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第287話 嵐の前の静けさ

―――バビロン空中学園の二学期が開始されて数日が経った。


朝の通学では相変わらずシェーナ達の地獄狼ガルムに乗っての通学が人気となり、生徒だけでなく浮遊島の街に住む人々も、笑顔で手を振ったりしてくれるまでに広まりだしていた―――


八雲達は変わらず出題された課題に対しての活動になるので、登校も自由な状態だが雪菜やユリエル、ヴァレリアやシャルロットはクラスの女子とも仲良くなり、また以前に出された課題の調べものに図書室に通う毎日を過ごしていたので、八雲も付き合って図書室通いをしていた。


雪菜は流石の女子力で、特別教室の貴族から一般人まで幅広く気さくな性格により友達を増やしていて、マキシもその輪の中で女の子として楽しそうに過ごしている姿を見て心配していた八雲も、ホッと胸を撫でおろしていた……


―――だがしかし、


そんな平穏な学園生活は、これから吹き荒れる嵐の前の静けさだった―――






―――いつものように図書室で調べものをしている雪菜達と一緒に、何気なく本棚で本を漁っていた八雲だったが……


だがそこで―――


―――バタンッ!!と突然大きな音を立てて図書室の扉を開いた人物に、少なくない図書室の利用者達が一斉に視線を向けた。


その扉の前に立っているのは―――


―――銀髪の長いストレートの髪に大きな青いリボンが目立つ。


―――制服は高等部の赤いリボンネクタイを結んでいる。


―――その赤いリボンが結ばれた胸は人一倍張り出して、嫌でも視線が向かう抜群のプロポーションだ。


―――そして、黒い網タイツのニーソックスが細く白いカモシカの様な脚を包み込んでいる。


―――十人中十人が美少女だと答える美しい顔立ちをしているその少女の視線が走っていく。


そして鋭い瞳は蒼く輝き、容姿端麗な中に独特の雰囲気を醸し出す美少女が図書室の生徒達から視線を集める中で―――


「九頭竜八雲君!!!くずりゅ~やくもく~ん!!!―――いたらすぐ出て来なさい!!!」


静寂に包まれていた大きな図書室全体に響き渡る大声で、なんと八雲の名を呼びだした。


「は?……誰?」


突然の奇行で自分の名を大声で叫ぶ姿に流石の八雲も面食らってしまったが、当の美少女にはこれまでまったく見覚えがない。


だが、八雲の名前を呼び出した美少女の姿を見た瞬間に雪菜、マキシ、ユリエル、ヴァレリア、シャルロットの冷たい視線が一斉に八雲へと突き刺さってきた……


(いや、あれ誰だよ?……えっ?なに、その疑惑の眼差し……完全に俺があの子に何かしたという疑いしか勝たん……)


愛する『龍紋の乙女達クレスト・メイデン』から清々しいほど強い疑いの眼差しを向けられた八雲は、ここは関わり合いにならないようにしようと本棚にあった大きな図鑑の様な本を手に取ると、サッと自分の顔を覆い隠すように開いた。


だが、この行動が雪菜達の疑惑を益々もって加速させることとなる。


「いるんでしょ~う!!!出て来なさい!九頭竜八雲君!!!―――いるのは分かっています!君は完全に包囲されている!!大人しく出て来てくださ~い!!!」


(―――なんで言い回しが指名手配犯みたいになってんだよ!?)


さて、どうしようかと対応に困っているところに図書室の司書と思しき妙齢の女性が、奇行を繰り返す美少女に声を掛けた。


「―――図書室では静かにしなさい!そんな大声を上げるものではありません」


司書の言っていることは至極真面な当然の注意である。


だが、そんな非常識を引き起こす美少女には―――


「申し訳ありません。しかし、事態は急を要するのです―――九頭竜八雲君!!!いるんでしょう!!!いますぐ来なさい!!!」


「まあ!!静かになさい!メリーアン=ロイ・クラフト!!―――貴女は生徒会長でしょう!!!」


司書までが大声で美少女に注意をする事態になって飛び出した言葉に―――


「―――生徒会長!?」


―――八雲が思わず声を上げてしまった。


その声を聴いたメリーアンと呼ばれた美少女が八雲に視線を向けると思わず視線がカチ合ってしまい、ヤバいと本能的に感じて後ろへ引き下がり八雲は慌てて図鑑で顔をまた隠した。


だが、その様子を見ていたメリーアンがニヤァとした美少女がしてはいけない悪い笑みを浮かべると―――


―――突然立っていた出入口の扉の前から姿を掻き消した。


「―――なにぃ!?」


その『身体加速』の発動から無駄のない動きと見事な加速に八雲は驚愕するが―――


―――次の瞬間、


「九頭竜八雲ぉ!―――ゲットだぜぇ~♪」


叫びながら八雲に正面から抱き着く美少女メリーアンが姿を現れていた―――


「ちょっ!?おい!なにしてんの!?―――あんたは一体誰なんだよ!?あ、あと柔らかい/////」


胸に飛び込んで来た巨乳の美少女に少し照れながらも、身に覚えのない彼女の奇行に対して問い掛ける八雲。


美少女に抱き着かれた八雲を冷たい視線で見つめる雪菜、マキシ、ヴァレリア、シャルロット、ユリエル……


―――そして、


更にそのメリーアンの背後に控えるのは、顔を真っ赤にして怒りのオーラを噴き出す図書室の司書官……


「あ、いや、その、これは……俺はまったく関係なくてですね―――」


「―――いいから図書室から出ていきなさぁあああいっ!!!」


今日一番の司書官の大声が、巨大な図書室のホールに響き渡ったのだった―――






―――図書室を追い出されて


八雲は追い出された元凶であるメリーアンに連れられてバビロン空中学園高等部のクラス棟に移動する。


事の次第を見届けるため、雪菜達もまた八雲に続いて同行していた。


そうして進んでいった高等部のクラス棟の最上階にある大きな塔に入る扉の前まで来て、その扉の上には―――



『高等部生徒会室』



―――という表札が出ていることが目に留まる。


「生徒会室……」


「ささ♪ 皆さん気にせず入って♪ 入って♪」


そう呟いた八雲を気にせずに、メリーアンが中に入って全員に入室を促した。


室内に入ると、そこは広い執務室のような部屋で会議に使用するのか左右に十脚ずつ置かれた気品のある椅子が置かれた長い机と、その更に奥には会長の執務机らしき立派な机が見えた。


室内には数々の調度品から棚には書籍や賞状のような額にトロフィーのような物が数多く飾られている……


見たまま八雲達の世界の生徒会室に飾られていそうな品物が並べられた部屋に入ると、恐らく同じ高等部の生徒であろう制服を着た三名の女子が生徒会室の中で待っていた。


「さあ♪ まずは椅子に座ってちょうだい」


ご機嫌な様子で着席を促すメリーアンに対して、八雲達は横一列に長テーブルの椅子に座ると、向かいの席にメリーアンが、その左右に待っていた女子生徒三名が座る。


「改めまして、私はこのバビロン空中学園の三回生で高等部生徒会長メリーアン=ロイ・クラフトだよ♪ どうぞよろしく!」


ニコニコと笑みを浮かべながら自己紹介するメリーアン。


「初めまして。アイズ=フロストよ。生徒会の副会長で三回生よ」


続いてメリーアンの隣の金髪を後ろでアップに纏めている赤い瞳の眼鏡美少女が自己紹介を引き継いで行うと、更にその隣の女子生徒が、


「あの!ロレイン=アルメニーです!生徒会では書記をしています!!二回生です!どうぞよろしくお願いします!!/////」


元気いっぱいの挨拶をするメリーアン達よりも一つ下の茶色い髪を左右に三つ編みにした少女が恥ずかしそうに挨拶をしてきた。


そして最後に―――


「……ラミア=ロッテンマイヤー……二回生の会計です……」


―――紺色の長いストレートの髪に青い瞳、左右でサイド一束だけを纏めている髪にリボンを結び、後はそのまま下ろしている美少女が挨拶する。


「ん?ロッテンマイヤーって……もしかしてマダム・ビクトリアの?」


「……母をご存知なのですか?」


「やっぱり!マダムには今シュヴァルツ皇国のティーグルに来てもらって商会の支店を立ち上げしてもらってるんだ!そうか、マダムの娘さんなんだ。うん、顔立ちも言われてみれば似ているな」


「ビクトリアさんの娘さんがこの学園に通っているなんて知らなかったよ」


ビクトリアを知る雪菜も驚いている。


「そうですか……ですが、それはあくまで母の仕事です。私とは……関係ありません」


「あ……そう、だな」


ラミアの冷めた態度に八雲は親子の何かしらの確執を感じ取ってはいたが、今はそれよりもメリーアンの奇行の理由の方が優先である。


一通り雪菜達も自己紹介して、その肩書きに生徒会メンバーも驚いていたがラミアは特に白神龍の御子である雪菜に反応しているように八雲には見えた。


「―――それで生徒会長は、どうして図書室であんな奇行を?」


八雲から「奇行」という単語が出た瞬間アイズ、ロレイン、ラミアの三人の視線がメリーアンに注がれる……またか、という言葉が聞こえてきそうなほど呆れた視線だが。


「いやだなぁ~♪ あれぐらい普通でしょう♪」


「あれが普通とか、どんなけサイバーパンクな世界に生きてんだよ?」


八雲も呆れながらツッコミを入れるが、メリーアンはそんなこと気にしない素振りで、


「君を探して連れてきたのは、私達の『研究テーマ』に力を貸してもらいたいとお願いするためなんだ♪」


「―――研究テーマ?」


「うん♪ その研究テーマっていうのは―――」


―――メリーアンのいう「研究テーマ」とは、


八雲達の在籍している特別教室とは違ってメリーアン達の通う高等部は三回生になると、卒業するか残り二年間学園に在籍するのかを選択する時期となる。


ほとんどの生徒は三年で卒業していくのだが、研究や学業をそのまま続けたくて五回生まで席を置く生徒も少なくない。


普通に申請しても成績に大きな問題がなければ五回生まで進学することは出来るのだが「研究テーマ」を立案し、教師に五回生までの申請をする際に一緒に申し込むと有益な研究であれば、その結果によって将来に有利な展開となったり、関連する研究機関に買い取ってもらえたりする。


そして卒業後の職業に大きく影響を及ぼしたり、もしくは研究を元にこの学園で教師となったり、その後には学園教授となることも夢ではないという話だった。


「へぇ~そんな制度があるんだ。だけど、普通に申請しても五回生までは残れるんでしょ?どうしてその『研究テーマ』の申請まで?」


「―――まあ、そう思うよね。これは私の勝手なエゴなんだよ」


「エゴ?会長の?」


「うん、私の実家はね、実は少し名の通った冒険者の一族なんだ」


そう言ったメリーアンの言葉に今度はヴァレリアが反応する。


「あのぉ……もしかしてクラフト様の御実家とは、ガリバー=リヴィング・クラフト様に所縁の御家なのでしょうか?」


「へぇ~♪ 流石はお姫様!よくご存じで!恥ずかしながら、そのガリバー=リヴィング・クラフトは私の御先祖様なんだ」


「―――やはりそうでしたか!冒険者の御血筋と聞いて、もしかしてと思いましたの♪」


自分の予想が当たったことに喜び笑顔を見せるヴァレリア。


「ヴァレリア、そのガリバー=リヴィング・クラフトさんっていう人は?」


異世界から来た八雲にとっては初耳な名前で話についていけないためヴァレリアに問い掛ける。


「あ、八雲様はご存知ありませんでしたか。メリーアン様の御先祖様であるガリバー様は、かつてフロンテ大陸の東部エストに冒険に出向いて各国で様々な財宝を見つけられた有名な冒険者様のことです」


「東部エストで?」


そこでチラリとマキシに視線を向ける八雲だがマキシは静かに頷く。


どうやらマキシも知っているくらいには有名人らしいと八雲は理解した。


「具体的にどういった財宝を?」


生徒会長に向かって質問する八雲に、顎に指をあてたメリーアンが思い出すようにして答える。


「そうだね~♪ まずは―――」


そこからメリーアンは東部エストの各国で先祖が発見した財宝について語りだす―――




―――エズラホ王国では、

黄金の羊毛を生やす希少種のホーリーシープを世界で初めて発見した。




―――カエルレウム魔導国では、

古代原住民達が祀っていたとされる世界最大級のブルーダイヤモンドを発見した。




―――シーニ共和国では、

島国であるブルー聖法国との境界となる海峡に海底鉱山の鉱脈を発見する。




―――ブロア帝国では、

冒険者としての腕を買われて、大昔に失われた帝国の秘宝である国宝武装が納められたダンジョンを攻略して持ち帰る。




―――ブラウ公国では、

大森林に棲む巨人族と公王との間を取り持って互いに助け合う同盟を結ばせて巨人族に宝をもらった。




―――ブルー聖法国では、

聖法庁の大聖堂に飾られた巨大な壁画の中に隠された財宝の在処を解読し、見事に財宝を発見して聖法庁に全て寄贈した。




そしてアズール皇国では―――


「アズール皇国の国母様である初代女王レイン=ドル・アズール様の書かれた『蒼の書』を発見して、それを皇国に寄贈したんだよ」


「あの……御先祖様ってムチ使いだったりとかします?」


「鞭?う~ん、鞭を使っていたなんて話は聴いたことがないけど、それがどうかしたの?」


「あ、いえ、そうですよね……知ってる冒険家が鞭使いだったもんで」


首を傾げるメリーアンに問い掛けた八雲の質問の意味が分かるのは、同じ世界から来てその冒険家の映画を見たことがある雪菜とユリエルくらいだった……


「でも、聞けば聞くほど凄い御先祖様ですねぇ」


「うん……でも、そのガリバー様以降の子孫達はどれも禄でなしばかりでね。ガリバー様の築いた財産を散財することしか出来ない馬鹿ばかりだったのさ」


「ああ~まぁ、よくあるパターンですよね……」


「けれど、私はそんな恥ずかしいヤツらと一緒になりたくない!だから私はこの学園に入学して必死に勉強して身体を鍛えて、そして冒険者ギルドにも登録したんだ!それで生徒会長にもなって学園の執務もこなして、御先祖様の家名を再び蘇らせるために『研究テーマ』を立案して、それを実行することにしたという訳さ!」


「なるほど……それは立派なお考えですね。それで、まだ出てきてないですけど、どうして俺のところに?」


「それは~♪ この『研究テーマ』というのは特別クラスの生徒にも助人を頼んでも構わないんだ」


「助人?」


「ああ、大きな研究をするには多くの協力者が必要だよね?通常の課題や宿題レベルなら協力も同じ高等部の同学年だけに限られるんだけど、規模が大きくなってくる『研究テーマ』に関してだけは別の学年や特別教室の生徒に協力を要請してもいいことになっている」


メリーアンの『研究テーマ』にはアイズも共同名義で参加しており、ロレインとラミアは協力生徒として参加していることで、そのふたりの下級生が三年生になって進路を決める際には、この『研究テーマ』に参加していたことを申告して有利な進路を獲得することも出来るので意外と侮れない制度だった。


「―――つまり、高等部の『研究テーマ』は特別クラスの俺が手伝ってもいいと。でも、それなら俺じゃなくても特別クラスの優秀な生徒がたくさんいるでしょう?」


八雲自身がこの世界の人間ではないのでこうした歴史、考古学に系統するような話は向いていない。


「いやぁ~君じゃないとダメなんだよ♪ 九頭竜八雲君!」


それなのに八雲を頑なに指名するメリーアン。


その様子に訝しんだ八雲だったが、


「あの、ところで会長の『研究テーマ』の内容って?」


そこでまだメリーアンの『研究テーマ』について訊いていないことに気がついた。


「ウフフッ♪ 気になる?気になっちゃう?どうしようかなぁ―――」


「―――帰ります」


「ア”ア”ア”ア”ァアアッ!!!まっでぇええ―――!!!」


「うおおっ!―――怖!怖いわ!アンデッドかよ!?マジで怖い!」


美少女がやってはいけないクシャクシャの顔をして床を這いながら追い縋ろうとするメリーアンに、八雲は心底恐怖を感じる。


「分かった!ちゃんと聴く!聴きますから!!キャラ濃いな!アンタ!」


「ウフフッ♪ ありがと♡ コホンッ!―――え~と、私の「研究テーマ」は―――」


「……」


生徒会室にいる全員が息を呑むようにして静まり返る。


「―――二冊目の『蒼の書』を発見することだよ」


真顔のメリーアンが、そう八雲達に告げるのだった―――



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