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第216話 ブリュンヒルデとのデート、再び

―――白龍城の一室で九頭竜八雲と契りを結んだ乙女達の集い『龍紋の乙女クレスト・メイデン』が結成されている頃。


八雲とブリュンヒルデはアルブム皇国の首都ヴァイスに到着して首都の中を散策していた―――


昨日イェンリンと朝食を取ったカフェの近くには様々なレストランも営業していて、八雲は見た目が綺麗で大きなレストランに目を向ける。


「ブリュンヒルデ、あそこなんかどうだ?綺麗なお店だし、メニューも色々ありそうだ」


「ああ!立派なレストランだな。私は問題無い」


ブリュンヒルデの了承も得られたことで、ふたりでレストランに入り店員におすすめを訊いて注文した。


「―――しかしイェンリンも突然言い出すのは相変わらずだなぁ」


「……きっと、私に気をつかってくれていたんだ。八雲殿……昨日はイェンリンとずっと一緒にいたのか?」


その質問の意図が分からないほどには八雲も鈍感ではない。


だから正直に話す―――


「ああ、一緒だった」


―――その一言でブリュンヒルデは悟ったような表情を浮かべて、


「よかった……」


と、そう呟いたのだった。


だが、ここで「よかった」と安堵する言葉が出ることの意味までは八雲も察し切れない。


「どういう意味だ?」


目の前にいるブリュンヒルデに先ほどの言葉の意味を問い掛ける。


「そのままの意味だ。イェンリンは且つては夫と死別しているのを知っているだろうと思う。それ以来、あの子は強者と呼ばれる者に挑み、自らを葬ることの出来る相手を探し求めていった。八雲殿、貴方もその一人だったから分かるだろう?」


「ああ……」


「だが貴方がヴァーミリオンに来てから、いや、違うな……貴方と出会ってからのイェンリンは、それまでの雰囲気から変わって……そう、どこか生きることに楽しみを感じ始めていた。八雲殿のことを時々話すようになって早く自分を倒しに来ないか、自分を超える存在になり得る者だと、そう言っていたんだ」


「あいつが……そんなことを」


自分の前ではそのような素振りを見せないイェンリンの別の一面が知れて、八雲は内心喜びのような哀しみのような複雑な感情が湧いてきた。


「だから、貴方と結ばれたということは、きっとあの子は……イェンリンはこれからも生きていける……もう死を望み、ただ強者を求めるような生き方もしなくて済むだろう。そうなったのは八雲殿、貴方のおかげだ。礼を言う……ありがとう」


椅子に座ったまま頭を下げるブリュンヒルデに八雲は、


「そんなイェンリンと関係をもった俺と、こうして一緒にいるのは嫌じゃないのか?」


核心と言える質問をストレートにブリュンヒルデへ投げ掛けた。


「確かに……貴方を独占したいという気持ちはある。けれど、きっとそんなことノワール様はお許しにはならないだろうし、何故だろうか、言葉にするのは難しいのだがアリエスやサジテール……他の子達を見ていても不思議と嫌じゃないんだ。いやむしろ……」


「……むしろ?」


「……ズルいと思う/////」


向かい合ったテーブルでやや上目遣いにそう言ってくるブリュンヒルデの可憐さに思わず八雲も―――


「うっ……それは、そうか」


―――と、言葉が詰まってしまう。


ブリュンヒルデはアリエス達、同じ龍の牙から生まれた娘達が既に八雲と契りを交わしていることに、イェンリンまでもが契りを交わしたことに対してズルいと言っているのだ。


そのようなことをこの世のものとは思えないほどの美女であるブリュンヒルデに上目遣いで指摘されれば、八雲の平常心は粉々に砕け散っていった。


これ以上、あの瞳を見てはいけない!!と、八雲は心の中でブリュンヒルデの吸い込まれそうな瞳を見つめていては、この場でキスをするために覆い被さっても自然の摂理とまで思えてきそうなくらい魅力に飲み込まれそうだ。


しかし、その決壊寸前の堤防を護ってくれたのは注文をした料理を運んできてくれた店員だった。


「―――お待たせいたしました」


「さ、さあ!―――まずは食事にしようぜ!その後は買い物に行こう!」


―――そう言ってその場の空気を切り換えた八雲は、ブリュンヒルデと一緒におすすめ料理となっていたレストラン自慢のビーフシチューと子羊の肉を使ったステーキが出され、ふたりして、その料理に舌鼓を打つ。


食事も終わったふたりは、店員に近隣のお店の位置などを訊いて移動することにしたのだった―――






―――やってきた通りには、ガラスのショーケースが建ち並んだ見たところブティックのような店舗が並んだ場所だ。


歩いている人達や通る馬車も貴族や身分の高い者といった出で立ちの人々が多く目につくところで、八雲とブリュンヒルデはガラスのショーケースの中にある商品を眺めながら、それについて語り合って歩いていくと、より一層大きな建物でガラスのショーケースも他の店の四、五倍はありそうな巨大な店舗が目につく。


「―――なんだ?あそこは?複合施設か何かなのか?」


疑問に思った八雲がブリュンヒルデとその建物に近づいてみると、そこはどうやら宝石商のようで中には様々な意匠の宝石を鏤めたアクセサリーが並べられていた。


「此処は……宝石やアクセサリーの店なのか」


「どうやら、そうみたいだな。アルブムは元々こうした希少鉱石の原産国でもあるし、貿易でも鉱石が主な収入源になっているはずだ。確か宝石もその収入源のひとつで、ドワーフといった職人達の意匠を凝らした様々な装飾品が他国でも売られていると聞いたことがある」


「なるほど……少し入ってみようか」


―――そう言ってブリュンヒルデと店の中に入る八雲。


店内も外観通り広いスペースがあり、彼方此方に並べられたガラスケースの中には、金や銀といった意匠を凝らした装飾品に様々な宝石が鏤められて展示されている。


「凄いな……俺も自分で造ったりするけど、こういう拘ったデザインの才能はないんだよなぁ」


八雲の『創造』を用いれば装飾品など朝飯前だが、そうして造った物には造詣や意匠の心得がない八雲ではどうしてもシンプルな構図に出来上がってしまう。


白い妖精ホワイト・フェアリーのオパールはそうした意匠も心得ており、そのオパールに装飾品造りを教えてもらった雪菜の作品の方がデザイン的には八雲の造る物よりも拘っていると言える。


そんな店内の装飾品に見惚れているふたりの元へ声を掛ける者がいた―――


「―――いらっしゃいませ♪ 今日はどういった品をお探しでしょう?」


―――明るく柔らかな声色で話し掛けてきたのは、歳の頃は見た目で二十代後半といった優しそうな美人の女性だった。


紫のドレスにスカーフをして身形も整え、とても上品なマダムといった風格の女性に声を掛けられて、ふたりは一瞬息を呑んで驚く。


「こんにちは。表から見えた装飾品があまりに見事だったもので、思わず店内に入って見させてもらっていました」


八雲が素直にそう答えると、マダムはウフフッ♪ と笑みを浮かべながら、


「装飾品を商う者として、それに魅かれてご来店頂いたというのであれば、それは最大の賛辞ですわ♪ 失礼ですが、お二人は恋人同士でしょうか?」


「なぁっ?!こ、恋人……/////」


『恋人』という言葉に思わず反応するブリュンヒルデだったが、八雲は冷静に―――


「はい、そうです」


―――と、ハッキリ答えたことにブリュンヒルデは嬉しそうに微笑む。


「あらあら♪ それはご馳走様です♪ では、何かそちらの美しいお嬢様にプレゼントでも如何でしょうか?」


(このマダム……なかなかだな。しっかりと商売に繋げる方向にもっていくとは)


内心でそう思った八雲だが、マダムの接客はとても丁寧で笑顔も作り笑顔ではなく本当に自分達を祝ってくれているような態度だった。


「はい、彼女に似合いそうな物を幾つか見繕って頂けますか?」


「―――畏まりました。では少々お待ちください♪」


そう言ってマダムは一旦八雲達から離れて、ガラスケースへと向かって行く。


「や、八雲殿!?このような高価な物をそんな!?/////」


目の前のガラスケースの中にある宝石の鏤められた装飾品だけでも、金貨1枚と値札に表示されている。


その装飾品だけでも八雲の元いた世界で言えば凡そ百万円の価値だ。


ブリュンヒルデが遠慮するのも当然のことだろう。


「俺がブリュンヒルデに今日の記念に貰ってほしいんだ。だから気にしないで貰ってくれ」


八雲に笑顔でそう告げられてはブリュンヒルデも固辞出来ない。


むしろ女として意中の男性からプレゼントを受け取るなどといった経験のないブリュンヒルデの心は、羽根が生えたようで今にも飛び立てそうなほどに嬉しかった。


そんなふたりの元に先ほどのマダムが幾つかの装飾品を乗せたボードを持って戻ってくる。


そんなマダムは先ほどとは変わって手には白い手袋を装着していた。


「お待たせ致しました。此方の商品など如何かと―――」




ボードの上には―――


―――紅い宝石を鏤めた髪飾り


―――紅い宝石を囲むような意匠のイヤリング


―――紅い宝石をトップに飾った首飾り


―――紅い宝石を埋め込んだブレスレット


―――の四点の品が乗せられていた。




どれも紅い宝石が装飾されていて八雲が『鑑定眼』スキルでそっと視てみると、それらはレッドダイヤモンドと呼ばれる希少な宝石だった。


「レッドダイヤモンド……そんな宝石があるのか」


呟く八雲の言葉にマダムは微笑むと、


「一目でこれがレッドダイヤモンドだとお気づきになられましたか。他の方ですとルビーとよく間違われますのよ」


と、見た目の紅い輝きにルビーと勘違いされることを説明する。


「偶々そう思っただけですよ。でも確かにこれはブリュンヒルデに似合いそうな品ばかりだ。因みに値段はおいくらくらいですか?」


「はい。此方のレッドダイヤモンドの装飾品ですが、髪飾りが金貨五枚、イヤリングが金貨三枚、首飾りが金貨六枚、ブレスレットが金貨三枚になります」


「―――いやいやいやいや!!高過ぎる!!!―――八雲殿!いくらなんでも私が持つには高価過ぎる物だ!」


聞かされた値段にブリュンヒルデが全力で拒否宣言してくるが、八雲はどうも解せない……


これほど気の良さそうなマダムが、若いカップルのプレゼントくらいの品にこれほど高い商品を出してくるだろうか?


嫌味や悪意の類いも感じられない……むしろ別に断られて売れなくともいいといった空気さえマダムから感じ取って八雲は考える。


「如何でしょう?お気に召さなければ、他の商品でも―――」


「―――全部くれ」


「……はっ?……今、なんと?」


「その商品全部くれと、そう言ったんだ」


マダムは、どれかひとつでも売れたなら御の字と思っていたのに、八雲の全品お買い上げの宣言で逆に驚かされる。


「や、八雲殿ぉお―――ッ!?/////」


声の裏返ったブリュンヒルデの声が店内で木霊して他の店員や客達まで注目する。


「すべて……となりますと、大金貨一枚、金貨七枚のお支払いとなりますが、宜しいでしょうか?」


「ああ。勿論だ。ギルドカードで支払っても?」


「はい、勿論問題ございませんが……本当に宜しいのですか?」


「うん?買うと言っているのに、それは変な質問をしてくるね?」


そう言って八雲が取り出したギルドカードは安心のブラックカードだ。


そのカードを見た瞬間、マダムの顔色が変わって真剣な面持ちになる。


「これは大変失礼を。かの英雄Classのギルドカードを拝見するのは久方振りでございます」


そう言って頭を下げるマダムに八雲はニヤリと笑みを浮かべて―――


「本当は知っていたんでしょ?―――俺がブラックカードを持っているって」


―――と突っ込んだ質問を繰り出すと、マダムは少し固まっていたが最初に会った際の優しい笑顔に戻って、


「流石でございますね。数々のご無礼をお許しくださいませ」


と頭を下げて謝罪する。


「いや、気にしてないけど、理由は気になるかなぁって♪」


そう返す八雲にマダムは頭を上げた。


「わたくしはこの宝石商の主人にして、このアルブム皇国の商人ギルド代表をしておりますビクトリア=ロッテンマイヤーと申します」


自らの身分を明かすビクトリアの言葉に八雲はなるほどと納得した。


「門番の警備隊長だな?」


八雲の言葉にビクトリアはニッコリと笑みを返す。


「はい。彼には警備隊に援助する代わりに上客となり得そうなお客様の入場があれば知らせてくれるよう、お願いしてありました。この度ブラックカードをお持ちの英雄様がヴァイスに入場されたとの報せを受けまして、その容姿の特徴など、伺っておりましたの♪」


「それで俺達が此処にやって来たという訳か」


「ええ。ですがどれほどの財力をお持ちなのかまでは分かりませんので、こうして高額な商品をお出しして失礼と承知で試させて頂いたという訳です。本当にご無礼を致しました」


「全然気にしてないさ。でも、ひとつだけ訊いておきたいことがあるんだ」


八雲の言葉にビクトリアは頷く。


「それはどの様なことでございましょうか?」


「このレッドダイヤモンド、紅い宝石を選んだ理由は?」


確かに高額な商品で八雲を試してきたのだが、すべて紅い宝石を選んだその理由が知りたかった。


するとビクトリアはニッコリと微笑んで―――


「お客様に似合う宝石を見繕うのが、わたくしの宝石商としての仕事でございます。其方のお連れ様には間違いなく、この品がお似合いになるとわたくしの宝石商としての目利きと誇りを懸けて選ばせて頂きました。お嬢様には紅い石がお似合いになるとわたくしの目にはそう映ったのです」


―――と、ハッキリと答えたのだった。


子気味良いその返事に八雲も商人としてのビクトリアの誇りに感心する。


「気にいった。宣告通り、すべて買うことにするよ」


そう言って今度こそギルドカードをマダム・ビクトリアに手渡す。


「かしこまりました。装飾品は身に着けられますか?」


「ああ、勿論。着けてやってくれ」


「畏まりました。では少々お待ちくださいませ♪」


そうしてカードから支払いを終えた後にマダム自らの手でブリュンヒルデに髪飾り、イヤリング、首飾り、ブレスレットが身に着けられていく。


「アウ、アウ―――や、やくもどのぉ/////」


装われた装飾品に緊張のあまりブリュンヒルデが固まってしまっていたが、マダム・ビクトリアに姿見の大鏡の前に立たされたブリュンヒルデが我が目を疑うほどの晴れやかな姿に変貌していた。


「とても良くお似合いですわ♪ やはり美女がこうして着飾る姿はとても絵になりますわね♪」


と、ビクトリアはやはり自分の目に狂いはなかったと言わんばかりに、ニコニコと笑みを浮かべてブリュンヒルデを褒め称える。


「うん!すごく似合ってる!!さすがマダムの見立ては凄いなぁ!!」


「お褒め頂きまして恐縮ですわ♪」


「私は値段に恐縮している……」


ひとり青い顔をしているブリュンヒルデに八雲もマダムも声に出して笑っていると、ブリュンヒルデも吊られて笑えてしまうのだった―――






―――そうして一頻り笑い合った後に、


「ところでマダム、ここでは鉱石の買い取りもしてくれるのか?」


急に真顔に戻ってマダム・ビクトリアに問い掛ける八雲。


「ええ、勿論ですわ♪ 何か掘り出し物がございましたら、是非ご利用くださいませ」


「実は、これなんだけど―――見て欲しいんだ」


そう言って取り出したのは―――


―――掌を埋めるくらいに大きな蒼い輝きを放つ涙型をした宝石だった。


「こ、これはっ!?まさか!!!―――ブルードロップ!?」


マダム・ビクトリアが驚愕の表情でその宝石を見つめる。


「―――九頭竜様!!その宝石をどこで!?」


ブラックカードから八雲の名前をチェックしていたビクトリアはそう叫んでしまったが、すぐに幾分か冷静さを取り戻したものの、まだ胸の動悸は落ち着いていない。


「えっと、シーサーペントって海魔を倒した時に見つけたんだけど……」


予想以上のオーバーリアクションに八雲も若干引き気味で答えると、


「シーサーペントを……な、なるほど……それで……九頭竜様はこの宝石を売却されるご予定ですか?」


「え?そうだな……値段がまず知りたいかな。それによっては自分で何かに使うか売るのか決めるよ」


「白金貨五枚で―――如何ですか?」


「……へっ?」


「白金貨五枚で買い取らせて頂きます」


「……」


白金貨五枚ということは日本円換算で五億円である……


「ほ、本気ですか?」


「足りませんか?今すぐお支払い出来るのはその金額ですが、もしも足りないとおっしゃるのであれば後日ご用意して―――」


「―――いや!それでいい!!もうその金額で構わないから!!」


「本当ですか!!ありがとうございます!!!」


「いや、こちらこそ、ありがとうございますだよ……」


思わぬところで迷宮のドロップ品が超高額で売却出来ることになり、八雲は自分の金銭感覚がおかしくなりそうな思いだった。


そうしてブルードロップと呼ばれた蒼い宝石はマダム・ビクトリアに買い取りされて、結局ブリュンヒルデに買った品に払った金額よりも大金が逆に手元に返ってくることになったのだった―――






―――装飾品を身に着けたブリュンヒルデはニコニコとご機嫌な笑顔を八雲に向けていた。


買い物も終えて白龍城の門の前まで帰って来たふたりだが、そこでブリュンヒルデがそっと八雲の袖を引っ張る。


「その、八雲殿……あの時の約束、覚えているだろうか?/////」


あのときとはフォンターナ迷宮の攻略の際に交わした約束のことだ。


「ああ、勿論覚えてるよ」


そう答えた八雲の唇をブリュンヒルデの唇が塞いでキスを交わす……


「ちゅ……ならば、あの時の約束通り……あなたのものになりたい……/////」


―――ブリュンヒルデの可愛いお願いに八雲はギュッと抱きしめて、


「―――分かった」


紅い宝石のイヤリングが光る耳元でそっとブリュンヒルデに囁いたのだった―――



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