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第270話 黒帝と吸血鬼女王、戦場に立つ

―――レーツェルを先頭にゆっくりと行進するフォーコンの『血の総軍ブルート・アルメー』十万の軍勢。


丘の頂から下っていく軍勢によって、大地は赤く血で染まっていくかのように広がっていく―――


その先頭を真っ赤な騎馬に騎乗して進む吸血鬼の女王レーツェル。


そのレーツェルに付き従う『吸血鬼騎士団ヴァンパイア・ナイツ』の四騎士―――


―――アトス


―――アラミス


―――ポルトス


―――ダルタニアン


静粛と規律正しく行進する赤い大軍勢の前に向こうから近づく黒い騎馬を見止めると、


「……全軍、停止しなさい」


女性のか細い声で出された命令にも関わらず、その命令に全軍が一斉にその場で停止した……


―――その十万の大軍勢の前にたった二騎で近づくのは、


「九頭竜……八雲」


レーツェルはその接近してくる黒麒麟に騎乗する八雲に視線を定めて見つめていた―――






―――そうして十万の真っ赤な鎧に身を包んだ軍勢の前までやってきた八雲とノワール。


「うわぁ……これは近くで見ると益々スゴイ迫力だな……」


「気を抜くなよ?八雲。レーツェルは一筋縄ではいかんぞ」


ノワールに諫められて八雲は改めて吸血鬼の女王に視線を向けた―――


―――毛先が赤く染まっている長い白髪、


大きな紅い瞳で真っ白な素肌をしたこの世のものとは思えないほどの美女……


―――白銀の鎧に身を包み真っ赤な馬に跨り、背筋を伸ばして此方を見つめている。


(うわぁ……ダルタニアンが言っていたように、ホント美人だなぁ……)


見惚れるほどの美女に八雲がボォ~としていると痺れを切らしたのか、まずはアラミスが大きな声を上げる。


「フォーコン王国女王レーツェル=ブルート・フォーコン陛下の御前である!まずは名を名のられよ!!」


アラミスの声にハッと我に返った八雲が―――


「失礼した。俺はシュヴァルツ皇国皇帝―――九頭竜八雲だ」


―――キリッと顔を引き締めって名乗った。


「初めまして……レーツェル=ブルート・フォーコンです。黒帝陛下には初めて御目に掛かりますわね。其方の方は……」


レーツェルがノワールに視線を向けて問い掛けると、


「―――久しぶりだな!レーツェルよ!」


と、軽快に友達みたいなノリで挨拶をするノワールに、アラミスの額に青筋が走る―――


「―――貴様ぁ!!フォーコンの女王陛下に対して何たる言動!!」


「ちょっと!ノワールさん!―――お面!お面!認識阻害ジャミングでジャミってるから!!」


アラミスの表情に焦った八雲が隣のノワールに認識阻害ジャミングの掛かった黒い狐面を指差す。


「おおっ!忘れていたな―――これなら、分かるか?」


そう言って狐面を取った顔を拝んだレーツェルは、それでも無表情を変えることなくノワールに、


「これは黒神龍様……ご無沙汰致しております」


と挨拶を告げると今度はアラミスが焦りだした。


「黒神龍様!?―――ご無礼を!申し訳ございません!!」


まさか皇帝の護衛程度に思っていた女がオーヴェストを縄張りとする神龍の一柱である黒神龍とは思っていなかったアラミスは、いきなり致命的なミスを犯したがノワールは特に気にはしていなかった。


「八雲が我の御子だということは知っているな?レーツェル」


ノワールはそのままレーツェルに問い掛ける。


「……承知しております」


静かに答えるレーツェル―――


「イロンデル公国の公王ワインドは死んだ」


―――続けて先ほどデビロより知らされた事実をレーツェルに告げる八雲。


「それは知りませんでした……貴方様が首級を上げたのですか?」


その事実に四騎士のアトスとアラミスは驚き、ポルトスは険しい表情を見せ、ダルタニアンはニヤケ顔をしている中で、至って冷静な声で無表情のレーツェルが八雲に問い掛ける―――


「いや―――俺じゃない。さっき見ていただろ?あの暴れていた大百足の『災禍』をワインドに貸し与えた怪しい女がいて、そいつがイロンデルの本陣に現れたかと思うとワインドを殺害したそうだ。今、俺達のところに宰相のエンドーサが降伏の意志を示してやって来て、そう話してくれた」


―――八雲はデビロから聴いた話しを掻い摘んで説明する。


「まぁ……なんてことでしょう……」


「―――いやそんなに驚いてないよね?」


無表情のレーツェルに思わずツッコミを入れる八雲―――


―――そしてその態度に視線が鋭くなるアラミス。


「フフッ……」


すると鋭い八雲のツッコミを受けてレーツェルが笑い声を漏らしたことの方に四騎士達は驚く。


人前どころか自分達の前でも笑い声などなかなか漏らさないレーツェルが、最近は八雲絡みの話しに笑みを溢すことが増えていた。


「ああ~それで、その……女王陛下は、まだこの戦争を続けるお心算で?」


恐る恐るといった雰囲気で八雲がレーツェルに問い掛ける。


「そうですね……どう致しましょうか……此処まで来たのは、イロンデルとの条約があったから出向いただけのこと……その条約の盟主たるワインド陛下が逝去したということであれば……戦う理由はありませんね」


レーツェルの言葉に八雲は内心ホッとするのだが―――


「―――でも……それでは、面白くありませんね」


―――と付け加えられた言葉に、一気に八雲の脳内で警報が鳴り響く。


「それは―――まだ、この不毛な争いを続けると?」


慎重に言葉を選んで問い掛ける八雲だったが、レーツェルは少しその真紅の瞳を細めて、


「因みに……もしも私が退かないと申しました場合……黒帝陛下はどうなされるお心算でしょうか?」


無表情で挑発するような言葉を返してきた。


レーツェルの血のような真紅の瞳を見つめ返して、その真意を測ろうとする八雲だが最強のポーカーフェイスを見せるレーツェルの真意を読み取ることは出来ない。


―――冷静に考えれば、レーツェルにとって軍事介入出来るタイミングはいつでもあったはずなのに、敢えて静観を続けていた。


だったら侵攻は目的ではない?それならば、己の持てる全力を持って此方の意志を示すのみ―――


―――八雲が騎乗したまま後ろを振り返るとラースを先頭に漆黒の黒麒麟に跨る騎馬隊のシュヴァルツの騎士団長達が意気揚々と八雲の指示を待っている。


―――またそこで面を着けたイェンリン達もいつの間にか黒麒麟に跨り、特にイェンリンは突撃の号令はまだか?まだか?といったギラギラした目つきを八雲に向けている。


そんな頼もしい仲間達の様子に八雲は―――


「ハハハッ!―――俺がその時にどうするか、だったか?……その時は、俺のすべてを懸けて本気で相手してやるよ!!」


(もう国際情勢だの他国の介入だの気にするのはやめだ!―――こっちの方がよっぽど俺らしい)


そう啖呵を切った八雲に四騎士と十万の軍勢が一気に殺気立つ―――


「いるな?―――ディオネ!」


『―――はい、マスター』


―――八雲の問い掛けに空から拡声スピーカー魔術で大きくされたディオネの声が響き渡る。


突然響き渡った声にフォーコンの四騎士達は周囲を警戒する―――


八雲は此処にノワール達が集団で現れた時点で、天翔船黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーで来ていることは推測していた。


認識阻害ジャミングを解除しろ!―――黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの雄姿を示せ!!」


その声を聴き、ディオネが認識阻害ジャミングを解除すると―――


―――漆黒の騎馬隊の上空にフォーコンの血の総軍ブルート・アルメーに対して正面を向いた巨大な天翔船黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーが姿を現す。


八雲の背後にその雄姿を現して地上の漆黒の騎馬隊と共に雄大な力強い景色を見せていた―――


―――その天に浮かぶ巨大な漆黒の船を目の当りにして、流石のレーツェルも瞳を大きく見開き驚愕の表情を浮かべている。


レーツェルだけではない―――


黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーを見たことのあるダルタニアン以外のアトス、アラミス、ポルトスも驚愕の表情で巨大な船の雄姿を見つめていた。


「もう隠し立てするのも面倒だ!―――もしもまだ続けるなら、あの天翔船の全火力も使用するし、あの船に乗る他の神龍達と眷属の力も借り、それらを総動員して相手しよう!!とことんまでやってやるよ!!!」


そう言い放ち笑みを浮かべる八雲にアトスとアラミスは険しい顔を見せるが、言い放たれたレーツェルは驚いた顔から次の瞬間―――微笑みを浮かべる。


レーツェルの微笑みに今度は八雲が驚いたが話しを続ける―――


「でもレーツェル陛下、こんなところで戦争なんかやっていると他にも面白いものがあるのに、それが見られなくなるのは勿体ないと思わないか?まだまだこの世界には面白いものがあると、知らないままであんたは終わるのか?」


―――八雲はレーツェルの興味を引き出そうと笑顔でそう告げる。


「フフッ……ああ、なるほど……黒帝陛下は本当に面白い御方ですわね……確かに此処で神龍様と眷属まで相手にして滅びるのは面白くありませんわ……ですが、此処まで来て何もないというのも面白くありません。どうでしょう?……イロンデルの今後を賭けて勝負を致しませんか?」


「イロンデルの?―――どういう意味だ?」


「……ワインド公王が崩御したとあればイロンデルは混乱の一途を辿るでしょう……そうなれば隣国である陛下のシュヴァルツや、私のフォーコンにも……難民や要らぬ火の粉が飛んで来ないとも限りません」


「ああ、それは確かに……」


「そこで、互いに代表者を出して一騎打ちと致しましょう。そうして勝った方がイロンデルを好きに出来るというのは如何でしょうか?」


「おい、イロンデルにも残った王家がいるだろう?こんな戦場で勝手に国のことを此方で決めるのか?」


「弱肉強食は世の常……下手に混乱して虐げられるよりも、強者の庇護下に入って安定した生活を送ることを……民達も望むでしょう」


レーツェルの言う事は尤もだが、


「少し待ってくれ。此方に降伏の使者として来たイロンデルの宰相エンドーサにこのことを伝える」


「よしなに……」


そこで降伏してきたイロンデル公国宰相デビロがこの場に連れられて来ると、突然のレーツェルの提案を聴かされ、驚愕することになるのだった―――




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