「―――それでは挨拶も終わったところでフォンターナ迷宮について説明するわ」
そうして、ついにフォンターナ迷宮の攻略に向けた話し合いが開始される―――
周囲を一通り見渡した白雪は、次にフォンターナ迷宮について語り出す。
「まずはあの迷宮は全部で五階層の迷宮だけど、その一つ一つの階層はけっこう広いわ。下に行く道はほぼ対角線上の端にあるから迷宮を踏破するしか下に進む道もないという面倒な迷宮よ」
「―――それぞれの階層に出現する魔物はどんなヤツが出るんだ?」
八雲は白雪に質問すると、
「第一階層の魔物は人面樹トレント、食人植物マンイーター、魔像ガーゴイル、ストーンゴーレムが出るわ。そして階層主はアラクネよ」
「なんだ、意外と難易度はそこまで高くないように思えるけど」
階層主のアラクネは八雲がlevelを上げるためにノワールの『胎内世界』で相手をしていた魔物だ。
当時のLevelと比べれば八雲のLevelも上がっている訳で、今さらアラクネに後れを取ることはあり得ない。
「そして第二階層の魔物はキマイラ、アルミラージ、ガルム、グリズリーがいて、階層主はベヒーモスよ」
「―――魔獣系の魔物か。でもそれでも特に困るほどの相手でもないな。ベヒーモスもいい食料になるからな♪」
「そうね。ここまでは熟練の冒険者でもパーティーを組んで、しっかり連携出来れば特に難しい迷宮ではないわ。けれど―――ここから下が問題なのよ」
「下?第三階層からの魔物が強いってことか?」
「それもあるけれど、分からないのよ」
「分からない?白雪はそのダンジョンに潜ったことがあるんだよな?」
「ええ。何度もあるわ。けれど初めて
「なんだよ、その冒険者泣かせなダンジョンは……」
八雲は想像しただけで顔を顰めて白雪に向ける。
「だから冒険者は入れられないでしょう?第二階層までなら進めるかも知れないけれど、欲をかいて第三階層に降りて行くと魔物の強さも上がっているし、あっという間に魔物の餌食よ。しかも行く度に魔物の種類も変わっていくものだから、対策をしていっても無駄になったり足りなかったりしてしまうことになるの」
「そもそも、どうして第三階層から下はそんなヘンテコなダンジョンになっているんだろう?」
素朴な疑問を口にした八雲に白雪が持論を展開する。
「一番可能性が高いのは……
「
「初めてあの子に会った時、あの子を怒らせてしまって……それから何度も会いに行ったけれど、その度に第三階層から下は出現する魔物が変わっていったわ。それから色々と試してみたけれど恐らく
「つまり
「―――解呪することは出来ない。『浄化清浄の泉』とは正確には
「ということは、その泉の水を瓶詰にして売り捌いても効果がないと……」
「詐欺で訴えられるわよ?」
「―――クソッ!!!」
割と本気でその販売プランを計画していた八雲にとっては頭の中で大損害だった……
だがそこでブリュンヒルデが手を上げて白雪に問い掛ける。
「あの、第三階層より下の層に紅蓮様やセレスト様が向かうことは出来ないのですか?」
すると白雪は即答で―――
「―――無理ね。私と同じく紅蓮もセレストも『龍気』という独特の気配を持っているわ。神龍が下りてくれば
―――と、ブリュンヒルデに返答する。
「例えばだが第三階層に一回下りて、一度第二階層に上がるとする。そこから再度第三階層に下りたら、もう魔物の種類が変わっているのか?」
今度は八雲が白雪に疑問をぶつけると―――
「昔それも試したわ。その場合、魔物は変わらないわね。一旦ダンジョンから外に出ない限りは変わらないようよ。だからこのダンジョンの攻略はベースキャンプ形式を取るわ」
「ベースキャンプ形式?」
―――白雪からの返事に八雲は更に疑問が生まれる。
そこで白雪が目配せするとダイヤモンドから説明が始まった―――
「ベースキャンプ形式とは広大なダンジョンや多階層ダンジョンなど時間の掛かるダンジョンで『安全地帯』を確保して、そこに
そのダイヤモンドの説明を聞いて八雲の脳裏には高い山を登頂する際に、下にそういったベース基地を設営して頂上へは決まったチームがアタックする登山が浮かんでいた。
「第二階層までは私と紅蓮、セレストも含めて皆で下りるわ。そこから第三階層へは別にパーティーを編成して攻略を進めていって第五階層を目指すようにしましょう」
白雪の提案に八雲が手を上げる。
「第三階層以下でベースの再設置はしないのか?」
「私達は行けないけれど第二階層に残る者以外の全員で下に進んで階層ごとに『安全地帯』を確保したら、そこにベースを設営するのがいいわね。万一、撤退が必要になった際にそこまで戻れば合流出来て大概のことは対応出来るでしょうから」
「なるほどな……それじゃあ第二階層までは此処にいる全員で行くってことでいいのか?えらく大所帯だけど」
その質問には再びダイヤモンドが答える。
「いいえ、私達の中から参加する者は選抜します。城のこともありますので。其方の皆様も姫様達はさすがにお連れにはならないでしょう?」
そう言われたら確かにそうだ、と八雲も迂闊だったことに気づいた。
ユリエルはバルバール迷宮の経験があるとはいえ、ヴァレリアとシャルロットは連れて行くなんて出来ない。
「今のわたくし達ではやはり八雲様の足手纏いになってしまいますものね……」
「いや、ふたりとも『龍紋』を持っているからステータスはかなり高いし、戦えなくはないだろうけど、俺がふたりにはそういうところに行ってほしくないんだ」
「私は回復役としてついて行けるから」
そこでユリエルはついてくると言うので、
「まあ以前にバルバール迷宮に潜ったことあるもんな。分かったよ」
黒盾=聖黒も渡してあるので八雲もユリエルの参加は了承する。
「―――私も行くよ!」
そこで宣言したのは雪菜だった。
「お、おい!雪菜!近所に遊びに行くんじゃないんだぞ?」
「そんなの分かってるってば!でも、私もイェンリンの回復を願っているし、此処の浄化清浄の泉について話したのも私だから。それに何よりも私は白神龍の御子だから!だから、私もちゃんとしなきゃいけないと思うんだ」
そう言った雪菜の瞳は―――
(ああ、こいつがこんな目をしてる時って、絶対に折れないし曲げないし聴かないんだよなぁ……)
―――と、この幼馴染の昔から頑固なところが八雲の脳裏に次々と思い出される。
そこで八雲は白雪に視線を向けるが、白雪は黙って頷いただけだった。
「はぁ……分かった。但し!第三階層より下へはお前のLevelをその時に訊いてから連れて行くか決めるからな!それだけは絶対に譲らないぞ。もしLevelを訊いて危険だと判断したら、お前を気絶させてでもベースに置いて行く」
そこは八雲にも譲れない一線がある。
「分かった。でも第二階層に行くまでは出来るだけ私のLevel上げにも協力して欲しいの。お願いします」
納得した雪菜に八雲は安堵の息を漏らす。
「それくらいは請け負うさ。魔物の巣みたいなところでサバイバルさせているルーズラー並みに鍛えてやるから安心しろ」
「―――全然安心出来ないんですけど!?」
八雲の言葉で途端に不安になった雪菜だったが、そこは八雲も無茶はしないだろう……
(え?……しないよね?)
と、不安が拭いきれずにいた。
「それじゃあ早速準備に取り掛かりましょう。それとオパール。貴女は九頭竜八雲に教えてもらって天翔船の扱いと格納庫に仕舞ってある向こうで買い付けてきた物資も一緒に運び出してちょうだい」
「承知しました白雪様!それじゃあ八雲様!後で天翔船まで付き合って下さいな!」
「ああ、此処にもドワーフ達はいるんだろ?そいつらも一緒に連れてきてくれ。その時はフロック!お前も一緒によろしくな」
そう言って八雲は後ろに並び立つ列の中にいたフロックに声を掛ける。
「了解!オパールとこうして天翔船の話をするとはねぇ♪ 面白いもんだよ!」
「あははっ!まったくさ!」
シュティーアもそうだが、どうやら鍛冶師繋がりの牙娘達は仲が良いようだと八雲も笑みを溢す。
そうしてダンジョン攻略参加メンバーを編成する八雲と白雪と紅蓮にセレスト―――
●白龍城待機組
ヴァレリア
シャルロット
フロック
エメラルド
パール
オパール
トパーズ
ガーネット
アメジスト
アクアマリン
●第二階層
白雪=第二階層ベースまで
ペリドット=白雪の護衛
紅蓮=第二階層ベースまで
ゴンドゥル=紅蓮の護衛
セレスト=第二階層ベースまで
サジェッサ=セレストの護衛
●成長度により第三階層以下へ攻略参加組
Level成長度によっては第五階層攻略参加を許可
草薙雪菜=現状第二階層ベースまで
フォウリン=現状第二階層ベースまで
エルカ=現状第二階層ベースまで
カイル=現状第二階層ベースまで
●第五階層を絶対攻略する組
九頭竜八雲
ユリエル
葵御前
白金
マキシ
サジテール
スコーピオ
ダイヤモンド
ルビー
サファイア
ラピスラズリ
ブリュンヒルデ
ゲイラホズ
ラーズグリーズ
レギンレイヴ
アルヴィト
イノセント
ウェンス
レーブ
―――以上のような編成に決まった。
第五階層を絶対攻略する組のメンバーは途中、第三階層、第四階層に
マキシは今回の件を引き起こした張本人ということもあり、外してはいけない人選となる。
後は状況に応じて同行してもらう者を再度検討することになるのだが、レギンレイヴはイェンリンの身体を
この人選はあくまで八雲の考える最低人員というだけで、他の者を入れないという訳ではない。
「―――まあ、とりあえず人選としてはこんな感じか」
「そうね。後は物資を揃えて準備したら明日出発しましょう」
「ああ、そうしよう。俺はこの後フロックとオパールと
白雪の言葉に一同が解散する流れとなり、それぞれ白龍城の部屋に案内するため、序列外の
「あ、八雲!―――私もついて行っていいかな?」
そう言って雪菜が八雲に近づこうとした瞬間―――
「アア~!テガスベリマシタァー!」
―――という棒読みの声と同時に八雲に向かって剛速球のティーカップが襲い掛かるようにして飛来する。
「―――キャッ!?」
慌てた雪菜が驚いて悲鳴を上げたが、八雲は飛んでくるティーカップの取っ手部分にスポッと人差し指を入れ込むと、くるっと器用にティーカップを指で回しながら中の紅茶も溢さずに受け止めて―――
「コクッコクッ……んん♪ これがサファイアの味かぁ♪」
―――と呑気に中の紅茶に口を着けて飲み干すと、ワザとサファイアに舌舐めずりを見せる。
「―――変態です!!あそこに変態がいます!!雪菜様!どうぞ御下がりください!」
「おいおい、人にティーカップ投げつけておいて何言ってんだよ?間接キスして欲しかったんだろ?」
「断固として違います!!貴方みたいな変態から雪菜様をお護りするためにこの私がいるのですから!雪菜様には指一本触れさせませんよ!!」
息を巻いて話すサファイアに驚いていた雪菜が注意しようと声を上げる。
「サファイア!人に向かってカップを投げつけるとか危ないでしょ!八雲だからよかったものの!」
「おい……俺ならいいのかよ?」
「だって八雲はそんなの当たらないでしょ?リアやシャルちゃんだったら大問題だよ」
何言ってるの?と当然のことのように告げる雪菜に八雲は、
「あの、俺も一応シュヴァルツ皇国の皇帝なんですけど?」
と、ジト目で雪菜に答える。
「うん♪ 知ってるよ♪ 私は八雲のことは何でも知ってるんだから♪」
そこでニッコリと眩しく可愛い笑顔を見せる雪菜に敵わないことは八雲の今までの人生だけで分かり切っている。
「ホント雪菜には勝てないよなぁ」
そう言って笑みを浮かべる八雲と雪菜。
ふたりのイイ感じにサファイアが烈火の如く顔を赤くして叫ぶ。
「コラッ!話を聴きなさい!何イイ感じの空気出しているのですか!雪菜様に近づいたら―――」
「―――近づいたら、どうなるのかしら?……ねぇ?サファイア」
―――その時サファイアの背筋がスゥッと寒気を感じた。
恐る恐る振り返るサファイアの背後には顔に影を差しながら、目が笑っていない笑みを浮かべる白雪が立っていた……
「ぴぃっ?!―――ち、違うのです白雪様!!!あの変態が―――」
「―――お黙りなさい!!貴女がしたことを私が見ていないとでも思ったの?お客様に対する礼儀も忘れ、あまつさえ暴力行為を行うとは見るに堪えないわ。貴女を雪菜の世話係から解任するわ」
「そ、そんな!?―――し、白雪様!ど、どうかお考え直しを!!」
白雪に縋りつき、許しを懇願するサファイアだったが更に白雪から死刑宣告とも取れる言葉が飛び出す。
「私の許しが出るまで貴女は九頭竜八雲の世話係を命じるわ。九頭竜八雲に粗相をしたら、彼の好きにしていいこととするわ。いいわね?ちゃんと申し付けたわよ。」
「そ、そんな……」
涙ぐんで跪くサファイアの姿に八雲もやり過ぎたと少し反省して白雪に、
「な、なあ、白雪。さすがにそれはサファイアが可哀想―――」
と、そう言い掛けた八雲の足元で、サファイアが呟く。
「―――こんな変態の世話係にされたら一晩でわたくしの貞操が奪われて玩具にされて売られるまである……」
「もう絶対同情しないぞ……」
サファイアの言葉に八雲の同情心は脆くも崩れ去った。
「サファイア。八雲はとっても優しくて上手いから、きっと大丈夫だよ♪」
「上手いって何のことですか!?ちょっと雪菜様ぁあ~!!」
しゃがみ込むサファイアをまったく違う方向に励ます雪菜の言葉に、サファイアは複雑な泣き顔を浮かべながら雪菜の名を叫ぶのだった……
―――明日より『フォンターナ迷宮』攻略が開始される。
八雲はイェンリンを復活させることが出来るのか、それはまだ誰にも分からない―――