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第208話 マキシへの罰、イェンリンの罪

―――アルブム皇国 白龍城


イェンリンの解呪に成功した八雲達は帰路の途中、基地ベースに残っていた仲間達と合流しながら白龍城へと引き上げた―――


そして白龍城にある白い基調の大理石で出来た壁に木製の高級な装飾を施した調度品を用いた高級感のある客室で、ベッドに入って休みながら上半身を起こしているイェンリンと、その横で椅子に腰かける紅蓮、そしてラーズグリーズが同席していた。


「―――なるほど……余が【呪術カース】を仕掛けられてから、そんなことになっていたとは……」


マキシの【呪術】に操られてから、『解呪』された今までのことを紅蓮とラーズグリーズにより一通り説明されたイェンリンは、その間の記憶がないので半信半疑になるほど急展開ばかりな事態に只々驚くばかりだった。


「私の考えが甘かったせいで、貴女を危険な立場に追い詰めてしまったこと、謝罪しても謝罪しきれません……本当に申し訳ありませんでした。イェンリン」


そう言って頭を下げるラーズグリーズに、


「……頭を上げよ、ラーズグリーズ。お前にヴァーミリオンに仇なす者の計画は手段を選ばず叩き壊せ、と言っておいたのは余だ。たとえその手段が余を犠牲にすることになろうとも、と含めて言っておいたはずだ。それにあの時に余の手を押さえたのは、【呪印返し】を掛けようとしてくれていたのだろう?」


「はい。しかしマキシ君の【呪術カース】が予想以上の力でした。ですが……」


「―――ああ!もうよい!」


そこでラーズグリーズの謝罪を無理矢理に遮るイェンリンは、


「それよりも!!―――余が八雲に負けたというのは本当の話か!!!」


むしろ八雲に敗れたという話しの方が気になって仕方がなかった。


「それよりもって……ええ、たしかに八雲君は両腕両脚を切断した貴女を抱えて異空間から帰ってきました。彼も満身創痍でしたが……」


「誠なのだな……余が敗れる時が来るとは……」


記憶にない敗北にイェンリンは複雑な表情を浮かべている。


「ですが、そのことで八雲君はイェンリンの意識が正常で経験に基づいた戦い方をされていたら、敗れていたのは間違いなく自分の方だった、とハッキリそう言い切っていましたよ」


「―――それは慰めにしか聞こえん。だが、たしかに余が本気で八雲と戦うとしたら、これまでの戦いの経験は活かすであろうな」


「貴女が無意識だったから、彼もまだ付け入る隙があったということです」


そう話し合うイェンリンとラーズグリーズに―――


「―――まあいいじゃない。こうして貴女が無事に戻ってきてくれたこと、それだけが確かな事実であり、私達にとって幸せなことよ」


―――ベッドの横で椅子に座って話を聴いていた紅蓮が微笑みを讃えてイェンリンに告げる。


「……心配をかけてしまったな。すまぬ……紅蓮」


「本当よ!本当に貴女はいつも私を困らせて……本当に……ほんとうに……よかった」


言葉を詰まらせて震える紅蓮の肩に、イェンリンが少し困った顔で笑みを浮かべて、そっとその手を伸ばす。


数百年という長い時を共に過ごしてきたふたりだけに込上げてくる気持ちがたしかにそこにはあった。


「ですが、まだ残っている問題があります」


ラーズグリーズが静かにイェンリンと紅蓮にそう告げると、


「分かっている……マキシ=ヘイトと蒼神龍セレストか……」


一転して表情を引き締め、イェンリンは彼女達の名前を呟くのだった……






―――白龍城 玉座の間


暫く休んだ後、白龍城の玉座の間にまだ動きの覚束ないイェンリンと、それを支える紅蓮とラーズグリーズが三人でやってきた。


中央の玉座には白神龍白雪とその隣に雪菜が座している。


そのふたりの玉座の左右に二席ずつ椅子が用意され、白雪側の隣二席に紅蓮とイェンリン、雪菜側の隣二席にノワールと八雲が座して前を向く。


一段下がった謁見の場には蒼神龍セレストと、傷は八雲が『回復』したが、その身に血がまだ足りないマキシが膝をついて座っていた。


その後ろにはイノセントを始め、蒼天の精霊シエル・エスプリ達が膝をつき頭を下げている。


その中央に敷かれた赤い絨毯を挟んでノワール達の側に龍の牙ドラゴン・ファング達が、紅蓮達の側に紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達が立ち並ぶ。


フォウリンは紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達の先頭に位置するところに立ち、ルーズラーは龍の牙ドラゴン・ファング達の一番末席の位置に立つ。


そして、八雲の肩の上には―――


なんと数十cmほどの水の精霊オンディーヌの姿をした妖精が座っていた―――






―――何故、水の精霊オンディーヌの姿をした小さな妖精が此処にいるのか。


それは、先の『解呪』の儀で血液を大量に失ったマキシに、自身の持っている生命力に満ちた水『命の水』を与える形で一時的に血を補い失血死を防いだ経緯があり、その際に白雪との話し合いを八雲に申し出て白龍城へと戻ることに同行したのだ。


そうして第二階層の基地ベースで再会した白雪と水の精霊オンディーヌの二人きりで話し合いがもたれた結果、何故か八雲との精霊契約を行うということに決まったと知らされて訳も分からずにそこで契約をすることになる。


「―――変な契約じゃないだろうな!?他のヤツを勧誘しないと金払えとか?」


と、怪しい商売のように疑う八雲だったが、白雪と水の精霊オンディーヌのふたりから心配ないと言われ、ノワールも―――


「四大精霊との契約など、普通の人間ではあり得ないことだ。損にはならんから契約しておけば役に立つ時もあるだろう」


―――と勧められるまま、水の精霊オンディーヌとの契約を執り行ったのだ。


儀式といっても八雲が水の精霊オンディーヌの手を取り、水色の光に包まれたふたりの間に霊的なパスが繋がったことで契約が完了するという儀式である。


そこで水の精霊オンディーヌは自らの分身体であるという水色の羽根に水色の洋服を着た小さな妖精を八雲の傍に残し、本体は再び地底湖へと戻っていったのだ。


「―――貴方が私のマスターね♪ これからよろしくね♪ マスター!」


「うぉ!?―――お前喋れるのか!?しかも本体よりもかなりフレンドリーな性格だと!?」


そんなやり取りの最中だったが水の精霊オンディーヌのことを白雪自らが見送り、ふたりの間にあった蟠りはこれで解消されたように八雲の目には見えていた。


ふたりが何を話したのかは、また後日聞いてみようと思った八雲。


水の精霊オンディーヌとの契約により八雲のステータスには『精霊の契約者』というClassが追加されていて、ステータス欄にも新たに『精霊の加護』という能力が顕現していた。


変な妖精のおまけは付いてきたものの、


(たしかに損はしていないな)


と八雲も新たな能力の取得に納得するのだった―――






―――そのような経緯を経て、八雲の肩に乗っているのは水の精霊オンディーヌの分身体である水の妖精という事の経緯だった。


そうした今回のフォンターナ迷宮攻略に関わった面々が全員揃ったところで、白雪がまず声を上げる。


「―――此度のフォンターナ迷宮攻略と炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンの『解呪』の達成、まずはおめでとうと言っておくわ。けれど、ここで先送りにしていた件をはっきりさせておくべきだと思って、この場を提供することにしたの」


先送りにしてきた件―――


―――それは勿論マキシのヴァーミリオン皇国で起こした反逆行為についての断罪である。


当事者は勿論だが、この場にいる関係者は全員がそのことを理解している。


胎内世界で扱かれていたルーズラーでさえ伝え聞いていることだ。


「いつまでも結論を出すことから逃げている訳にはいかないでしょう。この件に関してはすべてイェンリンに裁く権利があることは誰もが承知しているでしょうし……ではイェンリン……貴女が裁きを言い渡しなさい」


そう言って白雪は視線をイェンリンに向ける―――


白いブラウスに赤いネクタイを締め、赤い生地に白のチェックカラーのプリーツスカートを纏って、その上から白地に赤い刺繍が鏤められたいつものコートを纏って玉座の貴賓席に鎮座するイェンリン。


迷宮で生死の境を彷徨っていたとは思えないほど精鍛な雰囲気に包まれていた。


―――白雪に視線を向けられたイェンリンは、


「マキシ=ヘイトに蒼神龍セレスト……面を上げよ」


謁見の場で頭を下げていたふたりにそう告げると、ふたりがゆっくりと顔を上げた。


「余がお前の【呪術カース】によって意識を失っている間に、随分好きにしてくれたようだな?」


氷のような冷たい声が玉座の間に響く。


その重苦しい空気を生み出した重圧は、水の精霊オンディーヌによって一命は取り止めたものの、まだ血が足りていないマキシにとっては地獄のような苦しみだ。


「ハァ……ハァ……申し訳……ありません」


そう言って床に頭を着けて謝意を示すマキシを雪菜もフォウリンも、そして八雲も辛そうな表情で見つめていた。


だが、この件の被害者は明らかにイェンリンなのだ。


ここで下手に庇い立てすれば、それこそイェンリンの不興を買い機嫌を損ねる結果に繋がるかも知れない。


だからこそ三人は今後の動向を見守ることにする。


「……」


そんなマキシをイェンリンは黙って見つめている。


どのくらいそのまま時が経ったのか、漸くイェンリンが口を開いた。


「マキシ=ヘイト……ヴァーミリオン皇帝たる余に刃向いし行い、許し難し。よってお前には―――死刑を申し付ける」


遂にマキシに対してのイェンリンの裁きが言い渡されると同時に―――


「―――お待ちください!!!」


「―――ちょっと待って!!!」


―――と、フォウリンと雪菜が同時にイェンリンに声を上げた。


「……なんだ、お前達?余の裁きは言い渡した。最早それを曲げることはない。控えていろ」


語気を強めて引き下がれと言い渡すイェンリンだが、ふたりは引き下がらない。


「剣帝母様のご心中、穏やかではないこと重々承知しております。ですが!―――どうかマキシ=ヘイトへのお裁きに何卒ご温情を賜りたく、どうか、伏してお願い申し上げます!!」


段の下にいるフォウリンはその場で膝をつき、イェンリンにマキシへの温情を願い出る。


「何故?余に刃向かい、余を害した者に温情を掛けてやらねばならぬ?」


イェンリンの言葉にフォウリンも引かない―――


「たしかにその通りです。ですがマキシもまた、『解呪』の儀を執り行うために自らの命を顧みず血を捧げました。どうかそのことをご考慮くださいます様、重ねてお願い申し上げます!」


―――と、マキシが対価を払った事実を考慮して欲しいと願う。


「―――己の身を犠牲にしてまで自ら犯した罪を償うという意味で、それは当然のことだと言える。ヴァーミリオン皇帝への反逆の罪の贖罪にまでは届かぬ」


フォウリンの願いはイェンリンの現実を突きつける言葉で切り捨てられる。


だが、次に雪菜が発言する―――


「マキシは迷宮の中でも私達に協力的だったよ!自分のしたことにちゃんと向き合って、そして血まで流してイェンリンを助けたのに、お願いだから死刑だけは許してあげて下さい!」


―――なんとか分かってもらおうと雪菜も必死だ。


「それも先ほどのフォウリンに言ったことと同じだ、雪菜。それでは余の考えを覆すことは出来ぬ」


しかしイェンリンの容赦ない現実を示す返事によって雪菜の言葉も切り捨てられていった。


ノルドの超大国ヴァーミリオンの皇帝に行った反逆の罪を、そう簡単に感情論だけで覆すことは出来ない。


そうなれば国の、この世界の法はすべて無法と化すのだから―――


―――だが、


そこで何故だかイェンリンは八雲に視線を向けていた。


フォウリンと雪菜のやり方ではイェンリンの考えを覆すことは出来ない。


だからこそ、イェンリンは八雲に向かって、


(お前ならどうする?―――どうやって余の考えを覆すのだ?)


と言っているかのような瞳を向けてくる。




―――イェンリンの真意を紐解いてみれば根本的にその死生観が人間のそれとは違う領域に達している。


初めて八雲と出会った日、史上初の黒神龍の御子が迎えられたことでその強さを計り、もしも己を越える能力を持つ者ならば殺して欲しいとすら願っていたほどに、イェンリンはこれまで長く生き過ぎていた。


実際のところ自分を死の淵まで追い込んだマキシのことは常人ならば恨みも抱くのだろうが、イェンリンにとってはよくやったとすら思えるくらいに死生観が常人のそれとは違うのである。


それならばマキシを救うことなど一言で完結することなのだが、それは国家を法治する為政者としてはあってはならないことだ。


ましてやフォウリンや雪菜のように感情論に訴えるだけでは、その願いを聞き届ける訳にはいかない。


イェンリンを死の淵まで追い込み、そしてその行いを償おうとしているマキシのことも周囲の者からの話しを聴いて理解をしているからこそ、まだこれからも強くなれる素質のあるマキシをここで切り捨てるのは剣聖としても惜しいとすら考えていた。


だからこそ九頭竜八雲に自分の出した結論を覆すものを求めたのだ―――




八雲自身もその視線の真意には朧気に気がついていた……いや、むしろイェンリンの隣に座る紅蓮が顎を何度もフン!フン!と突き出してきて―――


『―――お前の番だ!行け!GO!GO!』


―――と号令を出すかのような表情を向けているのだ。


こうなってくると八雲にとっては茶番でしかない―――


紅蓮もイェンリンもフォウリンや雪菜の気持ちを汲んでやりたい意志は持っているのだ。


しかし、ヴァーミリオン皇帝への反逆という罪はそう簡単に許していい罪ではない。


感情論の範疇を超えないフォウリンと雪菜の意見では駄目なのだ。


「ふああぁ……なにこれ?茶番劇?」


八雲の肩に乗った水の妖精は欠伸をしながら今まで見て来たことに、歯に衣着せぬ言葉を投げ掛ける。


「お前、辛辣過ぎるだろ……」


そんな彼女の言葉に八雲も引き気味で返した。


そして、この場のそんな空気を八雲と共に感じ取っていたノワールは、八雲の隣で声を殺してクックックッ♪ と笑みを溢している。


【―――八雲、彼方の茶番にのってやろうではないか。イェンリンも、お前ならこの場を覆すような案を出すと信じているのだ】


八雲にノワールからの『伝心』が届くと、


【簡単に言ってくれるなよ。この世界で皇帝に反逆した者を救う手なんかそう簡単にある訳ないだろう?】


とノワールに『伝心』で返す。


【だが、そんなことを言っておいて本当は皆が驚くような手を考えているのだろう?】


八雲の正妻であるノワールには、すでに八雲の中では策が浮かんでいるのを見透かしていた。


【まあ、あるにはあるけど……下手をすれば『戦争をしましょう』って言っているみたいな手になるけど】


【かまわん!お前の思う通りにやってみよ。本当に戦争になったとしても、我はどこまでもお前と一緒だ】


ノワールのその言葉に八雲は腹を括り、イェンリンに目線を向けて今からやるぞという意志を示した。


「……俺も一言、言わせてもらっていいか?」


静まり返っていた玉座の間で八雲の声が響く。


「なんだ?八雲。お前も余の裁定に異議を申し立てるのか?」


そう告げたイェンリンもその瞳は『来た!』という期待を輝かせながら、言葉は至って静かに八雲に向かって言い返す―――


「いや、俺は別にイェンリンの裁きに異議を唱えるつもりはない」


その八雲の言葉に助けに入ってくれたと思って喜んでいた雪菜とフォウリン、それに合わせて八雲にそう言われたイェンリンまでが「―――えっ?」という表情になって固まる。


「そ、そうか……では余の裁きの通り―――」


「―――だが!!イェンリン、先にお前への裁きが先だ」


「なんだと!?」


突然、八雲に突き付けられた裁きという言葉にイェンリンも予想の斜め上を突かれた。


居並ぶ紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達も、そしてマキシにセレストまでが硬直して言葉が出ない。


だが龍の牙ドラゴン・ファング達はいつもの八雲のことだと余裕の態度でその様子を窺っていた。


「余を裁くと言うのか?……お前が?」


八雲の放った言葉の意味が理解出来ないイェンリンが問い掛ける。


「ああ、そうだ。そもそもの話しからして俺に留学を勧めたのは誰あろうイェンリン―――お前だ」


「はぁ?……ああ、たしかに……そうだが?」


突然ここで留学の切掛けの話しをし始めた八雲の真意が見えずに戸惑うイェンリンだったが、それでも八雲は続ける。


「言うなれば俺は国の来賓としてヴァーミリオンに来ているシュヴァルツの皇帝だってことを忘れているんじゃないのか?イェンリン」


八雲がそこまで言うとイェンリンもハッとして八雲の意図を理解し始めた。


「……忘れてはおらぬ」


そう答えるイェンリンに追い撃ちを掛ける八雲―――


「―――だったら、ヴァーミリオンと同等の大国の皇帝に剣を向けたお前の罪は、俺以外に誰が裁くって言うんだ?」


―――先の【呪術カース】に犯されて襲ってきた件について断罪を開始する。


「し、しかしそれは余がマキシに操られて―――」


「―――マキシに操られていたから、意識がなかったからで済むことだとでも?そんなことで許されるなら、お前の生きてきた歴史の中には戦争なんてなかったって言うのかよ?」


「そんな訳が―――」


八雲の『戦争』という言葉にイェンリンも言葉に詰まる。


極めて極端な話だが、八雲はマキシひとりのために隣り合う大国同士の戦争も辞さないと暗にそう伝えているのだ。


これにはその意図に気がついた紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達も、そして誰よりマキシにセレストや蒼天の精霊シエル・エスプリ達もやり取りを聴きながら息を呑んで見守るしかない。


八雲の問い掛けに並々ならぬ覚悟を感じ取ったイェンリンは―――


「それで……何が望みだ?」


―――と、八雲の考えを知るために敢えてそう問い掛ける。


すると八雲は―――


「―――この問題の元凶となったマキシ=ヘイトの身柄をこちらに渡すよう要求する」


―――と、マキシの身柄の確保を要求するのだった。


「それはならん!それではヴァーミリオンの威厳が―――」


思わず声を荒げるイェンリンだが―――


「―――威厳というならこっちも同等だ。俺に剣を向けたことへの罪を訴えるのは俺の権利だし、償うのはお前の義務だ」


―――と、完全に八雲の策に入り込んでしまったイェンリンは色々と思考するも、机上とは言えこの余計な戦争を回避するためならば、最早この提案を受けるしか手はない。


だが、内心ではイェンリンもこの提案に安堵していた―――


―――ラーズグリーズから聞いたマキシの生い立ちや扱いは自分の生い立ちと重なるところが垣間見えて、他人事とは思えなかった。


―――そして可愛いフォウリンが友だと認めていることも、雪菜が救おうとしている気持ちもラーズグリーズから詳細の報告を聞いていて理解している。


だが、やはりそれを感情論だけをもってして公の場で許すことは出来ない。


しかし八雲の要求はお互いの意図を知りながらも公の席での申し出としては歪ながらも通らない話ではないのだ。


「……分かった。お前の望み通りマキシ=ヘイトの身柄はシュヴァルツ皇国に引き渡す。煮るなり焼くなり好きにするがいい。但し!これにより二国間での蟠りは皆無だと、そういういうことでいいのだな?」


イェンリンはそう簡単に戦争というカードを持ち出すなと八雲に釘を刺しているのだ。


「ああ、勿論。これからも友好な関係を保っていきたいと思っているよ」


「どの口が言うか!……ハァ、もうよい。マキシ=ヘイトよ!お前は、これからは八雲のものだ。そのこと忘れるではないぞ!」


吐き捨てるようにそう伝えるイェンリンに、


「ありがとう……ございます!」


頭を下げ、涙ぐむマキシとその横について微笑みを浮かべるセレスト。


その後ろでは号泣して喜ぶウェンスをイノセントがハンカチを貸して宥めている。


望んだこととはいえ、八雲にしてやられたイェンリンはどこか面白くない。


しかし、そんなイェンリンが神妙な面持ちで皆に伝える。


「丁度よい。この場を借りて皆に聞いてもらいたいことがあるのだ」


その声に玉座の間で喜び合っていた者達が何事かとイェンリンに視線を集中する。


そんなイェンリンが次に放った言葉は―――




「―――余は皇帝を退位する」




―――という一言だった。


一瞬、全員が何を言われたのか分からないといった空気が流れたが―――


―――その次の瞬間、


「ハァアアアアアアアアア―――ッ!?」


その場にいるが絶叫を上げて驚愕する事態に陥るのだった―――



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