目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第269話 敗北宣言

―――大百足の『災禍』討伐を漸く終えた八雲達だったが、


草原にはまだ混乱しているイロンデル軍と、丘の上には女王の血から生まれ出でた血の総軍ブルート・アルメー十万の軍勢が八雲達を窺っている―――


「―――陛下!!!」


そこにラースに託していたシュヴァルツの黒麒麟による騎馬隊が合流してきた。


「陛下、ご無事で何よりです!」


「ああ、こっちは片付いたよ。しかし、これからがまた問題だな」


「イロンデル軍は浮足立ったままです……攻めるなら今だと思いますが」


ラースの進言は的を射ている意見だったが、八雲はさっき『災禍』から助けてしまった兵達にこれ以上攻め込むのも気が引けていた。


「もうワインドだけサッサと討ち取って帰るか」


「エエッ!?―――ですが陛下なら、アッサリと首だけ取って来そうで怖いですね……」


驚いたラースだったが八雲ならどんな障害も物ともせずに暗殺してきそうで妙に納得してしまった。


その時―――


「―――陛下。イロンデル軍から使者らしき一団が接近して参ります」


―――第三皇国騎士団長のウォルターが、ジェントルマンな雰囲気を醸し出しつつ丁寧に八雲へと報告する。


「使者?……停戦の申し出かな?」


「会ってみなければ何とも……ところで陛下、其方の仮面を着けた方々は?」


「えっ?分からないのか?」


ラースが狐の面をして戦隊物のヒーロー……いや、ヒロインのように集合しているノワール達を指差して問い掛けてくることに八雲は驚く。


―――するとノワールが近づいて来て八雲の耳元でそっと囁く。


「……八雲。この仮面には認識阻害ジャミングの魔術を施してあるのだ。お前が他国の介入には敏感になっていたからな♪」


「おお、そうなの?……リアルで正体不明の正義の味方かよ。でも気を使ってくれて、ありがとうな」


ラース達にはノワール以外は八雲の冒険者仲間といった形で説明しておき、その間にもイロンデル軍から向かってきた使者達が八雲達の元に到着した。


使者としてやってきた男達の先頭は身体の前で両手を白い布で縛り、まるで囚人のような姿で八雲の前にやってきた。


なんで?―――といった表情をしていた八雲の傍にイェンリンがそっと近づいて、


「―――あれは降伏の意思表示だ。地位の高い者が白い布で両手を縛ることで抵抗する気はないという意味だ」


と別世界から来た八雲に、この異世界で言うところの白旗と同義の行為だということを教えてくれた。


「なるほどな……白旗みたいなものか。何かのプレイかと思った」


「―――ちょっと八雲、こんな時に何言っているの?そんなこと考えるなんて/////」


(いや、お前がいつも言ってるんだろ!ってか、顔赤くすんな!―――帰ったら縛ってやる!)


真面な顔をしてツッコミをしてきた雪菜に心の中でツッコミを入れながらジト目で見つめる八雲……


両手を白い布で縛り、八雲の前に膝をついた男は―――


―――イロンデル公国宰相デビロ=グラチェ・エンドーサだった。


「……お前は誰だ?」


イェンリンから地位の高い者が縛られると聞いていたので、まずは身分確認を行う。


「……黒帝陛下には初めてお目に掛かります。わたくしはイロンデル公国宰相デビロ=グラチェ・エンドーサと申します」


そう答えて深く頭を下げるデビロに、国の宰相が敵陣まで屈辱的な降伏の意思表示をしてやってきたことに八雲は少なからず驚いていた。


「俺が九頭竜八雲だ。それで、エンドーサ殿。その姿は降伏の証し、と見て間違いないか?」


「はい。イロンデル公国は……黒帝陛下に対して全面的に―――降伏致します」


頭を下げたままそう宣言するデビロに八雲は違和感を覚えた。


「それはワインド公王の意志と受け取って問題ないのか?」


その問い掛けに一瞬ビクッとテビロが肩を小さく震わせたことを八雲は見逃さない。


「……いえ……ワインド公王の意志ではございません。すべてはわたくしの独断でございます」


「―――宰相の?公王の意志に反して降伏するって言うのか?」


そこで少しの合間、黙り込んでしまったデビロだったが、


「ワインド公王は……ご逝去なさいました」


静かにそう答える。


「―――ッ!?……はぁ?おい……どういうことだ?」


そう問い掛けながら八雲は黒い狐面、いやサジテールに視線を送り、誰かが暗殺に動いたのかという視線の問い掛けに対して彼女は黙って静かに首を横に振る。


「先ほど……ワインド公王のいる本陣に賊が侵入し、その場で……陛下を殺害……逃走致しました」


「賊だって?……詳しく話してくれ」


そこでデビロは、イロンデル軍本陣で起こった出来事を事細かに説明していった―――


―――大百足の『災禍』はワインドが操っていたこと


―――その操るための水晶を与えた狐耳の獣人の女が本陣に現れたこと


―――その女が手にした煙管の一撃でワインドの頭を粉砕、そして水晶を回収してその場から消えたこと


傍から聴いていると信じられないような出来事を話すデビロに訝しげな視線を向けていた八雲だったが、最後にその女がアンゴロ大陸に戻ると言い残したことを聴いて葵を思い浮かべる。


【―――葵、聞こえるか?】


『伝心』で葵に問い掛ける八雲。


「―――はい、お傍におりまする」


「うおっ!?―――なんだ、いたの!?ストーカー?」


葵はノワール達と共に地上に降りていたが、万一のことがあれば参戦しようと《認識阻害《ジャミング》》の魔術で控えていたのだ。


しかし、葵の姿を見たデビロは―――


「貴様!!―――あの女の仲間かっ!?」


―――と、巫女服姿の葵に身体を仰け反らせて驚き、そして睨みつけた。


「お前……イロンデルの公王を手にかけたのは妾のような狐の獣人であったと言ったな?その容姿を詳しく申してみよ」


静かに、そして鋭い視線で葵に申し付けられたデビロは、途端に全身を恐怖が包み込み、震える声で語りだした。


「あ、あの女は、な、長い黒髪の、その服に似たような雰囲気の、黒地に……炎のような模様が入った服の……美しい女だった……」


デビロの言葉を聴いていた葵は八雲に向かい、


「その女……妾に『災禍』になる術を仕掛けた妖狐で間違いないかと」


「そうか……あの時言っていた妖狐か。でも、そいつはアンゴロ大陸に帰るって言っていたってことは、もう近くにはいないだろうな」


「相手は妾に術を施すほどの使い手……油断は出来ませぬ」


「確かに……でも、今はこの状況の収拾が最優先だ」


八雲がそう言った矢先にラースが叫ぶ―――


「陛下!―――フォーコン軍が前進を開始致しました!!」


「―――ここで動くのかよ!いや、俺でもこれだけ混乱していたら動くな……むしろ今までよく待ってくれたもんだ」


「―――感心している場合じゃないぞ八雲。どうする気だ?」


ノワールがせっつくように八雲に問い掛ける。


「向こうは只ゆっくりと前進しているだけみたいだな……よし!ラース!!」


「ハッ!!―――如何致しますか?」


「ラースは引き続き全軍の統制を行って陣形を整えておいてくれ。いつでも突撃出来るように」


「畏まりました!それで、陛下は?」


「ん?俺?……俺は―――」


すると八雲は指笛を吹いて軽快な音を響かせると、八雲専用の黒麒麟が駆けてくる。


「俺は―――美人だっていうフォーコンの女王の顔を拝みに行ってくる♪」


「ハッ!―――は、はぁ!?え?女王の顔を拝みに?……ハァ……陛下……」


ラースは相変わらずの八雲の破天荒な行動に最早溜め息だけが漏れる……


「待て!八雲!―――面白そうだ!レーツェルの顔を拝むのは我も久しぶりだし、ついて行くぞ♪」


「おっ!それじゃあ、ふたりでデートに行きますか!」


ノワールのために黒麒麟を『収納』から取り出すと、二頭の黒麒麟で並んでフォーコンの赤い大軍へと向かうのだった―――




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?