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第281話 特区に新たな商会を

―――ディオネと結ばれてから、暫く日が経った頃


『黒神龍特区』の上空に天翔船雪の女王スノー・クイーンが差し掛かり、その巨大な艦体の影を黒龍城に落としていた―――


「おっ!―――どうやら着いたみたいだな」


黒龍城の中庭のテラスでノワールとアリエス、白雪に雪菜と共にお茶を楽しんでいた八雲が、上空に見えた雪の女王スノー・クイーンを見上げながらそう告げると、


「帰ってきたんだね♪ 確か今回の輸送は―――」


―――雪菜が一緒に見上げながら言い掛けた言葉は、


この後に全員が知る事となるのだった―――






―――黒龍城の横にある空港区画に到着した雪の女王スノー・クイーンのところに、出迎えに向かった八雲達の前に現れた人物は、


「―――此処がシュヴァルツ皇国♪ あら♪ ヴァイスのお店以来ですわね。九頭竜様♪ お約束通り、シュヴァルツに参りましたわ」


「ようこそ!―――マダム・ビクトリア」


雪の女王スノー・クイーンから降りてきたのはアルブム皇国の首都ヴァイスで、商人ギルドの代表を務めるマダムことビクトリア=ロッテンマイヤーだった。


レギンレイヴとアルヴィトとのデートの際に、マダム・ビクトリアのことが気に入ってシュヴァルツで商売をしないかと誘ったのは八雲だ。


その約束通りマダム・ビクトリアは物資輸送のために一旦アルブム皇国に戻った雪の女王スノー・クイーンに同乗して、シュヴァルツ皇国へとやってきたのだ。


「わぁ♪ お久しぶりです、ビクトリアさん!」


嬉しそうに駆け寄ったのは雪菜だ。


「これは雪菜様♪ お互い随分と遠いところでお会いしますわね♪」


「アハハ♪ 本当ですね♪ 八雲がビクトリアさんをシュヴァルツに誘ったって聞いた時は驚きました」


「ウフフッ♪ 九頭竜様とは、いえシュヴァルツ皇国とは今後とも良き関係を築いて参りたいと思っておりますわ」


その場にいる者との挨拶を終えて、八雲は早速ビクトリアを連れてティーグルの商人ギルドへと向かうことにした―――






―――ティーグル公王領首都アードラー商人ギルド本部


「こんにちわぁ~!ミューエ代表はいますか~!」


本部の前にキャンピング馬車を止めて、商人ギルド本部の扉を開いた八雲は受付嬢に笑顔で問い掛ける。


しかし―――


「ヒェエッ!?―――こ、黒帝、陛下!?……ほ、本物?あの、えっと、しょ、少々お待ちくださいませぇえ!」


八雲の顔を見た受付嬢は、扉を開いて入ってきた人物がシュヴァルツの皇帝などというドッキリ企画の様な状況に顔面蒼白になり、すぐに奥のギルド長を呼びに急ぎ走っていく。


「……人の顔見てあれは失礼じゃね?」


「我の夫が男前過ぎて心臓が止まりそうになったのだろう!可愛いではないか♪ 些細な事は気にするな♪」


「いや、そんな乙女チックなエフェクトが出てる様には全然見えなかったんですけど?」


ホワァ~ン♡ とした桃色の花柄背景が見えそうな表情をしていたならば八雲もノワールの言い分に納得がいくが、さっきの受付嬢はどう見ても「ヤバい奴キタ―――ッ!」というくらいの青い顔だっただけに、少なからずショックを受けていた。


そうして待つこと数分―――


―――ドタバタとした足音と共に、ひとりの男が本部のエントランスに走り込んできた。


「ハァハァ!お、お待たせ致しました!―――黒帝陛下!!」


その場に現れた男こそ、ティーグル商人ギルド代表ヤン=ジュリアス・ミューエである。


ティーグル皇国商人ギルドのギルド長であり、三十六歳で代表を務め、セミロングの金髪で蒼い瞳をした優男だ。


商人ギルドを統括し、『黒神龍特区』の湖で生息していた古代魚を八雲が仕留めた際にそれを買い取りして、商人ギルドの登録をギルドカードに行ってくれた人物である。


「お久しぶりですミューエギルド長。突然お邪魔してしまって悪いね」


「いえいえ!しかし、態々此処まで陛下からご足労頂かなくとも、御用があればわたくしから参りましたのに……」


申し訳なさそうなヤンの表情を見て、


「ああ、気にしないでくれ。それで、実は『黒神龍特区』に新しく商会を招き入れることになったから、その代表と挨拶に来たんだ」


「新しい商会……ですか?其方の方がその代表でしょうか?」


八雲の後ろに控えていたマダム・ビクトリアを目にして、その落ち着いた立ち居振る舞いにヤンは商人の勘から只者ではないことを感じ取っていた。


「―――初めまして。わたくしは南部スッドのアルブム皇国で、商人ギルドの代表を務めさせて頂いておりますビクトリア=ロッテンマイヤーと申します。どうぞよろしくお願い申し上げますわ」


姿勢を正して礼儀正しく、それでいて美しさを醸し出すマダムの自己紹介を聴いたヤンは自分の耳を疑う。


「……ビクトリア=ロッテンマイヤー代表ですって!?あのアルブムだけではなく南部スッドのみならず各国に支店を持つ一流の大商会として有名な―――あのロッテンマイヤー商会代表のビクトリア=ロッテンマイヤー様ですか!?」


エントランスで仰け反って驚くヤンを見て、彼女本人がクスクスと口元を手で隠して笑みを浮かべる。


「西部オーヴェストにまで名を知られているとは、お恥ずかしいですわ♪」


「マダム、有名人だったんだなぁ。まあ兎に角此処では何だし、どこかゆっくり話せるところないかな?」


「ハッ?!―――失礼しました!それでは、彼方の部屋にご案内いたします」


我に返ったヤンが恐縮しながら八雲達を応接室へと促した。


ついて来ていたノワール、アリエス、雪菜、白雪と一緒に八雲とビクトリアが広くて調度品も上品な物が飾られている応接用の部屋に案内され、テーブルの席に着くと最後にヤンも席に座った。


「改めましてご挨拶を。わたくしはティーグル公王領の商人ギルド代表でギルド長をしておりますヤン=ジュリアス・ミューエと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」


「まあ♪ ミューエ商会と言えば、フロンテ大陸を股に掛ける武器装備から日用品まで扱われている大店おおだなですわね♪ 南部スッドでも国によっては何度か商売仇となりましたわね♪」


「あははっ……スッドではロッテンマイヤー商会に洗礼を受けて泣かされておりました」


ビクトリアの賛辞に苦笑いでヤンは返した。


「いえいえ♪ ご謙遜を。わたくしとは違った商売のアプローチをされるミューエ様の商売上手をいつも学ばせて頂いておりましたわ」


「恐縮です……それで、本日はロッテンマイヤー商会が『黒神龍特区』に支店を出す、というお話で宜しいのでしょうか?」


先ほどまでビクトリアと腹の探り合いにもならない最初の挨拶で牽制し、様子見していたヤンが本題を八雲に問い掛ける。


「そうなんだよ。商人を招致して商売してもらうには、その国の商人ギルドに認めてもらわないとダメだって聞いてさ」


此処に来た目的を話す八雲にヤンは呆れ顔を見せる。


「あの、黒帝陛下……恐れながら失礼を承知で申し上げますと、この国の皇帝である陛下が招致してきた商会を商人ギルドが反対するなどと恐れ多いことは致しませんよ?」


「……あっ」


その余りに間抜けな顔と返事に、ビクトリアはプッ、クスクス♪ と思わず笑いが堪えられなくなる。


「それに加えて『黒神龍特区』は現在無課税状態なため、元々ティーグルの商人も続々と移住している状況にあります。ギルドへの加盟金は毎月治めてもらっていますから、ギルド本部の運営はそれほど困ってはおりませんが……陛下、いつまで無課税を続けるお心算ですか?」


ヤンの核心をつく質問に八雲も少し顔を顰めていたが、


「―――まだ具体的には決めてないんだ。だけど、際限なく人が集まって犯罪者まで集まってくると困るからね。節目としては五年後、その後十年後くらいを目安に段階的に税金を少しずつ上げていこうかと考えてる」


八雲の言葉にヤンは頷く。


「なるほど……では、徴税の開始時期は早い段階で公表しておく方がよいでしょう。ギリギリでは混乱も生じる可能性がありますので。その上で、『黒神龍特区』に店を出すロッテンマイヤー商会についても此処での代表の方を決めてもらい、此方のギルドで登録はさせて頂きます。商人ギルドの登録店舗は国へ提出致しますから、税収計算で税金の算出に利用されますので商売人は必ず登録が必須になります」


「―――では、わたくしの商会が店を開ける時期に此方での代表担当者を選出して、商人ギルドへ登録させることに致しましょう」


マダム・ビクトリアは同じ商人ギルド代表同士、その辺りの手続きには聡い様子で提案した。


「はい、それで構いません。しかし、オーヴェストにお店を出すのは、確か今回が初めてでしたよね?」


「はい♪ 九頭竜様とはアルブムでわたくしの店に来店頂いた際に御縁が出来まして♪ おかげで『闇真珠ナイトメア・パール』までお売り頂きましたの♪」


「なあ?!―――闇真珠ナイトメア・パールゥウウ!?……クッ!……黒帝陛下……」


世界最大の黒真珠を売ってもらったという話を聴いて、恨めし気な視線を八雲に送るヤンの様子に、


(どうしてうちで売ってくれなかったんですかあああ!!!―――って顔してるなぁ……)


というヤンの心情を読み取った八雲は愛想笑いを浮かべながら、


「こ、今度また掘り出し物があったらミューエさんのところに持ってくる―――」


「―――絶対ですよ!!言質は取りましたからね!!」


「食い気味に被せすぎだろ!?―――分かった!分かった!今度何かドロップでもしたら持ち込むから……」


八雲は皇帝に被せてくるこの異世界の商人魂に驚愕するも、今回のロッテンマイヤー商会の件は無事にギルドと話を済ませることが出来たのだった。


―――その後、


今後アルブム皇国から輸送してくる希少鉱石の一部買い取りについてと、幾つかフォンターナ迷宮でドロップした鉱石の売却を見てもらい、ウハウハで喜ぶヤンに買い取りをしてもらって商人ギルドを後にするのだった―――






―――『黒神龍特区』に戻った八雲達は、


その帰り道でビクトリアに任せる店を建てる予定の場所に向かう―――


キャンピング馬車の豪華な造りに何度も驚いたビクトリアは雪菜にキャンピング馬車の構造について説明を聴きながら、その瞳には金貨が浮かんでいるのではないかというくらい興奮しているのが見て取れた。


「九頭竜様!―――このキャンピング馬車というのを販売する気はございませんか?」


とニコニコ顔で問い掛けてくるビクトリアだが、八雲の眼からすれば―――


(―――おい!すぐにこの馬車を量産せんかい!これほどの馬車ならバカな貴族や王族にバカバカ売れるやろがい!!)


―――という本音が透けて見えるくらいにビクトリアの興奮は冷めやらぬものだった。


「これは売るつもりで造った訳じゃないから。でも、マダムのところで自分達で造るんだったら別に文句は言わないけど」


八雲の返事にビクトリアは「なるほどですわね!」と、早くも自身の商会で建造販売を頭の中で検討し始めたので暫くは馬車の中も静かになった。


そして―――


―――到着したのは『黒神龍特区』でも黒龍城に近い大通りの一等地だ。


「まあ♪ これはかなりの一等地ではございませんか?ですが、新参者のわたくしにこんな一等地を頂いても宜しいのですか?」


「ああ、マダムが来た時のために!って此処を押さえておいたんだ。此処から先はマダムの手腕で進めてもらうことになるけど、建物の建造なんかはこっちでも協力するから」


「それは頼もしい御言葉をありがとうございます♪ それでは建物は九頭竜様にお任せすることと致しましょう」


「よしきた!任せとけ―――」


そう言い放つと、八雲はその一等地に両手をついて、


「―――土属性基礎アース・コントロール!!」


全身から膨大な魔力を立ち昇らせて土属性魔術で見る間に土台と鉄筋が建ち上がり、そこから壁にガラスまで地中から成分を抽出し建物に埋め込まれて―――


―――気がつけばその場に立派な三階建てのショーウィンドウ付店舗型の建物を造り上げていった。


「こ、これは……」


流石のマダム・ビクトリアも思わず口をポカーンと広げて固まっている。


「―――大体こんなものでいいかな?アルブムにあったマダムの店を参考にしてよく似た雰囲気で造ってみたんだけど?」


まったく何も気にせずといった表情で告げる八雲に、マダムは急に笑い出し止まらなくなってしまう。


「アハハハハ―――ッ♪ く、くず、九頭竜様、こ、これは本当に、クスクスッ♪ ここまでひとりの方に連続で驚かされるのは本当にいつ以来でしょうか♪ ウフフフッ♪」


闇真珠の件といい皇帝だという話といい、そして今回の魔術といいビクトリアも数々の修羅場や珍しいものを見てきたつもりだったが、八雲だけはそんな枠組みから大きく外れていることに止まらなくなるくらいの笑いが込み上げてきてしまったのだ。


「―――流石は我の八雲ということだな!常にウケを狙って行動するセンス!流石だ」


そして何故かノワールがうんうんと納得の様子を見せていた。


「さすがは歌って踊れる黒帝陛下♪ お笑いのセンスもバッチリだね♪」


「お前ちょっとバカにしてるだろ?それにアイドルもお笑い芸人も目指してないから。流行語大賞も狙ってないから」


雪菜の少し馬鹿にしたような態度にツッコミとボケをかます八雲。


そうして互いに笑い話をしながら、新たな商会を迎えて『黒神龍特区』はまたひとつ発展の様子を見せていくのだった―――






―――マダム・ビクトリアがシュヴァルツに支店開店準備に入ってから数日して、


『黒神龍特区』の上空に再び巨大な艦体が影を地上に落としながら、黒龍城の空港に到着する。


それは―――


「余の『朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレス』ではないか!?―――何故シュヴァルツに?」


到着した天翔船を見てイェンリンが驚きの声を上げる。


「―――私が呼んだのよ。イェンリン」


そう答えたのは―――紅蓮だった。


「紅蓮が!?何故、呼んだのだ?……ハッ!まさか国元で何かあったのか!?」


ヴァーミリオン皇国で何か危急の件でも発生したのかと、顔を険しくするイェンリンに紅蓮が呆れた表情で、


「貴女がヴァーミリオンに戻るために呼んだのよ!イェンリン、貴女いつまでフレイアに執務を任せるつもりなの!もう回復もしたのだし、何より貴女は皇帝位を退位してフォウリンに譲るのでしょう?だったら、やることがいっぱいあるのだからサッサと船に乗りなさい!」


紅蓮の追い撃ちで見る間に顔を青くしたイェンリンは八雲に抱き着いて助けを乞う。


「八雲ぉ!紅蓮が余を虐めるのだぁ。可愛い妻とお前も離れたくないだろう?お前からも何か言ってやってくれ!」


あざとい潤んだ瞳で見たままウルウルとした視線を送りながら八雲を見上げるイェンリンを見て、仕方ないなと紅蓮の方を見てみると、


(お前の・嫁を・甘やかすな!―――答えは・『はい』か『YES』だ……)


―――禍々しく押し寄せるそんな『威圧』を放ちながら、背後に紅の龍を浮かべた紅蓮の姿を見てゾクリとした何かが八雲の背中を走り、思わずブルリッ!と身体を震わせる。


「―――いやあれ無理だから。人間がどうこう出来る代物じゃないから。あれ絶対に反論したら即死スキル発動するから。大人しく先にヴァーミリオンに戻れ、いや戻ってくださいお願いしますこれホントマジで」


「八雲さんは素直で良い子ねぇ♪ さあ、イェンリン……帰るわよ」


「―――妻を売り飛ばすのか!?」


決して目が笑っていない笑みを浮かべる紅蓮に首根っこを掴まれて自分の眷属とフォウリン、カイル、エルカとそれに加えてセレストとその眷属にマキシまでが共に乗船する列に並ぶ。


「え?マキシも一緒にヴァーミリオンに戻るのか?」


と、問い掛けると少し苦しそうな笑みを浮かべるマキシは、


「うん、僕も一緒にヴァーミリオンに戻るよ。しなきゃいけないことがあるんだ」


「そうなのか?分かった。まぁ俺も、もう少しこっちでやることやってからヴァーミリオンに戻るから」


「うん……待ってるね♪」


そう答えたマキシの背中を見送って、暴れるイェンリンを引き摺る紅蓮達は朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスでヴァーミリオン皇国へと飛び立っていくのだった―――



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