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第211話 イェンリンと朝食を

―――7月27日


八雲は朝から身なりを整えて、待ち合わせの場所に向かう―――


待ち合わせた場所は白龍城の城門の前と言われていたので、ひとりそこで立ちながら城外に広がるカルデラ湖を見つめる。


透明度の高いカルデラ湖の水は遠くまで湖底が見えるほどに美しく、昇った朝陽を反射してキラキラと輝いている。


湖の中央に建つ白龍城は、まさに異世界の幻想的な城郭だと認めさせるに相応しい風格だった。


そんなことを考えながら周りの景色を眺めていると―――


―――城門が開き、中から人が出てくる。


「―――すまぬ。待たせたな。少し準備に手間取ってしまってな」


そう言って八雲の前に向かい立ったのは、待ち合わせ相手のイェンリンである。


「あ、ああ、いや……大丈夫……だ」


たどたどしい言葉使いで答える八雲には理由がある。


目の前に立つイェンリンの容姿があまりにも普段見ていたものと違うからだ―――




―――足元は真っ赤なヒールを履いて


―――膝丈で落ち着いたベージュ色のスカート


―――上は白いブラウスにその上から薄桃色をしたカーディガンを羽織る。


―――普段被っていたシャプカを今日は被らずに、赤いメッシュの入った金髪は、ひとつに緩く編み上げて肩に掛けていた。




その清楚な中にも可愛らしさを内包した装いに、八雲は思わず固まってしまっていた。


「なんだ?どうした?余の顔に何かついているのか?」


そんな装いをしていても喋り方は普段のイェンリンと変わらないことに、八雲はハッと我に返る。


「いや、いつもと雰囲気が違ったから驚いてさ。よく似合ってる」


「そうか。今日お前と出掛けると言ったら紅蓮やゴンドゥル、レギンレイヴが騒ぎ出してな……あれやこれやと着せ替えられてこの恰好になった。いつものでいいと言ったのだが、皆が鬼の形相をして否定してきてな……まったく……余を着せ替え人形のように扱いおって!」


その話を聴いて八雲の脳裏には喜々としてイェンリンを着せ替える紅蓮達の姿が思い浮かんだ……


「それはそうと、どこに行くつもりなんだ?」


イェンリンの目的を何も聞いていない八雲は外で待ち合わせと言ったのだから、どこかに出かけるのだと思って彼女に問い掛ける。


「ああ、実はな。アルブムの首都ヴァイスに行ってみたいのだ。頼めるか?」


珍しく命令口調ではなく頼むといった口調に少し違和感を覚えたが、そう頼まれて断る理由もない。


「了解!それじゃあ、アレを出すか―――」


そう言って八雲は自分の『収納』から魔術飛行艇エア・ライドを取り出す。


「おお!これは―――あの時の!」


イェンリンの言うあの時とは、ブリュンヒルデとのデートに出かける際に使った時のことだ。


ゴンドゥルに相談して造れるか訊いていた魔術飛行艇エア・ライドだが、魔力コストをゴンドゥルに指摘されて簡単には模倣出来ないことを知った代物である。


その魔術飛行艇エア・ライドに跨った八雲は自然と手を差し出す。


「後ろに横向きになって座ってくれ」


さすがの八雲もスカートの女性に跨れとは口が裂けても言えない。


差し出された手を取り、八雲の後ろにそっと横向きに座ったイェンリン。


「……これで、いいのか?」


後ろ側のシートに腰掛けたイェンリンを確認して、


「走り出したら俺の腰にちゃんと掴まっておいてくれよ。まあ、お前が転がり落ちるとか無いと思うけど」


「無論だ。だが、お言葉に甘えて掴ませてもらおうか」


そう言って八雲の腰を両手で掴み位置をしっかりと固定したイェンリンを確認して―――


「よし、それじゃあ―――出発するぞ!」


―――八雲が魔力を注ぎ込むと、ふわりと飛行艇が浮かび上がり、そして後方の推進部からの風属性魔術で前進を開始する。


「おお!浮いたぞ!ハハハッ♪ これはいい!」


軽快に速度を上げていく魔術飛行艇エア・ライドに興奮気味のイェンリンを八雲も子供みたいだなと少し笑いながら首都ヴァイスに向けて進んで行く。


白龍城の建つカルデラ湖から離れると、そこには青々とした草原が広がっていた。


遠くに聳え立つ連峰は白い雪を頭に被り、その麓には建物が集中する都市が見える。


「―――あれが首都か?」


風切り音が耳を過ぎていく中で八雲はイェンリンに問い掛ける。


「そうだ!―――あれがアルブム皇国の首都ヴァイスだ!」


草原の中を走る土が剥き出した街道をふたりは疾走していく―――


「でも、なんで首都に行きたいなんて言い出したんだ?」


―――走りながら八雲はイェンリンに訊ねてみる。


「それは―――着いてから話そう」


イェンリンは詳しくは語らずに周りの景色に目をやっていた。


イェンリンが話さないのなら無理に質問するつもりのない八雲は、自分も周りを流れる景色に目を向けて、首都までの道を駆けていくのだった―――






―――アルブム皇国 首都ヴァイス外壁門


ようやく見えた首都にはティーグルの首都アードラーにあるような街を包囲する外壁に巨大な門があり、今は解放されていて人々が行き交う。


門にいる門番達が一人、また一人と身分証明を確認して入場を制限しつつ忙しそうに働いているのが見えた。


「入場税がいるのか?」


「ああ、大抵の首都はそうだ。国によって税金の額は違うが、ヴァイスもそれほど暴利ではなかろう」


「身分証がなかったらどうなるんだ?」


「それも大抵は割増料金を払えばそこだけで使える仮の身分証が発行される。ほら、もう次だぞ!八雲」


イェンリンにポンと背中を叩かれると、前の馬車はもう先に進んで門を潜っていた。


「よし、行くか」


八雲は魔術飛行艇エア・ライドを浮遊させて進むと―――


「うお!?―――な、なんだ!それは!?」


門番達は皆、空飛ぶ物体に跨る八雲のことを一発で不審者認定したかのような怪訝な表情を浮かべる。


「おはようございます!首都に入りたいんだけど、いくら?」


「ウェッ!?あ、ああ、えっと、そうだ!身分証はあるのか?」


八雲の気さくな雰囲気に驚いた門番達だが、八雲は気にしない。


「ギルドカードでもいいのか?」


と、門番に問い掛ける。


「ん?ああ、勿論構わない。支払いもカードで払ってもらってもいいぞ」


「そうか。はい、これ―――」


と、八雲が渡したギルドカードを見て―――


「ゲェッ!?ブ、ブ、ブ、ブラックカード―――ッ!!!!!」


―――門番は渡された漆黒のカードに思わず叫び声を上げてしまう。


この世界ではLevel.60以上の者が手にする英雄の証明たるカードカラーを目の当りにして門番達が腰を抜かさんばかりの勢いで驚くのも無理からぬことだった。


先のフォンターナ迷宮攻略の際にフォウリンがかなりのLevelまで上がっていたが、それも才能や血筋といった影響が大きい。


この世界の並みの人間なら20や30以下のLevelで一生を終えることなどはざらにあることなのだから。


「お前ギルドカードなんて持っていたのか?」


「ああ、最初にアードラーへ行った時に作っておいたんだ。便利そうだったし」


「たしかに便利かも知れんが、お前の場合は……ちと面倒なことになるやも知れんぞ?」


イェンリンが少し顔を顰めてそう答える。


「―――え?どういうことだ?」


「時期に分かる……ほら、来たぞ」


そう言って顎でクイッと合図するイェンリンに釣られて前を向くと―――


「―――ご無礼致しました!わたくしはこの城門の警備隊長でございます!ブラックカードを所持されました英雄様が御来訪とのことでまかり越した次第です。この度はヴァイスにどのようなご予定で?」


―――突然現れた厳つい顔をした警備隊長という男と、その後ろには屈強なフルプレートの鎧を着込んだ警備兵の精鋭らしき集団が八雲達を取り囲んでいた。


「いやぁ~えっと……どういうご予定で?」


周囲の状況に八雲はヘラヘラとした笑みを浮かべながら、警備隊長の質問をそのまま後ろのイェンリンに訊ねる。


「旅の途中だ。白龍城の姿を拝んで、そのままこのヴァイスに立ち寄っただけだ」


訝しんでいる警備隊長にイェンリンが素気なく答えた。


「旅の途中……ですか。それでヴァイスではどこか目的の場所でも?」


「旅で必要なものを買いに来た。あと食事だ。警備隊長はどこかお勧めを知らないか?」


巧みな言葉で警備隊長に問い掛けるイェンリン。


「そうですなぁ~今は朝ですからこの先の大通り沿いに幾つかカフェが立ち並んでいます。アルブムでは薄く切ったパンにチーズをのせて火で炙って溶かしてから食べるといったものが伝統的な朝の食事で人気ですな」


イェンリンの質問に律儀に答える警備隊長に、イェンリンも笑顔で応える。


「おお♪ それは美味そうだな!よし八雲!まずは朝飯を食おう♪」


「言い方~!女の子なんだから、もう少し恥じらいとか礼儀とかあるでしょ?」


と窘める八雲にイェンリンは我関せずといった風に、


「何を今更!そんな畏まった仲でもあるまい!さて、隊長。もう行っても構わんだろう?」


警備隊長に向き直ったイェンリンがそう質問すると、


「ええ、分かりました。ですが、貴女の身分証はありませんか?」


と、イェンリンに問い掛けるが、


「生憎と旅先でこの男に拾ってもらってな!まだないんだ。だからそれもこのヴァイスで作っておこうと思ってな」


「なるほど。では申し訳ありませんが、身分証のない方の分は割増の入場税が掛かることだけは了承頂きたい」


「ああ、構わないよ。カードから一緒に引いといてくれるか?」


八雲の返事に隊長は頷き返して、八雲のギルドカードから入場税を引き落とすとカードを差し出して返す。


「それではどうぞ、ヴァイスの街をお楽しみください」


そう言って隊長とその後ろの警備兵達が頭を下げて見送る。


「ありがとう!」


礼を言って入場する八雲とイェンリン。


―――そこから見えるのは普通の人間に見える人族、頭に様々な獣の耳がついた獣人族、ドワーフ族、そして耳が長く美しい容姿をしたエルフ族、頭に角を生やした魔族といったファンタジー世界の定番であり王道でもある種族がアードラーを初めて訪れた時と同様に行き交っていた。


城門から進むと、そこには大きな街の通りがあり、真っ直ぐ行った先には純白の城が目に入る。


「あれは、王族の城とか言っていたな」


「ああ。あれがアルブム皇国の王族が住むホワイト城だ」


「そのまんまの名前なんだな……アルブムの王ってどんな王様なんだろう?」


「そこまでは余も知らぬ。なんだったら帰ってから白雪か雪菜に訊いてみればいいだろう。それよりも飯だ!」


「ハイハイ……確か大通り沿いにカフェが幾つもあるって言っていたよな」


「ああ、きっと向こうだ!それらしいのが並んでいるぞ!」


イェンリンの指差す方角には、大通りの左右に幾つもテーブルと椅子を並べた店が立ち並んでいた。


オープンカフェと屋台が合体したようなそこは、多くの人が集まって朝食を取ったり笑い合って話したりして賑やかな雰囲気だった。


「サッサと行くぞ!余はもう腹が減って仕方がない!」


「お前ホントに皇帝なんだよな?」


「―――勿論、今のところはな。もうすぐ退位するが気にするな♪」


ご機嫌なイェンリンに呆れながらも、八雲は大通りを魔術飛行艇エア・ライドで進んで行くのだった―――






―――大通りで良さそうなカフェを見つけたふたりは、


魔術飛行艇エア・ライドを停止させてそのカフェに入ると、警備隊長に教えてもらったパンに溶けたチーズをのせる料理を注文する。


此処に来るまでは魔術飛行艇エア・ライドを物珍しそうに見てくる民衆が後を絶たなかったが、八雲もそしてイェンリンもそうした目には一切動じない性格であったので、気にせずカフェを見つけて大通り沿いのテーブルに腰を掛けて今に至る。


そうして運ばれてきた料理を見ると―――


―――パンを薄切りにしてあって、そこに干し肉を同じく薄く切って載せて、その上から店員が手にしたチーズの塊を端から火属性基礎ファイヤー・コントロールで指先に炎を灯して炙り、溶けだしたチーズをそのパンと干し肉の上から肉が隠れるくらいに大量に被せていくという、見ていても面白い料理だった。


「なるほどなぁ~♪ チーズをああやって溶かしてかけるやり方もあるんだなぁ」


感心している八雲を傍目に、イェンリンが―――


「では頂こうか♪」


―――と、口を広げてかぶりつくと、口元からチーズが、にゅお~ん♪ と伸びていく。


「んおっ!んん、モグモグ……これはなかなかいけるぞ!八雲、お前も食べろ食べろ♪」


「言われなくても頂きます!ガブッ!モグモグ……あ、美味い!」


干し肉の程よい塩味とチーズの風味とトロけた食感が丁度いいハーモニーを奏でている。


シンプルな料理なのに、見た目と食感で楽しませるその料理が八雲は気に入って今度皆にも作ろうかと考えていた。


そうして食事も終わり、追加で注文したお茶を飲んでいる時にイェンリンが話し始める。


「こうして普通の人間として振る舞うのも、随分と久しぶりの気がする」


「そりゃあ、そうだろう。紅龍城にほぼ詰められた状態だっただろうし、それが皇帝だろ」


「そんな窮屈な皇帝を余はフォウリンに押し付けようとしている……酷い話だな」


その言葉には八雲も返事に困る。


「そう困った顔をするな。お前を困らせたい訳ではない。今日は余のことを少し話しておこうと思ってな」


「イェンリンのこと?」


「ああ。だが、此処は人が多い。場所を変えよう」


そう言って立ち上がったイェンリンに八雲は素直に従うしかなかった―――






―――そして、


「―――此処ならば気兼ねなく話ができる」


そう言ったイェンリンと八雲がいる場所―――


その先には―――格子の鉄柵に囲まれ、その鉄柵で出来た門が見えている。


どこまで続くのかという鉄柵に囲まれた中には、形を綺麗に刈られた垣根が模様のように植えられている。


その美しい絵画のような庭の先には屋敷の白い壁に包まれた建物―――八雲の世界でいうところのバロック建築という手法で建てられているもので彫刻や絵画、家具などの諸芸術が一体となった総合芸術となっていることを特徴とする屋敷があった。


「おい、此処って、まさか……」


「ん?余のアルブムでの別邸だが?なにか?」


―――アルブムの首都ヴァイスにあるイェンリンの別邸の中だった。


「―――やっぱりかよ!何かおかしいと思ったんだよ!突然、道案内を始めたかと思ったら勝手に門を潜って中に入っていくし!家の使用人達も良く見たら紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの序列外の子達だろ?」


「その通り。だから信用出来る。それにこんな時でなければ顔を見に来てやれないからな。ほら、あの時もそうだったであろう?」


「あの時って……まさかエレファンにあった屋敷のことか?」


「そうだ。あの屋敷と同じようなものだ。余が世界の各地に買ってある別邸のひとつよ。どうだ?なかなかのものだろう?」


そう言って客室のソファーに腰掛けたイェンリンは足を組みながら八雲を見つめる。


その瞳は何故かいつもの自信に満ちた力強さを湛えた瞳ではなく、どこか揺らいでいるような儚さを孕んでいた。


「たしかに調度品も上品な雰囲気で落ち着いた部屋だな。それで?此処に来た理由は?」


「そう急くな八雲。此処に来たのはお前とふたりだけでゆっくりと話してみたかったから……というのが理由だ」


「そ、そうか……と言っても何を話したいんだ?」


どこか妖しい艶やかな雰囲気を醸し出し始めたイェンリンに、八雲は無意識にゴクリと息を呑む。


「まずは……先に余のことを話していこうか」


イェンリンは脚を組み替えながら、語り始めるのだった……



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