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第194話 第三階層へ

「―――だったら、八雲にお願いがあるんだけど」


そこで雪菜が何故か潤んだ瞳で八雲を見つめ、そしてフォウリンとマキシは雪菜が斬り出したことで顔を赤らめて俯いてしまう―――


「一応、聞いてから考えるけど、何だ?」


―――と、切り返した八雲に雪菜は、


「このふたりを抱いてあげてほしいの♪」


と、笑顔でそう言い放ったのだった―――






―――だが、雪菜のその言葉を聞いた瞬間、八雲の表情が真剣なものへと変わっていく。


その表情を見た瞬間、雪菜は自身が八雲の地雷を踏み抜いたことに気づいたがそれはもう遅いのだ。


「フォウリン、マキシ……お前達ふたりは本当にそれでいいのか?」


「えっ?」


―――八雲の質問に即答出来ないフォウリンとマキシに被せて問い掛ける。


「お前達は『龍紋』が欲しくて来たんじゃないのかって聞いてるんだよ?」


「八雲それは―――」


「―――雪菜はちょっと黙ってろ。俺は今ふたりの考えを訊いてる。このまま俺に抱かれるのは本当に心からの気持ちがあるのか、それとも別の目的があって此処に来たのか、それが訊きたいんだよ」


口を挟もうとした雪菜を制止して八雲がふたりに本音を問い掛けると、


「……正直に申し上げます。わたくしは……八雲様をお慕いしている気持ちは本当です。ですが……先ほどおっしゃられたように『龍紋』が欲しくないのかと言われたら、それも想っていました」


フォウリンが正直に思っていたことを吐露する。


「僕も……自分が罪人だってことは忘れたつもりはないし、八雲君のこと嫌いだったらこんなことしない。イェンリンが復活して僕を許さないって言われても、当然のことだから罰を受け入れる覚悟はしてる。でも……女の子としての経験も死ぬ前にしておきたいって想ったのも本音だよ。『龍紋』は凄いけど、僕は女の子としての思い出が欲しかった……軽率な事して八雲君に迷惑かけてしまって……ゴメン……なさい……」


マキシは自身の身の振り方が不透明な今の状況に、せめて女として好きな男に抱かれる思い出が欲しかったと話す。


ふたりの告白を聴いていた八雲がハァ……と小さく溜め息を吐いてから、ゆっくりと話す。


「ふたりの考えは分かった……だが、ふたりとも余りにも軽率過ぎるだろ?フォウリン……お前はヴァーミリオンの公爵家の令嬢だ。お前の姉達に話しも通さずに関係を持つことや、それこそイェンリンに筋の通らないことは出来ない」


「……はい」


八雲の言葉にフォウリンが項垂れるようにして俯いてしまう―――


「マキシ……お前の立場は確かに辛いだろう。たとえ僅かなものでも縋りたくなる気持ちも、分からなくはないさ。でも、それを周りでお前を支えてくれている人達にこのこと言えるのか?お前自身が生きて罪を償う気持ちを持ち続けていけなければ、俺やイェンリンへの本当の贖罪にはならないし、生きることに足掻こうとしない者を―――俺もイェンリンも許しはしない」


「……うん」


マキシもまた俯いて瞳には薄っすらと涙が溜まっていた―――


「そして雪菜。お前が一番問題だ。俺の気持ちをお前が決めるな。言っていることの意味は……もう分かるよな?」


「……はい……ごめんなさい」


最後に八雲が雪菜にそう告げた時の八雲の顔は怒りや軽蔑を浮かべた表情ではなく、ただ哀しそうだった……


それを見た雪菜は自分がこの異世界に来て白雪達と出会い、そして八雲と再会してから今までの幸福な時間に無意識に舞い上がり、その心境のままに飲まれて今回間違いをしてしまっていたことに気づかされる。


八雲は八雲なのだ―――


自分に優しい幼馴染に甘え過ぎてしまい、そしてその幼馴染の恩恵と寵愛があってLevelも各段に上昇したことで八雲の気持ちを蔑ろにしてしまっていたことをここに来て激しく後悔し、自分で自分がなんと醜いのだろうとさえ思えていた。


―――しかし八雲もまた、長い付き合いの幼馴染だからこそ雪菜がこのことを思いつめるのは予想している。


このままでは明日からの攻略に必ず支障を来たすのは目に見えているし、それはこの異世界では『死』に直結することにもなるのだ。


―――項垂れる三人を見つめながら、八雲が口を開いて三人に告げる。


「フォウリンとマキシが少なくとも俺の事を憎からず思ってくれていることは分かったし、その気持ちは―――素直に嬉しく思ってる」


八雲はフォウリンに向き合うと、


「フォウリンはこの件がちゃんと解決して、それでも気持ちが変わらないのならシッカリとヴァーミリオンに筋を通して話しをする」


そうフォウリンに気持ちを伝えてからマキシに向き直る。


「マキシも自分のしたことに本当に贖罪の気持ちがあるのなら―――俺が力になってやる。だから今日は自分の部屋に帰って休んでくれ。明日からもっと厳しい階層に行くことになる。ふたりの力が必要になる事が無いとは言えないんだから」


優しく諭すようにそう話すと、三人は頷いて八雲の部屋を後にする―――


―――その三人の背中を見送ってから、自分の寝室のベッドにゆっくりと倒れ込んでポスン!と枕に顔を埋める八雲。


突然静かになった自分の部屋はまるで先ほどまでとは別の世界のように思えた……


―――静寂に包まれた八雲だったが、


次の瞬間―――


「クッソォオオ!!!―――勿体ねぇえええっ!!!!」


―――と枕に向かって叫び声を上げて唸る。


八雲も十八歳の健康な男子である―――


あんな極上の美少女三人が抱いてと言って来れば、理性など微塵も残さずに飛びつくシチュエーションだったのは間違いなかった。


―――だが、今夜フォウリンとマキシを抱いてしまうことだけは間違っていると、自分の中のもうひとりの厳しさを湛えた自分が伝えてきたのだ。


「はあ……寝よ……」


今は休んで明日に備えようと切り替えて、八雲はベッドで眠りにつくのだった―――






―――そして八雲の部屋を出た雪菜達三人の前に通路から人影が現れてきた。


部屋を出た通路の先で待っていたのは白雪、紅蓮、セレストだった―――


「ハァ……」


白雪は短い溜め息を吐いて雪菜に歩み寄ってくると、それに続くようにして紅蓮とセレストも近づく。


「八雲に……怒られた……」


少し声を震わせながら白雪に伝える雪菜を無表情で見つめながら、


「そう……仕方がないわね。怒られるようなことをしたのですもの」


静かに雪菜にそう告げる。


「うん……そうだよね」


白雪にまで呆れられていると感じた雪菜は更に身が縮む思いだった。


「でも、九頭竜八雲……そのまま、その子達を抱くような男だったら、それまでの男だと思ったけど……思っていた以上に自分を持っているようで安心したわ。これなら水の精霊オンディーヌに対峙しても何とかなるでしょう」


俯く雪菜を見ながら白雪が伝えると今度はフォウリンが紅蓮に、


「紅蓮様……軽率な行いをしてしまい、申し訳ございませんでした」


と、頭を下げ、謝罪する。


「貴女が誰を好きになるのかは、貴女が決めることよ。その気持ちを持ち続けることが出来るかどうか、それは貴女次第のことだから。でも私は―――貴女に人を好きになる事を諦めないで欲しいわ。イェンリンが六百年前にヴァーミリオンに嫁いだ時、今の貴女以上に厳しい状況だったにも関わらず、あの子は王妃になり、そして皇帝にまでなって国を今まで護ってきた。フォウリン、貴女が八雲さんについていくと言うのなら―――その気持ちと覚悟を持ち続けなさい」


「ッ!―――はい。紅蓮様」


紅蓮の言葉にフォウリンは道を示されたことを確かに感じていた。


「セレスト……ゴメンなさい……僕……」


セレストの顔が見られないマキシは俯いたまま謝るが、


「―――マキシ。顔を上げなさい」


セレストの言葉にハッと顔を上げるマキシ。


「きっと八雲殿は貴女の立場のことを諭されたのでしょう。でも、私は貴女に人を好きになる気持ちが芽生えたことをとても喜んでいます。貴女は生まれたときから辛いことしかなかった。私にもその責任があったことを認めます。けれど―――今の貴女の周りには貴女のことを想い、憂い、そして護る人達がいること、その皆が貴女の幸せを祈っていることは分かってくれていると思います」


そう言ってマキシの頬にそっと手を添えるセレストは続ける。


「ですから、彼を好きになったことを責めたりなんてしません。でも―――貴女に心があるように相手にも心があります。だから……生きて気持ちを伝え続けなさい。人を好きになることを―――どうか怖がらないで」


「……はい……あり、がとう……」


―――セレストの手から伝わる温もりに言葉が詰まるマキシ。


瞳に溜まっていた涙がセレストの言葉と共に頬を伝う……


そんなマキシを見て白雪が今度は安堵したかのような息を吐くと―――


「もう夜も遅いわ。雪菜、添い寝してあげるから私の部屋へ来なさい」


「うん……ありがとう白雪……大好きだよ」


「……知っているわ」


白雪が雪菜の手をそっと握った。


「フォウリン。貴女も今日は私のところにおいでなさい。話したいことがあれば何でも聴いてあげるわ」


「ありがとうございます。紅蓮様」


紅蓮もフォウリンの手を取る。


「マキシ。貴女が嫌じゃなかったら私と一緒に寝ましょう」


「嫌なんて……そんなことない。ありがとうセレスト」


差し出されたセレストの手を子供の様に掴んで握るマキシ。


こうして少女達は神龍達の部屋で今夜は優しさに抱かれて眠るのだった―――






―――翌朝。


朝早くから朝食の準備をしようかと厨房にやってきた八雲の目に映ったのは―――


忙しそうにして朝食の準備を進める雪菜とフォウリン、マキシの姿があった。


「おい、イノセント―――」


自分よりもかなり早く来て朝食の準備を進めていた様子に、近くにいたイノセントに問い掛ける八雲。


「それが、私が来た時には三人ともここにいらっしゃって、朝食の準備を始めていました」


と、答えられて少し困惑した八雲だったが、三人の顔は悩んでいる顔などではなく晴れ晴れとした表情だ。


「あっ!―――おはよう八雲」


雪菜の挨拶も至って普通だった。


「お、おう。おはよう。なんだ?随分と早いな。何かあるのか?」


「うん。今日は第三階層に行くでしょう?今までよりも厳しい階層が予想出来るって言っていたじゃない。これまでみたいにスムーズに進まないかも知れないから、お弁当も作っておこうと思って。途中で食事出来た方が効率もいいだろうしね♪」


「ああ~確かにそうだな。前もって作っておいて『収納』に仕舞っておけば、現地で調理する手間も省けるもんな」


「そういうこと!その話しをしたらフォウリンとマキシも手伝ってくれるって言うから、三人で準備しているの」


そう聞いて公爵令嬢のフォウリンと男の娘をしていたマキシに一抹の不安を感じた八雲だったが……


意外や意外、フォウリンはエルカと共にテキパキと調理を進めていて、包丁捌きも堂に入っていた。


マキシの方もウェンスがサポートしているが、包丁の使い方も調理も問題無くこなしている。


「ふたりともスゴイな……フォウリンもマキシも料理出来たんだな」


「あ、はい。わたくしは幼い頃から家の者やエルカと一緒に料理をしておりましたので」


「僕も、父さんに料理しろって言われて……でも作るのは好きなんだよ」


三人の調理した料理から良い匂いが漂ってくるのを感じて、昼が楽しみだと思った八雲は笑顔で、


「まずは朝飯だな!昼は皆の手料理を楽しみにしとくよ」


とだけ伝えて朝食を取り、いよいよ第三階層に向けて出発するのだった―――






―――第三階層から下は訪れる度に変化する。


そう教えてくれた白雪の言葉を八雲はもう一度噛みしめる。


第三階層に入るメンバーは―――


九頭竜八雲

草薙雪菜

マキシ=ヘイト

火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオン

ユリエル=エスティヴァン

カイル=ドム・グレント


葵御前

白金

サジテール

スコーピオ


ダイヤモンド

ルビー

サファイア

ラピスラズリ


ブリュンヒルデ

ゲイラホズ

ラーズグリーズ

レギンレイヴ

アルヴィト


イノセント

ウェンス

レーブ


―――以上、ニ十ニ名である。




ここの基地ベースキャンプには―――


白神龍=白雪

紅神龍=紅蓮

蒼神龍=セレスト


の神龍三名と、


ペリドット

ゴンドゥル

サジェッサ


それぞれの眷属に、


エルカも此処で待機してもらうことになった。




「―――それじゃ白雪。行ってくるよ」


八雲は第三階層に続く階段まで見送りに来てくれた白雪にそう告げる。


「ええ。無茶はしないように。それと……雪菜のこと、あのふたりのことをお願いするわね」


昨晩のことを見透かしたような白雪の言葉に八雲は一瞬驚いたが、


「勿論。皆で―――イェンリンも一緒に戻ってくるさ。あと、ノワール達が来るだろうからその事も頼むよ」


「仕方がないわね。城に残っている誰かに此処まで案内でもさせるわ。此処の魔物如きじゃあの子に傷ひとつ付けられないだろうし、安心して行ってらっしゃい」


そう言ってくれた白雪に手を振って、八雲達は第三階層へと向かうのだった―――






―――フォンターナ迷宮 第三階層


階段を下りていくと第三階層は第一階層と同じような石壁と石の天井の通路が左右に分かれているが、床は石畳ではなく土が露出してジメジメとした湿気を帯びていた……


通路の幅は第三階層の方が十五mほどあって余裕があった。


天井も二十mほどある……


「第一階層に似ている感じだけど通路はこっちの方が広めだな。しかし……湿度が高いな。ダイヤモンド、前に下りた時もこんな感じだったのか?」


同行しているダイヤモンドに問い掛ける八雲に彼女も湿度に嫌そうな表情を見せながら、


「―――いいえ。以前に下りた時には第三階層は砂漠でした」


「それもそれで、どうなの?……乾いている砂漠か湿度の高い迷宮か。どっちも嫌だ……」


今回は湿度の高い迷宮がチョイスされたが、バリバリに乾燥した砂漠だったらそれはそれでやり切れない気持ちになった八雲。


そんなことを思っていると通路の正面から何やら蠢く集団が接近してくることに気づいて警戒の声を上げる。


「何か来る!前衛は俺と雪菜。その後ろにフォウリンとマキシ、そのガードにカイルとユリエル。バックアップはサジテールとスコーピオで。他のメンバーは周囲警戒を」


八雲が指示するとそこにひとり、前に出てくる影があった。


「―――私も前に出させてもらうよ」


「ルビー!?どうしたの急に?」


前衛に出てきたのは白い妖精ホワイト・フェアリー四番・ルビーだったことに驚く雪菜。


「第二階層までは雪菜様達のLevelアップのためと後ろに控えていましたが、第三階層からは遠慮はいらないでしょう?」


「―――そうだな。此処からは第五階層まで早く到達することが目的だ」


ルビーの意見に八雲も進行の加速を重視ということで同意する。


そうして迎撃態勢を整えたところで、前方の暗がりに現れたモノに目を向けると……


「―――ヒッ!!」


雪菜やフォウリンから小さな悲鳴が上がった。




腐乱した肉体……


ズルりと崩れた顔……


骨が一部剥き出している手足……




「あれは……歩く屍リビングデッドだな」


前衛に加わったルビーが八雲達に告げた。




―――歩く屍リビングデッド


腐乱死体に憑いた屍霊によって歩く遺体。


当然だが再生能力はないので、その四肢を切断すれば脅威ではない魔物。


また、そもそもの動きも鈍い。


だが痛みを感じることもなく、痛みで怯むこともないので中途半端な攻撃ではその動きが止まらず、また集団で襲われるとその数で抑え込まれて生きたまま餌食になる。




「アンデッド系の魔物が出てくるフィールドになったのか?……いずれにしても帰るなんて選択肢はない。全員、集団戦闘の用意を!」


正面から迫る通路を埋め尽くさんとする無数の歩く屍リビングデッドに、八雲は夜叉と羅刹を鞘から抜き、構えるのだった―――



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