―――バビロン空中学園 高等部校長室
校長ルトマン=ギヌスは白髪の長い髪に長い口髭を生やして青いローブを纏っている老人で、この学園の高等部を取り仕切りながら同時にバビロン空中学園全体の統括者でもある―――
先のイシカム(マキシ)の事件により【
そんなルトマンが執務机に就いて目の前の書類の山に辟易としながら目を通している時、
コン!コン!―――と扉がノックされる音が響く。
「誰かな?―――入りなさい」
書類に目を通しながら返事をする。
ゆっくりと開かれた扉の向こうから現れたのは―――
―――藍色の長い髪に白い肌の美少女。
―――額には魔族の証しである二本の角が生えていて、藍色の瞳は儚げにルトマンを見つめる。
―――蒼いコートを纏い藍色のプリーツスカートを履いて、そこから白く細い脚が見えている。
―――その少女は静かに机を挟んでルトマンの目の前に立つ。
「……どちら様かな?お嬢さん。儂に何かご用かの?」
見覚えのない少女に訝しい気持ちはあったが、ルトマンは努めて穏やかな声で問い掛けると―――
―――その少女は突然床に両膝をついて両手も前につくと、床に額を着けんばかりの勢いで頭を深々と下げる。
それは―――土下座だった。
「ちょっ!?君!?―――ど、どうしたんじゃ?いきなり何をしておる!?」
突然の土下座にルトマンは何がどうなっているのか分からず、唯々狼狽えるしかなかった。
「ゴメンなさい!!!―――僕は、僕はイシカム=オチエです!!!」
「は?な、なんじゃと?……君が……イシカム君じゃと?」
ルトマンは更に困惑する。
このヴァーミリオンでテロ行為を行ったイシカム=オチエはどう見ても人族の男子生徒だった。
目の前で土下座する美少女とは似ても似つかぬ者だったのだ。
「一体……どういうことなんじゃ?まずは頭を上げなさい。儂にも分かるように話してくれんかの?」
ルトマンは突然起こった突拍子もない出来事に、気持ちを整理するのに一杯一杯だった。
「―――その話しには余も混ぜてもらうとしようか、ルトマン」
「ッ?!―――陛下!?ご、ご無事だったのですか!?」
校長室の扉を開いて入ってきたのはイェンリンと紅蓮、セレストとフォウリン、そしてラーズグリーズだった。
「心配を掛けたなルトマン。余がつけた傷はもういいのか?」
「おおぉ……本当に陛下なのですな……よかった……儂の傷など何ともありませんぞ。それよりも、あれから一体何がどうなっておるのか、それにこの少女がイシカム君だというのは?」
次から次に起こる出来事にルトマンは説明を求める。
「ああ、そのことについてこれから話そうと思う―――」
セレストがマキシを床から立たせて応接用のソファーに腰掛けたイェンリン達とルトマン校長は向かい合う。
ラーズグリーズが執務室に備え置きにされた紅茶のセットを用意して皆に配膳していった。
イェンリンは【
―――学園で起こったイシカムのテロ行為で操られたイェンリン。
―――そのイェンリンに斬られたルトマン校長と、そのルトマンの応急処置を行ったラーズグリーズ。
―――それからすぐにユリエルが来て『回復』で治療を行い、ルトマンが一命を取り留めたこと。
―――
―――八雲によるイェンリンの確保。
―――そしてイシカムの正体が今この場にいるマキシ=ヘイトであることを語った。
「……ヘイトとは、まさかヨルン=ヘイトの……」
「はい、マキシは私の御子だったヨルン=ヘイトの孫に当たります」
「孫……そう、だったのですか。しかし、何故あの様なことを?」
ルトマンの疑問に、今度はセレストがマキシの生い立ちを語り始めた―――
―――父と祖母により騙されて実の母を手に懸けてしまったこと。
―――そして、魔族特有の性別変更の魔術により性格にも反転効果が影響して、あの様な大事件に発展したこと。
―――八雲によってその目論見も破綻し、そしてイェンリンの『解呪』に協力することになったこと。
「アルブムまで……八雲君と一緒にそんな遠くまで出向いておったのか……」
そして、そこからのフォンターナ迷宮の戦いはフォウリンが語っていった。
―――伝説級の魔物の出現。
―――その中でマキシも命懸けで戦っていたこと。
―――そして、贖罪のためマキシが
そして、最後にマキシは―――
「校長先生には直接お会いして、お詫びしようと思っていました。僕は……死罪にされてもおかしくない罪人です。校長先生が僕を許せないと言われるのであれば一生を懸けて償います。でも、どうか償う機会を与えてください。何が出来るとは言えませんが、僕は何も償わないまま死ぬことは出来ません」
―――そうルトマンに申し出て、再び深々と頭を下げて懇願する。
「ルトマンよ。お前を斬った余が口にするのも憚れるが、それでもこのマキシのことを見てやってはくれまいか?」
「陛下……」
「元々は余とヨルンのことがマキシに辛い人生を歩ませることとなった。ならば原因は余にもあると言えるのだ」
「いや、それは余りに拡大解釈というもの。ヴァーミリオンに侵攻してきたヨルン=ヘイトのことまで陛下の責任とするのは道理が通りませんぞ」
そう言ったルトマンはマキシを見つめる。
(このようにか細い身体で母を失ってから自らを傷つけながら生きてきて、話にあったような人生を歩んできたと……それはあまりにも惨い……)
家族の愛情をまともに受けることも出来ず、すべてを失ったマキシ……その少女の小さな身体が、ルトマンには酷く儚いものに見えて同情が浮かんできていた。
「……すべては過ぎ去ったひと夏の夜の夢……そういうことにして忘れることと致しましょう」
「ルトマン……」
「校長先生!でも……僕は―――」
それでも贖罪を望むマキシを、ルトマンは手を差し出して止める。
「マキシ君……儂はこの歳になるまで、ずっと子供達の教育に全力を注いできたのじゃ」
突然のルトマンの話しにマキシも、イェンリン達も黙って耳を傾ける。
「それらの子供達の中には、それは手の掛かる悪ガキもおれば、誰よりも優しい子や病により生を全う出来ずに世を去った悲しい子もおった……」
ルトマンはテーブルの紅茶を手に取り、一口含み喉を潤す。
「そんな数多くの子供達の中でも……君は一際、過酷な人生の子だと言える。それはあまりに惨いものであり、儂としては同情を抱くしかないものじゃ」
「校長先生……」
「そして君は自分の罪とちゃんと向かい合い、こうして儂の元を訪れて土下座までして謝罪の意志を示した。君のその気持ちは尊いものじゃ。誠実であれとする君の誠意はちゃんと伝わってきたぞ」
「はい……」
「感謝する、ルトマン……」
「子供を教育する立場にあって、子供は真っ直ぐに伸び伸びと育つことが正しい姿なのじゃよ。そんな子供に土下座させなければならん世の中が嘆かわしいことなのじゃ。じゃからマキシ君―――」
そう言って真剣な表情でマキシを見つめるルトマン―――
―――その表情に表情を引き締めるマキシ。
「―――君は幸せになりなさい。子供が幸せを感じられない世界などあってはならん。儂達のような教師は君達のような子供達が幸せに生きていけるよう導くこともまた使命なのじゃ。だからこそ―――君は幸せになりなさい」
「校長……先生……」
ルトマンの言葉にマキシは胸の内にあった後悔のシコリがすっと溶けて、その代わりに教育者として子供を想うルトマンの心に救われたような思いがした。
「ありがとうございます!僕は……僕の出来ることで、校長先生の様に人を導けるような者になりたい。これまでお世話になった人達に、これから出会う人達に僕は先生の教えを伝えていきたい。誰しもが幸せになれるんだっていうことを」
マキシの言葉にルトマンはにこやかに微笑み、頷いていた。
「はあ~!これで元通りという訳だな!余もここまで出向いた甲斐があったというものよ」
重い空気を払拭するようにイェンリンが弾んだ声を響かせる。
「陛下もお元気になって何よりです」
「―――何を言うか!まだまだ余は死なんぞ!何と言っても今では八雲という夫も迎えたところだからな♪」
「……へ?……今、なんと?」
イェンリンの発言にルトマンが目を丸くして訊き返した。
「ん?だからぁ~余は八雲と結ばれて新婚なのだ♪ どうだ?羨ましいか?ん?」
ウリウリと弄るように語るイェンリンだが、ルトマンの表情は固まっていた……
「どうした?ルトマン?なんだ?余のおめでたい話にポックリ逝ったのか?おい―――」
「―――八雲君はどれだけ年上好きなんじゃぁあああ!!!相手は七百歳越えておるんじゃぞぉおお!!!」
歳の差婚にも程がある八雲とイェンリンの関係にルトマンは絶叫する。
「おい、喧嘩を売っておるのかお前は?因みにマキシもフォウリンも八雲の妻だぞ」
「―――ふ、ふ、不純異性交遊ぅううう!!!」
さらなる暴露にルトマンは一気に血圧が上がって、血管がブチ切れる音が頭の中で響くのが聞こえた。
「まあ落ち着けルトマン。お前は子供の頃からここぞという時に騒がしい子だったが、今からもっと凄い話をするから聴いて驚けよ♪」
ハァハァと息を荒げるルトマンが落ち着き始めた頃に、イェンリンは皇帝位の退位とフォウリンの皇帝即位について語る。
それを聞いてルトマンはあまりにぶっ飛んだ話の連続に気絶しそうになりながら、イェンリンの話しを最後まで聴いてフォウリンの事情については協力を約束するのだった―――
―――マキシがルトマンの元を訪れてからまた数日経って、
八雲は手が空いている日には行っている鍛錬を黒龍城の中庭で朝から行っていた。
「フンッ!…フンッ!…フンッ!……」
日本にいた頃からひとり続けていた日課だった鍛錬に、今は参加する者達が数多くいる。
「イチッ!ニッ!イチッ!ニッ!―――」
八雲が纏う黒い袴と同じ、黒い袴姿をした雪菜、アマリア、シリウス、レオ、リブラ、ジュディ、ジェナである。
八雲は鍛錬用に黒神龍の鱗で『創造』した黒い木刀状の剣を素振り用にして、全員に振らせていた。
それぞれのLevelに合わせて、無属性魔術の《重力操作《グラビティ》》を付与し、素振りに相当な負荷を懸けている。
そうすることで繰り返して鍛錬することにより発生する経験値でLevelの向上も起こり、そして更に重力負荷を増やすというある意味で効率のいいLevel上げになるのだ。
今の八雲はLevel.140に達していて、使用している木刀の負荷は二十トンを越えている。
雪菜やアマリア、シリウスもまた、それぞれに見合うよう付与された重力負荷で木刀の重さを操作され、その重さを振ることによりそれを克服することでLevelを向上させていった。
八雲が前に出て素振りの先導者となり、その八雲に向かい合って雪菜、アマリア、シリウス、レオ、リブラ、ジュディ、ジェナが続いて横並びに素振りをしていった。
その八雲の隣では何故かスプーンを両手で持ったシェーナ、トルカ、レピス、ルクティアが神妙な顔つきで素振りをしている……
「えぇ~い!やぁ~!えぇ~い!」
本人は至って真面目に素振りをしているつもりだろうが、その可愛らしさとスプーンを振っている姿に微笑みが込み上げてくるのを耐えながら雪菜達は素振りを続けていた。
―――こと稽古について、八雲は厳しい。
真剣に稽古している時に笑い出したりしようものなら、キツイお仕置きがあってもおかしくないのだ。
だが、まるで日本の笑ってはいけない系ルールの番組に紛れ込んだかのような状況に、雪菜を始め全員が笑いを堪えながら懸命になって素振りに打ち込んでいた。
そうして振り続けること千本……八雲以外は汗だくになって息を整えるのがやっとだった。
勿論シェーナ達は途中で飽きてアルファ達に凭れ掛かってお昼寝に入っていた……
次に八雲は二人組になっての組手を始める。
八雲 V.S. 雪菜
アマリア V.S. シリウス
レオ V.S. リブラ
ジュディ V.S. ジェナ
元いた世界で古くは戦国の戦場で培われた、その場に応じた臨機応変な対応と戦闘が求められるのが古武術の発祥であり特徴なのである。
そのため組手では体重移動、遠心力、呼吸を使った当身という打撃や身の切り回し、重心の落とし方、呼吸による投げ技など身の置き方から相手への打撃攻撃までの流れを一通り確認しながら教えていく―――
―――八雲は雪菜の攻撃を尽く躱して受け流しながら、攻め方の注意点を指摘していく。
―――シリウスはアマリアの激しい攻撃と動きに翻弄されながら、それでも相手の懐に入るタイミングを指摘された。
―――レオとリブラはお互いをライバル視して、激しい攻防を繰り広げていく。
―――ジュディとジェナも八雲の『龍紋』によってステータスが向上しており、並みの獣人では目で追えないほどの切れのある動きを見せていた。
そして―――
「えぇ~い!やぁ~!エヘヘッ♪」
シェーナとトルカ、レピスとルクティアがお互いにキャッキャ♪ とはしゃぎながら組手?らしきことをして抱き合っている……
「何あれ?マジ尊い……」
チビッ子達のあまりにも可愛らしい姿に思わず見惚れている八雲だが、そこに打ち込まれてくる雪菜の拳をそうして脇見しながらでも、スカッと避けるところは流石である……
その後も先ほどの木刀を手に持ち、ひとりずつ八雲と打ち込み稽古を始めるが―――
―――しかし、そんなところに、
スプーンを手にして八雲に向かってくるシェーナ達チビッ子四人組……
「やぁ~♪ えい!」
スプーンを持ちながら可愛いらしい笑顔で襲い掛かる萌え萌えキュン♡ なチビッ子達に八雲は―――
「うわぁあ!や~ら~れ~たぁあ!!」
―――と、倒れ込んで敢え無く敗北するのだった。
「えへへ♪ やたぁ~♪」
そう喜び合って円陣を組み、スプーンを天に掲げるチビッ子達……
「俺はとんでもない最強剣士を育ててしまったかも知れない……」
「オォ!八雲。我の天使達に負けてしまうとは情けない……いや当然か」
その様子を笑いながら見ていたノワールが倒れ込んだ八雲の傍に立っていた。
寝転んだ八雲の視界にはプリーツスカートの下の褐色のV字ラインと美尻に食い込む、白い紐パンを履いたノワールの尊い姿が目に入る。
「いつまで我の下着を覗いているつもりだ?」
そのツッコミに上半身を起こす八雲。
「―――最高にいい眺めをありがとう。それで何か用事か?」
澄ました顔でノワールに問い掛けると、少し真面目な顔つきになったノワールが、
「そろそろヴァーミリオンに戻るぞ、八雲。夏季休暇もそろそろ終わるからな。天使達も戻って登校の準備をしなければ」
「ああ、そうだな。明日には出発しようと考えてたんだ。それじゃ準備するとしますか」
そう言って立ち上がった八雲は、
「明日にはヴァーミリオンに戻るから!皆も準備よろしく!」
と元気に皆に向かって伝えると、
「―――はいっ!」
雪菜達もまた元気な返事を返すのだった―――
「はぁ~い♪ エヘヘッ♪」
―――そしてシェーナ達のニコニコ可愛い返事に、全員がメロメロに萌えたのは言うまでもない。
やはり幼女は最高だぜ!と心に刻む八雲だった―――