―――白い雪を被った連峰が見える丘沿いの山道を、巨大な黒い馬車が進んで行く。
アルブム皇国の首都ヴァイスから北西に向かったところにあるその連峰の名はスプルア山脈という―――
スプルア山脈は六つの山が連なる連峰であり、
最北端にある最高峰の
アラブンモ 4810m
四大絶壁のある二番目の山
ザーロ・テンモ 4609m
四大絶壁のある三番目の山
ルホータマン 4478m
四大絶壁のある四番目の山
スラジョ・ドンラグ 4208m
四大絶壁のある五番目の山
ウラフグンユ 4158m
そして首都に一番近く唯一の人が住む山
ヒンメ 4107m
これらを纏めてスプルア山脈と呼ばれている。
それぞれが4000m越えの山が連なり頂上近くには、どの山も万年雪が白く化粧をしている美しい山脈だ。
その中でも首都ヴァイスに一番近い南端の山、ヒンメと名付けられた山の麓には人が住む村が広がっている。
今、八雲と雪菜、それにフォウリンとマキシが向かっているのはその麓の村だ。
ノワールから黒いキャンピング馬車を使うことを許してもらい、四人でその村近くにある湖の岸辺でキャンプするため、黒麒麟が曳くキャンピング馬車は高速で山道を駆けていた。
いや、四人だけではなく、もう一人……
「それでマスター!また私のこと放っておいて自分だけ遊びに行こうとしていたわけ!!」
八雲の目の前で両手を曲げて腰に当て、ぷりぷりと怒り心頭の態度を見せる水の妖精。
「いやぁ~そんなつもりはなかったんだけどさ、ほら!お前ってばシェーナ達に大人気じゃん!だから一緒にいさせた方がいいかなって、思ったんだってばよ♪」
「だってばよ♪ じゃないわよ!!あのチビ達の傍にいたら揉みくちゃのクッチャクチャにされちゃうわよ!!」
「そんなに怒るなよ、リヴァー」
「―――んっ?」
可愛く首を傾げる水の妖精。
「んっ?」
可愛く首を傾げる八雲……
「今、私のこと、リヴァーって呼んだ?」
「ああ、呼んだよ。お前の名前。いつまでも水の妖精って呼ぶのもなんだしな」
「リヴァー……私の……名前。リヴァー……リヴァー……」
「気に入らなかったか?俺の世界で『川』って意味なんだけど―――」
「―――やったぁああ!!!」
「どわっぷっ!?―――おい顔面に飛びつくな!!ビックリするだろう!」
「チュッ♡ チュッ♡―――ありがとう!マスター大好き♡ もう一回チューしてあげる♪」
そう言って八雲の頬や額の彼方此方にキスの雨を降らせるリヴァーだが、あまりに喜んでくれているので八雲も手で払ったりすることも出来ない。
「あははっ♪ 熱烈な挨拶だねぇ!これから改めてよろしくね♪ リヴァー」
そんなふたりの様子を見て笑う雪菜が話し掛けると、リヴァーは空中にフワフワと浮かびながら胸を張り、
「よろしくしてあげるわよ♪ 雪菜」
と、偉そうな素振りで返事する。
「何故に上から目線……」
そんなリヴァーに半ば呆れる八雲だった……
「ところで雪菜様。これから向かうところはどんなところなのですか?」
フォウリンがキャンピング馬車のソファーに腰掛けながら、雪菜に問い掛ける。
「うん。今向かっているのはスプルア山脈の六つの連峰でも一番首都に近い場所にあるヒンメっていう山の麓だよ♪ そこには村もあるんだけど、その村から少し行ったところに湖があって、そこの湖岸が丁度キャンプするのにもってこいの場所なの♪」
雪菜は楽しそうにフォウリンに答える。
「それはとても楽しみですわ♪」
すると横で聴いていたマキシが、
「ヒンメの麓の村って……もしかしてアルマー村のこと?」
具体的な村の名前を出して雪菜に問い掛ける。
「そうだよ。でもマキシ、よくその村のこと知ってるねぇ?」
雪菜が不思議に思うのも当然だろう。
此処はフロンテ大陸南部スッドの最南端にあるアルブム皇国で、その皇国にある山の麓の村など普通は知る由もない。
「ああ、うん。前にバビロン空中学園の図書室にあった本で見たことがあったんだ。このスプルア山脈はフロンテ大陸の中でも最高峰の山脈だってことは古くから伝わっていたし、その麓にあるアルマー村は希少鉱石が採掘される場所として有名だってことが書いてあったから」
マキシが何故知っていたのかを説明すると雪菜が頷きながら、
「その通り!しかもその村の殆どの村人がドワーフなんだよ。私も一度、城にあるオパールの工房のドワーフ達が新人をスカウトに行くって言うから、オパールにお願いして一緒に連れて行ってもらったことがあるんだ」
と、その村について説明してくれた。
「へぇ~そんな村だったのか。だったら帰りにでも少し寄って行こう。その希少鉱石にも興味があるし」
八雲もまた自身の『創造』の加護で希少鉱石から何か新しい物が造れるかもと興味を魅かれる。
「いいね♪ だったら明日、帰りに寄ってみようか!私は村長とも顔見知りだから、向こうに着いたら挨拶するよ」
どうやら明日の帰りに寄り道は決定したところで、馬車は山道を進み続けた―――
―――雪菜の道案内で漸く湖の畔に到着した時には、太陽もすっかり昼間を過ぎていた。
「此処が雪菜の言っていた湖か……」
思っていた以上に広く大きな湖は、白龍城がある湖と同じカルデラ湖のようで、水は透き通っていて湖の底にある丸い石が遠くまで目に入り、湖なので大きな波もなく岸辺では静かな波音だけが聞こえてきていた。
「すごく綺麗……」
マキシも感動しているようで、湖を見つめながら瞳を輝かせている。
「本当に……これほど美しい湖、わたくし今まで見たことがありませんわ」
フォウリンも美しい水を湛えた湖に感動していた。
昼は過ぎていても夏場の太陽はまだ湖面でキラキラと陽の光を反射している。
「うっひょ~♪ すっごい綺麗な湖じゃない!!これはもう私のものにするしかないじゃない!今日からこの湖の名前はリヴァー湖よ!!」
「それだと「川湖」って名前になっちゃうだろ」
少し呆れ顔でツッコミを入れる八雲だが、興奮したリヴァーにはまったく聞こえていない……
「さてと……折角こんな綺麗な湖に来たんだから―――泳ぐしかないな!」
ニヤリと笑みを浮かべながら三人に告げる八雲の言葉に―――
「こんなこともあろうかと!!―――水着を用意してきました♪」
―――と笑顔で返す雪菜。
「―――え?マジで!?半分冗談で言ったつもりだったのに、本当に水着も用意してきたのか?」
水着まで用意してきているとは知らなかった八雲は、雪菜によるまさかのサプライズに胸が躍る。
「フッフ~ン♪ 幼馴染を舐めたらいけないよ八雲くん!―――それじゃあ皆で着替えてくるから八雲も着替えたら?」
「何故、俺が水着を持っていることを知っている!?」
そう―――実は以前に八雲はノワールの創り出した胎内世界にいた頃、『創造』の加護を練習していた際に色々な服飾の『創造』も行っていた。
そうして、その過程で水着も作ったことがあるのだが、そんな話を知っているのはノワールと
そんな雪菜はドヤ顔をしながら、
「フフッ……
と情報源をアッサリ暴露すると同時に八雲に対して、自分の情報は既に共有化されているというシステムの片鱗を見せつけた。
「ま、まさか……そんな情報まで既に共有化されているなんて……
改めて組織化された彼女達の情報に八雲は驚愕するのだった―――
―――湖畔に停車したキャンピング馬車は二階部分を上方向に張り出して、二階寝室ルームを着替え用として使用する。
そうして三人の着替えを待っている間に八雲も『収納』から水着を取り出して着替えていた。
黒いトランクスタイプで膝丈の水着を身に着けて、上半身は黒のパーカーを羽織る。
すると二階から―――
「それじゃあ、ひとりずつ降りて行くねぇ~♪」
―――この状況を楽しむ雪菜の声が響いた。
そしてまず一人目に下りてきたのは―――
―――黒いハイカットの超ハイレグで腰に細いベルトを通している。
―――胸元は大きく開いて間に細い紐上の渡りが付いた水着。
―――長い黒髪を後ろでアップに纏めた雪菜が現れた。
―――元々清楚なお嬢様タイプの雪菜だが胸もあり、腰もシッカリと括れているプロポーションの上に超ハイレグでプルン♪ とした尻が突き出されたポーズを目の前で取られるだけで八雲は『理性の強化』が発動していなければ飛び掛かりそうになって危なかった。
「どうかな?似合ってる?/////」
「お、おお。でも、お前日本にいる時だってそんな水着持ってなかっただろ?/////」
「―――当たり前だよ!市民プールでこんな水着を着て来ていたら痴女だよ!痴女!!/////」
(いや、此処ならいいと言う理屈が分からんのだが……基本痴女ということでオッケー?)
そんなツッコミを心の中で入れて雪菜が作ったのか?と問い掛けると、
「そうだよ♪ いやぁ素材には色々苦労したよぉ!でもオパールやドワーフの皆にも手伝ってもらったんだぁ♡」
「水着作っているドワーフとか……変態にしか見えん……」
そんな話をしていると、
二人目が二階から下りてくる―――
―――それは一見すると赤いワンピース水着に見えるのだが、ワンショルダータイプで右肩しか通すところがない。
―――そしてワンピースの脇腹部分が片方完全に素肌が露出するように切り開かれていて、上部の自己主張が強い大きさの胸と腰の細さを両方強調するデザインの水着だ。
―――紅いメッシュの髪と長い金髪とを後ろでアップにして纏めたフォウリンだった。
―――着痩せするタイプで水着になると零れそうな胸元と、サイドの切れ目から見える引き締まったウェスト、そして形のいい尻のラインが八雲の理性を削っていく。
「い、如何でしょうか?……かなり恥ずかしいのですが/////」
「いや、凄く似合っている……見惚れていたくらいだ/////」
「あ、ありがとうございます/////」
そして最後の三人目、マキシが二階から着替えが終わって下りてきた―――
しかし、その姿を見た八雲は思わず―――
「な、なん……だと……」
―――と驚愕の表情をして震える。
―――紺色のワンピース型に縁には白いラインの入った水着。
―――八雲と雪菜の学校でも夏のプールで見たことのある水着―――つまりスクール水着だ。
―――だが、ただのスクール水着とは下半身のデザインがハッキリと異なる。
―――そう……そこにはハイレグカットされた上に、後ろがTバックになっているスクール水着があった。
―――元々肌の白いマキシは、スラリとしたスリムな肢体にハイレグカットTバックが、ぷりん♪ とした尻に食い込んでいて本人は額の角まで赤く染めるほど恥じらっているのが、また可憐な美少女を強調していた……
「―――コスプレ水着じゃねぇか!!際物過ぎるだろ!!!ありがとうございます!!!!!」
腰を90°に曲げてマキシに一礼する八雲に彼女は思わずビクッ!と震える。
「やっぱりこれが一番反応良かったかぁ~♪ 流石は八雲だね」
「褒められている気が微塵もしないが、このデザインセンスには脱帽するしかない。全俺が泣いた。スタンディングオベーションするしかない」
「な、なに?ぼ、僕の恰好、やっぱり、そんなにおかしい?/////」
雪菜に半ば無理矢理着せられたマキシは、スリムな体型を包み込んだハイレグTバックスクール水着を抱き締めるようにして腕を組むと、スリムな体型ながらも実は着痩せしていたようで、自己主張している胸がギュッと寄せられてグイッ!と持ち上がった。
「おおおお~♪」
何故かそれに反応する八雲とその隣にもうひとり前のめりになる雪菜がいた。
「―――なんで雪菜さんまで反応してるの!?/////」
ふたりの息の合ったコンビネーションのリアクションにマキシが引き気味に身を隠すようにして問い掛けると―――
「―――そこにスク水着があるから!!」
―――とマキシには言語理解不可能な単語で同時に返事をする八雲と雪菜。
こうして全員水着を着て用意が出来たところで―――
「ねぇねぇ!マスター!早く泳ぎに行こうよ♪」
待ちきれないといった雰囲気で急かすリヴァーを肩に乗せて、
「それじゃあ!―――泳ぎに行こう!!」
「オオ~♪」
八雲の掛け声に返事して皆で馬車を飛び出し、湖へと突撃する―――
―――異世界の物とは思えないクオリティーのセクシーな水着を着た美少女三人。
水辺ではしゃぐその三人の姿は八雲の脳裏に焼き付けられて、その脳内メモリーに永久保存されるのだった―――
―――一頻り湖で泳いだり、水を掛け合ったりして楽しんだ四人。
フォウリンとマキシは泳ぎ方を知らないということで、八雲がふたりに順番で泳ぎ方の簡単な基本を教えた。
手を取って足が着く深さの辺りでバタ足の練習をして、疲れる前に次に交代してといった具合で基本的なことを教えていく。
八雲が指導をしている相手の交代がくるまでは、もうひとりを雪菜が手を取って練習相手になっていた。
そうすることでフォウリンとマキシも簡単なバタ足くらいは出来るようになっていくと、八雲が過去にGETして保管していたスライムの素材を強化した物で浮き輪にイルカ、浮かぶマットまで『創造』で造り出していく。
―――それらも使って一通り湖を満喫した四人。
リヴァーも四人と一緒になって遊んだり、時には水の妖精としての能力を示すように湖水を操って大波を作り出したりして四人を楽しませる。
そうして―――
―――そろそろ陽も傾いてきたところで湖から出ると、
「―――そろそろ夕食の準備に取り掛かるとするか」
岸に上がった八雲の声を聞いて雪菜が近寄って来る。
「キャンプの夜と言ったら、やっぱアレだよね?八雲」
「勿論!キャンプと言えば―――BBQを始めます!!」
「やったぁ~♪」
「バーベキューと言いますと……たしか八雲様のお屋敷の中庭にありました、あの真ん中が凹んだ石のテーブルでするというお料理ですか?剣帝母様も美味しいと言っていらしたという」
「そうそう♪ あのバーベキューだ。今回は此処で、あのコンロテーブルを『創造』で造ってからバーベキューやることにしよう」
そう言った八雲が地面に手をつくと―――
「―――
―――土属性の基礎魔術により石で造られて真ん中の窪んだバーベキュー用のテーブルが出来上がった。
そうして『収納』から木炭をその窪みに移し入れると、今度は―――
「―――
―――火属性魔術でその木炭に火を起こしていく。
パチパチッ!と木炭の火が起こりだしたのを知らせる音が聞こえてくると、今度は網を取り出してその凹みの上に置く。
「さあ!それじゃ食材を置いて行くぞ」
これから四人での、いやリヴァーも入れて五人のバーベキューが始まる―――
用意したテーブルの上に『収納』から大皿を出して、そこに予め下拵えをしておいた肉串や野菜串を山盛りにしていくと、熱された網の上に順番に並べていく。
「フォウリン、マキシは野菜の方を担当してくれるか?焦げ目が軽くついてきたら出来上がりだから。出来たらこのバーベキューソースを塗ってくれ。雪菜は俺と肉の管理を頼む」
「―――了解!」
「承知しましたわ」
「分かった」
それぞれ担当する食材を振り分けて、ジュージュー!といい音を立てる肉串の焼ける良い匂いが辺りに漂ってくる。
「これは……なんとも食欲をそそりますわ♪」
「うん!本当にお腹が空いているから、匂いでお腹が鳴りそうだよ」
八雲と雪菜がパッパッ!とひっくり返して焼きを入れていく肉の様子にフォウリンとマキシが完全に囚われてしまっていた。
「おいマキシ、玉葱が焦げてる」
「あっ?!やっちゃった!ゴメンなさい……/////」
「そのくらいならまだ大丈夫だから。俺の皿に入れといて」
「いや、これは責任をもって僕が食べるから!」
「じゃあ、ちょっと貸してみな」
そう言った八雲が焦げた玉ねぎの串刺しにされた串を受け取ると、サッと包丁を取り出して焦げた表面だけ高速でスパッと切除してマキシに返す。
「あ、ありがとう/////」
ニッコリと笑みを浮かべて喜ぶマキシに八雲も笑顔を返す。
「さあ!肉もそろそろ焼けたぞ!雪菜、ソースを頼む」
「了解~♪ 塗っていくよぉ~♪」
ソースをたっぷり含んだ刷毛でソースを塗っていく雪菜。
皆の取り皿にそれぞれ肉串と野菜串を乗せていくと―――
「いただきます!!」
―――そう言って皆でガブリと肉串に被りつく。
「んんん~♪ 美味しい~!!!」
―――と一斉に絶賛の声を上げた。
バーベキューをしている間にも周りは夕焼けから徐々に暗闇が広がり、そして食事が終わる頃には月と星の光だけが夜を照らす照明となっていた。
これから、四人の夜が始まる―――