目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第228話 レギンレイヴの献身

―――ビクトリアとの会合を終えた八雲が別室から店舗に戻る。


そこには山盛りの衣装ケースの前でモジモジしたレギンレイヴと、少し微妙な表情を浮かべるアルヴィトが待っていた―――


「オゥ……見事なケースタワーが堂々完成……これ全部欲しい服でいいのか?」


「あ、あの、私は一応止めたのですが……」


アルヴィトが申し訳なさそうに八雲に話し掛ける。


「―――ああ、大丈夫、大丈夫。レギンレイヴ、この店の服はどうだった?」


「物凄くわたくしの感性を奮い立たせるデザインと斬新な発想が最高でした!まさかアルブムまで来てこれほどの物に出会えるとは!」


力説するレギンレイヴの様子に八雲は笑みを浮かべて、


「これ全部貰うよ」


と、ビクトリアに告げる。


「承知致しました。どうぞお持ち帰りくださいませ。お支払いは先ほど頂いておりますので♪」


「え?いやさっきの話は別で―――」


「―――九頭竜様。アルブムの商人のことわざにこういうものがございます。『気持ちよく損をした者は温かい得を与えられる』と。今のわたくしはまさにその諺通りの気持ちでございますわ♪ ですから、どうぞお収めください♪」


「マダム……本当にありがとう。では、これからも良き関係を」


「はい♪ 良き関係を期待しております」


衣装ケースを『収納』にすべて納めた八雲はレギンレイヴとアルヴィトを連れて店を出ると、ビクトリアと店員達が全員で表まで見送りに出てきて頭を下げて見送ってくれた。


「あの、ありがとうございます!八雲様/////」


「ありがとうございました。八雲様♪」


レギンレイヴは少し調子に乗り過ぎたかと反省しつつ、欲張りな一面を見せてしまったことに恥ずかしさで顔を赤らめていて、アルヴィトはニコニコと笑みを八雲に向けていた。


「かまわないさ。でも、折角買ったんだから、今度、着ているところは見せて欲しいかなぁ~って」


「勿論です!イェンリンにブリュンヒルデやラーズグリーズのも見繕ってきましたから、皆で着て見せますよ!」


「他の姉妹達の分も見繕っていたのか。なるほど、山盛りになる訳だ」


八雲はハハハッと笑いながら告げる。


「それで、次は何処に行こうか?行きたいところや見たいところはあるか?」


するとレギンレイヴは―――


「―――では、教会へ連れて行って頂いてもよろしいでしょうか?」


笑みを浮かべたまま、それでも真剣な声で八雲に願い出たのだった―――






―――首都ヴァイスにある一際目立つ大きな建物に向かう。


白く高い壁に覆われた荘厳な教会は屋根の上に四つの塔があり、広い敷地には横に並んで平屋の建物が建ち並んでいた。


レギンレイヴの道案内でやってきた八雲だが、


「此処は……」


「―――はい、此処のことは雪菜様に教えて頂きました。このヴァイスでも一際大きな天聖教会で、此処には診療所も一緒にあって雪菜様も時々は此処の治療のお手伝いをされていたとか」


「雪菜が?……あいつ『回復』の加護なんて持っていないのに」


「八雲様。加護だけで人は癒されるのではありません。雪菜様は此処で怪我をされた方や病気の方に励ましの言葉をかけて回っていたそうです。自分には何も出来ないからと」


「そうか……そうだな。『回復』が使えることが当たり前に思っていたかも知れない。それもしっかり意識しておかないと駄目だな」


「はい。神の加護はすべての人には与えられていませんが、神の愛はすべての生きるものに平等なのですから」


レギンレイヴのその言葉を自分の中に刻む八雲。


「それで、教会に何の用で来たんだ?礼拝か?」


「いえ、わたくしが行きたいのはあそこです」


そう言ってレギンレイヴが指差す先には教会に隣接した平屋の大きな建物の方だった。


そうして其方に向かって行くレギンレイヴに付き従うしかない八雲とアルヴィト。


その建物の入口から中に入ると―――


「これは……」


―――木製のシングルベッドが所狭し、と並べられていて横たわる多くの人々の姿が八雲の目に入る。


すると中で世話係をしているシスターが此方に気づいてやってきた。


「あの、どなたかの御見舞いにいらっしゃったのでしょうか?」


にこやかにしてはいるが、その表情は溜まった疲れが見て取れるほどに疲弊感が漂っていた。


「わたくしは旅の者でレギンレイヴと申しますが、此方に多くの患者さんがいらっしゃると伺ってお邪魔いたしました。わたくしは『回復』の加護を神から賜っております。どうかお力添えさせて頂けませんでしょうか?」


レギンレイヴがそう言ってシスターの手を取ると、シスターの目には涙が光って見えた。


「まあ!―――なんということでしょう!これもきっと神の御導きなのですね!申し遅れましたが、わたくしはこの診療所の御世話係をしていますエリンスと申します。実は……此方の診療所で御力を貸し下さっていらした『回復』の加護をお持ちの先生が、無理が祟って倒れてしまって……今は加護をお持ちの方が誰もいないのです。どうか、その御力をお貸しください!」


「分かりました。ではエリンスさん、此処で重篤な症状の方から順番に案内してください!」


「はい!此方です!」


すぐにエリンスはレギンレイヴを案内するのだった―――






―――そこからは八雲とアルヴィトも加わって患者を診ていく。


アルヴィトは『回復』の加護は持っていないが、『全知』のスキルを使ってどこを患っているのか的確に伝えてくれる。


八雲もひとりひとり状況を聴いて、それぞれに合わせた効率のいい『回復』で癒していく。


「彼方の方も『回復』の加護をお持ちだったなんて!?ああ、今日はなんて素晴らしい日なのでしょう。神に感謝を」


シスター・エリンスは自分の両手を胸の前で握りしめて神への祈りを捧げる。


中には腕を失っていた患者もいたが、八雲が欠損部位の復元まで『回復』してしまったことに皆からは神の使いのような扱いをされてしまうが、あくまで自分はレギンレイヴの連れだと言って宥めるのが大変になった。


そんな様子をレギンレイヴ、アルヴィト、そしてシスター・エリンスが見て笑い合っている頃には診療所のベッドは一通り綺麗に空きが出来ていたのだった。


―――シスター達からお礼を言われて、気がつけば夕方近くになっていたので白龍城に戻ることにした八雲達だったが、


「どうかしたか?―――レギンレイヴ」


帰り路になって黙り込んでいたレギンレイヴに八雲が問い掛ける。


「八雲様……わたくし、明日からも暫くあの教会に通おうかと思うんです」


魔術飛行艇エア・ライドのタンデムシートに座るレギンレイヴの力強い言葉が八雲の耳に届いた―――






―――8月1日


そして八雲に告げた日の翌日から早速レギンレイヴは宣言通り、首都ヴァイスの教会に併設された診療所へと通い始める。


魔術飛行艇エア・ライドを出して送迎する八雲と、レギンレイヴの話しを聴いたユリエルが共に教会へと通うことになる。


「初めまして。わたくしはフォック聖法国の教会に所属しておりますユリエル=エステヴァンと申します。わたくしも『回復』の加護を神から賜っているシスターとして、是非此方のお手伝いをさせてください」


するとシスター・エリンスはユリエルの名前とフォック聖法国と聞いて、ハッとしたような顔をすると、


「まあ!まあ!―――まさかオーヴェストの聖女様ではございませんか!?お名前は教会を通じて此方でも伺っております。聖女様までご一緒にいらっしゃって頂けるなんて!これは神父様にもご報告しなければいけませんわ!」


ユリエルの名前を聞いて、教会関係では名前の知れている『聖女』だと気がついたエリンスは感動して涙ぐんでしまう。


「神父様へのご挨拶はまた後程させて頂きます。今は此方に訪問されている方々の癒しを優先致しましょう」


八雲の前とは違うシスター・ユリエルバージョンの彼女を久しぶりに拝めて八雲の顔もついニヤニヤしてしまうが、


「顔に悪霊が憑ついていますよ……八雲様」


そんな無表情のレギンレイヴの視線と声が怖かった……


「オゥ……悪霊退散」


そう呟いて自分も患者の様子を診て治療を開始する八雲だった―――






―――それから、


―――8月2日


―――8月3日


―――8月4日


初めて教会を訪れてから連日で診療所に通うレギンレイヴとユリエル―――


―――八雲もそれに同行して手伝う。


その間にも雪菜やフォウリン、マキシも診療所の手伝いをしようと一緒にやってきて、加護はなくとも病や怪我で気を落としたり、悲しむ心に寄り添ったりしては励ましの言葉をかけていた。


しかし―――


「ハァ……ハァ……」


教会から『回復』の加護を持った先生が不在となってから、教会に行っても先生がいないと自宅で床に臥せっていた人々もレギンレイヴやユリエルの噂を聞いて続々と教会にやってきたことで、ふたりも疲れが見え始めていた。


そんなふたりを壁際から様子を見る八雲だったが、


「ねぇ……このままでいいの?マスター。あのままだと今度はあのふたりが倒れちゃうわよ?」


八雲について来ていた水の妖精リヴァーは、その肩に座って八雲に問い掛ける。


「そうなんだよなぁ……けど、あのふたりに休めって言っても、聴くと思うか?」


「ムリ~!」


「―――だよなぁ。『回復』の加護が発動出来るアイテムでもあればいいんだけど、『回復』の加護は俺の加護『創造物への付与』を使っても付与出来ないんだよなぁ」


「神の『回復』の加護はその人に与えられたもの、加護は簡単に譲渡や付与は出来ないものもあるから」


「そうなると、回復薬を使うしかないんだけど……それこそ予算が幾らあっても天井知らずに掛かってくるだろうし」


「マスターなら『精霊の加護』で『命の水』を生成できるから、瓶詰めにして安く売ってあげたら?」


「……『命の水』……精霊の……そうだ……この方法なら!」


八雲の頭の中で『思考加速』を発動すると次々と構想が浮かび上がり、一気に完成形が出来上がると―――


「シスター!シスター・エリンス!ちょっとお願いしたいことがあるんだ!」


―――世話係のシスター・エリンスを急いで呼び寄せる。


そうしてエリンスに八雲は自分の考えに沿った提案を持ち掛けるのだった―――






―――診療所のベッドが並ぶ部屋の奥で、八雲がシスター・エリンスと隣の教会の神父と他のシスター達も呼んでもらって集める。


「あの、言われた通りに集まって頂きましたが?これから一体何を?」


丁度患者を見終わって一段落着いたところで、八雲が集まった人々に向かって説明する。


「集まってもらってありがとう。まずは現状について説明したいと思う。今、この診療所を診ていてくれた先生は無理が祟って身体を壊してしまい、そこへレギンレイヴとユリエル、そして俺が『回復』の加護で治療している訳だが、病人や怪我人は今後も後を絶つことはないだろう。だが、俺達はいつまでも此処にいる訳じゃない。時期がくれば此処から離れて自分達の家に帰ることになる」


八雲のその言葉に、折角治療しなければならない患者が減ってきたことに感謝と安堵をしていた神父やシスター達も暗い表情に変わる。


休みながら聴いていたレギンレイヴとユリエルの表情も堅い。


「だが、他の教会もそうだけど『回復』の加護を持つ人がいなくなれば、その後は自然治癒に任せることぐらいしか術がない。高価な『回復薬』を全員に施すなんてことは無理な話だから」


「たしかに……」


教会の責任者である神父がそう呟きながら俯く。


「だから―――俺達の代わりを置いていくことにする」


その言葉に、その場にいて俯き加減に話を聴いていた全員の顔が上がり八雲に向けられた。


「―――代わりとは?他の『回復』の加護をお持ちの方がいらっしゃるのですか?」


シスター・エリンスが疑問に思ったことを正直に問い掛けると、


「いや、人じゃない。物だ」


と、八雲はニヤリとしながら石畳になっている床に手を付くと―――


「―――土属性基礎アース・コントロール!!」


―――その場に魔力を込めて石畳から石の土台が盛り上がってくる。


「これは!?」


目の前で立ち上がってくる一m四方の土台が八雲の膝を超えた辺りまで立ち上がると、今度はその上に四角いガラスの箱が構成され始める―――


レギンレイヴもユリエルも、八雲が一体何を始めたのか見当もつかない。


それは神父達や教会関係の人々も同じだった。


そうして四角いガラスケースが出来上がって正面になっているガラス面にだけ三十cm四方の四角い穴が空いているのが見えた。


「一体何を造っておられるのですか?」


神父の問い掛けにまだ八雲は答えない。


「まあ、見ていてよ。次に―――水属性基礎ウォーター・コントロール!!」


今度は土台に向かって水属性魔術を発動したかと思うと、土台の天板に水色の魔法陣が浮き上がってきた。


「よし!それじゃあ、最後にリヴァー!」


「―――いつでもいいわよ!マスター!!」


八雲の肩に乗っていたリヴァーに声を掛けると、威勢よく返事をするリヴァー。


そして―――


「―――精霊魔術スピリット・ソーサリー!」


「―――命の水アクア・スピリッツ!!」


―――八雲の新たな『精霊の加護』によって発動した精霊魔術によって、ガラスケースの中にフワフワと水の球が浮かび上がったかと思うと、それが見る間に大きく膨らみ、やがてガラスケースいっぱいにまでその丸い球状の水を貯めようとする。


「ウオオオォ―――ッ!!!」


回復能力のある命の水を生成するには強大な魔力を消耗していく―――


―――魔力は枯渇しそうなほどに消耗し、大量の命の水がガラスの中に溜まっていく。


すると―――


―――土台に刻まれた水色の魔法陣が発動し、光を放ったかと思うとその水の球を完全に凍らせてしまったのだ。


「―――やったぁ~♪ 出来たよ!マスター!!」


飛び上がり頭の上ではしゃぐリヴァーだったが、まだ八雲は難しい顔をしたままだ。


「ハァ、ハァ……まだ、完成したかどうかは、ハァ、ハァ、使ってみてからだ」


魔力枯渇で息も絶え絶えにそう呟いた八雲は、そこにいたシスター・エリンスの手にフッと視線が向いた。


「シスター・エリンス、その手はどうしたんだ?」


そこには小さな白い布が巻かれていて、薄っすら血が滲んでいる。


「あ、これは……お恥ずかしながら、さきほど患者さん達の使っていた食器を片付けようとして割ってしまって……」


と、反対の手で包帯をそっと庇うように隠すと、


「シスター。俺のことを信じてその傷ついた手で、このガラスの穴から中の氷に触れてみてくれないか?」


「え?この、中に……ですか?」


突然現れた謎の土台に乗ったガラスケースの中の氷に触れろと言われても、おっかなびっくりとした表情のシスター・エリンスは及び腰になってしまっていたが、


「シスター・エリンス。大丈夫です。八雲君は決して人を落とし入れたり、神の家で騙したりするような真似はしません。どうか信じてください」


と、ユリエルが口添えをしたことでシスター・エリンスもそっと手をガラスケースの正面にある四角い穴に手を入れる。


「そう、そうして中の氷に触れてみてくれ」


「―――は、はい」


恐る恐る氷に傷ついた手で触れると、冷たいと感じたその瞬間にシスター・エリンスの指の切り傷は―――


―――消えていた。


「まあ♪ 傷が!傷が消えましたわ!!」


「よっしゃ!成功だ!命の水は凍らせても触れた人にちゃんと機能するんだ!」


「―――やったね♪ マスター!!」


喜び合う八雲とリヴァー。


傷が癒されたことに驚愕する神父達。


そして、その様子を見て向かい合って笑みを浮かべるレギンレイヴとユリエルのふたり。


「神父様。これで『回復』の加護を持つ人が不在でも、この命の水の氷に触れるだけで傷や病は癒されますよ」


「神の奇跡だ……い、いや、しかし!これは、余りにも価値が大きすぎる!これほどの奇跡の顕現が此処にあると知れ渡れば狙われたりしないとも限りません!それに、この氷は溶けてなくなることはないのですか?」


「ご心配は尤もです。では―――こうしましょう」


そう言うと八雲は土台を鋼鉄の物に魔術で造り変えて、その表に土属性魔術で掘り込むように―――


【この命の水、此処より動かせば溶けて奇跡は途絶えるなり】


―――と、尤もらしい文句を記した。


「よっぽどの馬鹿じゃない限りは此処から持ち出そうとはしません。あと、念のためこの土台は鋼鉄で造って地中深くまで根ざしておいたので持ち上げることは出来ませんし、このガラスもただのガラスと違って―――」


―――突然八雲が鞘に納めたままの黒刀=夜叉でバシンッ!とガラスを叩く。


「―――と、簡単には破壊出来ない」


そんな八雲の話しに、神父を始めシスター達までが八雲の前に跪いて―――


「―――貴方は神の使徒なのですか?それとも神そのものなのでしょうか?」


―――と、問い掛ける。


すると八雲はポリポリと指先で頬を掻きながら―――


「俺は黒神龍の御子、ただそれだけですよ」


―――そう答えるのみだった。


照れているのを誤魔化そうとしている八雲を皆は微笑みながら見ていた―――






―――それから、


アルブム皇国の首都ヴァイスにある天聖教会の診療所には神々しい冷気を漂わせて鋼鉄の土台に乗せられ、常に凍結された奇跡の氷の球―――


―――『黒神龍の御子の奇跡』


―――『命の水』


と呼ばれる氷塊がガラスケースの中に設置されて訪れる病人、怪我人を癒す力のある奇跡として教徒の巡礼において終着点となっていくのは、この先の歴史のことである―――



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?