―――少し時間を戻って、
八雲達が出発した一日目バビロン空中学園では―――
幼年部校長室。
「―――白神龍様のみならず、黒神龍様まで子供達の先生をして下さるなんて本当に感謝しております」
長い金髪を後ろに纏めて穏やかなグリーンの瞳を細め、その美人な笑顔を向けてくるのはバビロン空中学園幼年部の校長アムネジア=アイン・ヴァーミリオンだった。
「ハッハッハッ!―――なぁに!我の夫、八雲の頼みとあっては動かぬ訳にはいかん!それに我の天使達が通う幼年部というのにも興味があったのでな!」
豪快に笑い声を上げるノワールとその隣に控えているアリエスは校長室のソファーに座ってアムネジアと今日からの子供達のお世話について顔合わせと打ち合わせの最中だった。
「お二人には白雪先生とダイヤモンド先生が受け持ってくれていたクラスに入って頂きます。そこにはシェーナちゃん達四人もおりますので、どうぞ子供達と楽しみながらお世話の方をお願いします♪」
相変わらず雲の様に掴みどころのないアムネジアに対してノワールは笑みを返す。
「おお!そうか!そうか!我の天使達のクラスか!それは楽しみだな!なぁアリエス!」
「―――はい、ノワール様。ですがあまり羽目を外し過ぎて子供達に怪我などさせないよう、お気をつけくださいませ」
「ムゥ……分かっている」
早速でアリエスに釘を刺されたノワールは顔を顰めている……
「うふふっ♪ それでは子供達のところに行きましょうか」
そう言ってアムネジアはソファーから立ち上がるのだった―――
―――こうしてノワール先生とアリエス先生の一日が始まる。
登校から全員が揃うまで自由遊び時間―――
アムネジアからノワールとアリエスに一日の流れが説明される。
「―――朝の登校時間はけっこうバラバラなんです。お父様もお母様も働いていらっしゃるご家庭もありますので。全員が揃うまでは自由遊びの時間となります。お外で砂遊びや追いかけっこしたり、お部屋の中にいて玩具で遊んだりする子もいます。その間の子供達のことを見守りながら一緒に遊ぶ時間になります」
「おお!子供達を見守りながら遊んでやればいいんだな!よぉし……では―――『
そう叫び黒神龍の能力を発動した途端に、外で遊んでいた子供達や部屋で遊んでいた子供達、勿論シェーナ達チビッ子四人組の頭の上にも全員、黒い『龍紋』が浮かび上がっていた。
―――『
黒神龍の能力の一つ。
任意の対象に『龍紋』を飛ばして対象が視認できる能力。
対象が複数であっても黒神龍の瞳がまるでマルチウィンドウのような状態となってノワールの脳裏に浮かび、そして神龍だからこそ大量の映像と状況を脳が処理可能となっている。
決して覗きに使用するための能力ではない。
「見える……見えるぞ……おお……シェーナ、カワユス……」
「ノワール様……黒神龍の御力をこんなところで使わないでください……」
アリエスが半ば呆れ顔でノワールにジト目を向けると横で見ていたアムネジアが、
「―――素晴らしいです!それで子供達全員の安全が保たれるのですね♪」
と、こちらも相当な天然だった……
―――お片付け・朝の会
全員が揃ったくらいに遊んでいたものをお片付けして、それぞれのクラスに入って朝の会と言われるホームルームが行われる。
そこではバビロン空中学園の生徒全員に渡されている学生証カードを先生の持つ水晶に近づけると出席記録が付く。
それから体調の確認をしたり、今日の予定について先生から説明したりといったことが行われる時間だ。
「はぁい♪ 皆さん。今日はご用事でお休みされています白雪先生とダイヤモンド先生に代わってノワール先生とアリエス先生が来てくださいました♪ それでは先生方、自己紹介をどうぞ~♪」
ほんわかムードのアムネジア校長から紹介されて、上はノースリーブの黒いブラウスに、首には白いネクタイを締め、下は黒の生地に赤いチェックラインの入った短いプリーツスカートを履いて、足には黒のニーソックスという出で立ちに胸には『KUMA KUMA』と書かれてクマの顔がプリントされたエプロンを着こなすノワールが前に出る。
「ヴァーミリオンの幼子達よ!―――我こそはフロンテ大陸西部オーヴェストを縄張りとする黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンである!我が教師になったからには悪いヤツ等にはお前達に指一本触れさせぬから安心するがよい!!!」
いきなり豪快な挨拶をかますノワールだが、相手はシェーナ達と同じくらいのチビッ子達である。
「オオ~!」
「こくちんりゅう~」
「かっこいぃ~♪」
といった何処に向けた羨望なのかよく分からない純粋な眼差しが向けられていた……
「私はアリエスといいます。皆さん一緒に楽しく学園で過ごしましょうね♪」
アリエスの子供でも分かりやすい挨拶に、今度はキラキラした眼差しでアリエスを見つめる子供達から―――
「きれぇ~♪」
「ちゅごいかわいぃ~♪」
「メイドしゃんだぁ~♪」
といったメイド姿のアリエスの美しさと可愛らしさの入り混じった魅力に加えて、優しい笑顔に子供達はメロメロになっていた。
「何故、我よりも慕われている!?」
「それ本気で言っていますか?ノワール様……」
本気で落ち込んでいるノワールにアリエスは容赦なくツッコミを入れていた……
―――午前の活動プログラム
朝の会の挨拶も終わって、ここからクラス全員の活動が始まる。
バビロン空中学園の幼年部では外で遊んだり運動会館で屋内運動をするといった運動系の活動と簡単な言葉を文字にしたり、簡単な算術を教える学習系に加えて工作をする創作系、音楽に触れる目的で歌を歌う音楽系といった活動をローテーションで行う。
昼食を間に挟んで午前と午後で二つの活動を行うのが毎日の流れとなるのだ。
そして今日の午前の活動は―――『お外で遊ぼう』だった。
ノワール達のクラスは総勢二十人のクラスでシェーナ、トルカ、レピス、ルクティアのエルフ幼女以外では、人族の子や獣人族の子供、魔族の子供にドワーフ族の子供達など様々な種族の子供達が見える。
「随分と色々な種族の子供達を預かっているのですね?」
アリエスが一緒についてくれているアムネジアに質問をする。
「ええ♪ ヴァーミリオンには法によって人種差別がありません。それは大帝母様の定められた法であり、この国が発展してきた由縁でもあります。それに、可愛い子供達に種族なんて関係ありませんもの♪」
ニコリと笑みを向けるアムネジアにアリエスも笑顔で返す。
「素晴らしい!イェンリンのヤツは我が儘でどう仕様もないヤツだが、アムネジアの考えは激しく同意するぞ!八雲も言っていた!―――『子は国の宝』だとな!!!」
横からウンウン!と賛同するノワール。
「まあ♪ それは素晴らしいお言葉ですね!早速その言葉を額に入れて飾ることにしましょう♪」
「ああ!学園教師達の合言葉にすればよいだろう!」
一日で息ピッタリになってきたノワールとアムネジア。
そんなノワール達のところに―――
「ちぇんちぇい、いっしょにあそぼ~♪」
と、獣人と魔族の子供達がノワールとアリエスの下に寄ってくると、
「ふぉお♪ 可愛い子供達よ!それでは我が直々に遊んでやろう♪ ほぉら♪行くぞぉ~!」
と、どちらが子供か分からない勢いでノワールが遊びに疾走していく姿をアリエスはやれやれといった表情で、それでも笑顔を浮かべて見守っていたが、ノワールと一緒に遊んでいた子供が二十mほど宙を舞った『高い高~い!』をされたところで、アリエスはその笑顔のまま―――額にピシッ!と青筋が浮かんでいた。
因みに打ち上げられた子供はキャッキャ♪ と喜んでいて無事でした……
―――お昼ご飯の時間
午前の活動が終わると皆大好きお昼の時間だ。
バビロン空中学園の幼年部では給食が支給されている。
幼い子供達は教室の中にあるテーブルを合わせたところに椅子を運び、給食係から配られるお昼ご飯をテーブルに置き、皆が揃うのを待つ。
今日のメニューはパンにサラダ、スクランブルエッグに腸詰と取手付きコップに入ったスープに皮を剝かれて切り分けられたリンゴだった。
「はぁい♪ いただきます♪」
「―――いたらきま~す♪」
アムネジアの掛け声に続いて子供達が頂きますを言うと、一斉に食事を始める子供達。
モキュ♪ モキュ♪ とご飯を食べる子供達を「はぁ~♡」と見つめるノワールとアムネジア……
「え?校長先生まで!?」
アリエスも流石に引いてしまうほど、ふたりはダラシナイ顔をして子供達を見つめていた……
―――午後の活動プログラム。
今日の午後の活動プログラムは簡単な算術だった。
今日は手本としてアムネジア校長が授業をしてくれるのをノワールとアリエスが見学していた。
「はぁ~い♪ ここにリンゴさんがひとつありま~す♪ そこに~もうひとつのリンゴさんが遊びにきましたぁ♪ さあ、それじゃあ今、リンゴさんは幾つですかぁ~?」
ニコニコと問い掛けるアムネジアに座って聴いていた子供達の中からレピスが颯爽とその手を上げる。
「はい!はい!はい!はい!」
「はい、それじゃあ~レピスちゃん♪」
元気なレピスを指名すると、立ち上がったレピスは、
「んとね!んとね!リンゴさんが増えたからぁ!そのリンゴさんを食べちゃうの!だから一個!」
「正解!―――レピス天才!」
「親バカですかノワール様……」
即行でレピスを褒めるノワールにアリエスのツッコミの切れ味も増していた……
そんなこんなで笑いながら呆れながら午後の活動プログラムも終わりを迎えると―――
―――帰りの会
帰りの会になると一般的な道徳を説いた本の読み聞かせなどを行い、帰りの準備を行っていく。
親達宛ての子供達の様子などが書かれた手紙をカバンに仕舞って、今日の幼年部は終了となった。
皆が幼年部用の頭の上から着て腕を通す薄桃色の制服姿で、赤いベレー帽を被っていくと帰りの支度を始める。
皆が黄色い肩掛けバッグを下げていき、そしてシェーナのバッグからは、相変わらずクマのぬいぐるみが顔を出していた。
ノワールとアリエスも先生としての仕事はここまでだ。
ここからはシェーナ、レピス、トルカ、ルクティアの四人を連れて、屋敷まで徒歩で帰るだけだ。
「今日は皆、楽しかったかぁ?」
ノワールはシェーナとルクティアと手を繋いで歩きながら問い掛けると、
「あのね!あのね!ルクティア、今日とっても楽ちかった♪」
と元気に答えて、シェーナもコクコクと頷いていた。
「レピスも!レピスも!」
元気が有り余っているレピスは歩きながらピョン!ピョン!飛び跳ねて手を繋いでいるアリエスが笑っている。
「ふぁ~……トルカも……」
いつも眠そうなトルカも目を擦りながら今日のことが楽しかったと伝えてきた。
こうしてノワール先生とアリエス先生の幼年部教師が始まるのだった―――
―――時を戻して、天翔船
八雲が自室で寛いでいるところに扉をノックする音が聞こえた。
「ど~ぞ~」
軽い口調で入室を許可する八雲の声を確認して、扉が横に自動でスライドする。
するとそこに立っていたのは―――葵と白金だった。
「どうしたんだ?ふたりとも」
突然の訪問に何かあったのかと勘繰る八雲だったが、
「何かあったかではござりません
「……」
プリプリと怒った振りをする葵だが、昼間に白金とマキシのことがあったので白金のことを思って八雲のところに無理矢理押し掛けてきたことは八雲にも見て取れるほど白金は元気がなかった。
「―――白金」
「は、はい!主様……」
やはりどこか上の空だった白金を呼び、八雲は自分のベッドに腰掛けると隣の場所をポンポンと叩いた。
それを見た白金が葵の様子を窺うと葵は笑顔でコクリと一度頷き、それを見た白金はベッドの八雲の隣へと向かって、
「失礼します……」
と断ってベッドに腰掛ける。
そこで八雲からまずは話してみることにした。
「昼間の話しは葵から聞いている」
その言葉を聞いてビクリ!と身体を震わせる白金の肩に、八雲はそっと腕を回した。
「ぬ、主様!?」
少し驚いた白金だったが、八雲は肩に回したのとは反対の手をそっと白金の頭に置いて、そのキメ細かい絹糸のような銀の髪を撫でつけていった……
「俺もさ、家族全員失って昔からの俺を知ってるのは、もう幼馴染の雪菜だけになっちまった。その雪菜を失うことを考えたら気が狂いそうになった」
「あ、あの時は申し訳ございませんでした!」
且つての雪菜誘拐を責められているのかと勘違いした白金は盛大に謝罪する。
「いや責めたい訳じゃなくてだな……俺も両親や祖父母達、それからこの世界に来てからも間に合わなかったことがあって、それが辛くて哀しくて死にたいくらい悔しい思いをしたから。だから白金、そんな時くらい泣いていいんだ」
「え……」
「俺も泣けなかった時があったからさ、そういうの、なんとなく分かるんだよ。お前、泣いてないだろ?マキシの前だったり葵の前だったりでもそうだと思ってさ。でもそれはダメなんだよ。本当に分かってくれるヤツの前で泣かないといつまでも踏ん切りがつかないんだ」
白金の頭を撫でながら八雲が続ける―――
「大切な人を失って、大切な人を思って泣くことのなにが悪いんだ?それは当たり前のことなんだ。だから白金、お前はもう―――泣いていいよ」
―――その言葉を聞き終わる前に、すでに白金の瞳には涙が溜まっていた。
そして―――
「ウッ……ウグッ……ヘルガ……何故……ウウウッ……うああっ!ううっ!わああああっ!!!」
八雲の胸に抱きついて顔を埋めた白金は遠い故郷から探し求めた親友の死を、このとき初めて受け入れたのだった。
そんな嗚咽を漏らす白金の頭を撫でながら、八雲は自分が雪菜にしてもらった時のことを思い返していたのだった……