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第200話 クラーケン討伐

―――雪菜とブリュンヒルデを空に残して、ひとり海中に潜った八雲。


海中には水属性基礎ウォーター・コントロールで発動した魔術障壁で海水を寄せつけず、身を包み込む泡の中にいるような状態で海底に向かっていく八雲は、周囲の生物について観察する―――


青空の疑似太陽の陽射しが海面から差し込み、海中を照らしている……


―――海底はギリギリその光が届いているくらいの深さだったので、海底に広がる岩の群れが見える。


そして―――


―――八雲の周囲には今いるところより深い位置に群れをなす小魚や、単体の大きめの魚、それ以外になんとイルカまでが遊泳している。


「普通の海に見えるな……イルカまでいるなんて。あのイルカ……シェーナ達を乗せてやりたいなぁ……『調教』スキル使おうかな」


などと真剣に悩みながら、周囲の魚に『鑑定眼』を発動すると―――




―――真鯛まだい


スズキ目・タイ科。


一般的に高級魚として認知されている。


タイ科は複数の種類がある。


『食用可能』




といった内容が表示される。


透かさず『身体加速』で真鯛の尻尾を掴んだ八雲は、即座に羅刹を抜いて血抜きのために鰓を突き刺し、尾の近くも斬りつけると素早く海中で血抜きする。


そして至って冷静な表情でその真鯛を『収納』にしまうと―――


「獲ったどぉおお!!―――刺身、昆布締め、塩焼き、煮付け、蒸し焼き、干物、混ぜご飯♪ 今日はどれを作ろうかなぁ~♪」


―――と、小躍りするように海中で歌う。


シュヴァルツ皇国もヴァーミリオン皇国も内陸で海から遠く、こういった海の食材を手にする機会が少ない。


「もう少し漁でもしてから帰ろうかなぁ~♪」


そう言って周囲の食用に可能な魚を『鑑定眼』で見定めてから次々と高速で捕獲していく―――




―――真鯖まさば


スズキ目・サバ科。


世界各地の海で生息する。


『食用可能』




―――伊勢海老いせえび


イセエビ科。


熱帯域の浅い海に生息する大型のエビ。


『食用可能』




(異世界で伊勢海老って……あ、俺が分かる言語で変換されているからそうなるのか)


―――この世界の言語は八雲の知る言葉から類似変換されるものがある。


なので、この伊勢海老という名称も同じような生態のエビを八雲に分かりやすく変換しているのだ。


八雲は更に海底に向かっていく―――


「お、あれは!」


―――何かに気づいた八雲が海底に急ぎ下り立って拾った物。




―――あわび


ミミガイ科・アワビ属。


雌雄の判別は外見からではほぼ不可能で、肝ではなく生殖腺の色で見分ける。生殖腺が緑のものがメス で、白っぽいものがオス。


『食用可能』




―――栄螺さざえ


リュウテン科・リュウテン属。


棘のある殻が特徴的であるため各種の意匠や比喩などに利用されている。


潮間帯から水深30m程度までの岩礁に生息する。


海水温が高い海域の、外海に面した磯に多く生息している。


『食用可能』




(―――磯焼き、刺身、水貝、酒蒸し、ステーキ、粥、刺身、壺焼き~♪ 何ここ?天国?)


―――次々と目につく高級食材を『身体加速』で『収納』に回収していく八雲の顔は、これらを使った料理を思い浮かべてウハウハ♪ とニヤケ顔が止まらなかった。


そうして、粗方周囲の目につく獲物は取り切った八雲が、海上に戻ろうと思ったその矢先に―――


「ッ!?―――なんだっ!?」


―――突然どこからともなく強烈な『殺気』が八雲に向けられたのを感じ取る。


すると……


正面に見える巨大な岩場の影から、何やら得体の知れないものが飛び出てくる。


―――それはウネウネと波打ちながら現れる灰色の巨大な吸盤が付いた触手だった。


それが次々に現れて、無数の触手が八雲に向かって接近してくると遂に本体が岩場の裏から姿を現す。


灰色をした体表でタコなのかイカなのか、そのどちらとも言えそうな巨大な生物はゆっくりと八雲の前に全身を表す。


その瞬間―――


(デカい……というか、水中で戦闘は正直言ってやり辛い。水上まで飛ぶか)


―――そう判断した八雲はすぐに空中浮揚レビテーションを発動し、一気に海上まで魚雷のように飛び上がる。


しかし―――


「追いかけてくるのかよ!?」


―――振り返って足元から見えた海中では、先ほどの巨大な魔物がその巨体からは想像も出来ない速度で海中を泳いで追いかけてくる。


そうして一気に巨体が海上に近づいたことで、海面が盛り上がり山のように膨らんでいく―――


「とにかく―――海上まで行くぞぉお!!!」


―――速度を加速した八雲がついに海面に到達する。




雪菜とブリュンヒルデが待つ海上では、その山のように盛り上がった海面の頂上から何かが飛び出してくる―――




「ウオォオオ―――ッ!!!!!」




海中から飛び出してきたのは―――八雲だった。




「―――やくもぉ!?」




驚く雪菜だが、その八雲の後ろから更に飛び出してくるものが―――




「タ、タコォオオ―――ッ!?」




―――無数の吸盤が張り付いたウネウネと動き回る巨大な触手を見て雪菜が叫ぶ。




「イカだぁああ―――!!!」




―――雪菜のタコ発言を訂正するように八雲が叫ぶ。




「どっちも違うっ!!!あれは―――クラーケンだっ!!!!!」




最後にブリュンヒルデが正しい魔物の名前を叫んで、三人は戦闘に突入するのだった―――






―――海上まで辿り着いて空中へと逃れた八雲を雪菜とブリュンヒルデが驚いた表情で見つめる。


「や、八雲!大丈夫なの!?」


海中から飛び出してきた八雲の状態を気にする雪菜だが、


「ああ、怪我はないから。あんな土産がついてきたけどな」


八雲の視線の先には海上に姿を現した巨大な海の魔物クラーケンが空中の三人を狙うかのようにその巨大な赤い瞳で睨みつけている様子が伺える。




―――巨大海魔クラーケン


古き伝承の時代から語り継がれている海の巨大生物にして魔物。


その姿はタコともイカとも、また別の生物の姿とも言われているが無数の触手を持ち、その触手と巨体で海洋を航行する船を襲って沈めるという海洋事件は今も発生する海洋事故として船乗り達に恐れられている存在。




「クラーケンって……よく物語やゲームでは聞いたことあったけど。あんなに大きいんだ……」


雪菜も八雲と同じく日本人のカルチャー目線でしかクラーケンを見ていないが、実際は巨大な頭に特大の眼玉がギョロギョロと赤く光って獲物を狙い、その下には明らかにタコやイカ以上の本数の触手がウネリながら海上で揺らめいている。


「―――八雲殿!何故クラーケンに追われていた?」


ブリュンヒルデが八雲に事の経緯を問い質す。


「何故って言われても、海中で魚や貝をちょっと獲っていたら、デッカイ岩場の向こうから突然現れたんだよ」


「意地汚いことしたんじゃないの?それで怒らせちゃったとか?」


雪菜が横から茶々を入れてくる。


「そうか。今日の雪菜の食卓には、鯛に鯖に伊勢海老に鮑に栄螺は並ばないことになるけど仕方ないか」


「―――あんな魔物サッサと片付けてご飯にしようね♡ 八雲のことを追いかけるストーカークラーケンは私がキッチリ倒してあげるから!!ホントマジ許せないよねぇ!!」


八雲の口から出た高級食材を含む魚介類の名前を聞いた瞬間、雪菜の態度はクラーケン討伐一択に染まった……


だがそんなどうでもいい話をしている合間に、クラーケンは空中に向けてその触手を伸ばして攻撃を開始する―――


―――巨大な触手はどこまで伸びるのかと驚かされるほどに八雲達のいる空中まですぐに到達してきた。




「うおっ!?―――見た目以上に伸びるのかよ!?」




「クラーケンの触手はどこまでも追ってくると有名だ!残っている伝承だと数km離れた船にまで届いたという話まであるぞ」




空中で触手を回避しながら説明するブリュンヒルデ―――




「クラーケンの弱点とか効果のある属性は?」




―――回避しながらブリュンヒルデに問い掛ける八雲。




「―――海の魔物はどれも火属性に弱い!船乗り達も必ず火属性魔術の得意な魔術師を雇うくらいだ!!」




ブリュンヒルデの返事を聴いた八雲は―――




「それなら、デカいのをひとつお見舞いしてみるか!!!」




―――そう言うが早いか、火属性魔術の魔法陣をクラーケンに向けて展開する八雲。


『思考加速』の中、脳裏に浮かんだ魔術スロットの中でも強力な威力がある魔術を選択すると―――




「火属性魔術・上位

―――炎爆エクスプロージョン!!!」




巨大な炎の塊を生み出した八雲は、その炎爆弾をクラーケンに向けて発射する―――


―――巨大な体躯の割に俊敏な動きを見せるクラーケンでも流石に流星のような速さで飛来する《炎爆》を回避することは出来ない。




ドゴォオオ―――ンッ!!!!!と周囲に響き渡る爆発音―――




―――衝突と同時に凄まじい轟音と火柱を上げて、一気に目の前が黒煙で塞がれた。


濛々と立ち上がる黒煙―――


「ふぅ……なんとかなったか?」


八雲が安堵の息を吐こうとした次の瞬間―――




「キャアアアア―――ッ!!!イヤァだぁああ!!!」


「雪菜ぁああ!!!」




―――突然、黒煙の中から飛び出してきた細い無数の触手が雪菜の身体に巻き付いて捕らえる。


その触手は服の中にまで侵入して、雪菜の身体を絶対に離さないという意思表示のように彼方此方で吸盤を吸いつかせて、仕舞いには下着の中にまで侵入してくる―――


―――細くなったクラーケンの触手の吸盤が胸の先に吸いつき、また別の触手の先が下半身を振動しながら触れてくる。


全身をギリギリと締め上げながら巻き付く触手が雪菜の彼方此方に触れていく―――




「イヤだぁよぉおお!!!気持ち悪いよぉおお!!!―――助けてぇ!!八雲ぉおお!!!」




―――無数の触手が身体中をヌメヌメと動き回る感触に雪菜は半泣きになって助けを求める。


その時ブリュンヒルデが叫ぶ―――




「雪菜ぁ!待っていろよ!今助ける―――クッ!このっ!!邪魔だ!!!」




―――悲痛な叫びを上げる雪菜を救出しようとしたブリュンヒルデだったが、雪菜と同じように、いやそれ以上の数の触手が行く手を遮るようにして襲い掛かってくる。


自分に襲い掛かる触手を次々と斬って落とすブリュンヒルデの紅蓮剣=紅明―――


―――しかし、ブリュンヒルデはその時、異様な気配に気がついた。




「これは―――八雲殿!?」




視線を向けた先の八雲は全身から蒼白い炎のようなオーラを噴き出して揺らめかせていた―――




「……俺の女に手を出したな?……おい、お前はもう―――全殺しだぁああ!!!!!」




―――ブリュンヒルデも怯むほどの巨大な力……オーバー・ステータスが八雲を中心に発動する。


そして次の瞬間―――




「―――エッ!?」




―――気がつくと雪菜は八雲の腕の中にいた。


八雲の超神速は紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーのブリュンヒルデの眼をもってしても追い切れなかった―――


―――そのことにブリュンヒルデは驚愕するが、刹那の一瞬で雪菜を捕まえていた触手を断ち斬り、救出したことは事実なのだ。




「覚悟はいいか?イカ野郎……いやタコか?そんなことはもう、どうでもいい……お前は触れてはいけないものに触れた」




そう言って自身の前方に新たな魔術の発動のため、魔法陣を展開する八雲―――




「お前のおかげで新しい『創造魔法』を思いついた。そのことだけは感謝してやる……だから思い残すことなく―――消えて無くなれ」




そして八雲の魔術構築が開始される―――




火属性魔術・極位―――極焔キョクエン


風属性魔術・極位―――極空エア・ハイ


土属性魔術・極位―――極震アースブレイク


水属性魔術・極位―――極凍アブソリュート・ゼロ


光属性魔術・極位―――極煌レインボー


闇属性魔術・極位―――闇極アンゴク


無属性魔術・極位―――極無ゼロ




―――同時に発動される七つの属性の極位に相当する最高位魔術を同時に詠唱する八雲。




「そ、そんな……『七重高速同時魔術詠唱セプタプル・キャスト』だと!?しかも極位クラスの!!そんなのうちのゴンドゥルでも不可能だぞ……八雲殿、貴方は一体……」




紅蓮と共に長き時を生きてきたブリュンヒルデも目の前で八雲が発動している『七重高速同時魔術詠唱セプタプル・キャスト』という信じられない事象に呆然と事を見守っている。


且つては八雲と共にダンジョンに行った魔術の天才と謳われた英雄レベッカでさえ、『四重高速同時魔術詠唱クアドラプル・キャスト』が限界であり、紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの魔術の権威であるゴンドゥルでも七重詠唱は出来ない。


だが今、目の前の八雲はそれを可能にしていた―――




「―――覚悟はいいか?いくぞクラーケン……」




雪菜を抱えた八雲の前には《極無》の魔法陣を中心として周囲に《極焔》《極空》《極震》《極凍》《極煌》《闇極》の六つの魔法陣が六角形を描くように並んでいる―――




「八雲式創造魔術!!

―――創造爆発ビッグ・ヴァン!!!」




―――その名を詠唱すると同時に《創造爆発》は海上のクラーケンに向けて、怒涛の七つの魔力を絡ませ合いながら突き進み、クラーケンを含む周囲の海を包み込む。




そして次の瞬間―――




―――巨大な炎の柱がそこに立ち上がった。




―――その炎を掻き消すように竜巻が舞い荒れた。




―――海を割った衝撃で海底が露出し、地割れが起きたところから溶岩が吹き出した。




―――そしてそれらすべてが凍てつかされて動きを止めた。




―――そこに天から降り注ぐ灼熱の太陽光線。




―――そしてそれらを包み込む巨大な球状をした闇。




目の前の光景はそれらを繰り返して、まるで世界の破壊と創造を引き起こしているかのような景色だった……




そして―――《極無》が生み出した蒼白い電を放電する黒い球がその闇の中心点に出現する。




その黒い球は周囲のあらゆるものを自身の中へと、まるでブラックホールのように飲み込んでいく。


その中にはあらゆる魔術の極位攻撃をその身に受けて、もはや原型すら真面に留めていないクラーケンも含まれている……


―――やがて周囲をある程度飲み込んだ黒い球は吸収する度に大きくなり、


そして―――


強烈な閃光と共に広がり空に向かって光の柱を立ち上げながら、やがてその場から掻き消えていった……


残ったのはいつの間にか盛り上がった土によって出来た島が残っており、そこにクラーケンだったと思われる残骸が幾つかあったが、やがてそれも黒い塵へと変わり、あとにはクラーケンの残したドロップの鉱石が光りを放って残るのみで、先ほどまでの静かな海に戻っていたのだった。




「いま、のは、現実に起こったことなのか……あれは、まるで……」




ブリュンヒルデがそう言い掛けた時に、この場にいる三人に一斉に『伝心』が届く。


何があった?無事なのか?今の巨大な光は何だ?と全員から矢継ぎ早に『伝心』が届くので、八雲達はその返事をするのにアタフタした。


そうして落ち着いた頃に―――


【―――八雲様、島をひとつ見つけた。一度此方に合流してもらいたい】


―――とサジテールから報告を受けて、全員でそこに集合することを指示する八雲。


「よし、それじゃあ向かうとするか」


「あのね!ちょっと待って、八雲!!」


そう言って出発しようとした八雲を雪菜が呼び止めた。


「―――どうした?どこか怪我したのか?」


心配そうに声を掛ける八雲に雪菜は首を振る―――


「違うの。さっきは助けてくれてありがとう。あと、本気で怒ってくれて嬉しかった/////」


―――そう言って神妙な態度を取られると、普段の雪菜と違って八雲も調子が狂ってしまう。


徐に自分の頬を指先でポリポリとしながら、


「ああ、まあ、当然だからな。それに……」


「それに?」


「雪菜があのまま触手プレイに目覚めたら後々面倒になりそうだったから」


「ハッ?……そんなこと!!!……いや、うん……八雲になら別にそういうのされても……/////」


「―――よし!出発するぞ」


想像して頬を染める雪菜を放置して飛び立つ八雲。


「ちょ、ちょ、待って!嘘!今の嘘だから!!」


先に飛び立っていく八雲の背中を必死で追いかける雪菜―――


「しかし、外の海にいるクラーケンなら食えるかな?」


「―――あれ食べる気だったの!?」


八雲がどんどん悪食になっているのではないかと不安になる雪菜だったが、冗談半分として笑ってツッコミを入れていた。


―――しかし、ブリュンヒルデの顔色は晴れない。


(八雲殿……貴方のあの能力……あれは、まさに天地創造そのものではないか……)


強大な八雲の能力を見せつけられたブリュンヒルデは、八雲の行く末に何が待っているのかと一抹の不安を抱えるのだった―――



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