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第298話 八雲 対 天使

―――『ラーンの天空神殿』を覆う黒雲は、未だ晴れず時々光を走らせる電が鳴り轟いている。


黄金の甲冑に身を包んだ目を黒いベルトで覆い、口と鼻を烏マスクで隠した六枚の羽根を持つ銀髪の天使―――


―――黒神龍の漆黒のコートを身に纏い、右手には黒刀=夜叉、左手に黒小太刀=羅刹を握りしめる九頭竜八雲。


距離を取ったまま八雲が少しずつ上昇すると、覆面の天使もまた上昇して八雲を追っていく―――


そのうち徐々に加速が乗り、いつしか飛行速度が黄金の尾と蒼白い尾を引いていき、やがてその先端を飛行する天使と八雲が遂に―――激突した。


「オォオオオ―――ッ!!!」


―――八雲の振り被った夜叉が天使に向けて空を走ると、同時に天使から繰り出された黄金の剣が夜叉と衝突する。


ゴォオオ―――ンッ!とまるで何十トンもの重さ同士が衝突したかのような衝撃音が鳴り響くと同時に、八雲と天使を中心にして空を衝撃波が走り抜ける―――


―――遥か高みで衝突したふたつの巨大な力がぶつかった衝撃波は、天空神殿を背負う浮遊岩にまで轟き、浮かんでいるその巨大な島全体がビリビリと揺れ動いた。


だが、そんなことはお構いなしに八雲は残像をスライドさせるようにして夜叉と羅刹を天使に向かって斬りつけ、突き出し、横薙ぎ、振り下ろしていく―――


―――天使もまた黄金の剣を高速で振るい八雲の攻撃を撃ち払い、盾で受け止め、そして自らも前へ前へと攻撃の手を緩めない。


雷鳴轟く暗い空を黄金のオーラと蒼白いオーラが離れてはぶつかり、また離れては衝突することを繰り返して、強大なエネルギーの塊となったふたつの衝突で生じた衝撃波はフロンテ大陸の地上にまで降り注いで、誰もいない山林の地表にクレーターを生み出す―――


―――幸いこの浮遊岩の付近には集落や街はなく、山や森しかなかったので人に被害が及ぶ心配はない。


だが、人類最強クラスの存在となった八雲に対して、ここまで戦闘で打ち合える存在の天使に八雲は空寒いものを背中に感じ始めていた―――


(コイツ!予想以上に戦闘力が高い!―――どうする!?)


―――そんな焦りが一瞬の隙を作ってしまったのか、天使の持つ盾からまるでレーザーのような光線が突然照射された。


「ウオォオッ!?―――あぶねっ!!」


間一髪で避けたところ、大地まで光線が一直線に走ると途端にその照射された大地から激しい炎が立ち上がって光線を追うようにして地表を走っていく―――


(とんでもない隠し玉持ってやがった?!)


―――その威力に驚いた八雲だったが、だったらこっちもとばかりに魔力を膨らませる。


「これでもくらえっ!!!

―――炎槍ファイヤー・ランス!!!」


八雲が魔力を乗せた本気の《炎槍》だ―――


―――無数に展開された魔法陣から数十本の燃え盛る炎の槍が、覆面の天使に向かって放たれる。


轟音を轟かせて放たれた数十本の《炎槍》を見切り、空中を旋回しながら回避していく天使だったが八雲の《炎槍》は只のそれとは違う―――


「どこまでも追いかけていく追尾機能付きの《炎槍》だ!命中するまでターゲットを追い続ける!!」


―――まるで追尾機能の付いたミサイルの様にどこまでも天使を追い込んでいく炎の槍の追撃に、天使は空中を飛び交って避け回るが遂に一本の槍を盾で受け止め、その動きを停止してしまったところ一気に炎の槍が集中して命中する。


空中で何度も巨大な爆発音と爆炎を上げながら、数十発の炎の洗礼を受けた天使―――


―――爆発の規模から見ても、普通の生物であれば生存不可能なことは明白な状況だった。


(ここで『やったか?』とか言うとフラグが立ちそうだから、絶対に言わない!!)


ある意味で願を掛けるかの様に心に誓った八雲だったが、その願いは虚しく砕け散る―――


―――晴れだした爆炎の黒い煙の中から、レーザーのようなあの光線が八雲に向かって発射されたのだ。


「ウオォ!―――やっぱ生きてるのかよ!?フラグ立ててないのに!」


文句を言いながらもレーザー光線を躱して、次の手を考える八雲だが―――


―――黒い煙が晴れだした向こうから現れた天使には、口元を覆ったマスクが無い。


その下から現れた美しい唇に、一瞬目が釘付けになった八雲だが、


次の瞬間―――


「COHOOOOOO―――ッ!!!!!」


―――この世界の言葉とは思えない高音域の女の叫び声が八雲に放たれたかと思うと、


全身に違和感と激痛が襲い掛かる―――


「ウゥッ!ゴヴァ!!ゴホッ!―――ハァハァ……な、なにが……起こったんだ?」


―――突然八雲が吐血したかと思うと、耳や鼻からも流血が起こる。


内臓にも激痛が走り、すぐに『回復』を発動する―――


―――そのあまりに異常な状態に八雲は自らのステータスを開き、状態を確認した。


自身の状態欄には―――


『音毒攻撃』のダメージ表示が点滅している。


「なに?『音毒』?そんな攻撃聞いたことないぞ……」


文字をそのまま読み解けば音の毒という同じ世界、同じ場所にいれば逃げられない攻撃だということは明白だ。


現に今、八雲は相当なダメージを負っている。


そんな困惑している中でも―――


「COHOOO―――ッ!!!」


―――天使は追撃の音を止めない。


直線上の位置にいることは回避しようと空中で位置を移動する八雲だったが、音は全方位で放たれていてどこに位置を変えようとも届いてくる。


「グホッ!ゴホッ!―――ハァハァ!……クソッ!あんなのありかよ!」


今まで五分に衝突していたものが今は八雲が逃げ惑い、天使がそれを追いかける構図に移り変わっていた。


「COHOOOO―――ッ!!!!!」


繰り返し発せられる『音毒攻撃』によって、八雲は内臓に直接響いて撃ち込まれるダメージで何度も吐血を繰り返して逃げ惑う―――


―――天使は何度も音声の毒を撒き散らして八雲にダメージを蓄積させていく。


『回復』の加護で体内の回復を図る八雲だが、音の毒という独特の特性を持つ攻撃のためか次々にダメージを負い回復が追いつかない―――


―――天使からは音だけではなく、あの盾からのレーザー光線も合わせて容赦のない攻撃が続く。


吐血しながらも必死に空を翔けて、反撃の手を思考する八雲―――


―――そんな八雲の懐から、ひょっこりと顔を出したリヴァーが叫ぶ。


「マスター!―――アレをやろうよ!アレならきっと、あんなヘッポコ天使、ケチョンケチョンのポイよ!!」


「ハァハァ―――アレか……まだ実戦で使えるか試してないけど……ハァハァ……このままやられっ放しだとイヤだもんな」


「その通り!私とマスターが力を合わせれば、無敵!素敵!で最強なんだから!!」


「ハァハァ……ああ!そうだな!!」


すると逃げ惑っていた八雲が上昇飛行に切り替えて、そのまま向きを変えて天使を見下ろす―――


―――そんな八雲の動きに警戒心を上げたのか、余裕の表れなのかは分からないが天使も停止した。


「ハァハァ……いくぞ!リヴァー!!」


「いつでもいいわよ!―――マイマスター!!」


叫んだ八雲が魔力を集中すると―――


「八雲式精霊魔術

―――偉大なる黒神龍水霊装ノワール・ロード・オンディーヌ!!!」


―――その魔力に呼応するようにしてリヴァーの身体が蒼く発光していく。


すると何処からともなく現れた水龍が八雲の周囲を取り囲んで、蒼い光を放ちながら大きく輝き八雲を包み込んでいくと、やがてその光が収まり始める―――


―――そこには、




蒼く光沢のある鏡面状の表面に覆われた輝きに満ちた鎧が現れて、その全身を覆われた八雲が姿を現す―――




―――フルフェイスの兜には額から後ろ向きに一本の角が伸び、背中には六枚の長い三角形をしたスラスターのような羽根が付いている。




両手にはそれまでの夜叉と羅刹に蒼い刃が加わり、一回り大きくなった二本の蒼い太刀が握られていた―――




「しっかりサポート頼むぞ!―――リヴァー!!」


フルフェイスの兜の中で八雲がそう告げると、


「了解!取り敢えずさっきまでのダメージは『生命の水』で回復処理しといたわ!―――やっちゃって!マスター!!」


鎧と同化しているかのように、兜の中で響くリヴァーの声。


「それじゃあ―――仕切り直しだ!クソ天使!!」


目線の下に浮かんでいる覆面天使に向かって八雲は叫ぶのだった―――






―――蒼い流星と化した八雲が眼下の黄金の天使に向かって突撃を開始する。


そんな八雲に向かって覆面天使は口を大きく広げて―――


「COHOOOOO―――ッ!!!!!」


―――今まで以上に巨大な声量を響かせてくる。


だが、八雲の突撃は怯むことなく一直線に覆面天使に向かって矢のように向かっていく―――


「―――もう効かねぇえよ!!!」


八雲の纏っている水の精霊オンディーヌの力と黒神龍の加護を合わせた鎧は、水を起源にして構成されているため、天使の特殊な音声も水を通した音のように中和されてからでしか中の八雲には届かない―――


―――その上、『生命の水』の効果によってダメージは常に自動回復され、八雲の戦闘継続能力は各段に跳ね上がる。


『音毒攻撃』が通用しないことに、今度は黄金の盾から光線攻撃に切り替えるが―――


「残念!レーザーもこの鎧には効かねぇよォオオッ!!」


―――透き通る蒼い水の鎧は照射されたレーザーを鎧の内部でプリズムのように屈折反射して、別方向へと跳ね返していく。


「今度はこっちの番だ!―――覚悟しろォオオ!!!」


―――そう叫んで蒼太刀夜叉を天使に向かって振り下ろす八雲。


レーザーまで跳ね返されて、初めて驚いた表情になる天使は歯を噛みしめて八雲の攻撃を黄金の盾で受け止めようとするが―――


―――蒼太刀夜叉と衝突した衝撃後、黄金の盾の鏡面になっている表面に、ピシッ!ピシッ!と次々に亀裂が走っていく。


「オラァアア―――ッ!!!砕けろォオオ―――ッ!!!」


気合いで押し込む八雲によって、更に亀裂が進んだ黄金の盾はその場で無残にも砕け散っていった―――


「まだまだァアア―――ッ!!!」


―――続けて八雲は黄金の鎧、手甲、足甲、あらゆる防具を両手の蒼太刀夜叉と蒼太刀羅刹で撃ち砕いていく。


だが、天使もそのまま黙ってやられるつもりもない―――


「KAHAAAAA―――ッ!!!」


「ウオオオッ!!!―――また違う攻撃かっ!!!」


―――音域の変わった天使の声攻撃は先ほどまでの毒攻撃とは違い、物理的な衝撃波となって八雲にぶつけられる。


その衝撃によって吹き飛ばされて距離が離れた八雲だったが―――


「だったら、こっちも容赦しないさ!!リヴァー!スラスターピット展開!!」


「了解♪ スラスターピット展開!!」


―――リヴァーが叫ぶや否や、八雲の背中にあった六枚の三角形状のスラスターが分離して、八雲の周囲に均等に編成を組んで六角形の頂点を描く様に配置される。


「覚悟はいいか?目隠し天使!―――これでもくらえ!!!」


すると六枚のスラスターピットから蒼い光が放たれて、それらが一つになって蒼く光る水龍が現れたかと思うと、そのまま一直線に天使に向かって放たれた―――


「八雲式精霊魔術

―――黒龍大瀑布ドラゴ・ウォーターフォール!!!」


―――巨大な水龍が天使に向かって大きな顎を開き、天使を喰らい尽くすかのようにして一瞬のうちに飲み込んだ。


轟音と共に文字通り大瀑布の水のように、容赦のない水量で造られたその身を翻して暗い空を飛び回る―――


―――水で出来た龍の体内では、飲み込まれた天使がグルグルと水中で振り回され、水圧が激しく襲い掛かる。


そうして空を舞い、その身を丸めて水を集中させたかと思うと水龍がそこから変化して巨大な水球となり、その中で水圧に封じられていた天使に更なる強烈な水圧が襲い掛かる―――


「KAHA……ガボッ!ゴボッ!?」


水球を吹き飛ばそうと衝撃波を生み出そうとして開いた口の中には、圧縮されている水球の水が隙間を見つけては入り込むので喉の奥まで水が入ってしまい天使も声が出せない。


「やったわ!天使の捕獲成功♪」


「ああ、だが……まだ油断出来ない……」


そう言って八雲は蒼太刀夜叉で水球をグサリと突いてやると、そこから波紋が広がって水球の中にいる天使に何千倍にも増幅された波紋の衝撃波が届けられて、全身の骨がボキボキと砕け散る音が水の中で響き渡る……


「ガボオォ―――ッ!!!グボアッ?!」


八雲の意志通りに動く水の中に封じられて、全身の骨を彼方此方砕かれた天使は悲鳴にならない声を上げようとしても、水圧の掛かった中で水が口内に流れ込んで藻掻くことしか出来ないでいたが、その全身骨折の激痛と衝撃で遂には意識を失ってしまった……


「どうやらアイツ、気を失ったみたいだわ」


フルフェイスの兜の中で響くリヴァーの声。


大人しくなった天使を水球で包み込んだまま、八雲は浮遊島の大地へと下り立っていく―――


―――浮遊島の大地に到達した途端に、水球はまるでシャボン玉が割れる様にして辺りに散っていった。


仰向けに大地に寝転がる意識のない天使の傍に八雲も下り立つと、偉大なる黒神龍水霊装ノワール・ロード・オンディーヌを解除する。


リヴァーも元の姿に戻り、八雲の肩に乗って座ると一緒になって天使を見下ろしていた。


「ねぇ、マスター?コイツどうするの?」


「そうだなぁ……マキシ達を元に戻す方法を知りたいんだが、コイツ話出来るのかな?」


戦闘前から言葉が通じているのか会話が出来るのか不明の天使だ。


マキシ達の治し方を訊いたとしても、理解して答えられるのか甚だ疑問だけが残る。


「ああ、それなら天使の目隠しを外してやればいいのよ♪」


そこでリヴァーが謎の発言を八雲に伝える。


「目隠しを?それってどういう意味があるんだ?」


「うん、それはね♪ 上位階層の天使は素顔を見られると、見られた相手に従って堕天するしかないからよ♪」


「ええ?!何その重大情報!?……そういうこと、もっと早く言って?ねぇ?早く言って?」


ここにきて水の妖精からもたらされたサプライズ情報に八雲はジト目でリヴァーを睨む。


「いやぁ~!知ってるかと思ってて!メンゴ!メンゴ!ゴメンちゃい♪」


おどけた態度で謝罪の言葉だけ述べるリヴァーにイラッとする八雲だったが、今は天使が先だ。


「ハァ……それじゃ、早速―――お顔拝見っと♪」


その白い肌の天使の目を覆った黒いベルトに手を掛けると、そっとそれを外して素顔を拝む八雲とリヴァー。


「オオォ……やっぱ上位の天使だけに超絶美人だ……」


「まっ!私ほどじゃないけどね!ムフーッ♪」


「アア、ウン、ハイ、ソウデスネ……」


「―――なんで棒読みなのよ!!!」


そんなやり取りをしていると全身の骨折の痛みで目を覚ました天使が、ゆっくりとその瞼を開いていく―――


「お?お目覚めか、俺の天使」


「マスターその言い方……マジでキモイんだけど?」


地面に寝転がった自分を見下ろす様にしている八雲とリヴァーを目線だけで追う天使は、その時ハッキリとした視界が開けていて、自分の顔に目を覆ったベルトがないことに気がつく。


「あ、ああ、わ、わた、わたし、は……ま、まさ、か……」


自分が素顔を見られてしまったことに愕然とする天使に向かって八雲はにこやかに笑顔で、


「ようこそ!―――弱肉強食の地上へ!」


天使にとって死刑宣告のような言葉を投げ掛けるのだった―――



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