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第191話 第二階層の魔獣

「―――あれはキマイラです!」


―――サファイアの声が迷宮の偽りの空に吸い込まれていくと同時に、最初に現れたキマイラの左右から更に二体のキマイラが現れた。


「早速のお出迎えか。それでも無理に通してもらうけどな!」


八雲はスラリと夜叉と羅刹を抜いて戦闘体勢の構えを取る―――




【GURURUUU―――ッ!!!】




―――正面の岩山で唸り声を上げるキマイラが、その岩壁を勢いよく駆け下りてくる。


「俺とサファイアで真ん中のヤツを!―――雪菜とダイヤモンドは右!フォウリン達は左を頼む!」


「―――分かった!」


「―――分かりました!」


雪菜とフォウリンが八雲の指示に返事をする。


【サジテール!スコーピオ!―――ふたりのバックアップを頼む】


『伝心』でサジテールとスコーピオに雪菜とフォウリンのバックアップを指示すると、八雲は突撃してくる中央のキマイラに集中する―――


―――岩山から駆け下りるキマイラの山羊頭が遠距離からの魔術攻撃体勢に入り頭の前に仄かに輝く魔法陣を展開する。


「―――魔術まで使えるのか!?」


驚く八雲に隣で白龍槍=初雪を握るサファイアが八雲に怒鳴る様にして―――


「山羊頭は魔術担当で蛇頭の尾は毒攻撃をしてきますよ!!!」


―――と、八雲へキマイラの特徴を早口に教える。




―――合成魔獣キマイラ


獅子の頭と山羊の頭に胴と四肢、蛇頭の尾という姿をした魔獣。


獅子の頭が火を吹き身体を動かし、山羊の頭が魔術を行使し、蛇頭が毒を吐く。


獅子よりも体躯は大きく、その頭数が脅威となる魔物である。




―――その間にも山羊頭の詠唱が終了し、魔法陣から八雲とサファイアに向かって水刃ウォーター・ブレイドを数十発と大量に繰り出してきた。


その《水刃》を回避しながら黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹で撃墜していく八雲―――


―――白龍槍=初雪を自身の前で超高速回転させ、飛来する《水刃》を粉砕するサファイア。




(へぇ……けっこうやるな、サファイア)




(これを躱して墜としますか……やはり腕は立ちますわね)




お互いに相手の動きに感心している八雲とサファイアだったが―――




【GUWAAAAA―――ッ!!!】




―――獅子頭が上げた叫びと同時にその口から火炎放射器のように吐かれた炎が一直線に八雲へと向かう。


まさかの事態に驚いた八雲だが、『思考加速』『身体加速』で難なく躱していく―――


「―――炎まで吐くのかよ?!」


「ああ、先ほど言い忘れてしまいましたわ」


「それ大事!前に飛び込んでたら今頃は黒焦げだったぞ!」


「……チッ!」


「今お前、舌打ちしただろ?」


「オホホホッ♪ なにをおっしゃいますの?―――ッ?!来ますわよ!!!」




―――魔獣を前にしながらも微塵も恐怖は感じていないふたりは、そんなふざけた会話をしながらも山羊頭の魔術攻撃と獅子頭の炎噴射を躱していく。




「―――いい加減、逃げ回るのも飽きたな。それで?どっちがヤる?」




回避して空中を飛びながらサファイアに問い掛ける八雲―――




「わたくしはアナタのサポートですから、トドメはお譲りいたしますわ」




―――八雲に譲ると申し出るサファイア。




「それはありがとう。それじゃ……サッサとあのキモイ合体獣にトドメ刺すとするか」




そう言い放つと、夜叉と羅刹を仕舞い、改めて夜叉の柄に手を持っていき、居合いの体勢で構える八雲―――




―――神速応変の出口は一瞬の間に在り、敵気を感じない出口は間が抜けた死太刀となり、武技にあらず。


居合の命は電瞬にあり。


変化自在の妙、剣禅一味の応無剣を至極とす―――




―――龍の咆哮は千里を駆ける。


―――龍の咆哮と化した居合いの一撃は空を切り裂き、真っ直ぐに対象を目指していく。


―――その一撃は音もなく敵に吸い込まれていく。


キマイラは自身になにが起こったのか理解していない―――




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式抜刀術


―――『咆哮閃ほうこうせん』」




八雲の呟くような言葉に反応したのか、キマイラが前進しようと一歩前足を出した瞬間―――




【GUFUAAA―――ッ?!】




―――キマイラが一歩前に出ると同時に胸元から尻尾に至るまで一直線に走った切断面がズルリと滑って頭側と足元側が突然正面から横に切断されて別れを告げた……


そして今さらになって美しい切断面から激しい鮮血が噴き出す―――


―――八雲がアリエスに伝授した抜刀術『咆哮閃』。


神速の居合いはその威力により一瞬で物質を断絶させて切断する。


分断されたキマイラの上下がそれぞれビクビクと痙攣を起こしながらも、黒い塵へと変わっていく……


「……お見事、とだけ言っておいてあげますわ」


「何故に上から目線?」


サファイアの賛辞?と言えるかわからない上からの言葉に首を傾げながら、八雲は他の二体を確認する。




雪菜とダイヤモンドは―――


「雪菜様!山羊の魔術にご注意を!」


「―――ッ!!わかった!」


獅子の頭が吐き出す炎を障壁で受け止めているダイヤと山羊頭に魔術をロックオンされた雪菜。


山羊頭からは《水刃》が容赦なく雪菜に向かって発射される―――


「いけない!―――水陣障壁アイス・ウォール!!!」


―――《水刃》に対して同じく水属性魔術の《水陣障壁》で壁を構築する雪菜。


衝突する《水刃》まで飲み込んだ《水陣障壁》を、雪菜は次の魔術で連結して―――


「―――氷弾アイシクル・ブリッド!!!」


―――氷柱のように尖った氷の弾丸が次々とキマイラの全身に突き刺さっていく。


【GYUAAAHAA―――ッ!!!!】


悲鳴を上げて倒れ込むキマイラ―――


―――その隙を見逃さず剥き出しになった腹に飛び込みトドメを刺しに行く雪菜。


「―――待てッ!!!雪菜ぁあ!!!」


「エッ!?」


そこで八雲が制止する声を上げるが、雪菜はもうキマイラに接近しすぎている―――


―――次の瞬間、倒れたキマイラの背中側から顔を出した蛇頭をした尾が紫色の煙を吐き出してきた。


「なに!?これは―――ッ?!」


勝利を確信したほんの一瞬に生じた油断―――


その油断がキマイラの三頭目の獣である蛇の毒攻撃をモロに受けてしまう結果に繋がってしまったのだ。


「雪菜さまぁああ―――ッ!!!おのれぇえ!!よくも雪菜様を―――ッ!!!」


烈火の如く怒りを噴出させたサファイアは初雪を構えて神速の動きを繰り出し、キマイラの蛇頭を一刀の下に斬り飛ばすと、返す刀でキマイラの本体にトドメとばかりの一撃を突き刺していた。


八雲はすぐに雪菜の下に向かい、状態を確認する―――


「うぅ……く、苦しいよぉ」


―――自らの胸元を押さえて苦悶の表情を浮かべる雪菜に八雲はすぐ『回復』の加護を発動した。


すると、苦悶に満ちていた雪菜の顔が徐々に正常な顔色に戻ってきた―――


キマイラにトドメを刺してすぐに駆け寄ったサファイアも八雲の向かいでダイヤモンドと並びながら、事の次第を見守っている。


「どうだ?雪菜、まだ具合が悪いか?」


『回復』の加護を全力で行使しているので、間違っても毒が残ることはないのだが、それでも雪菜の状態を確かめずにはいられない八雲に向かって雪菜がゆっくりとその瞳を開ける―――


「ダメ……まだ苦しい……」


「え?そんなはずは―――」


「八雲がキスしてくれたら治る。ちゅ~♡ してくれないと治んない」


「―――そうか、分かった」


「んん!!ん!?―――んん! んん♡! んちゅ♡! チュッ♡♡」


冗談だと思っていた雪菜も隣でしゃがんでいたサファイアもダイヤモンドも「えっ?」と思った時には八雲が雪菜の唇を奪い、更には舌まで絡めて熱いディープキスを披露していた……


「な、な、なな、なにをしているのですかぁああ―――ッ!!!!!/////」


火山の如く怒りが噴火するサファイアと、無言で頬を赤らめながら目線を逸らすダイヤモンド。


「ていうか、いつまでチュウしていますのぉ!!!いい加減に離れなさい!!!!!/////」


サファイアに八雲と強引に引き離される雪菜―――


「あん♡―――もうちょっとだけぇ♡/////」


「―――雪菜様!きっとそれはキマイラの毒のせいですわ!!お気を確かに!!!」


キマイラの毒に媚薬効果はない……


「まあ兎に角、雪菜は大丈夫だな。あっちの方は―――」


残りの一匹を相手にしていたフォウリン達の方を確認すると既にキマイラは倒されていて、何故かフォウリンとブリュンヒルデが顔を真っ赤にして八雲をジト目で睨みつけている……


「何故、俺は睨まれているんだ?」


「自分のしたことを思い返してみなさい!!!」


サファイアのツッコミでキマイラとの戦闘に終止符が打たれた……






―――雪菜の体調も問題無いことがわかり、キマイラからのドロップアイテムを回収して先に進む一行。


キマイラからは銀の塊が三つドロップして雪菜がテンションを上げたが、フォウリンとブリュンヒルデの八雲を見る眼は冷たかった。


森を進む八雲達の前には、それから―――




―――一角兎アルミラージ


額から一本の尖った角を生やしている兎。


見た目に反して肉食で、気性は荒く、自身より大きな魔獣であっても、その角で突き殺すことがある。


催眠の毒や魔法に弱い。




―――地獄狼ガルム


漆黒の美しい毛並みの狼。


闇属性を行使し、見た目通りその身体能力は非常に高い。


主に牙で攻撃してくる。




―――といった魔獣が出現してきたが、難なく返り討ちにした。


だがその内でもガルムが気に入った八雲は強烈な『威圧』で怯ませたところで―――


「―――『調教テイム』」


Levelが上がったことで身についたスキル『調教』を用いてガルムの群れを支配下に置いた。


「おお~♪ よぉ~し!よしよしよし!!!」


どこかの動物博士みたいにガルムの頭を撫で回す雪菜。


「雪菜様!そのような魔獣など撫で回しては汚れます!撫でるならわたくしを撫でて下さってかまいませんから!」


「―――ちょっとサファイアさん?最後自分の心の声が出ちゃってますけど?」


容赦なく八雲のツッコミが入るも、


「ああ~やっぱアニマルセラピーっていいよねぇ♪ こうして犬と触れ合えてるだけで癒されるよぉ♡」


アニマルセラピー気分の雪菜にはどちらの声も届いていなかった。


「一応コイツ等、狼だからな?」


「フォウリンもユリエルもおいでよ!可愛いよ♪」


後方にいるユリエルまで呼んで暫くはドッグセラピーならぬウルフセラピーを始める女子達。


「わたくし、狼なんて初めて触りましたわ……ふふっ、なんだか可愛らしいですわね♪」


フォウリンが雪菜と一緒になって頭や顎を撫でる。


「私は巡礼の間に野良の犬と仲良くなって、結局その子達も一緒に聖法国までついて来ちゃって今では教会でお世話してるんだ」


ユリエルも犬の扱いには慣れているようで、ハァハァとベロを出しながら擦り寄るガルムの頭を撫でていた。


「でも八雲、どうして急にこの子達に『調教』スキルを使ったの?」


雪菜が腹天して寝転がり出したガルムのお腹を撫でながら八雲に問い掛ける。


「ああ、それは『調教』スキルの使い勝手を試してみたかったのと、この迷宮で鼻も効くし耳もいい護衛になると思ってな」


「そっかぁ~アルミラージは見た目可愛いけど、角が危ないし、あの角を突き刺しているところとか見たくないしね……」


最初にアルミラージの見た目に舞い上がって近づき、あと一歩でその角の突撃を喰らいそうになっていた雪菜は暫く尖端恐怖症になりそうだった。


「それじゃ周囲の警戒はガルム達を使って進むとしよう」


小休止を終え、八雲達は第二階層の階層主の下へと向かうのだった―――






―――それからもキマイラ、アルミラージ、ガルムと遭遇するが、


キマイラとアルミラージは撃退して、ガルムは『調教』で更に数を増やしていった。


実は八雲も動物は嫌いじゃない。


むしろ好きなタイプでジュディ・ジェナの天狼姉妹や葵・白金の狐娘姉妹など、モフモフの尻尾や耳などいくら愛でていても飽きない程だ。


そんな八雲が漆黒の美しい毛並みと誇り高い狼のガルムを見た瞬間、心を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。


コイツ等をモノにしたい―――


そう心が呟いたときには、『調教』スキルが発動していたのである……


―――そんなガルムの数も増えてきたところで、


「此処が―――第二階層の階層主の部屋なのか?」


迷宮の奥深くまで辿り着いた一行の前に現れたのは巨大な金属製の扉がある大きな岩山だった―――


「ええ、此処が第二階層の階層主の部屋よ。そしてその奥に『安全地帯』と第三階層へ下りる階段があるわ」


「よし。それじゃあ―――準備はいいな?」


振り返って全員の顔を見渡すと、全員が引き締まった表情で頷く。


「よし―――行くぞ」


そう言って八雲は金属の扉をゆっくりと押し込むように開いていくのだった―――






―――扉の向こうには下へと続く階段が目に入った。


少し暗がりはあるものの、壁には発光する魔法石のランプが並んでいる。


数十匹になったガルムは一旦八雲の黒神龍の加護である『空間創造』で造った空間へと入らせて、今いる三匹のガルムを先行させて奥へと入って行くと少し下りて行ったところにまた扉が見えてきた。


三匹のガルムがしきりにその扉の傍でクンクンと鼻を鳴らしながら臭いを捉えている。


「此処が階層主の部屋か……たしか階層主はベヒーモスって聞いたけど、第一階層のアラクネも重装甲の変異みたいな奴だったからな。たぶん、此処のベヒーモスも……」


「たしかに装甲のような物を着けていたわね。私には関係なかったけど」


(それは貴女が最強ドラゴンの一角だからです……白雪さん……)


大したことなかったわ、と言い切れるのは白雪クラスの強さであればこそだが、八雲達にとっては油断すれば命取りもあり得るのだ。


「よし……それじゃあ行くぞ!」


気合いを入れ直して八雲は階層主の部屋に通じる扉を開くのだった―――



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