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第274話 イロンデル戦後処理

―――八雲が雪菜、マキシ、フォウリンと乱れ合っている頃


天翔船黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの別の広間では―――


ノワールとアリエスにクレーブス、そして紅蓮、イェンリン、ブリュンヒルデが並んで席に座り、そして向かいには白雪とダイヤモンドにセレストとイノセントが席に座って大きなテーブルに集っていた。


「―――集まってもらったのは、八雲のあの『創造魔術』についてだ」


まず口を開いたのはノワールだった。


「ふむ……ブリュンヒルデ。お前あの時、八雲に向かって止めるように叫んでいたな?以前にも見たことがあるのか?」


イェンリンの問い掛けにブリュンヒルデが一瞬息を呑んだがゆっくりと頷いて、そこから説明を始めた―――


―――イェンリンの解呪のために向かったフォンターナ迷宮で、八雲が発動した時に初めて見たこと。


―――その世界創造に近い強大過ぎる力に脅威を感じたことなど正直に話す。


「―――余が【呪術カース】で眠っている間に、そんなことがあったのか」


イェンリンは残念そうな表情をして、そう口にすると紅蓮は難しい顔をしてノワールに視線を向ける。


「ノワール。貴女も見るのは今回が初めてなのよね?」


「―――ああ。あの決闘の際に八雲から観客席に障壁を張って欲しいと『伝心』で伝えられて咄嗟に障壁を張り巡らしたが、下手をしていたらあそこにいる者達も建物も一瞬で焼け野原になっていてもおかしくはなかった」


ノワールの神妙な顔をアリエスは不安気に見つめる。


「……『七重高速同時魔術詠唱セプタプル・キャスト』なんてね……あの子はその事の意味を理解しているのかしら?」


白雪のその疑問にクレーブスが発言する―――


「―――いえ、おそらく八雲様はご存知ではないと思います。この世界の歴史に残る魔術詠唱限度が『六重高速同時魔術詠唱セクスタプル・キャスト』だということは……」


この世界の魔術詠唱限度は、『六重高速同時魔術詠唱セクスタプル・キャスト』が歴史に残っている。


しかし、それも太古の伝説級の物語の中であり、現在ではレベッカの『四重高速同時魔術詠唱クアドラプル・キャスト』でも歴史的な記録と呼ばれ、天才の誉れを受けるほどの超高等魔術詠唱なのだ。


「いずれにしても……あの能力は、この世界の枠から外れた神に近い能力だということは本人に話しておいた方がいいでしょう」


セレストはそう告げながらノワールを見つめる。


「ああ、このことは我から八雲に伝えておこう。しかし……あいつは一体どこまで強くなるのだろうな?」


ノワールが天井を見つめながら、そう呟くとイェンリンは笑いながらノワールに伝える。


「ハハハッ!―――正妻のお前がシッカリと尻に敷いておかないと、アイツはどうなるか分からんぞ!余も、他の『龍紋の乙女達クレスト・メイデン』もいるのだ。それに何より八雲は我等と幸せに過ごすことを望んでいる。ならば、それを支えて共に生きていけばいい!我等の夫は何者にも屈することのない男なのだからな」


イェンリンのその言葉にノワールもハッと我に返ったような表情をして、


「フフッ……当たり前だ!我が見つけた御子は誰よりも強く!誰よりも優しい男なのだからな!!」


龍紋の乙女達クレスト・メイデン』のトップであるノワールの自信を取り戻したような言葉に、同じテーブルに着いていた乙女達は頷いてみせるのだった―――






―――そうして翌日、8月30日


イロンデル公国の首都アンドリーニアの上空に巨大な漆黒の空飛ぶ船が出現したのは朝陽が空に昇り切っている、街が動き始めて少ししたくらいの時刻だった―――


「な、なんだ!?あれは―――」


「デ、デカいぞおぉ!!―――空を飛んでるうぅ!!!」


「どこかが攻めてきたのか!?―――軍はどうしたんだ!?」


「ダメだあぁ!!―――今はシュヴァルツ攻略に城の兵士殆どが出ていっているぞ!!!」


―――案の定、地上の首都では黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの雄姿に大混乱が起こっており、城の兵がシュヴァルツに向けて遠征に出ていることも重なって絶望感が広がっていた。


―――そして、


首都の中央にあるロンディネ城のバルコニーでは―――


「あ、あれは!?……まさか、報告のあった黒帝の天翔船とかいう空飛ぶ船ではないか!?父上が戦利品として奪ったのか?そうでなければ……」


―――不安に満ちた表情を浮かべて黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの雄姿を見つめるのは、イロンデル公国第一王太子であるカイレスト=ゴロク・イロンデルだった。


「王太子殿下!此処におられては危険です!!一旦、城の中へ―――」


迫りくる黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーに護衛の兵達はカイレストに城内への避難を促すが、そこに空中から人影が飛び降りてきた―――


「よっと!―――初めまして王太子殿下」


「き、貴様!何者だ!!―――イロンデルの王太子カイレスト=ゴロク・イロンデル王太子殿下の御前と知っての狼藉か!!!」


カイレストの前に飛び出て、護るようにして取り囲む衛兵達は、空高くから下り立ってバルコニーの手摺りに立った金の刺繍を鏤めた漆黒のコートの男―――九頭竜八雲に向かって腰の剣を抜いて向けていた。


「俺はシュヴァルツ皇国皇帝……九頭竜八雲だ」


「こ、黒帝陛下!?で、ではやはりあの空飛ぶ船は黒帝陛下の……」


カイレストは驚いた表情で固まっていたが、八雲はそこから続けて語り始める。


「カイレスト王太子、あんたの親父と戦争をしていた俺が、今こうしてイロンデルの首都まで来ていることの意味は―――分かるだろうな?」


「ウウッ?!―――そ、それは……父上は負けた……ということか?」


「いや、戦中に賊に襲われて命を落とした……その点についてはお悔やみを申し上げるよ」


「なっ!?賊に……だと……なんということだ……国の財務を圧迫してまで出征していった結果がこれか!!愚かな!!!」


カイレストの言葉に、八雲はこの王太子の人柄を見るように問い掛ける。


「王太子は今回の戦争、反対していたのか?」


「……今更言い訳と取られるでしょうが、はい、その通りです。そのせいでこうして城で留守番をすることとなりました。今は農作物に手を追われる時期だというのに、働き手を一手に兵隊として徴兵し、ましてや大国となったシュヴァルツ皇国に戦争を仕掛けるために策謀を張り巡らすなど愚の骨頂……その結果が賊に襲われて急逝とは……あまりに愚か過ぎるでしょう」


八雲はカイレストの性格などを予め宰相のデビロに訊いていた。


本来はデビロがカイレストに説明して、今後のことについて申し伝える予定だったが、バルコニーから此方を見ている人物を見つけて八雲は自ら飛び出してきたのだ。


「詳しい話はあの船にエンドーサ殿が乗っているから彼から聴いてくれ。それとフォーコンのレーツェル陛下も来ているから、部屋を用意してくれるか?」


「デビロが!?それにフォーコンの女王陛下まで?!―――わ、分かりました!詳しいことは後ほど伺います」


慌ててカイレストは近衛兵に会談の場の用意を申し付けるのだった―――






―――八雲のファーストコンタクトの甲斐もあって、その後の賠償問題についてデビロから話しを聴いたカイレストは自らが表に立って八雲との交渉を行っていった。


「黒帝陛下のご温情、痛み入ります。ですが―――国の予算の二割というのは、無理でございます」


会談用に用意された広間のテーブルには八雲とレーツェルに四騎士達が着き、イロンデル側にはカイレストとデビロ、そして各部門の大臣らしき者達が席に着いていた―――


「―――無理だと言われても俺には分からない。具体的に理由を説明してくれ」


―――八雲が返答すると、デビロの目配せで財務に関わる大臣がその場に立って説明を始める。


財務大臣曰く―――


―――今回、ワインド公王の無謀な徴兵と出征による遠征費が膨大な金額に上ったこと。


―――国民の物資も搾取して国内の物価も高騰していること。


―――その財政の立て直しのために国庫を惜しまず使わなければ、国自体が成り立たなくなるという状態だということ。


それらの説明を終え、件の国家の予算二割を賠償に充てては国が立ちいかないといった話だった。


「でも、それって戦争を仕掛けられた俺には関係なくない?」


八雲の言い出したその発言に場が凍りつく―――


勿論、八雲の言っていることは正しく正論だ。


自分達から戦争を仕掛けておいて、金がないから賠償も出来ないでは話にならない。


「まったく痛みを伴わずに戦争をなかったことになんか出来ない。そんなことは分かっているだろう?」


八雲は鋭い眼差しでカイレストを睨む。


「黒帝陛下の言われる通りだとは思います。勿論、このまま何もしないなどということはございません!ですが、どうか賠償金については今一度ご検討を願いたい。でなければ……黒帝陛下も次に交渉する相手が私ではなくなっているかも知れません」


カイレストは、国が破綻すれば己がこの国の王でいられる保証はどこにもないのだから、そこからまた新たな指導者が立ち、改めてその相手と交渉する羽目になるということを暗に臭わせているのだ。


そうなると、再び交渉のテーブルに着かなければならなくなり、それに比べればカイレストとこのまま交渉を続ける方がその手間が省けるだろうと言っているに等しい。


(この王太子……まるっきり気弱なバカ王子という訳じゃないらしい……ゲオルク君に爪の垢でも煎じて飲ませてやろうぜ!)


と、内心ではカイレストに感心しつつも、交渉は終わっていない。


光明の見えない中でレーツェルがイロンデル側に話し出す。


「それでは……イロンデルの支払う国家予算の二割を五年分……フォーコンが立て替えましょう」


「……はぁ!?」


「―――レーツェル女王陛下!?いま、なんと仰いましたか!?」


―――突然の申し入れに八雲とカイレストはほぼ同時に声を上げる。


「あくまで立て替えるだけです……その五年の間に王太子はイロンデルを立て直しなさい。そうして六年目からはフォーコンにその立て替えた賠償金を一割で十年、という形で支払いなさい。それくらいは出来るでしょう?」


「いや……レーツェル陛下!?それは―――」


八雲がそれでいいのかと話しをしようとしたところ、


「―――黒帝陛下、今回の件は私もシュヴァルツへの侵攻を促す条約に加担した責任があります。ですから……どうかお気になさらず……お収めくださいませ」


「……本当にいいのかよ?」


レーツェルに重ねて確認する八雲だったが彼女は微笑みながら、


「それくらいのことでフォーコンは揺るぎません……四百年以上も国を治めてきたのです。そのくらいのこと問題ありませんわ。それに……こうしておけば、また黒帝陛下とも懇意にすることが出来るでしょう。私を楽しませてくれるといった言葉、どうかお忘れなきよう……お願いしますね」


「オゥ……何故だか変なプレッシャーを受けた気がするけど……分かった。俺の方はそれでも問題ない」


八雲がレーツェルの提案を受けたことで、カイレストはレーツェルに深々と頭を下げた。


「女王陛下!―――この御温情、生涯忘れは致しませぬ!感謝申し上げます」


だが、そこでレーツェルの無表情な顔がカイレストに思わぬ条件を言い出した。


「但し……この提案を受けるに当たり、フォーコンとイロンデルとの不可侵条約は撤廃して頂きます」


「なっ!?条約の撤廃ですと!?―――何故ですか!?」


カイレストはフォーコンと長年続いてきていた互いの不可侵条約の撤廃宣言に驚愕する。


「これからは債権者と債務者の関係になるのですから……万一支払いが滞るような事態に陥った場合……イロンデルを滅ぼせないという条約は……必要ありませんでしょう?」


その言葉に部屋にいる全員が凍りつく―――


(―――レーツェルの狙いはそれだったのか。平和を願う条約を盾にして今回のような戦争へ誘ってくるバカが出てきても、対処出来るようにしておきたかったんだな)


―――八雲はここにきて自国のために条約破棄を持ち出したレーツェルを喰えない女王だと内心でほくそ笑む。


そのレーツェルの提案を飲むことしかできないカイレストは、


「承知致しました……長年続いてきた不可侵条約をわたくしの代で潰えることになるのは誠に遺憾ではございますが……我が国はこの窮状を切り抜けねば未来はありません。その条件、承りました」


レーツェルの提案を承諾し、これで戦後処理についての話し合いは幕を下ろすこととなる―――






―――話し合いも終わって、すぐに八雲はフォーコンへ立つことを決める。


カイレストとデビロに見送られて出国する際に―――


「―――なあ、王太子殿下。ティーグルと整備した道を繋がないか?」


―――と提案する八雲。


「道、ですか?」


突然の提案に驚いて訊き返すカイレストに八雲は説明する。


「既にシュヴァルツ皇国内の道路は整備を終えていて、警備府という盗賊対策の軍施設も彼方此方に建てて設立してある。その道をイロンデルまで伸ばして、街道整備を行えば、経済的にも流通が上手く回っていくだろう?」


「たいへん有難いご提案ではありますが……先に話した通りイロンデルの国庫は現在、空に近い状況です。街道の整備に費やす予算など―――」


「―――ああ、そっちはうちでやるよ。警備府も建てる。その警備府の警備兵だけそっちで用意してくれればいいから」


「ええっ!?ほ、本当に、そのような条件で、よろしいのですか?」


レーツェルに翻弄されて少しは人を疑うことを覚えたのか、八雲に重ねて確認するカイレストに、


「ハハハッ♪―――本当だって!俺はこのオーヴェストを楽しく生きられる場所にしたいんだ。そのためには街道の整備も惜しまないし、他の国との繋がりを広げていけば、今回のような疑心暗鬼な戦争も起こらなかったと思う。だから、王太子は街道整備を了承してくれるだけでいいんだ」


「黒帝陛下……分かりました。街道については陛下にお任せします」


「よし!それじゃあこっちの準備ができ次第、街道整備の作業に入らせてもらうよ!」


実は既に八雲はレオパール、フォック、ウルスとの街道整備も話がついていた。


そうしてシュヴァルツ皇国に道を繋げて、オーヴェスト全体の経済発展を狙っているのだ。


「さあ、フォーコン王国へ向かおうか!!!」


天翔船黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーに乗り込み、次は一路フォーコン王国へ向かう八雲だった―――



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