目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第204話 水の精霊オンディーヌ

―――青く長い髪と、その髪にクリスタルのような宝石の髪飾りを纏った女が姿を現す。




その身体には水色の絹のような光沢をしたドレスを纏い、そのドレスもクリスタルのような装飾が鏤められていて、各々が光り輝いている―――




だが―――姿を現したその女は顔に白地に金の装飾をしたマスクを着けていた。




水の精霊オンディーヌ!!」


八雲の隣に立つダイヤモンドが間欠泉のような水柱の上に立つ女にそう叫んだ。


「あれが……水の精霊オンディーヌ


その仮面の女に八雲は背筋がゾクゾクする悪寒を感じた―――


―――まるでこの地底湖すべてが彼女の一部であるかのように伝わってくる得体の知れない感覚。


八雲はこの世界の水を司る彼女の雰囲気が荘厳な地底湖の景色と一緒になって、威厳とも重圧とも取れる力の奔流に意識が呑まれていくような気がしていた。


「今日は貴女にお願いがあって来ました!どうか此方の話を聴いてください!」


「……」


ダイヤモンドが語り掛けるが、水の精霊オンディーヌからの反応はない。


―――そこで八雲が一歩前に出て、彼女に話し掛ける。


「初めまして―――俺は黒神龍の御子の九頭竜八雲という」


【……知っている】


自己紹介をした八雲に水の精霊オンディーヌから女性の声でありながら、地底湖全体に響くような言葉が返ってきた。


「―――俺のことを知っているのか!?何故だ?」


【……】


その問い掛けに水の精霊オンディーヌからの返答はない。


だが、このままでは埒が明かないので八雲は続けざまに此処を訪れた目的を述べる。


「此処に来たのは紅神龍の御子イェンリンが【呪術カース】によって呪いを受けてしまった。貴女なら解呪が出来るという話を聴いて此処までやって来た。解呪が出来るというのは本当だろうか?」


【……】


水の精霊オンディーヌからの返事はない……


「―――出来ないということだろうか?どうか答えてほしい」


すると黙っていた水の精霊オンディーヌの仮面から声が響く。


【……解呪が出来るかと言えば、答えは可能】


「だったら―――どうか解呪をしてもらいたい!」


【……何故?】


「―――えっ!?」


予想外の返答に八雲は呆気に取られたが水の精霊オンディーヌが続ける。


【―――何故、そこまでして解呪を願う?紅神龍の御子は汝にとって如何なる存在か?】


その質問に八雲は閉口する―――




―――自分にとってイェンリンの存在とは?




初めて会ったその日に自分の命を奪った相手―――




フロンテ大陸北部ノルドの最大国家ヴァーミリオン皇国の皇帝にして剣聖―――




そして再会時にもいきなり斬りつけてきた―――




それからマキシの件もあってヴァーミリオンへと留学を提案された―――




三大公爵家の不祥事に際して身内の断罪に人間らしさを見せる一面を持っていた―――




マキシの【呪術カース】に乗っ取られても、血の涙を流す強者―――




そして、再び剣を交えて、改めてその強さに驚愕させられた―――




自分の身を犠牲にしてもその動きを封じて、今は助けたい存在―――




―――再会してからこれまでのことが走馬灯のように脳裏に走る八雲が出した結論。




それは―――




『―――まだまだ死なせてたまるかよ』




【……なんだと?意味が不明】


笑ってそう答えた八雲に今度は水の精霊オンディーヌが困惑気味に問い掛ける。


「そうだな……俺にも意味が分からん。初めて出会った日に俺はイェンリンに殺されたんだぞ?その次に再会した時もいきなり斬り掛かって来やがった。ホント意味分かんねぇよ」


【……】




水の精霊オンディーヌも他の者達も黙って八雲の言葉に耳を傾ける―――




「だけど、そんな傍若無人なヤツでも自分の身内には死刑を言い渡すことに躊躇した。少しずつだけどアイツの人間性を垣間見た。そうしたら、憎めないヤツだと思えてきた。アイツが生きてきたヴァーミリオンを護るための戦いの歴史―――きっと苦しかった数百年の歴史だったはずだ。だから、そんな血の歴史なんて覆せるくらい楽しいことを見せてやらないと俺の気がすまない!」


「八雲殿……」


話しを聴いてブリュンヒルデの瞳が潤む―――




「それが今度は【呪術カース】に掛かって生きる人形状態になったなんて―――納得出来ない」




【……それだけの理由と言うか?……くだらぬ】


水の精霊オンディーヌが八雲を真っ直ぐ見下ろして言い放つ。




「くだらないかどうかは他人が決めることじゃない―――俺自身が決める。俺はまだまだアイツに教えてもらいたいことや逆に教えてやりたいことがある。笑わせてやりたい、喜ばせてやりたい、楽しませてやりたい、尊敬しているし尊敬されたい、アイツよりも強くなりたい、この世界をもっと一緒に見てみたい」




【……汝は己の言っている言葉の意味を理解しているのか?】




「ああ、理解しているさ。俺がどれだけ自分勝手なのか嫌と言うほど理解してる。だが俺はそんな人間であることに一ミリも後悔していないし、する気もない!」


「フフッ……さすがです」


ラーズグリーズが笑みを浮かべた。




「お前は俺がイェンリンを救うことに何故と問い掛けたな水の精霊オンディーヌ。これが俺の答えだ―――イェンリンはまだまだ死なせてたまるかよ!!!アイツが笑える未来を創造出来るなら、その未来を一緒に見ることが出来るなら、俺は―――アイツのことを諦めたりはしない!!!!!」




静かな地底湖の広がる第五階層に、八雲の告白が響き渡る―――




「……八雲、もう、それって―――」


【……愛おしい……汝はそう言っているに等しい】


雪菜の言い掛けた言葉を継いで水の精霊オンディーヌが告げると、八雲の中で何かのピースがカチリとハマったかのような感覚が走った―――


「えっ?……俺……いま……イェンリンのこと……」


途端に顔が熱くなる八雲―――


この場にいる全員の前で、本人のイェンリンがいないこの場所で今、八雲はイェンリンのことをどれだけ想っているのか、そして彼女のことを諦めないと絶叫しながら告白したのだ。


【汝の想いは、たしかに聴いた……】


「あ、ちょっ?!ごめんッ!―――今のなしで!!!/////」


【なかったことには、出来ぬ……汝の言葉を聴いた以上、その覚悟を試させてもらおう】


「いや、あの、ちょっと待って?」


【我が試練を乗り越えたならば、汝の願いにも光明が差さん……】


「―――ちょっと人の話聞いて!?」


そう言った水の精霊オンディーヌがゆっくりと右手を高い天井に向けて掲げると―――


今まで穏やかで波すら立っていなかった地底湖に地響きの音と共に高波が岸辺に押し寄せてくる。


「これは―――ッ!?一体何が!?」


水の精霊オンディーヌの背後に広がる地底湖の湖面が轟音と共に盛り上がったかと思うと、その中から巨大な何かが姿を現した―――


「なんだ!?あのデカいのは!!!」


―――現れた巨大なその姿に叫んだ八雲。




巨大で長い蛇のような鱗に包まれたその生物は、頭も蛇のような形をしているが首から後ろには鬣と背ビレがあり、長い牙が口の端からはみ出していた。




うねる様に動く度、地底湖に波が起こり、岸辺にその波が大きな音を立てて打ちつけられていく。




その姿を見てダイヤモンドが叫ぶ―――


「あれは―――シーサーペント!?海にいるはずの魔物が、どうしてこの地底湖に!?」




―――大海蛇シーサーペント


この世界の海でクラーケンと同じく海上を行き交う船の海難事故の原因のひとつとして存在する海の魔物。


海上で出会うと船に体当たりや、その巨大で長い身体を巻きつけて沈没させ、人を喰う。


クラーケンと共に大海魔と呼ばれ、船乗りから恐れられている。




するとさらにもう一つ湖面が山のように盛り上がり、別の生物がその姿を現す―――




―――湖面から噴き出す水柱と共に現れたその生物。




―――その姿は真っ白な身体で巨大な尾ビレを湖面に叩きつけて波立たせる。




―――その頭は鯨のような形でありながら、顔の中心からは長く鋭い角が生えていた。




「バカな……ケートスまで現れるなんて……」


いつも冷静な様子のラーズグリーズがこの時ばかりは動揺して呟く。




―――白鯨ケートス


神が生み出したという伝説をもつ巨大な白鯨。


海でクラーケンやシーサーペントといった大海魔を捕食すると言われており、一部の船乗りからはクラーケンやシーサーペントに襲われたところを、それらを捕食しようとして襲い掛かるケートスに救われたことで守護神として崇める者達もいる伝説の生物。




【これら二匹は我が使徒にして召喚せしもの……己が願いを通したくば、これらを討ち滅ぼして再び我が前に立て】




そう言い残して水の精霊オンディーヌは湖の中へと消えていく……


「おい!ちょっ!―――待てよ!!!」


八雲は叫ぶがその声はもう水の精霊オンディーヌには届かない。


「―――どうするの!?八雲!!!」


―――突然現れた巨大な魔物に顔を引きつらせる雪菜が八雲に問い掛ける。


巨大な魔物の出現に圧倒され気味だった八雲だが、すぐに切り替えて攻撃指示を出す―――


「俺とフォウリン、カイルとブリュンヒルデに葵、白金はシーサーペントへ!雪菜とマキシ、ダイヤとルビー、ラーズグリーズはケートスへ!さっさと倒してあの仮面女に話をつけるぞ!!!」


―――八雲の号令に全員が狙いを定める。


一呼吸だけ深呼吸をした八雲が声を張り上げる―――


「いくぞぉおお―――ッ!!!!!」


―――そして、


二大海魔との戦闘に突入するのだった―――






―――シーサーペントへと向かった八雲達。


空中浮揚レビテーションを発動してシーサーペントへ接近すると、改めてその巨大な体躯に驚きを隠せない。


「デカいな……クラーケンが小さく見えるくらいだ」


そう呟く八雲に葵が影神楽を構えながらシーサーペントへと殺気を飛ばす。


「主様。あの海蛇は火属性に弱いですが、あの鱗があります故、耐性もあります。どうかお気をつけくださいませ」


「なるほど……だったら、まずはあの鱗を破壊する攻撃から仕掛ける」


判断した八雲の次の動きは早く―――




「―――土槍アース・ランス!!」




―――自分の周囲に幾つも展開した魔法陣から土属性魔術・下位の《土槍》がまるでマシンガンのようにシーサーペントへと降り注いでいく。




だが―――


―――マシンガンの様に突き刺さるはずの槍が硬い鱗に阻まれて、


「おいおい……マジかよ。傷ひとつ、ついてないんだけど?」


魔術攻撃を受けたシーサーペントはその尽く弾き返してまったくの無傷だった―――


「シーサーペントもケートスも大元を辿れば龍種の近縁に当たる。その鱗や皮膚も龍に近いものだ。魔術系の攻撃では容易に突破出来ないぞ!」


同じく空中に飛ぶブリュンヒルデが説明すると、


「だから、そういうことは先に言ってよ……だとしたら、これはもう直接攻撃しか道はないか」


八雲はスラリと黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を鞘から抜いて構える。


「カイル!お前はフォウリンの防御にだけ徹しろ!フォウリンはカイルと連携してその剣で直接攻撃を!でも無理はするなよ!!」


―――そう叫ぶと八雲はシーサーペントへと突撃を開始する。


「白金、お前はまだ主様の武器を持たぬ身。主様と妾が傷を負わせたら、片端から狐火を喰らわせてゆけ!」


「承知いたしました!葵義姉様」


白金に指示を出して葵もまた影神楽を手に八雲の後を追う―――


「―――これならどうだぁ!!!」


突撃した八雲が巨大なシーサーペントの背中に飛び乗って夜叉を突き立てると、抵抗はあるものの刃が鱗を貫いた。


しかし、巨大な大海魔の背中で刺さる夜叉の一刺しなど毛ほどにもシーサーペントには感じられていない。




「注射以下の反応だなぁ……でも、こうしたら、どうなる!!!

―――炎爆エクスプロージョン!!!」




突き刺さる夜叉の周囲に広がる赤い魔法陣の展開と共に八雲は火属性魔術・上位の《炎爆》を発動して大海蛇の体内で巨大な炎の爆発を生み出した―――




【GYUSHAAAAAAAAA―――ッ!!!!!】




大海蛇の発する空気が震えるほどの巨大な雄叫びが地底湖に響き渡り、シーサーペントの背中から煙が立ち上る―――


「お、流石にこれは効いたみたいだな―――って、なんだ!?」


―――魔術をお見舞いした八雲のいる背中に向かってシーサーペントが静かに振り返り、八雲の姿をその黄色く染まった巨大で邪悪な瞳でジッと睨みつけている。


「なんだよ?―――その『お前の顔を覚えたぞ』みたいな視線。別にお前に惚れられても嬉しくもなんともないんだけど?」


そう言って睨み返す八雲だったが、何かがおかしい……


「なんだ?……この……身体が、重い?」


―――突然身体が急激に重くなった八雲は困惑するも、そこで『危機検知』スキルが脳内に警鐘を打ち鳴らす。


すると頭上にはいつの間にか大口を開いて八雲を喰わんとするシーサーペントの頭が振り落とされてくる―――




「うおおお―――ッ!!!」




―――寸でのところでそれを回避する八雲だが、やはり身体が思うように動かない。


そこでステータスを開いてみると―――




『精神耐性』


あらゆる精神攻撃に対する耐性




―――この項目が異常な点滅を起こしていた。


(俺の【覚醒】した耐性をもってしても突破してくる攻撃かよ!?……普通の人間なら即死モノかも知れない)


そう考えた八雲は―――


「フォウリン!カイル!―――あのシーサーペントの眼を見るな!!!精神攻撃を仕掛けてくる!!!」


―――そこで一番被害を受けそうなふたりにそのことを叫んで伝えると、ふたりが慌てて頷き返す。


空中浮揚レビテーションで空中に逃れ、精神攻撃の回復を待つ八雲―――


「―――流石は水の精霊オンディーヌの召喚獣……これは一筋縄じゃいかないか」


改めて水の精霊オンディーヌの召喚した二匹の魔物に対して畏怖の気持ちを抱きつつも、その攻略の手を探っていくのだった―――



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?