すると考えて、


「分かったから、頭を上げてくれ」


そう言ってセレストの頭を上げさせてから、話題を変えようと八雲は別の話題を振る。


「―――そう言えばマキシのことで訊きたいことがあったんだけど」


「はい、なんでしょうか?」


「マキシってホントは歳いくつなの?」


ヨルン=ヘイトがイェンリンに討たれたのが三百年前、そしてその息子のライグがヘルガと子供を作ったとしても、そこから更に現在までは長い時間が空いている。


「生まれてからは二百六十三年になります」


「……エ?お婆ちゃん!?」


「ちょっと八雲さん!」


歳を聞いて思い切りお婆ちゃんと叫んだ八雲を紅蓮が窘める。


「―――肉体的には十八歳で彼女の記憶も十八年分しかありません」


「なにそれ?なぞなぞ?」


二百六十三年生きていて十八年しか生きてないという謎かけのような会話に八雲は困惑するが、セレストが話を続ける。


「あの子は十二歳の時に私の御子になりました。それがいまから二百五十一年前のことです。しかし……マキシはそれからも母親のことや父と祖母のことに悩まされて精神を病んでいきました」


マキシは母親を騙されて殺してしまったこと、その首謀者である父と祖母を自ら殺めたことに幼い精神がもつはずなどないと八雲も想像はついた。


「そうして彼女が十七歳になったとき、精神が限界だと感じた私はマキシに了承を経て長い時間冬眠ハイバネーションによる精神安定化を図ることにしました。今のイェンリンのような状態と同じです」


「それで精神を安定化させたはずじゃなかったのかよ?あの時の男のマキシはおかしいとしか言いようがなかったぞ?」


「それは……魔族特有の性別変身の魔術による性転換は、性格も得てして正反対になる性質があるからなのです」


その言葉を聞いても八雲にはこの世界の知識が乏しく、魔族の性質なんてことはまったく知識がない。


そこで白雪と紅蓮に目配せすると紅蓮は黙って頷き、そして―――


「本当よ。この世界の魔族というのは、元々は太古の昔に現れた『魔神』の血が残された種族なの。魔神達がこの世界の女に産ませた子供達の末裔が今の『魔族』という種族よ。魔神についてはあなたもよく知っているわよね?」


―――ご丁寧に白雪が説明までしてくれた。


「グラハムド=アンドロマリウスか……」




―――グラハムド=アンドロマリウス


魔界の七十二柱アンドロマリウス伯爵の一族にして魔神。


レオパール魔導国の元三導師のひとり、ダークエルフのルドナ=クレイシアにより構築された『魔界門インフェルノ・ゲート』からこの世界に召喚された魔神と呼ばれる存在。


過去三千年前にフロンテ大陸へと突如侵攻してきた魔神達のひとりで、八雲の対魔神討伐複合光属性魔術―――


八雲式創造魔術―――殲滅極煌デストロイ・レインボーによって討伐された。




「アンドロマリウスと言えば魔界の伯爵家のひとつよ。まさか御子の貴方がそんな魔神を討伐したなんて話、最初は信じられなかったのだけれど、それからの貴方を見ていたら不思議に思わなくなったわ」


「惚れた?」


「―――そんなわけないでしょ!?/////」


八雲のおふざけに白い肌の頬を赤らめる姿が、八雲の可愛いと思える琴線に触れていた。


「それで、話を戻すけれど魔族の特殊な能力でもある変身魔術は男女の性別を変えることが出来るけれど、その際に性格が正反対にもなるのよ」


「それじゃあ大人しい男の魔族が女になると狂戦士になったり、逆に誠実で大人しい女の魔族が男になるとイカれた頭をした凶悪な男になったりすると?」


「言い方はあれだけど……大体その認識で間違ってはいないわ」


「なるほど……」


マキシが男の姿になってヴァーミリオンに来た理由……八雲の考えでは凶悪に変貌した男のマキシなら何かしらやらかすことを女のマキシは考え、そのまま抹殺される事態になるとでも思ったのだろう。


だがそこには黒神龍も白神龍も、そして八雲も揃っていた。


男のマキシが何か悪巧みすれば即討伐されることは間違いない状況だった。


「男のマキシでいる間、女のマキシの意識や性格は眠っていたりするのか?」


「いいえ。マキシだけでなく魔族の者達はひとつの意識で統一されているそうよ。でなければ出来事を憶えておく記憶が曖昧になってしまうし、意識はひとつでも沸き上がる衝動が性別によって違ってくると言われているわ」


「だったら男のマキシでも意識と記憶は同じで、あの男のゲスな性格がマキシの相反する性格なら女のマキシは純粋だっていう皮肉な証明だな」


「そうね……その証明を理解出来るのは結局あの子のことを想っている周りの人間だけよ」


白雪の言葉に八雲は瞳を閉じる。


「それで?その話を俺に聴かせたかっただけなのか?」


再び瞳を開いて向かいのセレストに問い掛ける八雲に彼女は笑みを浮かべて答える。


「はい、そうです。それだけです。それだけですが……マキシのことを貴方にも知って欲しかったのです」


「そうか。正直、あんたが俺に話があると聞いた時、マキシの助命嘆願でもしに来たのかと疑った。心から謝るよ。すまない」


八雲は静かに頭を下げる。


「どうか頭を上げてください。そう思われるのも当然です。ですが、それはイェンリンが目を覚ました時にイェンリンが決めることです。私達はその裁決に従う覚悟は出来ています」


「そうか……分かった」


八雲もセレストの真剣な瞳をジッと見つめてそう答えるしか言葉が見つからなかった。


そして暫く沈黙が流れた後に八雲が白雪に向かって、


「そう言えば俺も白雪に聴きたいことがあったんだ」


「私に?なにかしら?」


突然の質問に白雪が八雲を見つめる。


「その白龍城の地下にあるっていう『浄化清浄の泉』とそのダンジョンについて教えて欲しいんだ」


これから向かう場所について八雲は尋ねるのだった―――



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