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第197話 第三階層の階層主

「―――あれは!?」


中にいるだろう階層主を八雲は驚きの表情で見つめる―――


―――そして八雲に続く乙女達もまた、広大な広間の奥に立つそれを目にして固まっていた。


階層主の部屋にいたものとは―――




「あれは……銅像……なのか?」




八雲が静かに呟くと、ダイヤモンドが前に出てきてその銅像を観察する。




「いえ、あれはただの銅像などではありません。あれこそは太古の昔、神に近い者が造ったとされる伝説の―――」




―――ダイヤモンドがそう語っている途中で、広間の奥に佇んでいた銅像が摩擦によって生じるギチギチと軋む音を立てながら、ゆっくりと動き出していた。


「―――おい動いたぞ!?」


それを見た八雲が真っ先に声を上げる―――




「あれは伝説の青銅像―――人工自動巨人像タロスです!」




ダイヤモンドが青銅像の正体を声高に叫ぶと更にそのタロスの左右に大きめの魔法陣が三つずつ発動した。


「おいおい!―――まだ何か出てくるのかよ!?」


八雲は赤く輝く魔法陣の様子を見てそう叫ぶ。


そして床に浮かび上がった六つの魔法陣から浮かび上がってきたモノとは―――




「これはこれは……ミノタウロスですか。此処に来て、なんとも迷宮に相応しい魔物ですね」




―――ラーズグリーズが冷静な口調で魔法陣から出てきた魔物について告げる。


魔法陣から出現したのは六体の魔物、牛頭人ミノタウロスだった。


「あれがミノタウロス……確かに牛の頭をしてるな……迷宮のミノタウロスか」


八雲自身もラノベや漫画の中でしか見た事のない存在であるミノタウロスが現れ、動く青銅像と合わせて衝撃だった。




―――人工自動青銅像タロス


太古の昔、神に近い存在が拠点の防衛のために造ったとされる巨人の青銅像。


岩を持ち上げて投石して近海の船を沈めたり、その身から高熱を発して相手に接触するといった攻撃をしたりしてくる。


体内に一本の血管が走っており、そこには『神の血』と呼ばれる液体が流れていて動くことや自我を持つことを可能にするという。




―――牛頭人ミノタウロス


伝説で伝えられる魔物であり、とある国の王妃が牛と交わって生まれた子供だと言われている。


成長するにつれて凶暴な性格と強靭な肉体に手が追えなくなったため、迷宮に封印されてしまったと伝えられている。




この世界にある伝説級の守護者が八雲達の前に立ち塞がっている。


「しかもご丁寧に、此処でも立派な鎧をお持ちで……」


タロスもミノタウロスも巨大な肉体の上から更に頑丈そうなフルプレートの鎧に手甲、足甲を装っていた。


「滅多にお目にかかれないような伝説級の魔物とはな。水の精霊オンディーヌは余程自分のところに人を近づけたくないらしい」


ルビーが八雲にそう告げるが、八雲からしてもイェンリンのことがなければ無理に会いに行こうだなんて思ってはいない。


「でも……そういうことされると、無性に押し通りたくなるよなぁ!」


通りたければ目の前の敵を倒せと言うのなら、八雲の性格はやってやろうじゃねぇかという考えだ。


「タロスには俺とルビー、ラピスラズリで当たろう。ミノタウロスは雪菜、フォウリン、マキシが向かってくれ。ダイヤモンド達は三人のフォローを。他のメンバーは雪菜達と一緒にミノタウロスを相手するってことで」


手早く割り振りを決めた八雲が黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹をスラリと鞘から抜いた。


「ふむ、伝説級の相手なら不足はないだろう……来い―――『雪崩なだれ』!」


ルビーが手を前に出してそう唱えると、収束した白い光が現れて、そこから純白の大剣が姿を現していく―――


「―――それは?」


姿を現した幅が広く分厚い刀身をして刃には黄金の紋様が刻まれた美しい大剣に、思わず八雲は魅せられていた。


「我が主より賜った、オパールの鍛えし剣……銘は『雪崩』だ」


「凄いな……見ているだけで、その力が伝わってくる本当に凄い剣だ」


「御子殿もご自分で武器を造られると聞いているからな。この剣の良さが分かって頂けて嬉しく思う」


自分の主から下賜された大剣の凄さを理解してくれる八雲にルビーは素直に笑みを送った。


「八雲様!!僕の『粉雪こなゆき』だって白雪様から頂いたスゴイ剣なんだよ!―――ほら見て見て!!」


すると横から同じく純白の剣、白龍剣=粉雪を見せびらかすようにして現れたラピスラズリが剣を八雲の顔の前に持ってくる。


「うおっ?!危なっ!!―――見てる!見えてる!ちゃんと見る!だからちょっと離して!鼻切れちゃうから!」


「ゴメン!ゴメン!でも粉雪もホントいい剣でしょ?」


まるで悪びれずにそう言って粉雪を翳すラピスラズリ。


「フゥ……うん、たしかに。丁度扱い易そうな長さだし、さっきグールを斬るのに使っているのを見ていたから斬れ味が凄いのも分かる」


「でしょ♪ でしょ♪ ウウウゥ……早く斬りたいなぁ~♡」


「おい……ちょっと危ない人の発言みたいになってるぞ?」


「ふたりともそろそろ冗談は終わりだ―――来たぞッ!!!」


ルビーの一喝で八雲とラピスラズリは、冗談を言っていた表情を一瞬で猛禽類の鋭い眼に変えて接近してくるタロスを睨む。


「それじゃふたりとも、タロス討伐に行こうか」


そう言った八雲が一歩前に踏み出すと、ルビーとラピスラズリもまた前進を開始するのだった―――






―――歩き出した八雲達は徐々に歩く速度を上げていく。


そして八雲は歩きながら


―――『身体強化』 


―――『身体加速』 


―――『思考加速』を発動した―――


―――すると、向こうから接近していたタロスとミノタウロス達が一斉に駆け出して一気に距離を縮めようと突撃を仕掛けてくる。


タロスは全長三十mあろうかという巨人にも関わらず、青銅製とは思えない滑らかなフォームで此方に向かって疾走してくる―――


―――ミノタウロスもタロスより小さいとはいえ、全長は五mほどある十分に巨人といえる存在だ。


六体のミノタウロス達も地響きを立てるタロスと共に、相当な速度で真っ直ぐこちらの陣営に突っ込んできていた―――




「俺が一度打ち込むから、ルビーとラピスラズリはその様子を見て臨機応変によろしく」


「―――いいねぇ♪ 思った通りに動けるのは悪くない提案だよ♪」


「―――所詮は我等三人、それぞれスタイルも違うのだ。即席で息を合わせても仕方なかろう」




―――三者三様で攻撃を仕掛けることで意見が一致した八雲達は、そこからさらに加速してタロスの前に出る。


だが、そこでタロスが突然、走る勢いに合わせて天井に向かって飛び上がった―――




「―――なんだ!?」




―――タロスの行動に驚く八雲だが、タロスは右腕を天井に突き出し、そのまま天井を強烈な衝撃で殴りつける。


すると青銅の拳によって天井が砕かれて一気に崩れてきたかと思うと、巨大な欠片を握りしめたタロスがその場で投石のモーションに入る―――




「あの瓦礫を投げる気なのか!?」




―――八雲が驚くのとほぼ同時に振り被ったタロスが握った瓦礫を八雲達の方向に投げつけてきた。




ドゴォオオ―――ンッ!!!!!




衝突音と共に八雲達がいた場所に向かって流星のような瓦礫が直撃し、砂煙まで巻き上げていく―――




「危なッ!!もろに直撃受けてたら、ただじゃ済まなかったぞ……」




―――間一髪で空中に飛び上がりそれを逃れた八雲とルビー、そしてラピスラズリ。


「御子殿!タロスはその身に詰められた『神の血イーコール』によって自我が与えられている!ただの銅像の魔物とは違うぞ!!」


「神の血で自我って、そういうことは先に言ってよ……」




―――神の血イーコール


伝説の素材、神の血、神血であり不老不死と神性の真髄。


彫像にイーコールを血液のように流せば生命と自我を与え、海や大地にまけば神や巨人、ニンフ、魔物や植物を生む。


何が生まれるかは主に血を流した神の格によると伝えられている。


金色で溶岩のように熱く、神ならざるものには強い毒になるとも言われている。




「けど、ガーゴイルなんかより、よっぽど考えて攻撃してくるのは今の投石で分かった。ルビー!ラピスラズリ!一度斬り込んでみる!」


―――ふたりにそう告げると、八雲は床に下り立った瞬間、『身体加速』の働いた速度で広間の床を蹴ったかと思うと、彗星の如く神速でタロスに向かって突撃する。


途端にタロスの足元に辿り着く八雲―――


―――そして横薙ぎに夜叉と羅刹で思い切り打ち込む。


斬り込んだ勢いでそのタロスの足首に飲み込まれていく夜叉と羅刹だが、途中でその勢いが止まり、刃が進まない―――




「―――上から加重して刃を止めたのか!?」




―――自我のある人工自動の身体といえども青銅像なのだ。


その中身である青銅は痛みを感じる訳でもなく、巨人の足首に斬り込んだ刃に上半身からそれに向けて体重をかければ百トン以上の重さで刃を挟み込んで止めることも出来る―――


―――だが、タロスはすぐに次の手を打ってくる。


突然、タロスの周囲に猛烈な熱風が発生する―――




「熱ッ!?アチチッ!!―――これは!!!」




―――夜叉と羅刹を一旦抜こうとしていた八雲に襲い掛かる熱風はタロスの全身が高熱で発熱し、放熱したことで起こったものだった。


すぐに全身に障壁を張り巡らせて高熱を遮断する八雲だが、タロスの足の下にある湿気を帯びた床が蒸気を噴き出し、みるみる足元が溶岩のように赤褐色に変わり広がっていく―――




「―――御子殿!!」




そのマグマに飲み込まれそうになっている八雲の身を案じるルビーの声が響き渡ると同時に一筋の影が八雲に向かって行く―――




「オリャアアア―――ッ!!!」




―――そこには八雲の夜叉と羅刹が飲み込まれて挟まれている足首に粉雪を手に握り締めて突貫するラピスラズリだった。


粉雪で八雲の夜叉と羅刹が食い込んだ足首に斬りつけると―――


―――その青銅像の足首が一瞬で粉々に砕け散っていく。




「今のうちだよ!八雲様!!」


「―――助かったラピスラズリ!サンキューな」


「僕の名前長いでしょ?ラピスでいいよ♪」


「おお、こんな時にも揺るがないフレンドリーなコミュ力……分かった。ありがとな!ラピス」


「どういたしまして♪」




ラピスラズリの笑顔から再びタロスに向かって視線を送る八雲―――


―――そんな時、ラピスラズリの粉雪によって粉砕された足首が元に戻っていく。




「自動修復まで出来んのかよ……」


神の血イーコールの能力だよ。アイツを倒すにはあの銅像からイーコールを抜かないと無理なんだ」


「神の血を抜くって……でもさっきお前が粉砕しても神の血なんて流れ出てこなかったぞ?」


ラピスラズリが足首を粉砕した際には神の血どころか青銅の破片しか散らばってはいなかった。


「たしか伝説だと、足の踵の辺りに杭が突き刺さっていて、それを引っこ抜いてやると神の血が流れ出て停止するって話だよ」


「簡単に言ってくれるけど、あの銅像のヤツ、けっこう動きが俊敏だぞ?その上で踵の杭を抜くとかそれもう無理ゲーじゃね?」


「う~ん、そこは何か動きを止める手を持ってないの?」


「動きを止めるねぇ―――あっ!!そうだ!!!」




八雲にキュピンッ!と閃きが走った瞬間―――


間合いを取っていたタロスが床に散らばっている先ほど粉砕した天井の瓦礫を拾い、再び投石を八雲達に向けて投げつけた。


その瓦礫の前に立ち塞がったルビーが手にした大剣、白龍剣=雪崩を上段から振り抜くと投石された瓦礫が真二つに切り裂かれた―――


―――だが、その斬撃はそのまま白い煙のように変わり、タロスに向かっていくと突風のようにタロスを包み込む。




「あれは……」


「あれがルビーの雪崩の能力、その剣閃は、すべてを凍てつかせる剣……それが雪崩だよ」




白煙に巻かれたタロスは次の瞬間、巨大な氷山の中に閉じ込められている―――


―――だが、これでタロスを倒せるとは八雲も他のふたりも考えていない。


途端に先ほどの高熱をその全身から発生させ、巨大な氷山を見る間に溶かし落としていく―――




「―――八雲様!!!」




―――ラピスラズリが叫ぶと八雲も意図を察してタロスの後ろへと回り込む。


すると、氷に包まれた足の踵には確かに六角形のネジの頭のような杭が突き刺さっていた―――


―――その杭を抜けば、神の血が抜けてタロスは停止する。




「だったら!!やるしかないだろっ!!!

―――鋼縛鎖スティール・チェーン!!」




八雲は土属性魔術・中位の鋼縛鎖スティール・チェーンを発動すると、床から伸びる巨大な鋼の鎖が次々とタロスの身体に巻き付いていき、溶かしていく氷山が消えたとしても自由に動けなくした―――


そこで夜叉と羅刹を鞘に納めた八雲は、その踵の向かいで腰を低く構えると、両掌を上下に並べて前に突き出し、その手に風属性基礎ウィンド・コントロールを発動する―――


―――両掌に巻き起こった風属性の魔力を溜めると、踵まで包まれていた氷山が溶け落ちていくのと同時に八雲が動く。




「ウオォオオオ―――ッ!!!!!」




『身体強化』と『身体加速』でタロスの踵の杭に向かって突撃した八雲が、その衝突と同時に両掌を捻るようにして反時計回りに上下を反転させる―――


―――衝撃と共に杭に打ち込まれたその回転力がタロスの杭に吸い込まれる。




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式体術

―――『螺旋鑪らせんたたら』!!」




すると、杭に衝撃と同時に吸い込まれた風属性魔術が発動し始める―――




―――ギ……ギギギ……ギギ……ギリ……ギュル…ギュルギュルギュル!!


錆びたネジが回るような音が鳴り響くと同時に、タロスの踵に突き刺さった杭が速度を上げながら回転を始めた―――


―――《鋼縛鎖》に取り込まれて何かしようにも身動きの取れないタロスのことは構わず、ネジの芯部に刻まれた螺旋の溝が見え出すと、杭本体が回転しながら刺さった踵から抜け出てきた。


そうして遂にその杭が抜けると同時に、踵のその穴から勢いよく黄金の液体が噴出してきたのだった―――




「―――これが神の血イーコールか」




―――夥しい神の血が周囲に零れ落ちていくのを眺めていた八雲だが、希少な素材という事を思い出して、自分の『収納』へと納めていく。




「神の血は神ならぬ者には猛毒だよ!?集めてどうするのさ?」


その様子を見ていたラピスラズリが驚いた顔で八雲に問い掛けると、


「希少素材が目の前にあるのに放っておくだろうか?―――いや、ない!」


キッパリと言い放つ八雲にラピスラズリも口をあんぐりと空けて呆けている。


「……きっとオパールやフロック、シュティーアも間違いなく同じことしているだろうな」


ルビーは此処にはいない鍛冶師の娘達の名を呟きながら八雲を眺めている。


踵から神の血が抜けていくタロスはあっという間にその動きを緩慢にしていき、やがて完全に停止するのだった―――






―――八雲達がタロスの動きを止めた頃


雪菜、フォウリン、マキシとそれぞれパートナーとなっているダイヤモンド、ブリュンヒルデ、ウェンスはミノタウロスと対峙して、戦闘を繰り広げていた。


ミノタウロスはそれぞれその手に棍棒や古びた大剣を所持して向かって来ていた。


そんな猛牛の突進に白龍剣=吹雪を握る雪菜、紅蓮剣=燈火を構えるフォウリン、そして蒼龍剣=蒼夜を握り締めるマキシ。


八雲達が相手をしているタロスに比べて小さいとはいえ、その全長五mはあるミノタウロスも巨人のカテゴリーに入ってもおかしくない魔物だ。


六体いるうちの三体にそれぞれ向かって行く雪菜達と、残りの三体を迎え撃つのはサジテールにスコーピオ、そしてゲイラホズだった。


構えた黒弓=暗影に番えた矢に魔術を載せるサジテール。


その放たれた矢に込められた風属性と火属性の混成魔術によって弾丸のように螺旋を刻みながら飛び、そして向かってくるミノタウロスの胸に刺さる。


その瞬間、深く回転しながら心臓に突き刺さった矢から炎が噴き出してミノタウロスを火達磨に変えると、燃え落ちてそのまま黒い塵へと帰っていく。


スコーピオは右目の眼帯を外すと、金色の瞳が眼帯の下から現れ、金髪を掻き上げて現れたその黄金の瞳に発動した強烈な光線をシュオンッ!と輝かせてミノタウロスに放つ。


光の速さを超えない限り、レーザー光線のように放たれたその『瞳光術』から逃れることは出来ない。


ミノタウロスの心臓辺りに貫通したトンネルのような穴が空き、ドス黒い血を噴き出したかと思うとその場でミノタウロスは黒い塵へと帰っていく。


ゲイラホズはその手にした紅蓮槍=朱雷をミノタウロスに向けて構えると、その身を次の瞬間には掻き消したかと思えばミノタウロスの心臓を朱雷で貫いていた。


そして次の瞬間には朱色の電を走らせたかと思うと感電して黒焦げになったミノタウロスがなす術もなく黒い塵へと変わっていった。


―――そうして、


神の血を採取した八雲達が戻って来る頃には、雪菜達のミノタウロス討伐もなんとか終わりを告げて、全員無事に第三階層の階層主の部屋から奥の安全地帯へと移動することが出来たのだった―――






「―――土属性基礎アース・コントロール


第二階層と同じような空間に緑が広がっていて、天井には疑似的に造られた空が広がっている安全地帯に入った八雲は、此処にも休めるようにとベース・キャンプを建設した。


第二階層に比べれば少し小さめだが、それでも二階建てのマンションのような立派な造りになっていて、第二階層と同じく水源になる湧水も毒素のチェックを『鑑定眼』で行ってから建物に引き込んだ。


そうして色々設備や備品を設置して落ち着いたところで、一階部分に造った広間に全員を集合させる八雲。


「無事に第三階層も攻略出来たし、こうして基地ベースも設営できた。それでこれから第四階層に向かう訳だけど此処に数人残ってもらおうと思ってる」


突然の八雲の言葉に、最深部第五階層まで一緒に行く気だった者は「エッ?」と思わず声を漏らしていた。


「此処に残るメンバーについては俺の独断と偏見で決めさせてもらうけど、残りたいって希望者もいれば聴くぞ?誰か希望者はいるか?」


すると一団の中からレーブが手を上げる。


「私は残らせてもらうよ。少しこの階層の魔物や構造について調べてみたいこともあるし」


「レーブ!―――貴女、最後までマキシ様に着き従わないとはどういう了見ですの!!」


そのレーブの申し出に一番に噛みついたのはウェンスだった。


「ウェンス、あんたの言うことは尤もだと思うわ。でもね、そこの黒神龍様の御子様は此処に人を残すことにちゃんと意味を考えているんじゃないかしら?じゃなきゃ、こんな立派な基地なんて造る必要なんてないでしょ?」


「ウッ?!……それは、どうなんですの?」


そう言って視線を八雲に向けるウェンスに八雲は答える。


「ああ、レーブの言う通り、この基地はビバークを回避するためなんだよ、ウェンス」


「ビバーク?」


「こっちの世界では言わないのか。ビバークっていうのは、例えば冒険に出るとするだろ?そこで元々予定して露営するか、突然の怪我や病気みたいな緊急事態でその場に露営することのふたつの意味があるんだけど、俺はそんな不自由な環境での無理な攻略はしたくないと思ってる」


八雲が言っているビバークとは、登山などで用いられる用語であり、登山や探検などにおいて、しっかりしたテントを用いず露営することで、なかば外気にさらされるような状態で休息をとり、泊まることを指す用語である。


事実、今回の迷宮攻略の方針を白雪がベース・キャンプ方式と提案してくれていなかったら、八雲達はもっと限られた装備や環境で踏破することを目指さなければいけなかったかも知れない。


「白雪の提案が出た時に思ったんだ。姿形を変化させる第三階層以下の迷宮攻略にはこういった拠点が絶対に必要だってね。この基地に人を数名残すのも、万一の場合の交代要員として、最悪は全滅した場合の対応も含めてのことまで考えてのことだ」


八雲の説明に反対を唱える者はいない。


ウェンスも説明を聴いて納得はしてくれたようで、そうしてまずはレーブが残ることになった。


「そして俺から指名するのはユリエル、カイルだ」


「八雲君……」


指名されて哀しそうな表情をするユリエルだが、八雲は感情に任せて危険な場所に連れて行くような真似は出来ない。


「分かっていると思うが、ユリエルもカイルもLevelと実力から考えても此処までだ」


「八雲殿!私はフォウリン様の護衛騎士です!!その私が安全地帯にのうのうと残って過ごすなど出来ません!!!」


カイルは掴み掛からん勢いで八雲の決定に噛みついてくるが、八雲の意志は変えられない。


「このチームの頭は俺で納得してもらっていたはずだ。俺の決定に従えないというなら……」


そこで八雲から『威圧』が漏れ出すが―――


「―――カイル!八雲様の命に従いなさい。貴方がわたくしの護衛として突き従ってきてくれたことは感謝しています。ですが……貴方にはエルカが待っているでしょう?此処で無茶をして貴方にもしものことがあってはエルカを悲しませることになります」


「それこそフォウリン様がお気になされることではございません!エルカには第二階層でとうに別れは済ませて参りました!ですから、どうか私を第五階層までお連れ下さい!!」


「カイル……」


決意の固いカイルの言葉にフォウリンも言い出した八雲もそこまで覚悟してきたのならば手の施しようがない。


このまま無駄な言い合いをしても仕方がないと考えた八雲は決定を撤回してカイルの意志を尊重し、一緒に連れて行くことを決める。


「分かった……本当は此処の護衛も必要なんだがな。それじゃスコーピオ、悪いが此処に残ってユリエルの傍にいてやってくれるか?」


「御子の命とあれば、この一命に懸けても聖女を護ろう」


「お前の命も大切だから一命を懸ける状況になったらとっとと逃げてくれ」


「……了解した/////」


少し照れた表情になるスコーピオを残していくことにして、第四階層へは十九名で下りることになった。


「この先、揉めたくはないから第四階層の安全地帯を確保した際のことも話しておく。第四階層にも此処と同じように基地を設営する。だが第五階層に向かう者と残る者は半分くらいに分ける。理由は先鋒のメンバーがもし水の精霊オンディーヌとの交渉に失敗した場合に備えて、もしくは先鋒のチームが戻って来なかった場合のことを考えてバックアップのために半分に分ける」


先のことを今此処で説明し始める八雲に全員が耳を傾ける。


「その際にはレギンレイヴとアルヴィトは後方に残ってもらう。理由は今言った通り、先鋒が失敗する可能性がある以上、イェンリンを預かってもらっているレギンレイヴと『全知』のスキルを持っているアルヴィトにはまずは安全なところにいてもらわないと何かあってからじゃ洒落にならないからな」


「はい」


「分かりました」


方針が決まったところで―――


「それじゃ、此処で食事を取ってから三時間休憩を取ることにする。全員そのつもりで準備よろしく」


八雲の指示に全員が頷いたのを確認して、八雲は厨房へと向かっていくのだった。



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