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第267話 血の総軍

―――その数にして十万はいるだろう真紅の兵隊が隊列を組んで丘を埋め尽くしているのを見て、空中で黒弓=暗影を握り締めながら驚愕の表情を浮かべるサジテールは、


【どういうことだ!?―――スコーピオ!フォーコンは女王と四騎士だけで外出しただけだと言っていただろう!!この兵の数……少なく見積もっても十万はいるぞ!!】


『伝心』で空から見えるフォーコン軍の、その桁違いの兵数にその声から焦りが滲む―――


【すまない……城を出た時には、確かに女王と護衛の四騎士だけだったんだ】


【―――サジテール!!スコーピオが言っていることは間違ってないよ!僕が見張っていて城を出た時から此処まで一緒に監視してたんだ!】


【そうです!スコーピオに落ち度はありません!】


サジテールから飛んだ叱責に、スコーピオを弁護するようにヘミオスとジェミオスが割って入る。


【……だったら、あの兵は途中で合流したのか?】


冷静さを取り戻したサジテールが落ち着いて問い掛けると、


【今……此処で現れた……】


【……は?……何を言って―――】


【―――本当です!あの女王が突然、馬車から降りてきて手首を切って血を流し出すと、その流された血が兵隊になったんです!】


ジェミオスの説明を『伝心』で聴いていた八雲達も、その現実離れした話に声も出ない……


そんな八雲の元に黒大太刀=因陀羅を肩に乗せたノワールがやって来ると―――


「遂に出してきたな……『血の総軍ブルート・アルメー』を」


「どういうことだ、ノワール?血の総軍ブルート・アルメーって?」


八雲の質問にノワールは全員に分かるように『伝心』で説明をし始める―――


―――フォーコン王国には国民である魔族で編成された正規軍が存在する。


―――しかし、それとは別にフォーコン王家の血に伝わる『血の総軍ブルート・アルメー』という自らの血から生み出す兵達の軍隊も存在するということを。


「血の総軍……たったひとりの吸血鬼が軍隊を生み出すっていうのか?」


突拍子もないノワールの話しを聴いていた八雲は問い掛ける。


「正確にはひとりではない。八雲、我等に近いほどの長い寿命を持ち、尋常ではない自己修復能力がある吸血鬼が死ぬ条件は何だと思う?」


「え?それは……なにか弱点があるとか?」


「そんなものはない。だが、吸血鬼は確実に代替わりしている。それは、吸血鬼の最後が子孫に自らの命を吸わせることで死を選ぶからだ」


「……自殺ってことかよ?」


「正確には自殺ではない。子孫に自身の血を吸われ、混ざり、そしてその血に加わることで継承を行うのだ。そしてその能力も同時に継承していく。吸血鬼は長い寿命に対して、その時間を無下に過ごすことに精神が耐えられなくなる……唯一それが弱点と言えば弱点だな」


「精神的な鬱に耐えられなくなって子孫に代を替わっていくのか……それと、あの大軍とどういう関係が?」


「血で生み出されたあの大軍は、その歴代の吸血鬼達が吸ってきた血だ。吸血鬼の王家となれば、太古から受け継がれてきた継承される血の数は尋常ではない。先祖から引き継がれてきたその血がすべて今の女王の元にある。そして吸血鬼は血を操る能力を持っている」


「俺の『創造』みたいなことを血で出来るって訳かよ……だから突然、この場で大軍が出現したのか」


ノワールの説明で納得のいった八雲だが、大百足『災禍』にフォーコンの『血の総軍ブルート・アルメー』、そして未だ健在のイロンデル軍と、一気に三点を相手にする状況は何も改善の兆しがない。


だが、そこで思いもよらないことが起こった―――


八雲の一撃で両断されて再生で二匹に分裂した大百足『災禍』だったが、その片方の新しい頭が生えた大百足が、身体を凍らせて覆っていた氷を砕き割ると何故か向きを変えて無数の足を蠢かせて走り出した。


「なんだ?どこに行くんだ?」


突然暴走したように走り出した半身から生まれた大百足二号が、全速力で向かっていく先には―――


「うわぁああっ!!!―――こっちに来たぞぉおおっ!!!」


―――再集結を始めていたイロンデル軍がいた。


その様子を見ていたマキシが八雲に告げる―――


「八雲君!―――あの大百足二号は斬られたことで【呪術カース】の紋様も途切れて、術が正常に働いてないんだ!あっちに向かったのは只人間が多いから『災禍』の本能のまま向かっていったんだよ!!」


「なんだと!?―――マジで暴走してるのかよ!」


―――マキシの説明に土煙を上げてイロンデル軍に突っ込んでいく大百足二号を睨みつける八雲。


その大百足には人間は只の餌にしか見えていなかった―――






―――その一方のイロンデル軍本陣では、


「何故だ!―――何故あの再生したヤツは儂の命令に従わんのだ!!」


ワインドは手にした黒いオーラを放つ水晶に何度も止まれと念じるが、その命令が届いている様子もなく土煙を上げながら自軍に迫る化物に焦りの声を上げた。


「陛下!―――このままあの化物が此方に飛び込んでくれば被害は甚大かと!ここはお退きください!!」


公国宰相デビロは焦りを浮かべる主君に撤退を進言する。


「戯け!ここまで来て引き下がってどうなる!!もう一度軍を再編して密集陣形ファランクスであの化物を止めるのだ!」


「陛下……」


血走った眼を大きく見開いて怒鳴りつけるワインドの姿を見て、デビロの脳裏にはイロンデルの滅亡という言葉が暗い胸の内にゆっくりと浮かんでくる。


そうしている間にも、大百足二号はイロンデル軍に到達するのだった―――






―――イロンデル軍の前衛では、


「うわぁあああ!!!―――もうダメだぁあああ!!!」


目の前に迫ってくる大百足二号が突撃してくるのを、草原を散り散りに逃げ惑うことしか出来ない。


三百m以上の巨体である大百足が無数の足で大地を高速移動しながら追撃してくるのだ。


人の足の長さで逃げられる相手ではない―――


―――そんなイロンデル軍の兵達が揉みくちゃにされて口元のハサミ型の牙で振り払われていくと、紙人形のように弾けて吹き飛ばされて人だった身体の一部が周囲に赤く散乱していった。


「も、もう―――ダメだぁあああ!!!お母さ―――んっ!!!」


そう言って目の前のいるガチガチと牙を鳴らす黒い恐怖の塊に命を刈り取られるしかないと思った兵達に、そのハサミ型の巨大な牙が振り下ろされた瞬間―――


「…………ハァ、ハァ……あ、あれ?―――ッ!?」


―――死を覚悟して両目を瞑っていたイロンデルの若い兵士の前に、迫っていた巨大な牙を両手で受け止めている蒼白いオーラに包まれた男の背中が見えた。


「フッ……あのお人好しめ♪」


離れた場所でノワールがその様子を見ながら笑みを浮かべてそう一言溢す―――


「あ……ああ……こ、こく……黒帝……陛下……」


「―――今のうちに、早く逃げろ」


―――巨大な牙を両手で止めているその握力で牙には亀裂が入り、指を喰い込ませて大百足二号の動きを止めている九頭竜八雲がいた。


「こ、こく、黒帝、陛下……ハァハァ……ど、どうして?」


食い殺される寸前で大地にへたり込んでいた兵達のひとりが問い掛ける。


「……これはもう戦争じゃない。『災禍』は『災害級の魔物』だ。そんなヤツ相手に死にたいか?―――いいからサッサと逃げろぉお!!!」


「ヒィイイッ!!!―――あ、ありがとうございます!!!」


八雲に怒鳴りつけられて、周囲にへたり込んで生き残っていたイロンデル兵達が慌てて立ち上がりながら脇目も振らずに逃げていく。


「さぁて……コイツ、どうするか……」


分裂するほどの圧倒的な自己修復能力を保有する生命力を目にして大百足を睨みつけるも、ここで『八雲式創造魔術』の超級殲滅魔術を発動すると助けてやったイロンデル軍の兵達もすべて巻き込んでしまう。


八雲がそう悩んでいると―――


【―――八雲様】


―――『伝心』で呼びかける声がする。


【―――アリエスか?どうした?】


【先ほど私が斬り落とした尻尾で試してみたのですが、地獄の業火ヘル・ファイアに対しては自己修復能力が追いつかずに自壊するようです】


【マジか!?―――ノワール!!!】


【ああ!―――こっちの方は我に任せろ!!!】


さきほどの総攻撃の際にアリエスが斬り落とした尻尾の部分を使って有効な攻撃を見出したことで八雲に光明が差す。


「―――今度こそ終わらせてやるぜ!!!」


牙を掴んだ手に力を込めて、八雲は大百足二号を睨みつけた―――






―――『災禍』との戦闘が行われているところから離れた丘の上で待機状態のフォーコン王国軍


「ハハハッ!―――どうですか陛下!あれが九頭竜八雲って男ですよ!」


ダルタニアンは馬上でイロンデル軍を救った八雲を指差してレーツェルに告げる。


するとアトス、アラミスから冷たい視線が向けられて、思わずダルタニアンが竦んでしまうが―――


「フッ……フフッ……」


―――レーツェルの唇から小さな笑い声が零れた。


「ダルタニアン……貴方の目は間違っていなかったようです……」


「はい!恐悦至極でございます」


深々と頭を下げるダルタニアンにアトスはフゥ……と溜め息を吐き、アラミスはギリッと厳しい視線のままだった。


「この後、黒帝陛下はどうなさるのかしら?」


レーツェルは再び無表情に戻り、ダルタニアンに問い掛ける。


「まず、あの『災禍』を倒します」


「―――倒せるのかしら?相手はあの『災禍』ですよ?」


レーツェルの続けての質問に―――


「―――必ず!!」


―――自信をもって答えるダルタニアンを暫く見つめて、レーツェルは再び八雲へと視線を向けるのだった。


その口元が少しだけ期待を込めているような笑みを浮かべながら……



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