目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第223話 鉱山奪還

―――死霊使いネクロマンサーとコボルトの群れが住み着いた鉱山の採掘場は、アルマー村から一番距離が離れている場所だという。


そこでキヴィ村長と案内のドワーフふたりを伴って八雲、オパール、雪菜、フォウリン、マキシの五人はキャンピング馬車に乗って移動することにした―――


馬車に乗って暫く街道を進むと山道に入り、そうして山の麓近くまで来て停車する。


「この先一kmも行かないくらいの場所に採掘場の入口がある。岩肌の斜面に幾つか出入口があるが、中でひとつに繋がって奥では一本の広い坑道になっておる」


キヴィが坑道について説明する。


「その坑道は一番奥まで、どのくらいの距離があるんだ?」


「そうさなぁ……日々掘り進んでいるから今の長さだと一番奥まで二kmあるかないか、といったところかのう」


キヴィがそう言って連れていたドワーフふたりにも確認するが、そのふたりもコクリと頷いていた。


「二kmか……思ったより深いな。通路の広さはどのくらいなんだ?」


「うむ、中央坑道はかなり広めに余裕があるのう。道幅は七mか八mといったところか。天井も足場組んだり、重機組んだりしていたから五mくらいは余裕があるぞい。側道は狭くて二mあったらいい方じゃろう」


「思ったよりも広いな。ところで死霊使いネクロマンサーがいるって分かったのは、どうしてなんだ?」


すると、キヴィとふたりのドワーフが顔を見合わせると案内役のドワーフのひとりが話し出す。


「俺らはコボルトが住み着いた時から見張りに立っていたんだ。朝も夜も見張りに出ていてコボルトが何匹おるのか、他に魔物がいないかを確かめていた。そしたら昨日、坑道からコボルトじゃない黒いローブの男が出てきた……そいつは、顔が半分骸骨になっておった」


「なにそのホラー映画……ひとりでそのシーン見たらチビリそうだな」


八雲がその情景を想像してブルリと震える。


「そうして出てきた男が坑道前の地面に何かを撒き散らしたかと思ったら、その地面が盛り上がってきて、そこから……大量のスケルトンが湧き出てきたんじゃ!」


「なるほど……スケルトンを生み出した死人の魔術師だからネクロマンサーだと、そういうことだな?」


八雲がキヴィに確認するようにそう告げると、オパールが捕捉するように、


「その撒き散らしたってのは恐らく人の骨だそうだよ。うちのエメラルドに訊いたところによると、ネクロマンサーはスケルトンを生み出す時に人骨を触媒にして地面に撒いて生み出すって話だったよ」


「すると……コボルトにスケルトン、他にも何か隠していると想定して最後にネクロマンサーと……けっこうな豪華キャストになったな」


「それで八雲、どうするの?」


雪菜が八雲にどう攻めるのか問い掛ける。


「不法占拠している奴らに遠慮は要らないだろう?村長、その坑道だけど最悪崩れるようなことがあっても、了承してもらえるか?」


「崩落じゃと!?う、うむ、しかしお前さん達まで危険になるようなことは……」


「ああ、それは大丈夫だ。いざとなったら俺が土属性の魔術で皆は護るから。崩れたとしてもあとから元に戻すよ」


「それなら別に儂らは問題ないが、無事に帰ってきてくれよ……」


「ありがと!よし、それじゃあ先頭は俺、二番目に雪菜とフォウリン、三番目にマキシとオパールのフォーメーションで行こう。オパールとマキシは後方注意で頼む」


八雲の指示に全員が頷き、鉱山奪還作戦が開始されるのだった―――






―――坑道に向かう八雲達。


キヴィ村長には念のためキャンピング馬車で待機しておくように伝える。


そして村長について来たふたりのドワーフには坑道内の案内として着いて来てもらうことになった。


ひとりはイシドロ、ひとりはゾンガスというドワーフ達の村の中でも力持ちの戦士をしているというふたりだ。


「ふたりともよろしくな。村長は念のため残ってもらうけど、もし一晩経っても戻って来なかったらすぐに村に戻ってくれ」


「わ、分かった。老いぼれだと足手纏いになってしまうからのぅ……それと、これは好奇心からなんじゃが、この馬車のことを色々見せてもらっても構わんかのう?」


どうやらキャンピング馬車のことが職人として気になって仕方がなかったらしく、八雲に頭を下げて頼み込んでくる。


「いいよ、いいよ。好きに見てくれても。けど一応これ、持ち主がノワールってことになっているからバラしたりはしないでくれよ?」


「そ、そんなことはせん!ただ魔術的な付与の仕組みとかを参考にしたいだけじゃ」


流石は物造りのドワーフといったところか、八雲は了承して馬車から下りる。


そうして山道を少し進んだところで―――


「―――あそこが坑道の入口じゃ」


イシドロが先に見えている岩肌が露出した崖のようになっている場所を指差すと、そこには話に聴いた通りの八mほどの道幅がある坑道が口を開けていて、その上の岩壁は幾重かの段になっていて鉱山の彼方此方に横道なのか分かれ道なのか、別で掘り進んだと思われる小さな入口が幾つも見えていた。


「あっちの小さい出入口は奥で全部繋がっているのか?」


傍にいたゾンガスに訊いてみると、


「ああ、あれは中から横へ掘り進めていった側道を、外に出られるように表に繋げたものじゃ。そうすると空気穴にもなってガス事故なんかにも対策になるんじゃよ」


地中を掘り進めるとガスが噴き出すことがある。


地下の採掘場および坑道掘進現場などで、突然粉炭が高圧ガスとともに噴き出してくる現象を『ガス突出』という。




―――ガス突出


鉱山で働いていた人々が粉炭に埋没したり、噴き出したガスのため窒息したりして死傷する鉱山災害のことである。


そのうえ採掘深度が大きくなれば発生の頻度、規模とも増加する傾向にあり、それは深部災害といわれている。


ドワーフ達の鉱山でもガスはメタンガスばかりでなく二酸化炭素の突出、メタンと二酸化炭素の混合突出も長い鉱山の歴史の中で数多く報告されていたのだ。


その防止対策は、炭層内に多数のあなを穿ち、その孔に吸引圧をかけて炭層内に包蔵されている高圧のガスを抜く方法と、炭層に大口径孔をうがって炭層を破砕させ、内部に作用している盤圧、すなわち応力を除去する方法がある。


更には発破はっぱを仕掛けて炭層に刺激を与え、人工的にガス突出を起こして不意の突出による危険防止を図るなどがドワーフ達の実技上の対策となっている。




―――因みに八雲達の元いた世界の炭鉱でも、昔はカナリアなどの小鳥を使ってガスを検知していた。


カナリアなどの鳥類は空気中から出来るだけ多くの酸素を取り込むために、複雑な構造をした呼吸器をもっている。


空を飛ぶのに多量のエネルギーを使うため、鳥にとってこれはとても重要なことである。


更に鳥は酸素の非常に少ない高所を飛ぶこともある。


鳥は空気を吸い込む時その肺の大きさに比べてかなり大量に吸い込むといった構造になっており、鳥の呼吸器はその体重に対して20%を占め(人間は5%)、その一部は鳥の体全体にある気嚢と呼ばれる小さな空間の一部になっている。


残りの呼吸器は直接肺に入り込んでいて、そこで酸素と二酸化炭素が場所を切り替えている。


鳥が息を吐くと気嚢に溜められていた空気が肺に流れ込み、ここでまた酸素と二酸化炭素の交換が行われる。


だから鳥は、吸う時も吐く時も絶え間なく酸素を取り入れることが出来る。


このおかげで鳥が人間よりも酸素を取り込む能力は優れているが、空気中の毒素に対しては人間よりも無防備になってしまうので人間より先んじて早く状況によって意識不明になったり暴れたりすることで人間にガスの存在を知らせていたという―――


「―――この鉱山は、もうガス突出の心配はないのか?」


ゾンガスに八雲が質問すると、訊かれたゾンガスはその髭面を顰めて考え、


「いま掘削された場所は恐らく問題はないじゃろう……しかし一番奥の、たぶんネクロマンサーがいるところの奥には岩盤があってな。その先はまだ掘削していないから、ガスがないとは言い切れん」


「なるほど、了解した」


「しかし、黒神龍様の御子様はよくそんなことを知っておるのぉ?どこかの鉱山で働いたことでもあるのか?」


十代の若造にしか見えない八雲が、鉱山のガス突出という専門的な知識を持っていたことにイシドロ達は驚きの表情で訊ねる。


「いや、俺の故郷は金山に銀山、それに炭鉱があったから、そんな事故の話しを聴いたことがあっただけさ」


まさか異世界の日本で起こった炭鉱事故の話しをしても理解出来る訳もないので、八雲は当り障りがないように説明した。


「そうなんですの?」


フォウリンが同郷である雪菜に問い掛ける。


「うっ……知らない……そういう知識は八雲の方が知っているみたい」


日本では普通の女子校生だった雪菜が、そんな過去の炭鉱事故などに興味を抱く訳もなく、八雲にお任せといった風にフォウリンに返す。


「流石は八雲様ですわ♪ 一体どれほどの知識をお持ちなのでしょうか?/////」


そう言って八雲に見惚れるフォウリン。


「きっと僕達の知らない世界中の様々な凄い知識を持ってるんだよ!だから色々なことにも冷静に対応出来るんだね!ああ、カッコイイ……♡/////」


フォウリンの隣で八雲に見惚れるマキシ。


そんなふたりの声が聞こえた八雲は―――


(漫画やドラマの知識をちょっと話しただけで、そこまで持ち上げないで!!)


―――と、心の中で叫んでいた。


逆にそんな八雲の表情で―――


(ああ~これ持ち上げられて困ってるなぁ~)


―――と、心情を計れるのは雪菜だけだった……


そんな話をしながらも皆は鉱山の奥へと進んでいく―――






―――坑道の入口に立った八雲。


「それじゃあ、先頭は俺と、左右にイシドロさんとゾンガスさんで行こう。後はさっき打ち合わせた通りで魔物と戦闘状態になったらドワーフのふたりは一旦下がって警戒、護りに入ってくれ」


「―――承知したわい。あんたは英雄クラスの冒険者じゃ。あんたの指示に従おう」


そう言ってイシドロと隣のゾンガスも頷く。


「それじゃ、行くぞ」


そう告げた八雲は、坑道に入りながら『索敵』のマップを見ている―――


「ふむ……」


―――ここはフォンターナ迷宮ではないので阻害されることもなく、いつも通りにマップが表示され、複雑な坑道の道が脳裏に表示された。


そして坑道の彼方此方に点灯された魔物の反応が、数匹ごとに集まっていて活動している様子が伺えた。


入口から暫く先までは魔物の点灯はなかったので、八雲は周囲を警戒しながら坑道を進んで行く。


坑道の中には光を放つ魔法石で造られたランタンが、壁際に掛けられて坑道の中を照らしている。




八雲


イシドロ・ゾンガス


雪菜・フォウリン


マキシ・オパール




全員に話した通りのフォーメーションのまま進んで行く八雲。


『索敵』で敵の位置が分かっている八雲は冷静だが雪菜、フォウリン、マキシの表情は固く、周囲をキョロキョロと警戒し続けていた。


オパールも当然『索敵』を使用しているので、周囲に敵がいないことは分かっている。


「雪菜様、フォウリン様、マキシ様。そんなに緊張しなくてもこの周りには魔物はいませんよ。少し落ち着いてください。アタイと八雲様がちゃんと『索敵』で見ていますから、接近してきたら知らせます」


余りにぎこちなく緊張している三人を安心させようとオパールが声を掛ける。


「あ、そうなの?なんだ、よかったぁ」


その言葉に肩の力が抜ける雪菜達。


「接近したら声を掛けるから、足元だけ注意しておいてくれよ」


ランタンがあるといっても足元は薄暗いことに変わりはないので八雲は注意を促す。


そんな今回の即席パーティーメンバーの装備は―――




九頭竜八雲


●武器●

・黒刀=夜叉やしゃ(黒神龍の鱗製)

・黒小太刀=羅刹らせつ(黒神龍の鱗製)


●防具●

・黒神龍のコート(黒神龍の皮・鱗製)

黒神龍の皮にバイタルパートには黒神龍の鱗が取り付けられている。鱗は薄く加工されていて軽量。

物理攻撃耐性効果・魔術攻撃耐性効果は絶大。

・黒神龍のグローブ(黒神龍の皮・鱗製)

黒神龍の皮製のグローブに鱗を加工して取り付けた物。

・黒神龍のブーツ(黒神龍の皮・鱗製)

黒神龍の皮製のブーツに鱗を加工して装甲としているブーツ。




草薙雪菜


●武器●

・白龍剣=吹雪ふぶき(白神龍の鱗製)

白神龍の鱗で造られた片手半剣で片手でも両手でも持てる長さの剣。

水属性の魔術付与に適している。


●防具●

・白神龍のコート(白神龍の皮・鱗製)

白神龍の皮にバイタルパートには白神龍の鱗が取り付けられている。鱗は薄く加工されていて軽量。

物理攻撃耐性効果・魔術攻撃耐性効果は絶大。




火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオン


●武器●

・紅蓮剣=燈火ともしび(紅神龍の鱗製)

紅神龍の鱗で造られた片手半剣で片手でも両手でも持てる長さの剣。

火属性の魔術付与に適している。


●防具●

・紅神龍のプレートメイル(紅神龍の鱗製)

チェインメイルに紅神龍の鱗を取り付けて補強した鎧。

フォウリンのためにイェンリンが贈った鎧。

・紅神龍のガントレット(紅神龍の鱗製)

紅神龍の皮に紅神龍の鱗で造られたプレートを取り付けた物。

鎧と共にイェンリンが贈った。

・紅神龍の足甲(紅神龍の鱗製)

紅神龍の皮に紅神龍の鱗を取り付けて補強した足甲。

風属性魔術が付与され、跳躍・加速が補強されている。

鎧と共にイェンリンが贈った。




マキシ=ヘイト


●武器●

蒼神龍の剣=蒼夜そうや(蒼神龍の鱗製)

蒼神龍の鱗で造られた片手半剣で片手でも両手でも持てる長さの剣。

風属性の魔術付与に適している。


●防具●

・蒼神龍のコート(蒼神龍の皮・鱗製)

蒼神龍の皮にバイタルパートには蒼神龍の鱗が取り付けられている。鱗は薄く加工されていて軽量。

物理攻撃耐性効果・魔術攻撃耐性効果は絶大。

・蒼神龍の籠手(蒼神龍の皮・鱗製)

蒼神龍の皮に鱗の装甲が取り付けられている。鱗は薄く加工されていて軽量。

物理攻撃耐性効果・魔術攻撃耐性効果は絶大。




以前のフォンターナ迷宮攻略の時から特に変わってはいない。


いや、むしろこれ以上の装備があるのか?という装備に身を包んでいる。


案内について来たイシドロとゾンガスは屈強な筋肉に包まれた身体に金属のプレートメイルを装い、手にはメイスを握りしめていた。


オパールはというと―――


雪菜と同じ白いコートを装い、その下には白のブラウスと白いベストに金の刺繍が入っていて、下も雪菜と同じくグレーの生地に白のチェック柄が施されたプリーツスカートを履いている。


そしてそこには―――白い短剣が二振り、腰のベルトに下げられている。


その短剣に興味を持った八雲はオパールに訊いてみる。


「―――その短剣、それはオパールが造ったのか?」


「うん?これかい?―――ああ、そうだよ。アタイが白雪様の鱗から鍛えた短剣、白龍短剣=秋雪しゅうせつだよ」


見た目は全長六十cmほどのダガ―と呼ばれる剣の造りをしているようだが、柄頭にはそれぞれ赤い宝石と蒼い宝石が取り付けられていた。


『鑑定眼』で覗き見たその宝石は、赤い宝石は火属性魔術が付与された石で、蒼い石は水属性魔術が付与された石だと解析が見えた。


そのことも問い掛けようかと思った八雲だったが、それは彼女の戦闘スタイルとして必要なものなのだろうと思い止まり、敢えて訊かないことにした。






そうして坑道を進んで行くと―――


幾つかの魔物の点灯した点が此方に向かって集まって来るのが『索敵』マップで表示されている。


「そろそろ来るぞ。全員、戦闘準備を」


八雲の警告に全員の顔が緊張で引き締まる。


すると、前方の暗闇の中から―――


【ハァッ! ハァッ! ハァッ! ガハァ―――ッ!】


―――と、無数の獣のような早い息遣いが木霊して響いてくる。


その暗闇からランタンに照らされて現れたのは―――


【ガハッ! ウウゥッ!!グルルルル―――ッ!!!】


―――犬の頭部に額には一本の角を生やした魔物。


その身体は人と変わらない魔物、狗小鬼コボルトの群れだった―――



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?