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第283話 ヴァーミリオン家の人々

―――ノワールが龍の牙ドラゴン・ファング達に指示を出していた頃


ヴァーミリオン皇国の地に戻ったイェンリン達―――


そして紅龍城に戻ったイェンリンは早速で三大公爵家を招集する。


玉座の間に集められた公爵家の当主三名は、玉座に座るイェンリンの下で膝をつき頭を垂れていた。




ヴァーミリオン皇族 三大公爵家

ドゥエ・ヴァーミリオン家当主

ヨゼフス=ドゥエ・ヴァーミリオン


イェンリンの血統を継ぐ皇族のひとつでイェンリンの息子だったドゥエの血筋となる。


現在、八雲の元に預けられているシリウス(ルーズラー)の実父であり、妻は既に他界していて息子はシリウスのみである。


赤い髪をオールバックに整え、仕事一筋といった堅物な性格であり、それが息子との確執を生じさせていた。




ヴァーミリオン皇族 三大公爵家

アイン・ヴァーミリオン家当主

パトリシア=アイン・ヴァーミリオン


イェンリンの血統を継ぐ皇族のひとつでイェンリンの息子だったアインの血筋となる。


三姉妹の長女であり、次女のアムネジアはバビロン空中学園の幼年部校長を務めており、三女のフォウリンはバビロン空中学園の特別教室に在籍し、八雲と結ばれている。


長い金髪を後ろに纏め、赤い瞳を常に鋭くかまえる美女でフォウリンとアムネジアとともに美人姉妹として社交界では名高い。




ヴァーミリオン皇族 三大公爵家

トロワ・ヴァーミリオン家当主

ジャミル=トロワ・ヴァーミリオン


イェンリンの血統を継ぐ皇族のひとつでイェンリンの息子だったトロワの血統となる。


白髪の長い髪を後ろで一纏めに結び、口髭を生やした筋骨隆々とした体格をしている。


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーとは別のヴァーミリオン皇国軍の最高責任者であり、若き頃よりイェンリンについて隣国との小競り合いについて戦場に出て最前線で戦ってきた猛者。


武術に覚えがあり、鍛え抜かれた筋肉は未だ健在で軍の中でも絶対的な権力と実力を持つガチマッチョな偉丈夫。




「―――三人とも、面を上げよ。暫くの間、執務から離れていたことを詫びよう」


そう言ってイェンリンは三人を見渡す。


「何をおっしゃいますか剣帝母様。我等その事情はフレイア様より伺っております。今は剣帝母様の無事の御帰還を心より言祝ぎ申し上げます」


三名を代表してパトリシアがイェンリンに祝辞を述べる。


「ありがとうパトリシア。今日お前達に態々来てもらったのは大事な話があるからだ」


改まって告げるイェンリンに三人は顔を上げてイェンリンに視線を向けている。


「余は―――皇帝位を退位する」


その一言が玉座に響いた後、誰もが一言も言葉を発することが出来ない……


―――ヴァーミリオンにて皇帝位について六百年。


常勝無敗で世界最強の剣聖であるイェンリンだからこそ、巨大国家ヴァーミリオン皇国は成り立っていると皆が信じて疑わない。


そのイェンリンが皇帝位を退位すると宣言したのだ。


その血を受け継ぐ公爵家の三名は、その場に固まって動けずにイェンリンを見つめていたがパトリシアがまず静寂を断った。


「剣帝母様……退位されると申しましても、ではヴァーミリオンの皇帝位はどうなされるお心算でしょうか?お聞かせ頂いても?」


ヨゼフスとジャミルもパトリシアと同じ疑問が胸の内にあった。


「うむ……余の後継者は

―――火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオンとする」


「―――フォウリンを!?」


真っ先に声を上げたのは他ならぬフォウリンの姉のパトリシアだった。


「恐れながら……剣帝母様の跡を受け継ぐには余りにフォウリンは未熟!何卒、ご再考を伏してお願い申し上げます!」


その場で跪いたまま、深く頭を下げてイェンリンに再考を願うパトリシアをヨゼフスもジャミルも困惑した表情で見ていた。


「余の決定を覆せと……そう言うのか?パトリシア」


低く重厚なイェンリンの声がパトリシアに圧し掛かる様にして問い掛けられる。


今日こんにちのヴァーミリオン皇国があるのは、剣帝母様の御力があればこその平和でございます!しかし、そこから我がアイン家の三女が皇帝位に就いたとなれば他国から侮られ、謗りを受けることになり兼ねません。もし、そのようなことになればヴァーミリオンに汚点を残すことになりましょう。フォウリンも我等アイン家も、そのようになれば生きて恥を晒すことなど耐えられません」


パトリシアの発言は六百年の長きに渡り、善政と強さで治めてきたイェンリンからフォウリンに帝位が移れば間違いなく不穏な輩の動きを助長させるという懸念を差していた。


―――だが、


そこでイェンリンはニヤリとした笑みを浮かべて―――


「パトリシア、建前はよい。本音で話してみよ。お前はフォウリンが可愛いのだろう?」


―――パトリシアの本心を問い掛ける。


「なっ!?何を、このような時に……お戯れを!」


突然のイェンリンの言葉にパトリシアは驚きと動揺を隠せない。


「フフフッ……余の跡をフォウリンが継げば、お前の言うようにヴァーミリオンに対して暗躍する輩が湧いてくる懸念は拭い切れん。自分で言うのもなんだが六百年もこの国を力で治めてきたのだ。余に恨みを抱く輩など、それこそ先祖の時代から続いている輩もいるだろう。そうした馬鹿者共が、後継者であるフォウリンに害を及ぼすことを懸念しているのだろう?」


「け、剣帝母様……今は国家大事の御話。その様な私的な理由など些末なことでございます」


「お前は本当に真面目な子だ。この際だからハッキリ言っておこう。余にとって此処にいるお前もヨゼフスもジャミルも、かけがえのない家族だ」


「剣帝母様……」


イェンリンの告げた『家族』という言葉に、パトリシアのみならずヨゼフスもジャミルも目を見開く。


「家族なればこそ、今此処では家族としての話しがしたいのだ。お前達のことを余は家族だと思っている。アムネジアもフォウリンも、そしてジャミル、お前の息子のガレスも娘も、そして……ヨゼフス、お前の息子のルーズラーもだ」


「剣帝母様……愚息までを家族と」


ヨゼフスは死刑を言い渡された不詳の息子にまでイェンリンに家族と認められていることに涙が出るほどの感謝を抱いていた。


「―――皆が皆、余の可愛い子供達だ。どの子も皆……愛おしい存在なのだ。だが余は今回、自らの油断から嘗てない窮地に追いやられた……そして黒神龍の御子、シュヴァルツ皇国皇帝の九頭竜八雲の助力なくしては、こうしてこの玉座に再び戻ることも叶わなかっただろう」


イェンリンの言葉に誰もが黙って耳を傾ける。


「その八雲に問うたのだ。フォウリンが皇帝になることは無理だと思うかと」


その言葉にパトリシアは恐る恐る問い掛ける。


「……それで、黒帝陛下はなんと?」


「無理じゃないと言い切ったぞ♪」


「それは?!しかし……他国の跡目について余りに無責任では……」


「ああ~!勿論、八雲もそのことは口にしていた。だが、それでも余は理由を訊いたのだ」


「その理由とは?」


そこでイェンリンは、あの時に八雲のいった言葉を話す―――




『……当然だけど、イェンリンとフォウリンは違う。

強さ、知識、経験、何より生きて来た時間だろう』


『イェンリンはさ、たぶんヴァーミリオンにとって力の象徴なんだと思う。

国を大きくしたことや国を護るために戦ってきたこと。

この国の人達は伝え聞いていて、俺の知らない歴史がいっぱいあるんだろう。

それに対してフォウリンはイェンリンほど強いわけじゃない。

知識もまだ今は学生だし、知らないことも多いだろう。

経験だって生きてきた時間が桁違いに違う』


『だけど……イェンリンの力は絶大だけど、それはあくまで個人の力。

ひとりの絶大な武力による統治に国民も頼り切ってる一面があるんじゃないか?』


『勿論、大国を統治していくっていうのはそういうのも必要なんだと思う。

俺の場合はシュヴァルツ皇国の皇帝といっても、元々の王や議長達が変わらず統治してくれている。

俺は完全に抑止力と防衛の象徴という形の皇帝だからな。

もし、俺ひとりだけを絶対の皇帝にして統治なんてしようと思ったら無理に決まっているし、すぐ逃げ出すぞ』


『フォウリンが皇帝になったら、きっと様々な問題や軋轢が当然あるかも知れない』


『だが―――それが普通なんだと思う』




―――退位の意志を告げた時の八雲の言葉を三人に聴かせるイェンリンの話を、パトリシア達は只黙って聴いていた。


「---その通りだと思った。余は世間では剣聖などと呼ばれ、ヴァーミリオンを力で支配し、護り、育んできた。しかしこれから先の未来はそれでは駄目なのだ。絶対的な強さと広大な領土の上に胡坐をかいて座っているだけの国など力があっても、その内では衰退するしかないのだと。現に此度のことで余が戻らなければヴァーミリオンが瓦解しないと言い切れる者が今此処にいるのか?」


イェンリンの深い考えにパトリシア達は何も言えない。


「―――それにパトリシア、お前とアムネジアには以前にも退位について、フォウリンの皇帝位について話していただろう?」


その様な話は寝耳に水だと、ヨゼフスとジャミルがパトリシアに視線を向ける。


「あ、あれは?!また剣帝母様のご冗談だと……まさか本当にフォウリンを皇帝にするなんて」


「お前はアイン家を絶やさずに己が次代を継ぐ皇帝を支える立場になると息巻いておったし、アムネジアも次代の皇帝を支えながら国の未来を作ることになる子供達を育てる学園の校長職を全うしたいと言って、ふたりとも皇帝を継ぐならフォウリンがいいと言っていたではないか♪」


ニマニマとした不快な笑みを浮かべだしたイェンリンを見て、パトリシアもプッツンと感情を抑えきれなくなる―――


「そ、それは?!―――それはズルいです!剣帝母様!!確かにフォウリンが皇帝になったならそうすると申しましたが、まさか本当にフォウリンを皇帝に指名されるとは聞いておりませんでした!最初から本気だと聞いておりましたら全力で反対致しました!誰が可愛い妹を命が幾つあっても足りないヴァーミリオンの皇帝などにさせますか!!ええ!させませんとも!!!ハァハァ……」


「命が幾つあってもって……お前は余のことを何だと思っているのだ?」


「剣帝母様は殺されても死なないくらい世界最強ではございませんか!!―――ええ!そうです!!か弱くて可愛いフォウリンと一緒にしないでください!!!」


「おお、段々遠慮がなくなってきたな……フフッ、ハハハッ!アハハハッ!!」


パトリシアの言い様にイェンリンが大声で笑いだした。


その様子にヨゼフスとジャミルも困惑している。


「け、剣帝母様……あ、あの、わたくし、つい興奮して、失礼なことを……」


イェンリンの異様に笑う様子に、我に返ったパトリシアは急に血の気が引いて冷静になった。


「ああ~よいよい♪ パトリシア、お前の本音が聴けて余は嬉しいのだ」


「お、恐れ入ります……」


落ち着いて跪くパトリシアにイェンリンは更に追い打ちをかける。


「それにな、パトリシア。フォウリンはアルブムまで余のためについて来てくれてダンジョンで腕を上げたことで、もうジャミルでも抑えるのが難しいくらいに強くなっているぞ?」


「なっ?!―――あのフォウリンが!?」


思いも寄らない妹の変貌の話しにパトリシアは驚きを隠せず、


「―――それは誠の事ですか?剣帝母様」


そこで口を挟んだのは、今まで静観していた歴戦の猛者ジャミルだ。


「ああっ♪ この様なことで嘘は言わぬ。それに―――フォウリンは既に八雲と結ばれている」


「……ハァァアアッ!?」


突然の爆弾発言に、見た目上品な公爵家当主のパトリシアの口から、街中のチンピラのような唸り声が上がった。


「―――とても仲睦まじい間柄でな♪ 白神龍の御子の雪菜曰く、ラブラブ♡ と言うらしい♪」


そう言って何故か丸めた両手の指と指を突き合わせて胸元でハートマークを作るイェンリン。


「ほぉ~そうなのですかぁ……それは、姉として一度……黒帝陛下に御挨拶を致しませんと……」


言っていることは真面だが、その表情は額に青筋がピキピキと苛立ち、殺意の籠った三白眼に変わり果てた赤い瞳が鋭く尖り輝いている……


「あと、余も八雲の妻になったから、それも合わせて伝えておくとしよう♪」


軽い口調と雰囲気でそう告げるイェンリンだったが、次の瞬間―――


「……エェエエエ―――ッ!?」


「……ハァアアア―――ッ!?」


「……ナァアアア―――ッ!?」


三大公爵家の当主三人が、本日一番の驚愕の声を玉座に響かせていくのだった……


―――こうして、後半グダグダ気味になったヴァーミリオン家の家族会議は、フォウリンの皇帝即位について八雲の『龍紋の乙女達クレスト・メイデン』の説明と『龍紋』の能力についても説明され、なんとか納得することで終わりを迎える。


そして最後にイェンリンは―――


「ヨゼフス!」


「―――ハイ、なんでございましょうか?剣帝母様」


玉座から退席しようと立ち去ろうとしていたヨゼフスに声を掛ける。


「お前の息子……ルーズラーのことだが」


ルーズラーの名前を聞いて嫌な予感が走り、ビクッと反応するヨゼフスだったが、


「―――あの子は、今は八雲から『シリウス=暁』という新たな名を与えられて力なき者の面倒を見て、しっかりと更生し始めている。以前の悪ガキの時とは別人のような変わりようだぞ。だから―――諦めず、待っていてやれ」


「シリウス……あの馬鹿息子が……そう、ですか……それは、ありがとうございます」


イェンリンから誇っていいと暗に言われたことで、ヨゼフスは目頭が熱くなるのを感じる。


「……お前もあの子も本当に良い子だよ、ヨゼフス」


俯いてヨゼフスのその震える肩にそっと手を置いて、優しい笑みを浮かべるイェンリンが静かにそう告げるのだった―――



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