「―――丁度よい。この場を借りて皆に聞いてもらいたいことがあるのだ」
イェンリンのその声に玉座の間で喜び合っていた者達が何事かとイェンリンに視線を集中する。
そんなイェンリンが次に放った言葉は―――
「―――余は皇帝を退位する」
―――という一言だった。
一瞬、全員が何を言われたのか分からないといった空気が流れたが―――
―――その次の瞬間、
「ハァアアアアアアアアア―――ッ!?」
と、一同が驚愕するのだった……
「ちょ、ちょっと待った?!え?なに?なんて言った?お前、皇帝を―――」
「―――退位すると言ったのだ。聴こえなかったか?」
さすがに驚きを隠せない八雲だったが、次にその理由が気になった。
「何故、急に退位なんてことになる?―――理由は何だ?」
「別に急という話ではない。かなり前から考えていたことだ」
「前から考えていたって!?―――イェンリン!どうして言ってくれなかったんだ!?」
そこで割り込んできたのはブリュンヒルデだった。
どうやらイェンリンが考えていたことは彼女には話していなかったようで、ブリュンヒルデだけでなく
この場ではただひとり、紅蓮を除いて―――
「紅蓮はこのことを聞いていたのか?」
平然とした態度を取っている紅蓮に八雲が問い掛けると、その紅蓮が話し始める。
「ええ……といっても具体的にいつという話にはなっていなかったけれど。イェンリンが以前から退位について相談してきていたことは事実よ」
「なるほどな……けど、退位するとして誰が跡を継ぐんだ?公爵家の誰かに継がせるのか?」
「ああ、それはもう決めてある―――お前だ、フォウリン」
そこでイェンリンが口にした名は、ヴァーミリオン三大公爵家アイン・ヴァーミリオン家の三女―――
そのことにフォウリンは目を見開き、硬直して声も出ない。
そんなフォウリンを一目見て、動揺が大きすぎると判断した八雲は彼女の代わりにイェンリンに問い掛ける。
「他国の跡目相続のことだから口出しする気は毛頭ないんだけど、どうしてフォウリンなのか、その理由を訊いてもいいか?三大公爵家には他にも人はいるだろうし、実際のところフォウリンにもふたりの姉がいる。それらを選ばずにどうしてフォウリンなんだ?」
その八雲の問い掛けにイェンリンは椅子で脚を組み、肘置きに肘をついて右手の握りこぶしの上に顎を乗せながら微笑む。
「逆に訊ねるが八雲よ―――フォウリンにヴァーミリオンの皇帝は無理と思うか?」
「……それは、返事としてはズルいだろう」
「フフフッ……そういう時は得てして己の直感に従ってみよ。公務や執務、外交諸々そのようなことは些末なことよ。余はただお前の目からフォウリンを見て、フォウリンを知って、それでも出来ないと思うのか、お前の思ったことを訊いているのだ。別にお前が反対したからどうこうしようなどと言うつもりもない」
そう返されて八雲はフォウリンに再び視線を向ける―――
―――当の彼女は全身が小さく震えて胸の前で両手を組み、祈る様な姿勢で瞳には困惑の色と薄っすら涙が浮かんでいる。
どう考えても彼女はフロンテ大陸北部ノルドの超大国ヴァーミリオン皇国、その皇帝の地位に座ることに対する様々な不安や重圧で押し潰されそうになっているのは目に見えていた。
きっと彼女はこれから―――
―――ヴァーミリオンの血族達からの妬みや嫉み
―――広大な国土を有する巨大国家を統治するという重圧
―――日々願い来る陳情や公務が押し寄せるだろう執務
―――代替わりすることで虎視眈々とヴァーミリオンに向けられる近隣諸国の目や野望
ここで少し考えただけでも不安要素は後を絶たないのだ―――
そのことを誰よりもフォウリンが実感し、その身に耐えられないほどの不安が面に出ている。
逆を言えばそれだけヴァーミリオンという国もフォウリンも、イェンリンという生きる伝説の存在に対して言うなればおんぶに抱っこだったのだ。
だが―――
―――そのことすべてを考慮したとしても、ふと八雲は自然に思い至る。
「―――無理じゃない」
「―――八雲様?!」
八雲の返事に硬直していたフォウリンも声を上げる。
「ほう?何故そう思ったか、聞かせてもらってもよいか?」
「それを言葉にするのは難しい―――」
「―――構わぬ。思ったことを話してくれれば、それでよい」
眉間に皺を寄せて説明に困窮する八雲に、イェンリンは見たことがないほど穏やかな、まるで母のような微笑みを浮かべてそう告げる。
そんな微笑みに八雲も自分の感じたことを、そのまま話すことにした。
「……当然だけど、イェンリンとフォウリンは違う。強さ、知識、経験、何より生きて来た時間が絶対的に違う」
「……続けよ」
「―――イェンリンはさ、たぶんヴァーミリオンにとって力の象徴なんだと思う。国を大きくしたことや国を護るために戦ってきたこと。この国の人達は伝え聞いていて、俺の知らない歴史がいっぱいあるんだろう」
八雲の言葉をイェンリンは黙って聴き続ける―――
「それに対してフォウリンはイェンリンほど強い訳じゃない。知識もまだ今は学生だし、知らないことも多いだろう。経験だって生きてきた時間が桁違いに違うからその差は歴然だ」
「そうだな」
「だけど……イェンリンの力は絶大だけど、それはあくまで個人の力。ひとりの絶大な武力による統治に国民も頼り切っている一面があるんじゃないか?」
八雲のその言葉にブリュンヒルデはハッとしながら、八雲と出掛けた際に一緒に見た絵画を思い出す―――
―――美術館で見たイェンリンと自分達
「ああ、余の統治は今のヴァーミリオンを築いたという歴史が後ろ盾になっていることで成立しているに過ぎない」
「―――勿論、大国を統治していくっていうのはそういうのも必要なんだと思う。俺の場合はシュヴァルツ皇国の皇帝といっても、元々の王や議長達が変わらず統治してくれている。俺は完全に抑止力と防衛の象徴という形の皇帝だからな。もし、俺ひとりだけを絶対の皇帝にして統治なんてしようと思ったら無理に決まっているしすぐ逃げ出すぞ」
「それは何度も余が考えていたことだ」
「―――いや実際に貴女は何度も逃げ出して姿を消していたでしょう?」
ラーズグリーズの鋭いツッコミが入る。
「ウッ?!話の腰を折るでないラーズグリーズ」
バツが悪そうな態度でラーズグリーズを控えさせるイェンリンに八雲は話を続ける。
「フォウリンが皇帝になったら、きっと様々な問題や軋轢が当然あるかも知れない」
その言葉に誰よりもフォウリンが俯きその身を小さくする。
「だけど―――それが普通なんだと思う」
その言葉にフォウリンを始め、玉座の間にいるすべての人間がハッとした表情を浮かべて八雲に視線を集中させる。
イェンリンはニヤリと笑みを浮かべ、紅蓮も微笑んでいた。
「その通りだ!―――余は世間では剣聖などと呼ばれヴァーミリオンを力で支配し、護り、育んできた。しかし、これから先の未来はそれでは駄目なのだ。絶対的な強さと広大な領土の上に胡坐をかいて座っているだけの国など力があってもその内では衰退するしかない」
そう言ったイェンリンはフォウリンに視線を向ける―――
その時のフォウリンは先ほどまでとは少し変わって、落ち着きを取り戻してイェンリンが見つめる視線に視線で応えている。
「フォウリン……余にとってお前は可愛い姪の様な存在だと思っている。ルーズラーは甥のようだとな。余が産んだ大切な息子達の血を受け継ぐ可愛い子達だ。愛しくないはずがない。お前を次の皇帝に選んだのはお前が余とは違う人間だからだ。数百年という時を生きてきた余とは違う。これからの時代を生きる人間だからこそ、お前が相応しいのだ」
愛おしむような瞳でそう語り掛けるイェンリンにフォウリンも重い口をやっと開く。
「剣帝母様のお考え、このフォウリンしかと御伺い致しました。しかし、わたくしにはふたりの姉がおります。ましてや長女であるパトリシアを差し置いて皇帝位に就くなど、それこそが家中で争いの元になるのではないでしょうか?」
フォウリンの立場からすると尤もな話だ。
存命しているふたりの姉を差し置いて、三女の自分が皇帝に就くなどと言えば、他の公爵家だけでなく身内のアイン・ヴァーミリオン家で縁者間にドロドロとした内輪揉めが起こっても、おかしくはないのが跡目争いというものなのだから。
―――八雲の元いた世界でも、この異世界であってもそうした争いは同じなのだ。
「案ずるな。皇帝位の話は以前にパトリシアとアムネジアにも例え話としてだが訊いていた」
「―――そうなのですか!?」
イェンリンの意外な答えにフォウリンは寝耳に水といった心境だ。
「パトリシアはアイン家を絶やさずに己が次代を継ぐ皇帝を支える立場になると息巻いておったし、アムネジアも次代の皇帝を支えながら、国の未来を作ることになる子供達を育てる学園の校長職を全うしたいと言っておった。ふたりとも皇帝を継ぐなら、お前がいいと言っていたぞ」
「そんな……お姉様たちが……」
だが、更に驚く追い撃ちをフォウリンは受けることになる。
「ヨゼフスもジャミルにも話してみたら、余の決めたことに反対するつもりはないと了承してくれていた。つまりアイン家もドゥエ家もトロワ家も、公爵家は何も問題はない」
その話を聴いてフォウリンも驚愕していたが、ドゥエ家の長子であるルーズラーもまた父親が賛同していたことに驚いていた。
「完全に根回ししていたのかよ……だったら、俺の意見なんて要らなかったんじゃないのか?」
そう嫌味っぽく話す八雲を尻目にイェンリンは笑い声を上げる。
「ハッハッハッ!―――そんなことはないぞ!お前がフォウリンを皇帝にすることに、どう思うかを知っておきたかった」
「はぁ……まあ、もういいけど」
呆れる八雲の声が虚しく響いた。
「ところで八雲……お前は余に対して他に話したいことがあるんじゃないのか?」
ニヤケた表情で八雲に問い掛けるイェンリンに八雲は思わず、ウッと息を呑む。
その顔を見ればフォウリンとブリュンヒルデの話しを知っているといった顔だ。
「ああ~その、実は―――フォウリンとブリュンヒルデのことなんだが」
そう八雲が言葉を口にした途端、フォウリンとブリュンヒルデの顔が真っ赤に変わっていく―――
「ああ、ふたりがどうした?ニヤニヤ」
―――同時にイェンリンの顔は厭らしく歪んだ笑みに変わっていく。
(クッ!こいつ……俺が話したい内容を絶対分かっているだろ!!!)
内心でそう思った八雲だが、言葉にしない訳にもいかない。
「フォウリンとブリュンヒルデを―――妻にしたい」
そうイェンリンと紅蓮の前で言い切った。
しかし―――
「ふざけるなっ!!!誰がお前のような女誑しに可愛いフォウリンと義姉妹を嫁がせるか!!!」
と突然イェンリンから怒号が飛び出す。
「ウッ!?事実だけに否定出来ない……」
実際に周囲には見目麗しい美女や美少女が溢れている八雲である。
イェンリンの怒号もその言っていることが事実であれば否定することは出来ない。
「え?マスターって、そんなクズだったの?」
肩に乗った水の妖精が八雲に問い掛ける。
「ちょっとお前、ホント辛辣だよね?誰に似たの?もう少し優しいこと言えない?全俺が泣くよ?」
だが、そこで声を上げたのが―――
「イェンリン!―――私は八雲殿と一緒に生きていきたい!どうか許してほしい!!!」
「剣帝母様!―――わたくしは八雲様を誰より愛おしく想っております!どうかお許しを!!!」
―――と、ブリュンヒルデとフォウリンが懇願の声を張り上げた。
「―――と、ふたりは申しているが、お前は覚悟があるのか?八雲」
再び落ち着きを取り戻した声のイェンリンが八雲に問い掛ける。
今度は真剣な表情で、しっかりと目を見て話すイェンリンに八雲はグッと下腹に力を込めて、その場に立ってイェンリンに向き直ると―――
「俺以外にふたりを幸せに出来る男なんかいない!!!だから、お願いします!!!」
―――そう叫んで腰を直角になるほど曲げ、深々と頭を下げた。
その態度に驚いたイェンリンだったが―――
「口では何とでも言える……だから、これからその言葉を証明していくがいい。余から言えることはそれだけだ」
―――と、八雲に告げるのだった。
八雲はそんなイェンリンに―――
「ありがとう!―――お
「―――誰がお義母さんだ!!!」
とツッコミが返ってきたところで、玉座での出来事は終わりを告げるのだった―――
―――その日の夜。
寝室に戻った八雲のところにやってきたのは、ノワールにアリエス、そして雪菜特製の猫の着ぐるみパジャマを着たシェーナ、トルカ、レピス、ルクティアの幼女四人組とレオ、リブラだった。
シェーナ達が寝る前におやすみの挨拶をしに来たところで、水の妖精が八雲の肩から降りてシェーナ達の目の前に浮かんで飛ぶ。
「へぇ~♪ エルフの子供達ね。マスターの子供なの?」
「いや、そうじゃないんだけど、色々とあってな。今度話すよ」
「そうなんだぁ。でもこの子達の着ている服って―――プギャッ?!」
そう言い掛けた水の妖精をシェーナの猫パジャマに着けられた両手の肉球が、ぷにょん♪ と左右から挟んで捕らえる。
「ちょっ!?―――なにするのよ!このチビ!」
「いや、お前にチビって言われても……」
八雲はシェーナ達よりも圧倒的に小さい水の妖精が息巻いている姿に呆れる。
「それよりも助けてよ!マスター!!ああ、でもこのぷにぷに♪ ちょっと気持ちいい……」
雪菜拘りの肉球は水の妖精を早くも魅了し始めていた。
「それじゃあ四人共、いや五人か。おやすみ♪」
そう告げた八雲にチビッ子達はそれぞれおやすみの挨拶をしてレオとリブラに連れられて、自分達の寝室へと戻っていった……
「ちょっと!?五人て!もしかして私も含まれてる!?ねぇ!マスター!!」
肉球に挟まれたまま連れ去られる水の妖精の悲痛な叫び声は、廊下に出ても暫くは鳴り響いていた……
そして部屋に残ったノワールとアリエスだったが―――
―――パサリッ!と布が床に落ちる音が聞こえて振り返ってみるとそこには、
すでに瞳にハートマークが浮かんでいそうなほど、発情した二匹の雌が下着姿で八雲を熱い視線で捉えていた―――
「あん……ああ……んんっ!いい……もっと……もっと/////」
「あああ……いいです……八雲様……もっと、もっとアリエスの胸を////」
ベッドに仰向けになった八雲の上にふたりして覆い被さったノワールとアリエスは、お互いに八雲の口元に胸を差し出していく。
目の前に釣鐘型になって吸い上げるのを心待ちにした胸が並んでいれば、男なら同時に口に含んで吸い上げるのが礼儀と言わんばかりにふたつの胸を吸い上げながら楽しむ。
「んちゅ!ちゅぱ!―――ぷはっ!今日はやけにふたりとも胸を推してくるじゃないか?何かあったのか?」
『神の手』スキルを発動した舌先と指先でふたりの敏感な胸を弄りながら質問する八雲に、ふたりは赤い顔をしながら、
「実は此処に来るまで、船で寝ていたらあの子達に……おっぱいを強請られてしまってな……/////」
「安心させてあげようと思いまして、ノワール様とふたりでおっぱいをあげていたのですが……/////」
そこまで聞いて八雲は理由が理解出来た。
「子供達の前で厭らしい真似なんてできないから、ずっと我慢してきたと?」
その言葉に、顔を赤く染めたふたりはコクリと頷いた。
「そうか。それじゃあ今日は、ふたりが満足するまで可愛がってやらないとな!!」
そう言って八雲は再び胸に吸いつきながら出力の上がった『神の手』スキルが発動している―――
「あっ!あっ!さっきより!いいっ! やくもぉ!もっと!もっとだぁ! ああ、あぁあああ―――ッ!!!/////」
「んあっ!やくもさまぁ!ああっ!胸が!んん!キュンキュンしてきて! あ―――アァアアアッ!!!/////」
―――開発された胸はスキルも相まって、あっと言う間に絶頂を迎える。
だが―――
八雲の上に覆い被さったふたりが全身をビクビクと震わせている間にも、ふたりの尻に向かって両手を滑らせる八雲―――
「ひゃあっ!?や、やくも!ダメだ!いまはぁあああ!!!/////」
「やくもさまぁあ!やくもさまぁあ!ああああ!また!連続でぇえっ!!!////」
「―――まだまだ、これからだぞ。ふたりとも♪」
余韻に浸っているふたりの耳元でそう囁く八雲の声に、ノワールもアリエスも背中にゾクゾクした期待が走るのだった―――
それから―――
何度も何度もふたりを抱き『絶倫』スキルもようやく落ち着いてきて、八雲はふたりに腕枕をして抱き寄せていく。
刺激的な経験を何度も体感させられて、ノワールもアリエスも八雲に擦り寄りながら眠っていた。
そこで八雲はふと、玉座の間で最後にイェンリンが言ったことを思い出していた―――
『―――八雲よ。明日、余につき合ってくれ』
そう言ったイェンリンが少し恥ずかしそうに言ったのを八雲は不思議に思っていたのだが、朝から出掛けると言われて益々目的がわからなかった。
「まぁ、明日になればわかるか……」
そうして八雲もウトウトと睡魔が襲い始めたところで、意識を手放すのだった……
だが、明日から起こることを八雲はまだ知らない。
―――そう、それは今までに体験したことなどない、
ハーレムな夏休みの始まりになるのだった―――