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第180話 白龍城のダンジョンに潜む影

「―――白龍城の地下にあるっていう『浄化清浄の泉』とそのダンジョンについて教えて欲しいんだ」


これから向かう場所について八雲は白雪に尋ねる。


「そうね……そのダンジョンの名はフォンターナ迷宮と名付けたわ。と言っても私の城の地下にあるのだから普通の人間が立ち入ることなどないのだけれど。構造は五階層で最下層に雪菜が言っていた『浄化清浄の泉』があるわ」


「五階層か……ダンジョンの規模としては大きいのか?」


「ダンジョンの階層はそれぞれ大きさが違うから一概に比べようがないわね」


八雲も冒険者ギルドに登録はしているものの、ダンジョンに潜った経験は少ない。


こんな時ルドルフやレベッカが一緒にいてくれたら心強いのだろうが今いない者には頼れない訳で、そうなると白雪の情報が重要なポイントになると八雲は結論付けた。


「そのダンジョンには階層主はいるのか?」


「ええ、いるわよ。各階の階層主のフロアにね」


「―――倒した際の復活の周期は?」


「およそ五日よ。だからそれ以内に戻って来ないと倒した階層主をまた倒す破目になるわ。まあ、それでも貴方ならそこまで困るほどの相手ではないと思うけれど」


「それは買い被りすぎだって。俺でも油断すればやられるし、傷が深ければ死ぬさ」


(そのあと復活するけど、ダンジョンで『終末』なんか発動したら上の城ごと吹き飛ばし兼ねない……そうなったら白雪に絶対消滅するまで殺される……)


そんなことを思いながら八雲はティーグルにいる冒険者ギルドの受付をしている婚約者エディスが教えてくれたダンジョンについての話しを思い起こす―――


―――ダンジョン内には様々な魔物が存在し、またその魔物はダンジョン独自の魔物で冒険者に倒されても一定の間隔で再び壁から生まれてくるが、その原理は不明。


―――階層ごとに階層主と呼ばれる大型魔物が存在しており、一度倒されると復活には時間を要するためダンジョン入口の受付所で潜入日と探索者状況を確認する必要がある。


―――地上の魔物にはないが、ダンジョンの魔物に限ってはアイテムや宝石などのドロップが発生する。


バルバール迷宮に行く時に教えられたことだ。


「そのフォンターナ迷宮には階層主以外にも魔物って出るんだよな?アイテムドロップはあるのか?」


「―――ええ、いるわ。でもそこの魔物のドロップは少し特殊なのよ」


「特殊?何がドロップするんだ?」


「それは―――鉱石よ」


「鉱石?希少な鉱石でも出るのか?」


「浅い階層はそうでもないけれど、五階層まで行けば出てくる鉱石が希少な物になるわ。勿論それだけ魔物も大型の力のあるのが出るけれど」


その話を聴いた時、八雲の脳裏に突然ある考えが浮かんだ―――


「―――なあ、白雪?もしかして白龍城の下にダンジョンが出来た訳じゃなくて、ダンジョンの上に白龍城を建てたんじゃないのか?」


俺の質問に黙って聴いていた紅蓮とセレストも白雪に視線を向ける。


「……どうして、そう思うのかしら?」


少し瞳を細めながら八雲に問い返す白雪に八雲は思ったことを告げる。


「偶々城の真下にそんな希少鉱石をドロップするダンジョンが生まれるとは思えない。仮にダンジョンの上に城を建てたと仮定して考えると、どの神龍もそうだけど正直言って金に困っているとは思えない。現にノワールも山のように金を持っていたし。それなら考えられるのは、そのダンジョンの希少鉱石を狙ってくるだろう人間からダンジョンを隠して、余計な犠牲が出るのを防いでいるとか?」


八雲の推論に白雪は無表情を貫いている。


「半分正解―――と、言ったところね」


「半分?」


ようやく白雪の口から出た言葉に八雲が聞き返す。


「ええ、確かに私達や貴方ならあの程度のダンジョンの魔物は倒せるでしょうけど、普通の人間では桁違いな魔物の巣窟だもの。そんなところに人が集まる様になれば命を落とす者が絶えないでしょう」


その言葉に八雲達は黙って頷く。


「でも、それは理由の半分。もう半分はそれこそ『浄化清浄の泉』にあるわ」


そこまで言って俯いた白雪の顔色は少し暗くなる。


「―――泉に?なにかあるのか?」


問い掛ける八雲に白雪はゆっくりと顔を上げ―――


「その泉には―――水の精霊オンディーヌが棲んでいるの」


―――普段よりもハッキリとした声でそう告げる。


「―――水の精霊オンディーヌ?」


新たな存在の出現に八雲は困惑しているのを隠せなかった―――






―――八雲が神龍達と話している頃、


娯楽室の窓際で今日も空の上から見える地上を眺めているマキシ。


そんな彼女の元に近づく影があった―――


「―――マキシ=ヘイト」


―――そう彼女の名前を呼んだのは白金だった。


「……白金」


呼ばれた瞬間、目線の先に現れた白金を見てマキシは硬い表情になり、静かにその名前を口遊む。


「私がお前のところに来た理由は―――分かっているな?」


そう言った白金の後ろには義姉妹となった葵も控えていてマキシの行動を観察している。


だが、白金の言っている意味が分かっているマキシは自分の首から下げた首飾りを、そっと外して白金の目の前に差し出した。


その首飾りを黙って受け取る白金。


その手に首飾りを握りしめて白金の顔はクシャリと歪み、両目を瞑って奥歯を噛みしめている。


「それが……そんなに欲しかったの?」


マキシは白金がその首飾りを欲しがる理由は知らない。


性別を男にしていた頃に白金に対してこれを盾に色々と依頼をして、八雲の周囲で騒ぎを起こさせていたマキシだったがアズール皇国で白金と初めて逢ったのは偶然だった。


そしてマキシの首飾りを見た白金が欲しがるので取引を持ち掛けたのだ。


一つ目はリオンの議会領に行って議会員に『魅了チャーム』を仕掛け、ティーグルのエドワード王とアルフォンス王子の暗殺を暗殺ギルドに命じさせること。


二つ目はエーグルの暗殺ギルドを動かし、同じくエドワード王とアルフォンス王子の暗殺を依頼させること。


そして三つ目が白神龍の御子、草薙雪菜の誘拐だった。


当時のマキシは蒼天の精霊シエル・エスプリの情報網を使い、ヴァーミリオンのイェンリンと八雲の関係など詳しく調べ上げており、それを元にして破滅へ繋がる計画の布石として謀った依頼だった。


だが、そこまで面倒な依頼であっても首飾りひとつで受けた白金の真意は知らなかったのだ。




その首飾りは―――


古い革紐に通された翡翠の勾玉がついている首飾りだった。


―――そして、マキシの母ヘルガが残した形見の首飾りでもある。




「―――そんな古い物に、君が僕に従うほどの価値があるの?」


今更にしてマキシは白金に疑問を問い掛けた。


すると白金は巫女服の懐から何かを取り出してマキシの前に差し出す。


「エ?……それって……どういう……こと?」


差し出された物はマキシの持っていた首飾りと同じ革紐に翡翠の勾玉がついた首飾りだ。


それを見たマキシは固まった表情で白金の差し出した首飾りを見つめていた……


「これは私の古い友人とお互いに交換した首飾りだ」


「古い……友人……」


マキシの母ヘルガを古い友人と語る白金の言葉に理解が追いつかないマキシ。


「お前の母は私と同じアンゴロ大陸の出身だった」


「母さんが……アンゴロ大陸の?でも、母さんは奴隷商に……」


マキシは母の生まれも育ちも聞いたことがなかった。


ただ祖母のエチルダから奴隷商で買ってきたとだけ言われてきたことまでしか知らない。


「二百数十年前、私とヘルガは同じアンゴロ大陸の南部ウンテンにある集落で暮らしていた。私は『天孤』として崇められ、ヘルガは【呪術師カース・マスター】として集落の作物を狙う害獣や魔物からその集落を護る立場で、お互いに助け合っていくうちに友人と呼べる仲になった。だが、私が集落を留守にした半年ほどの間に盗賊の集団がその集落を襲った―――」


白金の顔はさらに険しくなっていく―――


「―――生き残った者達から話しを聴けば、ヘルガを始め女達は盗賊に連れられていったと聞いた。私はその跡を追ったが奴らは海に出て、このフロンテ大陸まで捕らえた女達を奴隷として売るために渡った後だった……」


「それじゃあ……母さんは……」


マキシも呆然とした表情で話を聴いていた。


「―――ヘルガとは同じ土地の出身であり、立場は違えども同じ故郷を護ろうと誓いあった友だった。この首飾りは私の故郷の古い風習でな。大切な相手に渡して、その相手が危機に瀕した際には命を懸けて助けるという誓いの首飾りだ……私は間に合わなかったがな」


そう言った白金の表情は友を見つけた喜びと、助けられずに失った悲しみが入り混じったようになっていた。


そして、白金の心中を察した葵もまた、その瞳を伏せて義妹の友に黙祷を捧げていた。


「母さんが……アンゴロ大陸出身だったとか……そういう大切なこと……僕、全然知らなかったよ……ホントは……もっと話さなきゃいけないこと……訊かなきゃいけないことが一杯あったのに、それなのに、僕は、母さんを殺し―――」


「―――言うな!その先はヘルガが残した娘が言ってはならぬ!!」


「ッ!?」


白金の一喝にマキシは口を噤むとそれでも瞳からは涙が溢れてくる。


「……初めて会った時はお前が男の姿をしていて、この首飾りは市場で手に入れたと言ったものだから私もお前がヘルガの子供だとまで考えが及ばなかった。ただ二百年以上探し続けてようやく見つけた手掛かりだと思って冷静さを欠いた」


そう言って白金はマキシの首にその首飾りを掛けてやる。


「え?……これ……」


渡した首飾りが返ってきて気後れするマキシに白金は優しく語りかける。


「我が友の娘マキシ。お前をこの世界に生み出してくれた母は、私にとってかけがえのない友だった。その友が残した娘にヘルガの勾玉を私から託そう。お前が危機に瀕した際には私の命を懸けてお前を護るとここに改めて誓う」


マキシの両肩にその手を置いて宣誓した白金は、そのまま背を向けてマキシの元を去る。


葵はマキシを少し見つめてから、白金の背中を追うようにしてその場を離れていった。


誰もいなくなった娯楽室の窓辺で、再び一人になったマキシは黙って椅子の上で膝を抱える。


「……母さんっ」


その丸まった背中は微かに震えながら、その部屋には静かに嗚咽が零れるのだった……






―――その頃、八雲と神龍達の話は続いている。


「―――水の精霊オンディーヌ?」


八雲がその名を訊き返す。


「ええ、水の精霊の中でも最高位の存在。彼女が棲んでいるからこそ、その泉が『浄化清浄の泉』になっている、と言った方が正しいわね」




―――水の精霊オンディーヌ


目に見えないアストラル界の住民で、霊視者には虹色に輝く体に見えるという。


基本的に人間と変わらない容姿であるとされ、人間と結婚して子をなしたという伝説も多く残されている。


形は人間に似るがそこには魂がなく人間の愛を得て、ようやく不滅の魂を得るとされる。


しかし、水の近くで男に罵倒されると水中に帰らねばならず、夫が別の女性に愛を抱くと夫を必ず殺さねばならないなど、その恋には制約が多いとも言われる伝説をもった精霊だ。




「なんだか随分と嫉妬深いように見える精霊だな……浮気したら夫を必ず殺すとか……」


「ええ、貴方は特に気をつけないとね……九頭竜八雲」


白雪の言葉に「ウッ」と言葉に詰まる八雲だが、白雪の発言を聞いて「ウンウン」と頷く紅蓮とセレストには、


(なんでお前らが同意してんの?―――頷いてんじゃねぇよ!)


と心の中でツッコミを入れていた。


「いずれにしても、水の精霊オンディーヌのところに誰彼構わずに男が寄り付くと、途端に彼女の嫉妬に殺されては命が幾つあっても足りないでしょう。だからその泉のあるダンジョンの上に城を建てて……彼女を封印しているのよ」


白雪の話を聴いて、それで今まで表立ってそのダンジョンや『浄化清浄の泉』の噂が立たなかったことに合点がいった八雲だが―――


「でも、別に水の精霊オンディーヌが悪い訳でもないのに封印されるのも、ちょっと可哀想だな」


―――と、思ったままの気持ちを吐露する。


その言葉を聞いた白雪は―――


「だったら貴方が契約してあげなさいな」


―――と八雲に告げる。


「は?―――契約?なんだよ、それ?泉の水買えとか?危ない商売?」


「―――違うわよ!ていうか、なんなの?その詐欺みたいな商売は?そうじゃなくて、水の精霊オンディーヌの契約者になるのよ。そうすれば水の精霊オンディーヌは自由になれるし、貴方も精霊と契約してその能力を得ることが出来るわよ」


「精霊の能力……それがどれくらい凄いのか、俺にはいまいち分からないんだけど?」


白雪の言う精霊の能力がどういったものなのか掴めない八雲。


「今の貴方は水属性魔術も当然使えると思うのだけれど、それは貴方の意志の下に発動しているわよね?でも精霊には精霊の自我、意識や考えがあるわ。つまり精霊の加護を手にした時点で貴方の意志とは関係なく貴方を護ってくれるし、力を借りたい時は貴方の願いに応えてくれるようになる」


「へぇ……確かにそう言われると凄い能力だな。でも対価とか何かあるんじゃないのか?」


この手の話しに多そうな落とし穴を八雲は想定する。


すると白雪はいつもの無表情の顔で―――


「それこそ、彼女を抱いてあげればいいのよ。簡単でしょ?いつもやっていることなんだから」


と軽く返答するが、それを聴いた紅蓮とセレストは顔を赤らめてモジモジしていた……


「おい!それだと俺が他の妻達を抱いたら俺、殺されちゃうじゃん!?」


さきほどの水の精霊オンディーヌの説明だと、契約してしまったら他の女を抱いた途端に八雲が絶対殺される修羅場が展開されてしまう。


「普通はそうだけど、貴方には『龍印』があるじゃない」


「……あっ」


そこで自分の能力を忘れていた八雲は思わず呆けた声が出てしまった……


「まあ、契約するもしないも貴方に任せるけれど、さっき貴方自身が言った水の精霊オンディーヌのことを考えて口にしたこと……実際に彼女に会ってみて、もう一度考えてみてちょうだい」


その白雪の言葉に、八雲は頷く。


「分かった。この目で見てから判断するよ」


そう告げて、八雲は席を立つのだった。






―――そして、その日も昼食、夕食と終わり、


マキシが再び元気を失くしていたことをフォウリンが心配していたが、『伝心』で白金から何があったのか報告を受けた八雲はフォウリンにも事情を話して明日まで、そっとしておいてやれと伝えて自分の寝室へと戻る。


そして天翔船での二夜目の夜が始まるのだった―――



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