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第292話 蒼き皇国の首都へ

―――蒼龍城に到着し、暫くして八雲は城の外に出る。


初めて来た場所で気分転換に外の空気を吸いに出てきたのだが、そこにスコーピオとジェーヴァがやってきた。


「御子、今話してもいいだろうか?」


「ん?ふたりして、どうしたんだ?」


城の手入れされた庭園にいた八雲にスコーピオは神妙な面持ちで、


「ノワール様がおっしゃっていた、不穏な気配について―――話がある」


その言葉に八雲もリラックスしていた表情から、真剣な表情へと変貌していた―――






―――蒼龍城の庭園にあるテーブルと椅子の設置されたテラスに移動する八雲達。


「そのことを調べるためにアズールへ先に入っていたんだよな。それで、何か分かったのか?」


椅子に腰かけた八雲は、同じく席に着いたスコーピオに問い掛ける。


「まず、俺とジェーヴァはアズールに入国して蒼天の精霊シエル・エスプリと協力して東部エストの状況について調べた」


スコーピオ達は蒼龍城にやって来て留守を預かっていたレクイエムと協力して、エストの各国に対して諜報員を送ることとなった。


蒼天の精霊シエル・エスプリにも序列外の眷属は存在し、そこから諜報活動に長けた者達が各国に散っていったのだ。


「そしてアズール、カエルレウム、シーニ、エズラホについてはこれと言った不穏な様子は見られなかった。しかし―――」


「―――なんだ?」


「アズールの北東にあるブロア帝国、そしてブラウ公国で妙な話を聴いたというんだ」


「妙な話?どんな?」


「突然、人が人に襲い掛かり襲った者を喰らっていたという、まるでアンデッドのような真似をする者が発見されているんだ。しかも複数で」


「実はアンデッドじゃないのか?」


八雲の問い掛けにスコーピオが首を横に振る。


「いや、人を喰らっていた方もしっかりと心臓は動いていて興奮した状態ではあるが、会話も幾つか成り立っていたらしい」


「元々そういう異常癖を持っていたとか?」


それについてジェーヴァが答える。


「それはないと思うッス。その凶暴化した人間の知り合い達にそれとなく人となりを訊き出してみたッスけど、どの人もごく普通に生活していた人達ばかりで逆にどうしてこんなことになったのかって驚いている人ばかりだったッス」


「ある日突然、温厚そうな人が襲い掛かってきて自分を喰おうなんてしてきたら、恐怖以外の何物でもないな……」


「はい、なのでそういう人が出た集落や街は暗い表情ばかりで、お互いに疑っているような気配が強くなってたッス……」


「その状況は他人に感染うつったりはしていないのか?」


「ああ、それはないようだ。そのことからもアンデッドではないと判断している」


アンデッドに襲われた者はアンデッドになる―――その法則が当てはまらない時点で襲った側はアンデッドではない。


「それで、捕まった人間は、その後どうなってるんだ?」


「牢に入れられて隔離されているようだが、凶暴性は徐々に抜けているようで理性を取り戻している者が殆どだそうだ」


ここで八雲は『思考加速』を開始する―――




―――突然、ブロア帝国とブラウ公国に出現している凶暴化した人間


―――共通して他人を襲い、喰らおうとする衝動に駆られる


―――病のように他人に感染する気配はない


―――捕らえて隔離していると、その凶暴性は失われていく


それらの状況から八雲が導き出した推測は―――




「―――その事件は、おそらく人為的に引き起こされている可能性が高い」


―――と、スコーピオとジェーヴァに導き出された推論を告げる。


「その根拠を教えてくれ」


スコーピオの問い掛けに八雲が頷いて答える。


「―――まず疫病の様なものなら他人にどんどん感染して、もっと被害が甚大になっているはずだ。だが、感染している気配がないという話なら原因は別にある」


八雲の話しにふたりは静かに耳を傾ける。


「個人が抱えている精神的な病気や元からある何らかの病気なら、この短期間に複数人で一斉に発生しているのはおかしい。だとすれば、人為的に誰かが引き起こしていると考えた方が腑に落ちるだろ?」


「確かに……では、どうする?御子」


「まずは一度その状態になって、理性を取り戻した人間に話しを聴くことだな。異常な状態に陥る前に何か共通の出来事がなかったか、誰かが訪ねてきたり、何かを貰ったり、何か珍しい物を口にしたりしたとか、その辺りから調べてみるのがいいだろう」


八雲の出した今後の方針にふたりも頷いて返す。


「承知した。では、これからブロア帝国とブラウ公国に行き、御子の言った件について調査するとしよう」


「何か分かったら『伝心』で報告してくれ」


「了解ッス♪」


出発するふたりの背中を見送りながら、八雲はスコーピオ達の話しに嫌な予感が脳裏を過ぎっていた……






―――そこから時間が空いた八雲は、


「あれ?八雲君、何かあった?」


丁度マキシと城内の通路でバッタリと出会う。


「マキシ……いや、さっきまでスコーピオ達と話していたんだけど、丁度時間が空いてさ……あっ!そうだ!―――なあ、マキシ!」


「うん?なに?どうしたの?」


「時間が空いたから、よかったらアズールの首都を案内してくれないか?」


「え?アズールの首都に行きたいの?」


「ああ、まだ行ったことがないしな。マキシは何かこれからあるのか?」


「いや、予定はないよ。うん、分かった!―――それじゃあ案内するよ♪」


その笑顔を受け取って、八雲はマキシと共に城の外に向かう―――


「よし!それじゃあ―――」


―――八雲は『収納』から魔術飛行艇エア・ライドを取り出した。


「あれ?これって、なんだか形が変わってない?」


マークⅢになってから初めて見るマキシが八雲に問い掛けると、八雲は無駄にドヤ顔を見せて、


「改造したんだよ!魔術飛行艇エア・ライドマークⅢだ!加速も安定性も向上しているんだぞ!!」


やや興奮気味に鼻息荒く説明する。


「そ、そうなんだ?アハハッ……よく分からないけど、なんだかスゴイね」


「そうだろう?さあ行こうぜ!」


魔術飛行艇エア・ライドに先に跨った八雲の後ろに、プリーツスカートを気にしながら横向きに座るマキシの女の子らしさにグッとくるのを感じる八雲。


今日のマキシは白いブラウスに蒼いプリーツスカート、そして蒼神龍のコートを羽織っている。


「しっかり掴まってろよ!」


「うん♪―――うわっ!浮いた!」


地面から浮上した魔術飛行艇エア・ライドに驚いたマキシに、クスリと笑いながら八雲は推進部に魔力で風を巻き起こす。


そして、蒼龍城から伸びる道を首都ランゼに向かって走り出したのだった―――






―――蒼龍城から首都に向かって飛び出した八雲とマキシ。


蒼龍城から首都までは高速で駆ける魔術飛行艇エア・ライドでも凡そ一時間以上走ったが、ようやく山間部の道を抜けて平野に出たところで、大きな城壁に囲まれた巨大な都市を目にした。


いつものように城門で門番に入場料を支払い、中に入った八雲達。


そして、これもいつものように門では魔術飛行艇エア・ライドをかなりジロジロと怪しい物を見る目で見られたが、八雲のギルドカードがブラックカードであることを見せられ、すぐに態度を変える。


最後には門番総出で何故か見送りまでされて都市の中に入った。


「―――なんであそこまで丁寧に見送ってくれたんだ?」


疑問を口にした八雲に、後ろで八雲に抱き着いているマキシがクスクスと笑い出して、


「それはアズールの首都と言っても、ブラックカードを持った英雄が訪れるなんて滅多にないことだからだよ」


と、楽しそうに教えてくれた。


「なるほど……でも、そのおかげですんなり入れたんだし、よしとしとこう。ところで此処は何か有名な物とか美味い物とかはあるのか?」


気にしないことにした八雲が首都ランゼについてマキシに問い掛ける。


「そうだね……此処ランゼはアズールの首都であり国内の交通の要所でもあるんだ。アズールは周辺をエズラホ、カエルレウム、シーニ、ブロアと四カ国に囲まれる形になっているから、自然と各国との貿易の中心地になっているんだよ」


そう言って光属性魔術の投影プロジェクションで、東部エストの地図を映し出したマキシ。


「お互いに品物をアズールに持ち寄って、アズールで貿易をする。そういう商売が成り立っていて、どこの国もアズールまで運ぶだけで相手が国まで持ち帰るから、輸送にかかる経費も半分で済むんだ」


「なるほど……中継ステーションになっている訳か」


「隣同士の国なら直接貿易も出来るんだけど、対角線上にある国同士はアズールを利用した方が楽だし、昔からそういう手法で商売も国の貿易も行われてきたって教えてもらったよ」


「それじゃあ街道も整備されているのか?」


「シュヴァルツの八雲君が造った道に比べればそこまで立派でもないけど、でも道幅もあるし、各国の商人ギルドが冒険者ギルドと提携して護衛の依頼も安定して請負できる体制を組んでいるんだって」


「へぇ、それは昔から試行錯誤して出た結果なんだろうな。それにしても詳しいな、マキシ」


「うん?ああ、僕も御子になってから暫くはその護衛の依頼を受けてお金を稼いでいた時期があったから。僕の場合はお金より経験を積んでLevelを上げるためでもあったんだけど」


「意外だな……そんな仕事をしていたなんて」


母を失って自暴自棄だったとセレストから聴いていた八雲は、マキシがそんなアルバイトの様なことをしていた事実に素直に驚いていた。


「あの頃は、僕の知らないことをもっと学ばないといけないって、それだけで必死だったから」


その頃のことを思い出しているのか、少し俯いたマキシに、


「そういえば、マキシ!此処の名物って何なんだ?少し腹が減ってきたから何か食べようぜ」


唐突に食事に誘う。


「え?うん、そうだね!アズールの名物っていうとやっぱり山の物が多いかなぁ。海は遠い内陸の国だし、山間部の多い土地柄だから農業も稲作と野菜を狭い平野でやっているだけで、実は土地環境は厳しいんだ」


紺碧の歌姫アズール・ディーヴァで空から見てもそんな感じだったもんな」


「うん。だから貿易税で稼いでいる面が強い国だね。でも、山の幸は多いから猪だったり鹿だったりの肉や、山菜料理なんかが多いかな。天ぷらとか―――」


「―――天ぷらだってぇええ!?」


「うわっ!?―――どうしたの?突然大声出して?」


八雲が驚くのも無理はない。


此処は異世界なのだ。


そんな異世界に迷い込んだ八雲が、まさか『天ぷら』という言葉を耳にする日が来るとは思ってもいなかったのだ。


「その、天ぷらって言うのは、具材に衣をつけて油で揚げたやつのことか?」


「え?う、うん、言っている内容は天ぷらと同じかな?八雲君の言っている天ぷらがどんな物かは分からないけど―――」


「―――どこだ?」


「―――えっ?」


「その天ぷらの店は―――どこにあるんだ!」


「えっ?えっと、確か……向こうの大通り沿いに―――うわぁああああ!!!」


マキシが指差した途端に、魔術飛行艇エア・ライドを空中で突然ドリフトさせながら高速で転進させる八雲―――


―――思わず後ろに仰け反って背凭れに助けられるマキシ。


「や、八雲君!?―――ちょっと!落ち着いて!!速すぎるよぉおお!!」


そんなマキシの叫び声も耳に入らないくらいに、八雲は魔術飛行艇エア・ライドを飛ばして向かうのだった―――



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