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第189話 第一階層の階層主

―――大人びた左右を紐で結んだ黒のレース。




―――清楚な純白の白なのにTバック。




―――可愛い花柄の刺繍がされたピンク。




文字通り八雲の目の前に広がるピッチリと貼り付いた桃源郷……


「え、何これ?―――ご褒美?」


そう言って八雲が呆けていると後にいた白雪が叫ぶ。


「何バカなこと言っているの!あれは食人植物―――マンイーターよ!」




―――食人植物マンイーター


巨大な食虫植物で食料は人を含める大型の動物である。


蔓・蔦を触手状に自在に動かして能動的に栄養源である動物を狩るが、その場からの移動は出来ない。




「―――これがマンイーターか!」




雪菜とフォウリンにマキシを吊るし上げている蔦のようなものの先にある天井の大きな裂け目から、巨大なウツボカズラのような姿をした植物系の魔物が口のような部分をパクパクと動かして三人を喰らおうと引き上げていく―――


―――しかし、おめおめと三人の美少女を魔物の餌にするような八雲ではない。




「デカいな。でもお前にその三人は―――勿体ない!」




三人を吊るしている蔦のような触手を、彼女達よりも上の位置で横薙ぎに黒刀=夜叉を振り抜くと、それまで宙に浮いていた三人が当然だが落下する―――




「キャアア―――ッ!!!」




―――三人が同じように悲鳴を上げて落下すると、下ではその三人を受け止めるために、


―――雪菜をダイヤモンドが、


―――フォウリンをブリュンヒルデが、


―――マキシをウェンスが、


それぞれ大事な者を落とすまいと優しく丁寧に受け止めていった―――




「大丈夫ですか!?雪菜様!」


「う、うん。ありがとう、ダイヤ」




「怪我はないか?フォウリン」


「あ、ありがとうございますブリュンヒルデ様」




「マキシ様!お怪我は!?」


「だ、大丈夫……ありがとう、ウェンス」




どうやら三人とも怪我はないようで、八雲はそれを確かめると天井の大きな隙間に目を向ける―――


―――裂け目から口を開き、まるで怒りを表すようにして大量の蔦を伸ばし出したマンイーターが次の攻撃を仕掛けて獲物を狙っていた。




「俺の女に手を出したお前は―――コ・ロ・スッ!」




八雲の言葉を無視してマンイーターの触手が一斉に八雲の身体に向かって飛来したかと思うと、それこそ足首から肩まで全身隈なく巻き付いて八雲の身動きを取れなくしてきた―――




「ッ?!―――八雲ぉおお!!」




―――その様子に驚いた雪菜が叫び声を上げるが、八雲は平然とした顔でマンイーターを見ている。




「俺もイェンリンとの戦闘でLevelが上がったことで、新しい能力も身についた。お前で試させてもらうぞ」




マンイーターは本能のまま、八雲を自らの口へと持ち上げていく―――




「いくぞっ!―――『地獄の業火ヘル・ファイアー』ァアアッ!!!」




―――次の瞬間、八雲を締め上げる蔦も本体のマンイーターも一瞬で漆黒の炎に包まれた。




―――『地獄の業火ヘル・ファイアー


『黒神龍の加護』として顕現した黒神龍の漆黒の炎を操り、あらゆるものを燃やし尽くす。


一度燃え上がれば八雲本人が解除しない限り、決して消火することは出来ず水の中でも燃え続ける。


火属性魔術のようにも見えるが、火属性魔術は消火することは可能であるのに対して、この地獄の業火は決して消すことが出来ないという別次元の炎である。


ノワールの龍の牙ドラゴン・ファングの序列者達は加護として扱えるが、人類では八雲が初めてとなる。




「―――ッ!?!?!?!?」




発声器官をもっていないマンイーターは叫び声を上げることも出来ず、みるみるうちに消し炭へと変わっていき、そのまま塵となって消えていったのを八雲は見つめながら加護の使い勝手や威力を確かめていた―――


マンイーターが燃え尽きた後に、天井からドスンッ!と大きな塊が床に落ちてきたのを八雲は拾い上げた。


その塊は橙色の透明な塊で、八雲が『鑑定眼』で調べて見ると―――


「これは―――琥珀、アンバーだな」




―――琥珀アンバー


太古の昔、幾千万年の時間をかけてこの地上で育まれた宝石。


地中奥深く眠っていた鉱物と違って、琥珀は地上の生物すなわち針葉樹の樹脂が化石化して生れ変った唯一の生物起源宝石である。


八雲の世界では西洋でも東洋でも宝飾品として珍重されてきた。


鉱物に匹敵する硬度を持ち、色は飴色、黄色を帯びた茶色ないし黄金色に近い。




それは掌に収まりきらないほどの大きな琥珀だった。


「それって、宝石なの?」


近づいてきた雪菜が八雲に問い掛ける。


「ああ。ちゃんとした宝石だよ。アンバーって呼ばれてるな。元は太古の植物の樹脂なんだけど、それが化石化したものが琥珀だ」


「へぇ……なんだか飴みたいな色してるね」


「ところで……雪菜?」


「うん?―――なに?どうしたの?真剣な顔して?」


そこで一息短く呼吸した八雲は―――


「雪菜!お前が可愛い花柄刺繍がされたピンクを履くなんて正直驚いてギャップ萌えしたぞ」


「―――なぁっ?!/////」


「フォウリン!清楚で礼儀正しいお前がまさか大人びた左右を紐で結んだ黒のレースを履くなんて正直意外だったが最高だ」


「―――イヤァアア!!!言わないでぇ!!!!!/////」


「マキシ!大人しそうにしていて清楚な純白の白なのにTバックとかグッときた」


「―――あれは着替えがなくて!!ウェンスに借りたやつでぇ!!!/////」


「マキシ様?!/////」


替えがなかったマキシのために自分の下着を貸していたというウェンスにまで飛び火して、盛大に羞恥心に燃え上がっている乙女達を尻目にして白雪を始め他の者達は八雲の容赦ない仕打ちにドン引きして見ていた。


「さあ、気を取り直して前に進もうか!」


爽やかな笑顔でそう叫ぶ八雲の言葉にまともに返事をする者は誰一人いなかったが、それでも進まない訳にはいかないので、仕方なくといった空気で八雲の背中につき従う集団は歩き出す。


雪菜にフォウリン、マキシは顔を真っ赤にしたまま俯きながら前に進んでいた―――






―――そこからマンイーターは現れなかったが、再びガーゴイルが出現したり、トレントが湧いて来たりした。


魔物の出現で気持ちを引き締めた三人は、最初に討伐していた時と同じようにペアを組んだ神龍の牙娘達と順調にその魔物達を倒していく。


そうして―――


目の前に巨大な金属の扉が見えてくると、白雪が八雲に声を掛けた。


「―――あそこが階層主の部屋よ」


「あれが……たしか第一階層の階層主はアラクネだったよな?」


「ええ、たしかにそうだけど、此処には階層主と一緒にストーンゴーレムも出現するはずよ」


「ストーンゴーレム?強いのか?」


「普通の人間なら太刀打ち出来ないでしょうけど、貴方達なら大丈夫でしょう。でもあの子達には硬いでしょうし、攻撃が重いから注意が必要よ」


「まあ、そうなるか。でも今はツーマンセルでペアを組んでいるから大丈夫だろう。いざとなったらダイヤ達がフォローするだろうし。それよりも問題はアラクネの方だな……」


「ええ、そうね。アレは素早いものね。でもそれも貴方なら見えるでしょう?」


「Levelを上げる時に相手してた時は危なかったけどな」


八雲は笑いながらそう答えたが、次の瞬間には真剣な表情に引き締めて―――


「これから階層主の部屋に入る―――中には恐らくストーンゴーレムとアラクネがいると思うけど、他にも潜んでいるかも知れないことを頭に置いておいて欲しい。アラクネは俺が対処するから、三人はペアでストーンゴーレムの方に集中してくれ。他の皆は周辺警戒を頼む」


―――全員に指示を出して了解を得る。


「それじゃ―――開けるぞ」


そう言って八雲が扉に手を掛け押して見ると、音もなく巨大な扉は押されるままにその門を開いていく。


その扉の中は―――


ガーゴイルが出現したホールのような広間よりも更に大きく、天井も数十mはあろうかという高さだった。


その周囲の壁には光る魔法石のトーチが並んでおり、その光で広間の中は明るく照らされている。


すると、巨大な広間の中央に佇む魔の存在に目線が集中した―――


「あれは―――本当にアラクネ、なのか?」


―――その姿を見た八雲は目を見開いてその存在を確認する。


八雲達の前に佇むアラクネは確かに下半身が巨大な蜘蛛で、上半身に女の姿をした身体が合体しているが、その女の上半身は全身をフルプレートアーマーで覆い、下半身の蜘蛛の部分も彼方此方に金属の装甲が施されていて、脚の部分も具足のような装甲に一本一本が保護されている、言うなればアーマー・アネモネと言って過言ではない装備だった。


「此処はダンジョンだから地上のアラクネとは少し違う姿をしているわ」


「いや少しじゃねぇだろ……フルプレートアーマー着てるじゃねぇか……」


今さらながらの白雪の説明に内心で八雲は「早く言ってよぉ~!」と思っていたが扉を開けてお邪魔した以上、向こうもタダでは帰してくれないだろう。


鈍い銀色のフルアーマーに身を包んだアラクネの左右にはそれぞれ3体ずつ、合計6体のストーンゴーレムのおまけも付いている。


「こりゃ大歓迎って感じだな……予定通りアラクネの相手は俺が―――」


―――八雲がそう言い掛けた時、八雲の『危機検知』スキルが豪快に脳内で発報したかと思うとかなりの距離が開いていたはずのアーマー・アネモネが目の前まで来て蜘蛛の前脚で八雲を貫こうとして突き立ててくる。


―――『思考加速』 

―――『肉体強化』 

―――『身体加速』 


即座にそれらを発動する八雲―――


―――鞘から抜いた黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹でその装甲脚を受け止めて、次の一瞬でアーマー・アラクネの装甲蜘蛛を思い切り蹴り飛ばして距離を離す。


その瞬きする間の攻防に白雪達と龍に連なる娘達は特に驚くこともなかったが、雪菜、フォウリン、マキシの三人はサッと顔色を変えて冷たい汗が背中を流れていく―――


―――三人ともLevelが確実に上がっているとはいえ、英雄クラスまで上がった訳ではない。


すると八雲がその三人を見て―――


「ボヤボヤすんな!!今までやってきた通りにやってみろ!!!」


―――と大声で発破を掛ける。


その言葉にハッと気持ちを取り戻した三人は、その手にした神龍達の鱗で出来た武器をギュッと握り締めた―――






―――高速のアラクネと違い、随伴していたストーンゴーレムの動きは遅い。


冷静に対応さえしていけば今の雪菜達なら倒せない魔物ではないし、ダイヤ達もサポートに付いているので八雲はアーマー・アラクネに集中する―――


―――蹴り飛ばされたアーマー・アラクネは突進するストーンゴーレムと入れ替わるようにして広間の奥に後退して、まるで八雲を誘い出すかのような動きを見せている。


だったら!とここで突っ込むのがいつもの八雲に思えるが、今は集団での攻略だ―――


「―――サジテール!スコーピオ!」


―――その集団の中から龍の牙ドラゴン・ファングの序列02位と序列06位のふたりを呼ぶ。


「―――八雲様!」


「―――御子!」


一瞬で八雲の左右に姿を現したサジテールとスコーピオ。


「手っ取り早くアイツをサッサと倒したいから手伝ってくれ。あ、あと―――サファイア!!!」


「―――気安く名前で呼ぶなです!!!」


集団の中で控えていたサファイアも八雲の後ろに嫌そうな表情を浮かべながら姿を現した。


「そんなこと言っていいのかなぁ?白雪に―――」


「―――どうなさいました八雲様?サファイアに何かご用でしょうか?」


ニッコリ営業スマイルよろしくで態度を変えるサファイアに、八雲は呆れ笑いをしながらも、


「サファイア、お前の得意な武器や攻撃は何だ?」


「……これですけど……クッ!まさかこんなところで手の内を明かすことになるとはっ!」


「お前、一応味方だよね?でも、そうか―――槍か」


まるで敵に手の内を晒してしまったことを悔やむかのようなサファイアにドン引きしていた八雲だが、その手に握られた見事な槍には見惚れていた。


「ええ。オパールの造ってくれた白雪様の鱗製です。銘は『初雪』ですわ」


サファイアが『収納』から取り出した槍は、日本の槍でいうところの大身槍だった―――




―――白神龍の槍=『初雪』


「大身槍」とは、穂が長い槍のことを指す。


柄の形状は、扱いやすいように穂よりも短く、太くなるのが特徴であり穂の長さが長大になればそれだけ重量が増し、扱いにくくなるため、大身槍を扱うことが出来たのは筋力と腕力が優れた槍の使い手だけである。




「うん、一目で凄い槍だと伝わってくる。見事な槍だ」


「ふぇ?!あ、ありがとうございま―――褒めても騙されませんから!/////」


「素直に言ったのに……まあいい。それじゃあ前衛は俺とスコーピオ。真ん中はサファイア。遠距離はサジテールでいくぞ」


「ちょっと!わたくしはまだ協力するとは言って―――」


「ああ~白雪がこっち見てる~」


「―――頑張りますわ!!!」


「ホント現金だな、お前……よし……やるか」




―――黒刀=夜叉を持って前に立つ八雲。


―――黒短剣=奈落を両手に握るスコーピオ。


―――その後ろに白龍槍=初雪を握って構えるサファイア。


―――そして後方で黒弓=暗影を構えるサジテール。




即席で編成された階層主討伐パーティーだが八雲の言葉を聞いた途端、先ほどまでとは打って変わり空気が張り詰めたように周囲に四人が『威圧』を立ち込めていく―――


―――その強烈な『威圧』を前にしてアーマー・アラクネも怯みながら、その身体の鎧を軋ませて震えていたのは武者震いなのだろうか……


戦闘モードに入った四人の眼は最早、獲物を狙う猛禽類のように鋭く睨みつけ、その獲物であるアラクネに突き刺さっていった。


そうして階層主の討伐が今、開始される―――



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