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第192話 第二階層の階層主

「―――よし……それじゃあ行くぞ!」


―――気合いを入れ直して八雲は階層主の部屋に通じる扉を開く。


静かに開いていく扉の向こうには第一階層と同じくらいの高い天井と、岩山の内側ということで剥き出しの岩壁に囲まれている―――


―――壁には、やはり発光する魔法石が埋め込まれていて、その光のお陰で広間の中を隅まで照らしつけてくれていた。


そして部屋の奥に鎮座する巨大な岩の塊のような存在―――




―――大王猪ベヒーモス


巨大な猪であり犀のような角を持ち、詰まった筋肉は数十トンあろうかというその重量での突撃は城壁であろうと破壊・粉砕する。


岩の様に硬い皮膚をしており、物理攻撃も魔術攻撃も跳ね返すため、並みの冒険者では歯が立たない陸の王者。




―――だが、目の前のベヒーモスは八雲がノワールの胎内世界で相手をしたベヒーモスとは様子がかなり違う。


全身には鋼鉄のような金属の装甲を装い、只でさえ高い防御力がさらに上がっている。


「ありゃ相当硬そうだな……それに、あの周りのヤツらは……」


ベヒーモスの周囲に立つニ十匹以上の巨大な灰色の存在―――




―――灰魔熊グリズリー


巨大な灰色の体毛をした熊の魔物。


普通にしている分には愛嬌のある見た目をしているが力は普通の熊よりも強く、またその手足の爪も長い。


肉食であり、獲物に対する執着心が強いのは通常の熊と同様で、ダンジョンや森で会うとどこまでも追いかけてくる。




「リアル森のくまさんだね」


「やめろ。もう歌えなくなるだろ。シェーナがいなくて正解だった。あれ倒すところなんて見られたら口きいてもらえなくなる……」


雪菜の言葉にシェーナを思い出しながら八雲は後ろを振り返って、


「―――グリズリーの数が多い。エルカと白雪達は下がって、ユリエルは後方で防御を頼む。他の皆は出番がなかったところ悪いけど、此処で力を貸してもらう。動き方はそっちに任せる」


指示に沿って全員が配置を開始する―――


「ベヒーモスには俺が一撃当ててから、その後は雪菜、フォウリン、マキシ達で仕留めろ。ペアの皆はフォローよろしく!」


雪菜達に指示を出したあと、八雲は広間の奥に立つベヒーモスに向けて突撃を開始した―――






―――その一番奥に鎮座するベヒーモスまで辿り着く前に、グリズリー達が単独で突撃してくる八雲に群がってくる。


しかし―――


―――『身体加速』 


―――『思考加速』 


―――『身体強化』


同時に発動した八雲の神速のスピードには魔物のグリズリーも追い切れずに、その間をすり抜けて八雲はベヒーモスの正面に向かう―――


―――八雲の背中を追い掛けようとしたグリズリー達だったが、そこで背を向けたところに漆黒の矢が次々と突き刺さっていく。




「こっちだ。熊の化け物ども」




黒弓=暗影を引くサジテールが、振り返ったグリズリー達に再び自動小銃のような速度で次々に矢を放つと、正面を向いたグリズリー達の厚い脂肪に覆われた胸や腹に矢が次々と刺さっていった―――




【GUFOOOA―――ッ!!!】




―――唸り声を上げ、ターゲットをサジテールに変更したグリズリー達は、集団の方へと一斉に走り出した。




「雪菜様達は間を抜けてベヒーモスのところに」


「うん!―――行って来るね!」




サジテールにそう言い放つと雪菜とダイヤモンド、フォウリンとブリュンヒルデ、マキシとウェンスはグリズリーが進行してくる方向から逸れたところを選択してベヒーモスへと向かって行く―――


―――その間もグリズリーの注意が自分に向くように矢継ぎ早で漆黒の矢を斉射していくサジテールだが、そこに人影が現れる。




「やれやれ―――ようやく出番か」




サジテールの隣に立ち、そう声を上げたのは燃えるような真っ赤な長いストレートの髪に金の装飾とルビーが鏤められた髪飾りを付けた金色の瞳の美女―――


―――白い妖精ホワイト・フェアリーの四番・ルビーだった。




「私もお手伝いさせて頂いてもよろしいですか?」




そう言いながらルビーの隣に現れたのは蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏い、金髪の長い髪を後ろに纏め上げた白い肌に蒼い瞳、まるで人形のように美しくきめ細やかな肌の美女―――


―――蒼天の精霊シエル・エスプリのファースト・イノセントだった。




「ああ、好きにしたらいいさ。その方が早く片付く」




イノセントの言葉にサジテールはクスリと笑みを浮かべながら答えると、イノセントが蒼龍剣=蒼天を鞘から抜いて構える。


ルビーは何も手にせずに無手の構えを取っていた。




「あら?―――『雪崩なだれ』は使わないのですか?ルビー」


「あの程度の魔獣如きに白雪様から賜った大切な剣など使えるか。素手で十分だ」




そこで少しだけニヤリと笑みを浮かべたルビーだったが、そこからは『身体加速』で真っ先にグリズリーに向かって加速して姿を掻き消していった。




「せっかちですね………では、私も行きます!」




向かってくるグリズリーにイノセントもまた『身体加速』で出陣するのだった―――






―――ベヒーモスの前に出た八雲は、その巨体を改めて見つめる。


ノワールの胎内世界でLevelアップの世話になったベヒーモスより明らかに大きい―――


―――やはり第一階層の階層主だったアラクネ同様に前進には鈍い銀色をした厚い装甲が頭、胴体、四つ足、尾に渡るまで覆い尽くしている。




「こりゃまた立派な鎧をお持ちで」




軽口を叩く八雲に向かって重装甲で巨体のアーマー・ベヒーモスが前進を開始した―――


―――ただでさえ巨大な図体をしているので一歩一歩進む度に地響きが広間にいる全員に伝わってくる。


一直線に突撃を開始したベヒーモスに八雲は無手のまま腰を低く構え右腕を思い切り後ろに引き下げて、ベヒーモスが衝突する瞬間を待つ―――




【BUHOOOO―――ッ!!!】




―――凄まじい轟音の鼻息を鳴らしながら八雲に突き進むベヒーモスは、その重量により加速していく毎に衝突時の威力が上がっていく。


そして八雲にその装甲で覆われた頭を激突させようとしたその時―――




「―――フンッ!!!」




―――八雲が後ろに引き絞っていた右腕を神速のスピードで前に繰り出した。




【PUGYEAAA―――ッ!?】




衝突した瞬間、砂煙が立ち上がり、衝撃波がベヒーモスと八雲を中心に周囲へと広がったかと思うと、本能のまま戦闘中であるはずのグリズリー達と、その相手をしていたルビーやイノセントまでその震源地に目を奪われていった―――


―――衝撃波で舞い上がった砂煙が今度は舞い落ちて視界がクリアになっていく。


そこには―――




【―――BUHAA!BUHAA!】




―――鼻息の荒いベヒーモスを右腕一本で止めている八雲の姿が現れる。


そして―――




―――ピシッ!……ピキッ!……ピキピキッ! パキッ! ピシッ!




硬いモノに亀裂が入る様な音が広間に響き出すと、ベヒーモスの全身を覆った装甲に次々と亀裂が走っていく―――




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式体術

―――『観音掌かんのんしょう』」




―――静かに呟いた八雲の前で全身が既に亀裂で覆われたベヒーモスは身体を震わせグラつきながら昏倒しかけていた。


膨大な運動エネルギーを右腕一本で押し止め、尚且つ掌底の衝撃でベヒーモスの全身を覆った装甲を破壊する―――


―――その場にいた神龍の眷属達も、勿論人間であるフォウリンやカイル達もそんなことが出来る人間を見たことが無かった。




「フッ!……あの御子殿、随分面白いじゃないか?―――なあ、イノセント」




目の前のグリズリーを拳ひとつで広間の壁まで吹き飛ばして血の華を壁に広げさせていくルビーは、隣で剣を振り翳してグリズリーを両断しているイノセントに語りかけた。




「―――はい。今まであれほどの力を持った御子様は見たことがありません。ノワール様のご慧眼、恐れ入ります」




そう答えたイノセントだが、八雲が単に美味そうでノワールが喰ったという話は知らない……


そして八雲が雪菜達に指示を飛ばす―――




「ベヒーモスの装甲は破壊した!後はお前達で仕留めろ!焦らず確実に倒せ!!」




―――八雲の指示に従って雪菜、フォウリン、マキシは示し合わせていたかのようにして三方向に別れ、八雲の技で失神しているベヒーモスに向かって一斉に攻撃を開始した。




「ヤアアアアア―――ッ!!!!!」




フォウリンは手にした紅蓮剣=燈火ともしびをベヒーモスの左脇腹に突き刺す―――




「―――炎爆エクスプロージョン!!!」




―――突き刺さった燈火の刀身に流し込まれた魔術炎爆がベヒーモスに刺さった切先から、その体内に向かって発動する。


途端に燈火を突き刺した脇腹が赤く光ったかと思うと、身体の亀裂から黒い煙が幾筋も上がり、そして―――




【BUHOOOOO―――ッ!?】




―――何が起こったのか理解出来ていないベヒーモスは左の脇腹で激しく燃える自分の身体と激痛に叫び声を上げた。


だがそのベヒーモスに次の剣が襲い掛かる―――




「―――【呪術カース体激震ボディ・クェイク】!!!」




―――右側に回ったマキシは蒼龍剣=蒼夜そうやを突き刺して体内にその蒼夜を通してガーゴイルに発動した時のように、ベヒーモスの身体が小刻みに振動したかと思うと身体の彼方此方に走っていた亀裂から装甲がボロボロと削げ落ちていく。


そしてその振動は装甲の下の硬い皮膚にまで走っていた亀裂を更に広げていくと―――




「ハアアアアア―――ッ!!!」




三本目の剣―――雪菜が白龍剣=吹雪ふぶきを手にベヒーモスの背中にまでジャンプして飛び乗る―――




「あいつ!いつの間に『身体強化』と『身体加速』を!?」




明らかに雪菜の『身体強化』と『身体加速』発動したのを感じ取った八雲は驚きの表情を見せるが、ベヒーモスに飛び乗った雪菜はそのまま逆手に持った刃の厚いグラディウスである吹雪をベヒーモスの背中に突き刺すと―――




「これでトドメよ!!―――氷爆アバランシュ!!!」




―――吹雪の刀身から水属性魔術・上位の《水爆》がベヒーモスの体内で発動する。




【GIYAOOOOOOOOU―――ッ!!!】




叫び声を上げるベヒーモスの体内から何本もの氷柱のように尖った氷が外へと飛び出す―――


―――暴れようにも体内は燃やされ、氷柱で内臓をズタズタにされたベヒーモスは、外からでは見えないが心臓にまで氷柱が突き刺さっていた。


荒い息を吐いていたベヒーモスが致命傷となる攻撃を受け、徐々にその呼吸を短くしていくとやがて大人しくなっていく―――


―――そして、


端から徐々に黒い塵になって消えゆくベヒーモス……


「あれ!?コイツも塵になるのか!?―――肉食えないじゃん!!!」


八雲がベヒーモスの消えていく姿を見て、ハッと思い出したかのように叫ぶ。


「ああ、そう言えば此処のベヒーモスは塵に帰るのだったわ……物忘れがひどくなったかしら。気をつけるわ」


(ここで神龍に「歳ですか?」とか口にしたら、俺も確実に塵にされる……)


グリズリーも早々に片付いて、近づいてきた白雪がシレッと答えたことに思わず八雲は心の中でツッコミを自制した。


「はぁ……今日は新鮮なベヒーモス肉が食えると思ったのに。仕方ない……俺の手持ちの肉で料理するか」


「この先に『安全地帯』があるわ。そこにベースを設営しましょう。そこから先は―――第三階層よ。何が起こるか分からないから気をつけて」


「ああ。取り敢えずベースの設営だな。そっちは俺の方で用意するから、今日はそこで休んで作戦を練ろう」


白雪と今後の行動について確認した八雲は、ベヒーモス達がいた広間の奥に開いている通路へと向かうのだった―――






―――奥の通路を抜けると、


岩山の内部のはずだが、どこかの中庭のように緑が広がっていて空には疑似太陽の光と青空が広がっていた。


「此処は……外の第二階層と同じような仕組みか。あの空も幻影なんだよな?」


「ええ。でも緑は本物よ」


芝生のような草原と、その先の壁際には小さな岩で覆われた池のようなところには綺麗な水が溜まり、十mほどの高さにある大きな岩壁の亀裂から水が勢いよく湧き出していた。


池から溢れた水は小川のようになって池の外に流れ出し、最後に岩壁の隙間に流れ込んでいた。


「この水、飲めるのか?―――『鑑定眼』!」


池の水と湧き出ている水の両方を『鑑定眼』で確認する八雲だったが、どうやら両方とも身体に害のある成分や毒はなかった。


「よし。この湧水は飲んでも大丈夫だ。しかし―――軽く野球場くらいの広さはあるな、此処……」


見渡す限りの広さを目算すると野球場のグランドほどの広さは軽くあるため、『安全地帯』というには贅沢な広さだ。


「それじゃ、この水場の近くに―――」


そう言って八雲は地面に両手をつくと―――


「―――土属性基礎アース・コントロール


魔術を発動して土中の鉄分から鉄筋を組み上げ、さらに土を盛り上げて壁や内部の仕切りを造り、外はお洒落なレンガ調にしてまるで二階建てのマンションのような基地ベースを組み上げていく。


もう見慣れたものにはそうでもないが、此処で初めてその光景を目にする者は皆一様にポカーンと口を開けて眺めていた。


「ふうぅ……こんなもんか」


額を拭うようなリアクションをしている八雲だったが―――


「アナタ!今のは一体なんですの!?」


傍で雪菜と見ていたサファイアが目を白黒させて八雲に跳び掛からん勢いで訊いてきた。


「―――何って、土属性の魔術で基地ベース建てただけだけど?なにか?」


「いや……なにかって……」


当たり前のような顔で答える八雲に流石のサファイアも言葉を失っていた。


「さあ、ここからは皆にも手伝ってもらうぞ!俺が『収納』で運んできた道具やベッドを運び込んでもらうぞ!!」


出来立てホヤホヤの基地に取り付けた金属の扉を左右に大きく開いて、八雲は全員に荷物の持ち込みを指示するのだった―――



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