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第187話 フォンターナ迷宮 第一階層

―――重厚な金属の門が開くとその奥には、


石造りの通路が先に向かってやや下り坂になっていて、先に進む白雪に続いて八雲達も一歩を踏み出す―――


壁には光を放つ魔法石が設置されていて足元まで明るく照らしてくれるので、迷ったり壁にぶつかったりするようなことはない。


「―――この先にもう一つ扉があって、その先が一階層目になるわ」


先頭の白雪から説明を受けると、確かになだらかなスロープになっているその先に通路の大きさに合わされた扉が見えてきた。


その扉の前に到着すると白雪は再び白い魔法陣を展開して、


「―――解錠オープン


《解錠》の魔術を発動すると、扉がゆっくりと開く―――


「ここが、第一階層……」


―――扉の先には、


壁が石造りのところは今通ってきた通路と変わらないが通路幅が広がり、先程までの通路が幅3mほどだったのが、扉の先の通路は幅7mほどの倍以上の広さになっていた。


「―――それじゃあ前衛は俺、その次に雪菜とフォウリンにカイル、真ん中以降は密集形体で周囲と後方に注意して進もう」


八雲が前進の方法について指示を出す。


「此処から第三階層に下りる所までは目印を付けてあるから、それを見て進みなさい」


白雪の言葉に全員が頷いて返すと、先陣を切る八雲が歩みを進めていく背中を見ながら集団が移動を開始した。


先鋒に八雲、次に雪菜、フォウリン、カイルと続き、その後を白雪とダイヤモンドが進む。


他の者達は白雪とダイヤモンドの後を続いて行く。


今回は第二階層から第三階層に下りるところでベースキャンプを設営する予定なので、初めは人数がかなり多いダンジョン探索となるが、事前に聴いている話では第一階層、第二階層ともにそれほど強力な魔物も出現しないようなので、八雲は『索敵』に注意して先に進んで行く。


「それにしても……けっこう広そうなダンジョンだな。一体どのくらいの広さがあるんだ?」


進みながらそう問い掛けると、後ろの白雪が答える。


「そうね……少なくとも城がある湖よりは広いわね。首都までは届かないくらいじゃないかしら」


「ええ!?思った以上に広いな……その目印がなかったら下手したらこの中で迷って一生出られなくなってそうだ……」


「よっぽど探索に自信がないと危ないわね」


そんな話をしながら進んでいると、八雲の『索敵』能力が何かを感知した―――


「―――この先に何かいる」


―――そう伝える八雲の言葉に全員が戦闘体勢に入る。


すると―――


通路の先の曲がり角から現れたのは―――人面樹トレントだった。


ぞろぞろと群れの様に現れたトレントはその数五体だ。


八雲は予め腰のベルトに差していた黒刀=夜叉を抜刀すると、左手を上げて全員に一旦停止を指示する。


そうしてゆっくりと正面から現れたトレントとの距離を詰めていくと―――まだ間合いには入っていないと思っていた八雲の予想に反して、腕のような木の枝が何倍にも伸びて鞭のように撓りビュン!と風を切って真横に飛来する―――


―――しかし、


―――『身体強化』 

―――『身体加速』 

―――『思考加速』


 身体強化を発動済みの八雲には、その攻撃もスローモーションのようにしか目に映らない。


顔の横を数cmまで接近した木の腕を伏せて回避すると、次に反対の木の腕が八雲に襲い掛かる―――


―――だが、この程度の単調な攻撃など八雲に当たるはずもなく、次から次に来る鞭のような攻撃を軽快なステップで躱していく。


「ふぅん……大体攻撃パターンはこんなものか―――よしっ!」


そう気合いを入れた八雲は木の腕を躱した瞬間―――


―――夜叉が真一文字に横薙ぎに振られるとトレントは動きを止めて、そして切断面から木の樹液のような液体を振り撒きながら胴が真二つに切断されて崩れ落ちていった。


「それじゃあ、残り四体は雪菜!フォウリン!カイル!三人でよろしく」


「わ、分かった!」


「分かりましたわ!」


「承知しました!盾はお任せ下さい!」


そう言って前衛に盾を持って進み出るカイルだが、そんなカイルの装備は―――




カイル=ドム・グレント


●武器●

・ロングソード(鉄製)

鉄製の長剣


●防具●

・プレートメイル(鉄製)

チェインメイルに鉄板を取り付けて補強した鎧。

・ガントレット(鉄製)

ロンググローブの様な手と前腕を被う形状で、丈夫な布や皮・金属などで作られている。

・カイトシールド(鉄製)

菱形に近い形の大型の盾。




―――前回の課題試験で使用していた装備だ。


元々フォウリンの護衛であり、その腕を認められているカイルだからこそ、トレントにも恐れることなく突進して動きを止めることが出来ている。


次に襲ってきたトレントの枝腕の鞭攻撃をカイトシールドでしっかりと受け止めていたカイルに続いてフォウリンが剣を突き出す。


フォウリンの装備も前回と同じく―――




火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオン


●武器●

・紅神龍のバスタードソード(紅神龍の鱗製)

紅神龍の鱗で造られた片手半剣で片手でも両手でも持てる長さの剣。

火属性の魔術付与に適している。


●防具●

・紅神龍のプレートメイル(紅神龍の鱗製)

チェインメイルに紅神龍の鱗を取り付けて補強した鎧。

フォウリンのためにイェンリンが贈った鎧。

・紅神龍のガントレット(紅神龍の鱗製)

紅神龍の皮に紅神龍の鱗で造られたプレートを取り付けた物。

鎧と共にイェンリンが贈った。

・紅神龍の足甲(紅神龍の鱗製)

紅神龍の皮に紅神龍の鱗を取り付けて補強した足甲。

風属性魔術が付与され、跳躍・加速が補強されている。

鎧と共にイェンリンが贈った。




―――国宝級の装備を纏った完全武装だ。


そんなフォウリンがカイルの後ろから動きの止まったトレントに向かってバスタードソードを突き立てると同時に―――


「―――火球ファイヤー・ボール!」


―――と剣に《火球》を付与すると剣を突き立てられたトレントの木の幹から炎が上がり、体内から焼かれたトレントはそのまま悶え苦しむようにして燃え落ちていく。


さらに襲い掛かる三体目のトレントに合わせてカイルがカイトシールドで攻撃を防ぐと―――


「―――雪菜様!」


―――フォウリンが雪菜に合図を送る。


「はい!」


返事をして剣を持った雪菜がトレントの胴体に剣を突き立てるが―――


「―――浅い」


―――八雲は雪菜の踏み込みの甘さで体重が乗らずに剣がしっかりと刺さっていないことを指摘する。


だが、そこで雪菜が―――


「―――水刃ウォーター・ブレイド!」


―――水属性魔術・下位の《水刃》を唱えて、刺さった剣先からトレントの体内に発動した《水刃》は外に向かって弾けるように水の刃を繰り出してトレントを仕留めていた。


(ほう……そこまで考えていたのか。しかしあの戦法は―――)


それはクレーブスとイマジンの戦闘の際にクレーブスが披露した魔術戦闘であった。


さすがにクレーブスのように突き刺すと同時に無詠唱で火属性魔術上位炎爆エクスプロージョンを発動するという超高等魔術戦闘とまではいかないが、それでもトレント程度の魔物であれば十分に致命傷を与えられる戦闘術だった。


そんな雪菜の装備は―――




草薙雪菜


●武器●

・白神龍のグラディウス(白神龍の鱗製)

白神龍の鱗で造られた片手半剣で片手でも両手でも持てる長さの剣。

水属性の魔術付与に適している。


●防具●

・白神龍のコート(白神龍の皮・鱗製)

白神龍の皮にバイタルパートには白神龍の鱗が取り付けられている。鱗は薄く加工されていて軽量。

物理攻撃耐性効果・魔術攻撃耐性効果は絶大。




―――といったシンプルに見えて効果は絶大な装備だが、八雲は雪菜の持つ真っ白な刀身の武器に注目した。


(グラディウスとは……マニアックな武器を持たせているな)




―――グラディウス


歩兵用に開発されたグラディウスは、全長五十~七十cmほどの短い剣で、肉厚で幅広な両刃の剣身がどっしりとした印象を与える作りになっている。


八雲と雪菜の世界では古代ローマが開発して長く戦いで勝利に導く剣として使用された剣だ。


ヒルト(柄)部分はシンプルなポンメル(柄頭)とガード(鍔)、円柱形のグリップ(握り)で、木や骨などで作られるのがこの世界でのグラディウスの主流だ。


グリップには握りやすいように指を置く筋状の隆起があり、強く振り回しても滑らない工夫が施されているのが見て取れる。


八雲達の世界ではそれまで主流だった長剣での戦争が密集戦闘に適した剣グラディウスにとって代わられ、その後の戦争武器の歴史を変えたことでも有名な武器で『剣闘士グラディエーター』はこの剣『グラディウス』が語源となっている。




「どうしたの?八雲、そんなにこっちを見て」


黙って見つめる八雲に雪菜が不思議そうに問い掛けると、


「お前は『剣闘士グラディエーター』になりたいのか?」


「ふぇ?ぐらでいえーたー?何それ?グラタンの親戚とか?」


「親戚じゃねぇよ……あと食い物でもない」


「あ、そうなんだ。と、とにかく話はあとでね!」


そう言って雪菜はフォウリンとカイルのところに向かい、残りのトレントも無事に仕留めることが出来たのだった―――






―――トレント五体を撃破して、


「最初の戦闘にしては落ち着いて対処出来たのではないかしら?」


白雪が前方の八雲に向かって問い掛けると、


「ああ。カイルの盾役とフォウリン、雪菜の攻撃はしっかりと連携していた」


八雲の評価を白雪に返答する。


「ねぇ、八雲。トレントが落としていったんだけど、これって何だろう?」


次々と倒されて、ダンジョンの魔物特有の黒い塵のようなものになって消えていったトレント達の後に黒い石のような物が転がっているのを見つけて、そのひとつを雪菜が拾って八雲のところへと持ってきた。


「どれどれ……」


そこで八雲は『鑑定眼』スキルを発動すると、その物質に重なるようにして脳裏にその正体が浮かび上がってくる―――


「これは―――木炭だな。トレントだけに」


「なるほど……木のお化けだから改心して木炭に化けたと」


「―――いやそれなんて昔話?でも白雪も言ってただろ?深く潜るほど希少鉱石がドロップするって。この辺だと木炭くらいが妥当なんじゃないか?」


「そっかぁ……」


少し落ち込むように木炭を見つめる雪菜に、今度は八雲が問い掛ける。


「ところで雪菜。その武器なんだけど―――」


「ん?これ?白雪に貰ったんだよ♪ 前は重くて持ち上げるのも大変だったんだけど、八雲に『龍紋』を刻んでもらってからは自由に扱えるようになったんだぁ♪ いやぁ~八雲様!ありがたやぁ~」


そう言って両手を合わせて八雲を拝むようなジェスチャーを取る雪菜。


「しかしグラディウスって言うのも女の子の武器の選択としてはどうかと思うんだが?それはオパールが鍛えたのか?」


「うん♪ そうだよ!オパールは白雪の鱗から造ったって言ってたよ」


ニコニコと笑顔で答える雪菜―――しかし八雲は、


「お前、グラディウスがどんな武器か知ってるのか?」


「ほぇ?この剣ってグラディウスっていうの?グラタンとかゲームじゃなくて?」


「いや違うから!グラディウスっていうのは―――」


―――そこで八雲は一通りグラディウスという剣の由来や戦闘方法について雪菜に説明していく。


説明を聞き終えた雪菜は、


「う~ん、なるほどぉ……近接戦闘に優れた武器だったんだぁ。まぁ、確かに長さもそんなにないし、突いても斬ってもオッケーって感じだもんね♪ 前まで重すぎて使えなかったけど……」


「その武器、銘はあるのか?」


「ん?名前?そう言えば付けてなかったなぁ……う~ん……『白ポン』とか!」


「お前、ネーミングセンスのステータス、どっかに落としてきた?」


「失礼な!八雲よりかは絶対、私の方がセンスあるんだから!!うぅ、でもノワール・シリーズとか名前聞くと結構カッコイイんだよなぁ……くそぉ~!負けないから!!」


「なんで勝ち負けになってんの……」


そこからウゥ!ウゥ!と唸り出す雪菜に隊列は完全に停止していた……


白雪もそんなの後にしなさいと言いたいが、自分の鱗で造った武器の名前を可愛い御子の雪菜が唸りながら考えている姿を見て、無下にも扱えなくて複雑な表情を見せている……


いや、むしろどんな名前が付けられるのか内心ワクワクしていた……顔には出さないが。


そうしているうちに、雪菜が純白のグラディウスを見つめて、ふと言葉を漏らす―――


「―――『吹雪ふぶき』……うん!この子の名前は『吹雪』に決めた!」


嬉しそうにそう答える雪菜の満面の笑みに、八雲始め全員が誰も待たされた文句など言えるわけもなく唯その笑みに癒されていた。


だがそこで、遠巻きに見ていたフォウリンが自分の紅神龍のバスタードソードを見つめながらブツブツと何か言っている姿が八雲の目に映った……


「ああ~もしかして、フォウリンの剣もまだ銘がないとか?」


恐る恐る問い掛ける八雲に、フォウリンは顔を赤らめながら慌てて剣を鞘に納めると、


「い、いえ?!あ、あの、わたくしの剣は!その!……はい、まだ無名でして/////」


「うん、そうか、もうだったら此処で付けたら?別に待つよ。雪菜の名付けにも待ったし」


そう八雲が告げると、途端にパァ~!と花を咲かせたように可愛らしい笑みを見せるフォウリン。


「うん、なんかもう護りたくなるその笑顔」


と、八雲がひとり納得していると―――


「流石は八雲様。お嬢様の笑顔の価値がよくわかっていらっしゃる」


―――近くにいたカイルがウン!ウン!と何故か頷いて同意していた。


「決めましたわ♪―――剣帝母様から賜った大切な剣……銘は『燈火ともしび』に致します!」


「燈火……うん、良いんじゃないか」


八雲はその銘がフォウリンらしさを表しているように感じた。


常に誰かを想い、今回もこんな危険な旅に同行してマキシとイェンリンの両方を救いたいという想い。


そんな人徳を持つフォウリンだからこそ、カイルやエルカのような信頼出来る仲間に囲まれている訳で、そんな魅力をもっているフォウリンはまさに燈火の光に見えるからだ。


何故か後ろにいた紅蓮もドヤァ顔をしながらウン!ウン!と力強く頷いている……


それを見て八雲は目が合ったフロックやブリュンヒルデと一緒に苦笑いを浮かべていた。




こうして―――


白神龍のグラディウス=『吹雪ふぶき


紅神龍のバスタードソード=『燈火ともしび


―――二つの武器の銘が決まった。




「なんか負けた気がする……」


「だから、なんで勝ち負けなんだよ……」


フォウリンのセンスに何故か負けたという雪菜にツッコミを入れ、ようやく全員で再び歩みを進めることになるのだった―――






―――それからは、


トレントの集団が再び現れて今度は最初から雪菜、フォウリン、カイルを前に出すと八雲は後ろに向かって―――


「マキシ!お前も前に来い!!」


―――と、後方にいたマキシを前に呼びつけた。


「―――ぼ、僕?い、いいの?前に出ても?」


遠慮するかのようにオドオドしながら前衛に出てきたマキシに八雲は、


「お前も前に進むんだろ?だったら剣を取れ。お前の剣を取って戦え。お前の進む道はお前が決めて前に進め。さあ、どうする?」


ジッと見つめて、それでいて威圧するようなこともなく八雲がそう問い掛けると―――


「……分かった」


―――と、答えたマキシは自分の剣を鞘から抜いて構える。


蒼神龍の鱗で造られた武装である蒼龍剣=蒼夜そうやを身構えるマキシに、


「ところでその剣の銘は?」


と八雲が問い掛けると訝しげな表情をしたマキシが、


「……『蒼夜そうや』……だけど?」


とゆっくり答えると、


「蒼夜か……うん、その剣に似合ってる。良い名前だ」


と、八雲に突然自分の剣を褒められたので少し顔が熱くなったマキシは八雲を振り切って前衛の雪菜、フォウリン、カイルの元に走っていく。


マキシは以前の課題試験の迷宮のときとは違う装備に変わっていたので、八雲は『鑑定眼』で装備を一通り見ていた。




マキシ=ヘイト


●武器●

・蒼神龍の剣=蒼夜そうや(蒼神龍の鱗製)

蒼神龍の鱗で造られた片手半剣で片手でも両手でも持てる長さの剣。

風属性の魔術付与に適している。


●防具●

・蒼神龍のコート(蒼神龍の皮・鱗製)

蒼神龍の皮にバイタルパートには蒼神龍の鱗が取り付けられている。鱗は薄く加工されていて軽量。

物理攻撃耐性効果・魔術攻撃耐性効果は絶大。

・蒼神龍の籠手(蒼神龍の皮・鱗製)

蒼神龍の皮に鱗の装甲が取り付けられている。鱗は薄く加工されていて軽量。

物理攻撃耐性効果・魔術攻撃耐性効果は絶大。




―――雪菜とそれほど変わらない装備だが、装着している武器も防具も国宝級の一品だ。


(これでダンジョン攻略出来なかったら、誰が出来るんだ?)


と、ひとり思う八雲だったが、


「―――雪菜!Levelを上げたいなら魔術に頼らずに手数を増やせ!フォウリンもだ!Levelは致命傷だけで上がりやすい訳じゃない!数を撃ち出した熟練度がlevelアップの早道だぞ!」


前衛で戦う雪菜とフォウリンに叫びながら指示を与える。


「はい!」


「分かりましたわ!」


ふたりも八雲のアドバイスに従って魔術を撃ち込む戦闘から変更して、手にした武器でトレントの群れを物理攻撃で駆逐していく。


マキシも八雲の言葉を聞いて思うところがあったのか、得意の魔術や呪術は使わずに剣だけで闘っていた。


こうなると、味方が一撃性のない攻撃に切り替わったことで盾役のカイルに負担が掛かってしまう。


そんなカイルのフォローに入る様に、八雲も『身体加速』を使って危険な攻撃は斬り払い、四人のLevelアップに協力するのだった―――



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