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第226話 夏休みの情操教育

―――キャンピング馬車に戻った八雲達。


皆を待ち望んでいたキヴィ村長も、無事に戻ったその姿を見てホッと胸を撫で下ろした―――


馬車をアルマー村へと向けて進んでいる間に、坑道で起こったことを包み隠さず村長に伝えた。


「なんと……そんなことが……しかし、これで坑道が取り戻せたなら儂らにとっては良かったわい!」


キヴィ村長の笑顔に八雲も救われた気分になったが、


「ガス突出事故まで発生したけど、坑道からガスが抜けたらまた採掘出来るよね?」


気になっていた部分を村長にも確認する。


「―――おう、横穴の方から風魔術で空気を送って、ガスを早く抜けば大丈夫じゃよ!」


「なら良かった」


「それじゃあ村に帰ったらうちの村謹製の樽酒を出さんとな!今日は酒盛りじゃあ!!」


そう言って豪快に笑う村長と共に八雲達はアルマー村へと帰還したのだった―――






―――アルマー村で盛大な歓待を受けて、その夜に漸く白龍城に戻った八雲達。


「なんだ?随分遅くまで遊び歩いていたのだな?うわ?!―――酒臭いぞ、お前達!」


城に入って出迎えてくれたのはノワールとアリエスに白雪だった。


「ああ、ちょっと帰りに途中で寄ってみたアルマー村で鉱山の魔物退治を請け負っていたもんだから」


その八雲の返事に白雪が反応して、


「それって……オパールに知らせが来ていた件かしら?貴方達も一緒に手伝ってくれていたのね」


そう告げると雪菜が答える。


「うん。オパールと一緒にあの村にはお世話になっていたし、八雲もフォウリンもマキシも協力してくれたから♪」


「そう。それで、魔物の討伐は問題なかったのかしら?」


「そのことなんだけど廊下で話すことでもないし、どこかで座りながら話そう」


八雲の提案に白雪がすぐに部屋を用意して、その部屋にある長いテーブルの椅子に座って話をすることになった。


「初めは好奇心で立ち寄ったんだけど―――」


八雲は村に立ち寄った経緯からオパールに会って村長と話し、魔物討伐に向かった先でコボルト、スケルトン、そして死霊使いネクロマンサーと遭遇した件について説明した―――


「―――そんな死霊使いがこの付近に来ていたなんて気がつかなかったわ……オパール。ダイヤに伝えて周辺に不審な者がいないか警戒を強化するよう伝えておいてくれるかしら」


「畏まりました。白雪様」


「さて、話も終わったところで、俺は疲れたから今日は早めに休ませてもらうよ」


八雲は席を立って解散になったので雪菜とフォウリン、マキシも自分に与えられた部屋で休もうとすると、


「あっ!―――雪菜は少し残ってくれないか?」


ノワールが雪菜を呼び止める。


「―――私?うん、別にいいけど」


「それじゃ、俺は先に休ませてもらうよ。おやすみ~」


肩にリヴァーを乗せて八雲は部屋から出ていき、同じくフォウリンとマキシも挨拶をして出ていった。


白雪とオパールも席を外すことにして、部屋にはノワールとアリエス、そして雪菜が残っている。


「珍しいね?どうしたの?改まって」


すると一瞬、アリエスと目を合わせたノワールが少しモジモジしながら雪菜に話し出す。


「うむ……じ、実はな……シェーナ達のことなのだ」


「チビッ子ちゃんたちのこと?何かあったの?―――熱が出たとか!?」


「いや?!病ではないのだが……その……少し問題があってだな……」


煮え切らいないノワールの態度に、雪菜は困惑してくる。


「ノワール様。ここはハッキリと雪菜様に申し上げて、何かお知恵を拝借するのが得策です」


ノワールの後ろに立っている万能メイドのアリエスがノワールに進言する。


「わ、分かっている!その、実は此方にくるまでの船の中でのことなのだが……あの子達が我とアリエスと一緒に寝ている時に……」


「寝ている時に?」


「その……吸いたいと言ってくるのだ!/////」


「吸う?なにを?」


「ウウウッ!!……おっぱいを所望してくるのだ!/////」


「エッ?!おっぱい?!―――つまり母乳!?」


「はい……しかし、当然ながら私もノワール様も母乳など出ません。ですが、母親を恋しがるあの子達のためにとふたりでその夜から……/////」


「おっぱいを吸わせていたと……それって何プレイ?/////」


「―――こちらは真剣に悩んでいるのだぞ!!/////」


「ゴメン!ゴメン!それで?」


「……その日から毎晩、我等の元にやってきてはおっぱいをせがむのだ!いや、別に嫌というわけでは断じてないのだが……その……この胸は八雲に開発されてしまっているからな/////」


「ああ……それは……辛いよねぇ……」


自分も胸を八雲専用に開発されている雪菜だからこそ、ふたりの超絶に常識離れしたこの悩みも理解出来ていた。


「でも……あの子達はもう母親がいなかったし、何より母親が恋しいと思うのは当然の年齢だからね……」


雪菜が困った表情で首を傾げながら悩む。


「そうなのだ……だから無下にダメだと言って余計に寂しがらせるのも忍びない……そこで、何かいい方法はないかと……」


「それで私に相談したって訳だったんだね。たしかにこの問題は八雲には話しづらいし、女同士の方が分かるもんねぇ」


「それで……どうでしょうか?雪菜様」


アリエスは雪菜に妙案がないか訊ねると、雪菜は考え込んで日本にいた頃の知識を引っ張り出してくる。


「あの子達は確か四歳だったよね?」


「ああ、そうだ。それは同じ集落に暮らしていたエルフの娘からも聞いている」


「普通、四歳くらいならイヤイヤ期も過ぎているくらいの時期だよね……」


「イヤイヤ期とはなんだ?」


「ん?ああ、イヤイヤ期っていうのは、子どもが成長する過程で自己主張が激しくなる二歳前後の時期を指して、そう呼ぶんだよ。ママやパパから声を掛けても自分の意にそぐわないと「イヤ!」って拒否するから、イヤイヤ期と呼ばれるようになったんだって。ママやパパにとっては大変な時期なんだけど、イヤイヤ期は子どもの発達に大切な時期なの。自我が芽生えて物事をハッキリ言い出すから」


「そうなのか……」


「勉強になります」


ノワールとアリエスは雪菜の言葉に感心する。


「私も子供がいる訳じゃないから、そこまで詳しくはないんだけど……たぶんあの子達は本来いるはずのパパやママがいなくて、主にノワールやアリエスが面倒見ているじゃない?だから甘えられない気持ちがそうして幼児退行みたいになって出て来ているんじゃないかな?」


雪菜の指摘は間違ってはいない―――


現に甘える対象となる母親がいないことで、その対象は一番身近なノワールとアリエスに向かっていたが、やはりあの子達の中で無意識にふたりにも一線のようなものが引かれていたのだ。


―――だが、それも少しずつ甘えていいのだという自覚が芽生えてきたことで、一気に幼児的な甘え方に戻ってしまったと雪菜は推測する。


「では、どうすればいい?」


「う~ん……それだよねぇ……」


こういった育児について本当は母親になったことのある人に訊ねるのが一番なのだが、白龍城にそんな女性はいない。


母性が強そうな対象ならフィッツェやエメラルド辺りは落ち着いていて、なによりもその爆乳が母性を溢れさせているが、やはり彼女達も子供を育てた経験はないので雪菜とそう変わらない。


通常は成長していく過程で例えば兄弟、姉妹が出来ると兄や姉が下の子の弟や妹の面倒を見ることによって、しっかりしてくるという成長過程はよくある話だ。


「弟……妹……そうだ……もしかしたら……」


「ん?どうした?何かいい案でも浮かんだか?」


「雪菜様?」


ブツブツと何かを呟いている雪菜にノワールとアリエスは訝しげにその顔を覗き込んで見ると、


「ねえ!明日あの子達を朝食の後に中庭に連れて来てくれるかな?上手くいけば、あの子達の成長にも繋がるかも知れない!」


突然顔を上げて、笑顔でそう告げる雪菜にノワールとアリエスは顔を見合わせるしかなかった―――






―――7月31日


7月最後の日を迎えて、白龍城は晴天に恵まれたがアルブムの気候は夏場でもそこまで熱くはならない。


だが、そんな平和な日常が始まるはずの白龍城では―――


「ワアァ~ンッ!!!―――ピィーッ!!!アウウ~ッ!!!ウウェ~ン!!!」


―――けたたましい子供の泣き声が城中に響き渡っていて、それは丁度朝食を終えた八雲の耳にも届いた。


「なんだ?なんだ?一体どうしたんだ!?」


声のする中庭に出てきたのは、偶々その八雲と朝食を一緒にしていたレギンレイヴとアルヴィトも一緒だった。


中庭に出てみるとそこには―――


ポロポロと大粒の涙を流しながら、自分の友達であるガルムの首に抱き着くシェーナ、トルカ、レピス、ルクティアの幼女四人組と、何故か失敗したという顔をしている雪菜にオロオロするノワールとアリエスだった……


「お前等……これ一体何したの?怒らないから言ってみ?」


八雲が雪菜に問い掛けると、


「―――いや、違うの!?これはちょっと理由があってね?!」


「だから……何して……こんなギャン泣きする事態に陥ったのか訊いているんだが?」


「実はね……ノワールとアリエスに昨日相談を受けて……」


「ああ、そう言えば部屋に残って何か話があるって……これのことだったのか?」


「うん……それで、まあ簡単にいうとあの子達が少し幼児退行みたいな状態になって、ふたりにおっぱいを強請るみたいなの。その乳離れを促すのに何かいい方法はないかって訊かれて」


「そんなことに……それで?」


「それで、よく下の弟や妹が出来たら上の子がしっかりするようになるでしょ?だから……」


「だから?」


「あの『ワンちゃんの十戒』を……『ガルムちゃんの十戒』に内容少し変えてあの子達に話して聴かせたら……」


「マジで……あれ、あの子達に聴かせたのかよ……」




-――『ワンちゃんの十戒』


八雲と雪菜のいた世界では世界的に有名になったペットの犬との接し方についての心得のような有名な詩である。

映画化されたり、小説になったりと一躍有名になった詩であるが、それを雪菜が『ガルムちゃんの十戒』という形で作り変えて聴かせたのだ。




「いや、あの子達がガルムを弟みたいに思って、お姉ちゃんの自我に目覚めたら乳離れするかなぁ~って思ってさ……」


雪菜の考えは間違ってはいないだろうが、


「ガルムの十戒に変えたって、どう言って聞かせたんだ?」


「うん……えっと―――」


そこで雪菜は懐からそれをメモした紙を取り出す。




『ガルムちゃんの十戒』


1……ガルムちゃんの一生は大体二十年から三十年です。皆と離れるのが一番辛いことです。どうか一緒に暮らす際に、そのことを覚えておいて欲しいです。


(ガルムの寿命についてはクレーブス、エメラルド、レーブ、ゴンドゥルといった各陣営の頭脳班を交えて確認した)


2……ガルムちゃんはとっても強い子ですが、皆が何を求めているのか分かるのに時間がかかります。だから分かるまでゆっくりと待っていて欲しいです。


3……お願いします。ガルムちゃんを信頼してください。ガルムちゃんはいつでも皆が大好きで信頼しているから。それがガルムちゃんにとって皆と一緒に生きていく上での幸せです。


4……長い時間叱ったり、罰としてどこかに閉じ込めたりしないで。ガルムちゃんには皆が怒っているってこと以外、その理由はガルムちゃんには分からないから。皆は他にやることや、楽しみや、友達がいるかも知れないけど、でもガルムちゃんには皆しかいないんだって覚えていて。


5……時々でもいいからガルムちゃんに話しかけて。たとえ皆の言葉が分からなくてもガルムちゃんは皆の声を聞けば、皆が何を言っているのか分かるから。賢いガルムちゃんは、そのことを尻尾フリフリして教えてくれます。


6……皆がいつもどんな風にガルムちゃんに接しているか考えてみて。皆がしてくれたことをガルムちゃんは決して忘れないよ。もし、イヤなことをされてしまったら、ガルムちゃんはそれもずっと忘れることが出来ないよ。


7……ガルムちゃんを叩いたり、いじめたりする前に覚えていて。ガルムちゃんは強くて大きな身体と、その鋭い牙で皆を傷つけることが出来るのに、絶対に皆を傷つけないって決めていることを。


8……ガルムちゃんのことを言う事きかない、怠け者だと叱る前に何か理由があるんじゃないか?と考えてみて。もしかしたらご飯が合わないのかも知れないし、長い間放っておかれたのかも知れない。もしかしたら年を取ってしまって身体が弱ってきたのかも。


9……ガルムちゃんが年を取ってもどうかお世話してください。皆もまた同じように年を取ると、そんな愛情に囲まれたいと思うようになるから。


10…どんなに大変な時でも最後のお別れのその時まで一緒にそばにいて。「辛くてみていられない」「別れに立ち会いたくない」なんて、そんなことは言わないで。皆が傍にいてくれるならガルムちゃんは辛いことも頑張れるし、安らかに眠れるから。


そしてどうか忘れないで―――


『ガルムちゃんが、いつまでも皆を愛していることを』




雪菜がそう読み終えたところで―――


「ウウェ……ワンワァア~ン!ちんだらメッ!!」


「ウッ!……ヒック!……ちなないで……」


「えっと!うんと!何か食べゆ?お腹しゅいてない?元気出ちて……ウウッ……ウウェ……ウェ~ン!!!」


「……じゅっと一緒……ルクティア……じゅっと一緒にいゆから……シクシク……」


―――再び幼女達の泣き声が響き渡った。


「オゥ……まさに阿鼻叫喚の嵐……」


八雲もガルムの十戒を聴いて、これは流石に子供達には内容の与える影響が大きすぎたのかと思った。


「どうしよう……私はこの子達がガルムのことを自分の弟や妹みたいに思ってくれて、自立心が芽生えたらと思ったんだけど……」


雪菜もここまで極端な反応を示すとは思っていなかったのだろう、困惑した表情を浮かべる。


「いや、雪菜のやりたかったこともちゃんと分かるし、この子達も理解しているから、あんなにガルムに抱き着いてるんだろう。後はこれからどうするって話だよ」


すると―――


八雲の傍でガルムちゃんの十戒や雪菜の思惑を聴いていたレギンレイヴとアルヴィトが、それぞれ自分達の傍にいるガルムの首にしがみついて泣きじゃくる子供達に、そっと寄り添うようにしてしゃがみ込む。


「皆、ガルムちゃんはすぐにいなくなったりしないのよ」


レギンレイヴがシェーナとトルカの頭を撫でて諭すように優しく語りかける。


「うぅ……ホント?」


涙目のシェーナとトルカが問い掛けると、アルヴィトがレピスとルクティアの頭を撫でながら、


「ええ♪ 本当です。ほら、皆はガルムちゃん達のお姉ちゃんなのに、そんな泣き顔なんか見せていてはガルムちゃん達が心配しますよ?」


「クゥ~ン……」


「キュ~ン……」


「クゥン、キュ~ン……」


「キュン、キュン、キュン……」


幼女達の髪の色と同じプレートを首輪に付けて、自分の主と定めた幼女達の髪の毛や、身体にスリスリと鼻を鳴らしながら身を摺り寄せるガルム達。


「……シェーナ……おねぇしゃん」


「……トルカも……」


「レピスも!おねえちゃ!」


「ルクティア……おねえしゃんしゅるの!」


そんなガルム達に何かが芽生えたかのように口々に自分がお姉ちゃんだと言い出した幼女達を見て、


「どうやら……これなら大丈夫そうだな。ノワールもアリエスも今度またおっぱい欲しがりに来たら、お姉ちゃんなのに?って優しく問い掛けてみるといい」


「なるほど……」


「でも何か思うところがあって、あの子達も本当に甘えたい時があるだろうから、昼間はしっかりと甘えさせてやっていれば、夜に寝る時は大丈夫だろう。ガルム達と一緒に寝かせるようにすれば、きっとお姉ちゃんしてくれるさ」


「うむ。雪菜にも面倒をかけてしまったな」


「ありがとうございます雪菜様」


ノワールとアリエスが雪菜に礼を言うと、雪菜は照れたようにして、


「ううん!最後はレギンレイヴとアルヴィトのおかげだよ♪ ホントありがとうね、ふたりとも!」


雪菜はレギンレイヴとアルヴィトにお辞儀して礼を伝える。


「そうだな。我も何かお前達に礼をしなければならんな」


ノワールの言葉にレギンレイヴの瞳がキラン☆と何か光ったように見えた。


「ではノワール様。早速ですがひとつお願いがあるのですが」


レギンレイヴが間髪入れずにそう話すと、少し驚いたノワールが―――


「なんだ?言ってみよ」


―――と訊き返す。


「では、わたくしとアルヴィトのふたりで―――八雲様とデートさせてくださいませんか?」


「ほう♪―――よし!許す!」


―――笑顔で返事を返すノワール。


「俺の意見は!?」


そこでツッコミを入れる八雲。


「これほどの美少女ふたりとデート出来るのに、お前イヤなのか?」


呆れたような顔でノワールに訊き返されると―――


「―――むしろ大歓迎です!!!」


―――八雲はそう力強く答え、レギンレイヴとアルヴィトはその様子を笑顔で見つめている。


こうして八雲と紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーふたりとのデートが決定したのだった―――



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