―――8月6日
―――アルブム皇国の教会に八雲が『命の水』の氷塊を設置して二日後の朝。
白龍城の城門に首都ヴァイスから隊列を組んだ騎馬隊と歩兵隊が連なり、その隊列の間を進んでくる真っ白な馬車が城門を潜って城の正門前で止まった―――
その馬車から降りるひとりの男。
その歳の頃は四十代といったところで白いローブに頭には黄金の冠、手には錫を持ち、開かれた城門から城に入るその男を先導する紫色のセミロングの髪をした濃い紫色の瞳をした美女―――
―――髪には金の装飾に紫のアメジストを鏤めた髪飾りを着けている
玉座の間の大きな扉がガチャリと両開きに開放されると、男は赤い絨毯の上を玉座に向かって進む―――
―――そうして玉座の前にやってきた男は、その場で片膝を絨毯について頭を下げる。
玉座に腰を下ろし、白い髪を揺らしながら傾ける美しくも無表情の顔で男を見下ろす白雪―――
「……久しぶりね、ホーネッツ。貴方が態々、自らこの白龍城まで足を運ぶなんて何かあったのかしら?」
淡々と述べられる感情が感じられない言葉が男に向けて放たれた。
「―――ご無沙汰致しております。白神龍様」
「白雪でいいわ。今はそれが私の名よ。ホーネッツ」
「ハッ!白雪様。この度は突然の謁見をご承諾頂きまして―――」
「―――挨拶はいいわ。要件をいいなさい。国王の貴方が態々、私に挨拶するためだけに来た訳ではないのでしょう?」
玉座の間で白雪と謁見している男こそ―――
―――このアルブム皇国の国王であるホーネッツ=カイント・アルブムⅣ世その人であった。
「ハッ!では本題を……先日ヴァイスの天聖教会に国宝級のアーティファクトを設置した方が神龍様の御子様だと報告がございまして……それは誠でしょうか?」
ホーネッツは八雲の設置した『命の水』の氷塊について話に来たと分かると、
「ああ……それについては……黒神龍の御子がやったことだと聞いているわ」
白雪は少し面倒そうな顔をして当り障りのない返事をする。
「―――やはり事実なのですね!であれば、その黒神龍の御子様に是非とも御会いしたいのです!」
ホーネッツはやや興奮気味で白雪に間髪入れず願い出た。
「ええ、そうね、うん、貴方の願いは分かったわ。でも、たしか……今は―――」
そう言って天井を見え上げる白雪は八雲が今何をしているか、ある程度の予想がついていた―――
―――白雪がアルブム皇国国王と謁見しているその頃、
「あ“っ! あ”っ! あ“っ!…んんっ!…あああ―――っ♡/////」
天翔船
「おおぉ―――っ♡ や、やくもぉ!はっ! はっ!くぅ♡!/////」
汗ばんだ褐色の肌を艶めかしくうねらせながら、お互いの身体がぶつかる度に声を上げるノワール。
ノワールの膝下を両手で支えながら揺らす八雲に、後ろから凭れ掛かるようにして密着するボリュームが半端ない感触が伝わってくる―――
―――その立派な胸の持ち主はフィッツェだった。
「ウフフッ♡……昨日ノワール様とわたくしに、あれだけされましたのに、まだこんなに♡ さすがは八雲様ですわ♡/////」
後ろから八雲の耳元で吐息混じりに囁くフィッツェは、両腕を後ろから八雲の胸板へと回す。
昨夜からふたりを寝る間も惜しんで相手をしていた八雲にフィッツェが熱い視線を送る。
「ウッ! フィッツェ!」
フィッツェの指の感触が八雲を昇り詰めさせていく―――
「あっ! はっ! はっ! あ“あ”っ♡ んん! ま、また♡!/////」
唇を奪ってきたフィッツェと深く舌を絡めながら、自らの欲望をノワールに解放する八雲―――
―――同時に全身が震え、絶頂の快感が走るノワール。
「ん“ん”ん“ほ”お“お”お“―――ッ♡! あ”あ“あ”―――っ♡! はっ! ああっ♡ あ、あ♡/////」
だらしなく涎を垂らしながら絶頂に浸るノワールを八雲は優しく抱きしめる。
「ああ♡ 羨ましいですわ♡ さあ、八雲様♡ 次はこのフィッツェに♡/////」
後ろから抱き着きながら耳元で囁くフィッツェの色気に吞み込まれかけた八雲に、『伝心』が届く―――
【八雲―――起きてる?】
その声の主は雪菜だった。
【―――雪菜か?ああ、起きてるよ、というか寝てない……】
そう返した八雲に雪菜は、ハァ~と溜め息を響かせる。
【まあ八雲だから仕方ないけど、白雪が起きて身形を整えたら城に来てくれって】
【―――白雪が?】
八雲は雪菜に話しの続きを促す。
【それで?何の用事なんだ?】
【うん、それが……アルブムの王様が八雲に会いたいって―――】
【―――国王だって!?俺、なんかしたか?】
【それ、こっちの台詞だから……早く着替えて来てよね!】
そこで雪菜の『伝心』は途切れた……
そうして八雲は身形を整えるのをフィッツェに手伝ってもらい、白龍城へと向かうのだった―――
―――白龍城に来た八雲を待ち受けていたのはアメジストだ。
先ほどのホーネッツと同じように先導して八雲を案内する。
「あの、国王が来ているって聞いたんだけど?」
「―――はい。城外で待機しているのは国王陛下の近衛騎士団です。この度は八雲様も関係するお話のようです」
「マジで?俺、この国の王様に何か言われるようなことした?」
八雲がアメジストに恐る恐る問い掛けると、彼女はクスクスと笑みを溢しながら、
「さあ?それは白雪様と国王陛下に直接お伺いするのがいいと思いますよ?」
と返してきた。
―――暫く歩いてから。
到着したのは玉座の間ではなく、貴賓室の一室でノックするアメジストに中から白雪の声が帰ってくると、ゆっくりと扉を開く―――
「―――漸く来たわね……朝から呼び出して悪かったわ。九頭竜八雲」
―――丸い大きなテーブルの椅子に白雪と、その向かいにはホーネッツが腰掛けていた。
「いや、待たせてすまない。それで、俺を呼んだ理由って?」
テーブルに近づく八雲に白雪が手を差し伸べて、
「此方は、アルブム皇国国王ホーネッツ=カイント・アルブムⅣ世よ」
ホーネッツのことを紹介する。
「お初にお目にかかる。アルブム皇国の国王ホーネッツだ」
「初めまして、九頭竜八雲です。それで国王陛下が何故俺を?俺、何か……しました?」
少し及び腰で問い掛ける八雲にホーネッツは少し笑みを浮かべながら、
「いやいや!先日の教会に設置して頂いたアーティファクトの件で訪問したのだ。あのような至宝を造ったといわれる貴殿に会ってみたかったのだ。シュヴァルツ皇国皇帝……九頭竜八雲陛下」
「ッ?!……なるほど。商人ギルド代表辺りからでもお聴きになりましたか?」
「ハッハッハッ!―――いやぁ、どうかビクトリアを責めないで頂きたい。あれは私の盟友と呼べる者でね。こうして王位に就けたのは彼女の支援あってのことなのだから」
「なるほど。御心配には及びませんよ。彼女とは俺も商売の取引でいい話が出来たところですから」
「鉱石の輸入……ですかな?」
ホーネッツの瞳が八雲を射抜くように細く尖る。
「そこまでご存知とは。ええ、その件で話を進めているところです」
「なるほど……」
―――そこまで話してホーネッツはジッと八雲を見つめる。
八雲は初対面であるホーネッツの思考が読めず、その眼にまるで品定めをされているような感覚に居心地が悪い。
「うむ、シュヴァルツ皇帝陛下。これから先もアルブムとシュヴァルツ、二国間の良き関係を築きたいと私は考えている。その上で先日あの教会にアーティファクトを設置した理由を御聴かせ願いたい」
そこで八雲は、あの『命の水』の氷塊が八雲による侵略的戦略の一環ではないか―――とホーネッツが疑っていることを感じ取った。
「あれは元々俺の連れが教会に行きたいと言い出したのが発端ですよ。自国でも自分の『回復』の加護で病人や怪我人を診る活動をしていた者だったので、此方にある診療所の場所を聴いて行ってみたら、そこの『回復』の加護持ちの先生が倒れて患者が溢れている状況だというでしょう?それで連れが代わりに『回復』の治療を始めた訳です」
「ほう、貴方も加護持ちだと聞いているが?」
「ええ、俺も手伝いましたよ。でも患者は毎日毎日減らないし、俺達は学園の夏季休暇が終われば自分の家に帰る。そこで考えたのが―――あの『命の水』の固定化という訳です」
「此処に来る前に私も直接教会に赴いて、あの氷の球を拝見した。朝から列を成して皆、氷に触れては病が癒されていくのを見てきたよ。あれは奇跡の塊だ。この世界でも類のない物だろう。それほどの物を造った相手の顔がどうしても拝みたくなった」
「それで此処まで来たと。余計なことをしましたか?」
「―――とんでもない!我が国は希少鉱石での利益は上がっているが、鉱山関係の仕事以外を求める者は国外に向かっていく者も少なくはない。特に『回復』の加護といった特殊な能力を持った者は、教会で奉仕するよりも自身で開業した方が身の入りは良いからな」
八雲はホーネッツの話しを日本の田舎生まれの若者が都会を目指して就職していく社会構成を思い出す。
「たしかにそんな能力があれば、自分の利益を追求したくなるのも当然でしょうね」
「ふふっ、ハッキリとものを言う。だがその通り、この国には鉱山以外の魅力が乏しい。ビクトリアはそんな若者達の受け皿になれるように商人ギルドで奮闘しているのだ」
(なるほど……ビクトリアの魅力は自国を憂いながらもなんとかしたいという志の表れなのかも知れない)
と八雲は得心した。
「だったら、俺がマダム・ビクトリアと交わした貿易の話しは、むしろ彼女と陛下の憂いを払拭する切掛けになるかも知れません」
「ほう?そこまでになりますかな?」
八雲を見つめて問い掛けるホーネッツに、
「なるのではありません―――するんです」
と、真っ直ぐに見つめ返した八雲が答えたことにホーネッツは微笑み、
「本日は実に有意義な会談が出来ました。白雪様にはこの席を設けて頂けたこと……このホーネッツ、心より感謝を申し上げます」
すると、黙って八雲とホーネッツの会話を聴いていた白雪は、
「もう、いいのかしら?」
と問い掛ける。
「はい。今後、我が国はシュヴァルツ皇国との交易を公式に発表して参ります。まだまだやることは山積みですが」
「そう……ではシュヴァルツとの事についてだけ、そこのアメジストを頼るといいわ」
「なんと!?政には関わらないと仰っていた白雪様が、一体どういうことでしょうか?」
白雪は今までアルブム皇国の政には一切関わっておらず、そのことはホーネッツも弁えていた。
「この子が雪菜の夫でなければそこまで手は貸さないのだけど、シュヴァルツとは距離もあるわ。こちらの外交担当が間に立った方が早いでしょう」
「ほぅ♪ 白雪様の御子様の夫!それは初耳でしたなぁ♪ それは国を挙げてお祝いしませんとな!」
雪菜のことを知っているようで、まるで我が事のように盛り上がるホーネッツ。
「程々にしておいて頂戴。ところで九頭竜八雲……貴方アルブムはいつ立つつもりなの?」
そこで白雪は八雲がいつヴァ―ミリオンに戻るのか問い掛ける。
「そうだなぁ。三日後に此処を立って一旦はシュヴァルツに顔を出すよ。自分の国なんだから顔は出さないとね」
「そう……ではそれに合わせて準備をするとしましょう。今度は
と、白雪は相変わらずの無表情で返すが、
「ホントは俺と離れたくないだけでしょ♪ 素直じゃないなぁ―――ッ?!て、危なぁ!!!」
冗談で言った八雲の頬を『身体加速』ですらギリギリで回避出来た氷柱が弾丸のような速度で掠めていった―――
「チッ!……貴方、本当に命知らずね……」
「いや今舌打ちしたよね!?今の弾は洒落にならないくらいギリギリだったぞ!!!」
「ハ、ハハハ……」
ふたりのやりとりをホーネッツは最後に乾いた笑いで流すことしか出来なかった。
こうして、アルブム出発は三日後と決まり、また折り返し飛行の途中でシュヴァルツ皇国へ立ち寄ることを宣言した八雲だった―――