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第190話 第二階層へ

―――黒刀=夜叉を持って前に立つ八雲。


―――黒短剣=奈落を両手に握るスコーピオ。


―――その後ろに白龍槍=初雪を構えるサファイア。


―――そして後方で黒弓=暗影を構えるサジテール。




即席で編成された階層主討伐パーティーだが八雲の言葉を聞いた途端に先ほどまでとは打って変わり、空気が張り詰めたようになって四人とも周囲に『威圧』を立ち込めていく―――


―――その強烈な『威圧』を前にしてアーマー・アラクネも怯みながら、その身体の鎧を軋ませて震えていたのは武者震いなのだろうか……


戦闘モードに入った四人の眼は最早、獲物を狙う猛禽類のように対象を鋭く睨みつけて獲物であるアラクネに突き刺さっていく。




「―――準備はいいか?スコーピオ」


「いつでもいいぞ―――御子」




前線に並ぶ八雲とスコーピオが鋭い目つきのままで手にした武器を構えて、アラクネに向かって超加速して突撃する―――


―――八雲とスコーピオの突撃にアラクネは危険を察知し、此方も加速して回避しようと右に移動する。


だが、そこには右側にいた八雲が回り込みアラクネの装甲に夜叉で斬り込む―――


―――蜘蛛の脚に施された装甲が刃とぶつかった瞬間に火花が散ったかと思うと一息にその蜘蛛の脚を切り飛ばした。




【GUGYAAAAA―――ッ!!!】




フルフェイスの兜の中で叫ぶアラクネの叫び声がダンジョンの中に響くと同時に、左側から奈落を両手に握ったスコーピオが蜘蛛の身体の腹部にあたる部位の背に乗り、上半身の人の身体に斬りつけるが人型の手から鋭い爪が伸びるとそれを剣のように振り翳してスコーピオに対抗する―――


―――キィイィーン!と甲高い金属音が広間に響き渡ると同時に、アラクネの剣のような爪が宙を舞う。


「御子に頂戴した奈落の斬れ味―――そんなもので打ち合えると思うなよ」


―――黒短剣=奈落をクロスに構えて隻眼の瞳でアラクネを睨みつけるスコーピオ。


アラクネの意識がスコーピオに向かっているその時―――


「ハァアアア―――ッ!!!」


―――白龍槍=初雪を渾身の力でアラクネの下半身、蜘蛛の頭に突き立てたサファイアは蜘蛛頭を覆っていた装甲のヘルメットを穂先で貫き、そこから青色の体液が噴き出して周囲に飛び散っていく。


【KISHAAAA―――ッ!!!】


「汚いですわね!もう少しでコートに染みが出来るところでしたわ!」


降り掛かるアラクネの体液を躱してコートに掛かっていないかを気にするサファイアの頬の真横を漆黒の矢が掠めそうになって飛翔していく―――


【GYUHAAA―――ッ!!!!!】


「危なッ?!―――危なかったですわよ!!サジテール!!!」


―――サファイアが装甲を貫いた額の傷に精密射撃で狂いなく矢を撃ち込んだサジテールに文句を言うサファイアだが、サジテールはそんな彼女に無視をかまして次の矢を黒弓=暗影に番える。


その間にスコーピオは上半身の人型を次々繰り出す奈落の斬撃で斬りつけ、フルプレートアーマーは彼方此方が刻まれて剥がれていた―――


「そろそろトドメを刺すか―――」


―――右手に黒刀=夜叉、左手に黒小太刀=羅刹を握り、天井近くまで飛び上がった八雲。


そのまま夜叉と羅刹を振り被って急速に落下してくる八雲を視認したスコーピオとサファイアが距離を取るためにアラクネから離れる―――


九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式剣術

―――『肩車かたぐるま』!!!」


―――振り被った夜叉と羅刹でアラクネの人型の両肩に斬り込み、そこから身体を三枚に捌くように下半身の蜘蛛の部分まで切り裂くと、アラクネの人型の身体が首のある真ん中を残して、切り裂かれた両肩が左右にベロりと開いて体液と内臓を噴出させていく。


【GYARURUAAA―――ッ!!!!!】


凄まじいアラクネの断末魔が広大な広間を駆け巡ると、ゆっくりとその巨体を床に倒すとともに黒い塵に変わっていくアラクネ―――


その様子を黙って見送る八雲とスコーピオ、サジテールとサファイア……


「ちょっと……別にアナタひとりでも余裕で倒せたのではありませんの?」


ジト目で問い掛けるサファイアに八雲は考え込んでから―――


「どうだろうなぁ~。倒すのは出来るだろうけど、もう少し時間食ってたかもな。いくら広いとはいえ、全力で魔術を撃ち込んだら崩れて生き埋めになっていたかも知れないし」


「御子。向こうの方も、もうすぐ型がつきそうだ」


スコーピオがストーンゴーレムとの戦闘を繰り広げる雪菜達の方を親指で指差して伝えてくる。


その先では―――


「これでぇ!―――ラストッ!!!」


―――気合いの一撃と共に雪菜がストーンゴーレムにトドメを刺していた。


既に三体は先に雪菜、フォウリン、マキシがそれぞれのペアと倒していたようで、八雲が目線を向けたときには残りの三体が次々と音を立てて倒れ落ち、黒い塵へと消えていくところだった。


「どうやら無事に倒せたみたいだな」


「雪菜様カッコイイですぅ~♡ 最高ですわぁ~♡////」


サファイアがストーンゴーレムを倒した雪菜にブンブンと手を振って褒め千切る。


「ふぅ……お疲れ八雲!ねぇねぇ!ストーンゴーレムからこんなの出てきたんだけど?」


「ドロップか。どれどれ……」


『鑑定眼』で雪菜の持ってきた鉱石を鑑定する八雲をワクワクした瞳で見つめる雪菜。


「これは……鉄だな」


「へ?……鉄?鉄ってあの鉄?」


「そう鉄だ。元素記号Feの原子番号26番。大和言葉で『くろがね』の鉄だ」


「いやどう言い回しても只の鉄でしょ……なぁんだ、あんなに頑張ったからもっと良い物かと思ったのに!」


「いや木炭よりはよっぽどいいだろう?」


「それはそうだけど……それじゃあ階層主は何を落としていったの?」


苦労して倒したストーンゴーレムの置き土産が只の鉄だと聞いて落ち込んでいた雪菜だが、アラクネのドロップアイテムが気になって八雲に問い掛けた。


「アラクネのドロップアイテムは……これだ」


そう言って『収納』から取り出されたのは、両手に抱えるほど巨大な鈍い銀色の塊だ。


「なにこれ?銀とか?」


雪菜がその色から銀なのかワクワクしながら問い掛けると、八雲はニヤリと笑みを浮かべる。


「これは―――鉄だ!!!」


「なに、ここ!?鉄ばっかりなの!?」


大きさは違えども間違いなく鉄の塊だったことに雪菜がガクリと肩を落とす。


「まぁまだ第一階層なんだから、次に期待しようぜ」


八雲は鉄塊を『収納』に納めると雪菜の肩に手を置いて励ます。


「それじゃ、奥に進むとしますか」


八雲は階層主の部屋の奥にある通路を指差して、更に奥へと進むことを宣言したのだった―――






―――階層主の部屋の奥にあった通路を進むと暫くして扉があり、一行は立ち止まった。


八雲が警戒しながら扉を押すと見た目とは裏腹に軽く押しただけで、その扉は奥へと開く。


その中は先ほどの階層主の広間ほどではないにしても、それなりの広さがあり天井も高く造られている空間だった。


「ここは『安全地帯』よ。各階の階層主の部屋の奥は下の階層に向かう入口と同時に安全地帯にもなっているのよ。たとえ倒した階層主が復活したとしても、この部屋には入れないわ」


白雪の説明に八雲は少し考えてから―――


「だとすると、ベースキャンプを設営するなら、第二階層の階層主を倒してその奥にある安全地帯に立てるのが賢明か」


―――と、白雪に確認を取る。


「―――そうね。どっちにしても私と紅蓮、それにセレストはそこまでしか行けないし、第三階層より下は貴方達だけで進まなくてはいけないわ」


「分かった。取り敢えず此処で一度休憩を挟んで、そのあと第二階層に下りよう」


八雲の言葉を聞いてそれぞれが安全地帯で休息に入った。


八雲はその広間の奥にある床に作られた地下へと向かって行く階段を見に行くと、雪菜とサファイアもそれに続いてついてきた。


「これが第二階層へと続く階段か。幅は五mってところだな」


「この下が第二階層なんだねぇ……よしっ!頑張るぞぉ!」


「その意気です!雪菜様!!」


気合いを入れた雪菜にサファイアが相槌を入れているのを見て、ちょっと姉妹のように見えなくもないと八雲は思った。


「それで第二階層には行ったことあるのか?サファイア」


雪菜とお近づきになれてご機嫌なサファイアだったが、八雲に問い掛けられたことで気分が台無しといった表情をあからさまに向ける。


「はぁ?どうしてわたくしがアナタなんかにそんなこと教えてあげなくてはいけないのです?」


言っていることは丁寧に聞こえるが、言い方は眉間に皺を寄せた正しいヤンキーフェイスの返事をするサファイア。


「ええ~そんなこと言わずに教えてよ♪ サファイア♡」


まるで唸り声を上げる狂犬のような態度を取るサファイアに雪菜がウィンクしながら話し掛けると―――


「はい!雪菜様♡ この先の第二階層はですね!まるで森の中のような植物が沢山生い茂っていまして―――」


―――と、堰を切ったかのようにペラペラと丁寧に解説を始める。


「何これ?俺の扱い雑過ぎない?泣くよ?もう男泣きするよ?」


その横で自分の不当な扱いに泣いて抗議しようとする八雲は無視して雪菜に説明するサファイア。


第二階層は第一階層とはガラッと変わって森のようになっていると聞いて、八雲はバルバール迷宮の第三階層を思い出す。


サジテールと初めて邂逅したあの場所は階層すべてが安全地帯になっていたが、ここの第二階層は普通に魔物が出てくるという点は相違がある。


そうなってくると八雲は厄介な場所だとすぐに推察した。


今まで通ってきた通路と違い、外の森のようになっているフィールドは木の影や地中など潜みやすい場所が多く、しかもいつ襲ってくるのかわからない奇襲への対策レベルが格段に上がるからだ。


石壁なら仕掛けでもなければ何か飛び出してくることもないが、森の中だと360°が襲撃ポイントになる。


「ふむ……『索敵』を密にしておかないとけっこう危ないな」


「ちゃんと分かっているのでしたら、別にかまいませんけど下手を打って怪我などしないで下さいましね?」


「おお!?―――なになに?どうした?俺の心配をするなんて、ついにデレた?」


突然サファイアにデレ期到来か!?と思った八雲だったが―――


「はぁ?―――誰がアナタにデレるなんてことあるんですか?アナタが怪我でもしたら世話役を申し付けられたわたくしの責任を問われるじゃありませんか!ですから女の子ばっかり見てないでちゃんと前を向いて進んで下さいましね!」


―――と身も蓋もない理由だったことに普通なら愕然とするのだが八雲は違う。


「ああ、それ、あれな!『別に、アンタのことを心配なんかしてないんだからね!////』っていう定番のツンデレだろ?よし!第二階層は俺と手を繋いで先頭を歩こうな!」


「誰がアンタなんかと手を繋ぐもんですか!殺されたいのです?」


大声で八雲に全拒否発言をしたところで、サファイアの背筋にいつぞやの悪寒が走り抜ける……


「へぇ……お客様に『殺す』といった言葉を向けるとは……本当に貴女という子は……」


「ぴぃい!?―――し、し、白雪様!?こ、これは違うのです!今のは言葉の綾ですわ!わたくしはちゃんと八雲様のお世話を!」


背後に現れた白雪に冷や汗を額からダラダラ流すサファイアの言い訳を聞いていたが、


「―――それじゃあ第二階層はしっかりと手を繋いでお客様をエスコートするのよ。貴女のお客様に対する態度を見定めます」


「そ、そんなぁ……」


「嫌なのかしら?」


「いえ?!やらせて頂きます!です!!はい!!!」


白雪の圧力に完全に我を見失ったサファイアは勢いで白雪の提案を受ける。


「なあ、あれって実は白雪、揶揄って楽しんでないか?」


隣にいる雪菜にそっと小声で問い掛ける八雲に雪菜は笑顔を向けて―――


「今頃気がついたの?白雪は白い妖精ホワイト・フェアリーの皆、とっても大好きなんだよ♪」


―――そう答えるのだった。


ひとり肩を落としたサファイアに八雲は少し同情していた―――






―――安全地帯での休憩も終わって、


「それじゃ、出発しよう!」


八雲の掛け声に全員が第二階層に向かう階段へと進む。


第一階層とは少し編成が変わり先陣は八雲とサファイア、二列目が雪菜とダイヤモンドにフォウリンとブリュンヒルデ。


三列目にはマキシ、ウェンス、そしてサジテールとスコーピオが並んだ。


他の者達はその後方に密集体勢を組んで進む。


「それじゃあ、お手を拝借」


そう言ってサファイアに手を伸ばす八雲。


「ウウゥ……ホントにやるのですか……/////」


おずおずと手を伸ばしては引っ込めて、を繰り返すサファイアは少し涙目だった。


「ほらぁサファイア。白雪が笑顔で応援してるぞ?目は笑ってないけど……」


「ぴぃい?!わ、分かりましたわ!!!」


叫び声を上げて顔を真っ赤にしながら手を取るサファイアが、八雲も可愛らしくなってきて白雪の気持ちが少し理解した気がした。


「階段の下まででいいよ。そこから先は手を繋いでいると逆に危ないからな」


「はう?!わ、わかってましてよ!!/////」


(そういうところだよ……サファイア)


心の中でツッコミを入れる八雲だが、細くてスベスベのサファイアの手は緊張で汗ばんできていて、その初々しい反応も八雲の琴線に触れている。


「ああ~これは……八雲の方も気に入っちゃったみたいだねぇ」


後ろの列で雪菜が囁くと、フォウリンがそれに気づいて雪菜に問い掛ける。


「八雲様がどうかしまして?」


「うん?エヘヘ♪ それはね―――」


そこから耳打ちして雪菜の思っていることをフォウリンに伝えると、


「や、八雲様が?あの子を?それは本当ですの?/////」


目の前で手を繋いで階段を降りて行く八雲とサファイアを見ながら、雪菜の言ったことをもう一度問い掛けるフォウリン。


「うん♪ 八雲は間違いなくサファイアに男として興味を持ち始めたよ♪ フォウリンもうかうかしているとサファイアに先越されちゃうかもね♪」


「わ、わたくしは別に……そんなこと……/////」


顔を赤く染めて俯くフォウリンにも雪菜は絶対に脈があると確信していた。


「まあ、そのことは全部終わってからちゃんと考えてみてよ。今は一緒にイェンリンを助けよう!」


「―――そうですわね!はい!」


焦ってもいまはなかなか進展するのは難しいだろうと考えた雪菜はフォウリンの集中が余計な悩みで途切れないよう助け舟を出してこの話はまた今度と一旦終わらせることにしたのだった―――






―――そうこうしている間に階段の一番下の出口まで辿り着いた。


「もう手は繋がなくていいぞ」


そう言って手を離した八雲にサファイアは―――


「あ……/////」


―――と、思わず残念そうな顔をする。


「ん?なに?もうちょっと繋いでいたかったか?」


ニヤニヤした顔でサファイアにそう告げる八雲だが、


「だ、誰がアナタなんかと!!本当に迷惑ですわ!!!」


「あら?もう手を離してしまったの?」


「白雪様!?い、いえ、これは―――」


階段から下りてきた白雪がサファイアと八雲のところに近づき、声を掛けるとすぐにサファイアが怯えだす。


「―――第二階層の中でも手を繋いでいたら流石に危ないだろ?自由を奪われるとお互いの身を危険に晒すことになるしな」


「ふぅん……そういうことにしておきましょう。けれどサファイア……世話役の任、忘れないでちょうだいね?」


「か、畏まりました!!」


そう言ってから白雪は元の後ろの集団に戻っていった。


「お前も大変だな」


「誰のせいですか!!」


逆撫でするような八雲の同情にサファイアはまるで猫のようにフシャ―ッ!と目を三角に吊り上げて怒りを露わにする。


そんなサファイアは置いておいて、


「このまま先に進むぞ」


全員にそう伝えて辛うじて道になっている地面を進む八雲達―――


「しかし、本当に此処は外にある森と変わらないんだな」


迷宮の中とは思えない周囲の森林、植物の状況に八雲はバルバール迷宮の第三階層との既視感を覚える。


何より天井が空と見紛うくらいに青く雲まであり、天の頂点には太陽までが存在していた。


「あれは空を見立てた幻影を天井に映しているのです。そして太陽の光と勘違いしている此処の植物達は普通に成長して普通に枯れていきます。昼も夜もちゃんとあるのですよ」


隣を歩くサファイアが八雲に説明する。


「まるで……巨大なプラントか実験場みたいなところだな」


「プラント?」


八雲の言葉を問い掛けるサファイアに今度は八雲が説明する。


「プラントって言うのは、工業活動に必要な素材や資源を作り出す生産設備のことだよ。此処の森の木を有効活用すれば資源として扱えるだろう?まるで誰かが意図的に地下で生活出来る手段を生みだそうとしている場所みたいに感じただけだ」


「そう言われてみれば、言い得て妙ですわね」


そんな会話をして森を進んでいると―――


広い場所に出たと思ったら周囲には巨大な岩場が幾つも広がっていた。


「少し雰囲気が変わったな……」


「ッ?!―――あれを!!!」


周囲の雰囲気が変わったと感じた八雲の隣でサファイアが岩場の上を指差して声を上げた。




そこには―――




獅子の頭と山羊の頭に胴と四肢、蛇頭の尾という姿をした魔獣が立っていた。


獅子の頭が火を吹き身体を動かし、山羊の頭が魔法を行使し、蛇頭が毒を吐く。


獅子よりも少し大きく、その頭数が脅威となる魔物が現れた。




「あれは―――キマイラです!」


サファイアの声が迷宮の偽りの空に吸い込まれていくと同時に、さらに二体のキマイラが左右から現れた。


「早速のお出迎えか。それでも無理に通してもらうけどな!」


八雲はスラリと夜叉と羅刹を抜いて戦闘体勢の構えを取るのだった―――



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