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第299話 堕天使

「―――あ、ああ、わ、わた、わたし、は……ま、まさ、か……」


自分が素顔を見られてしまったことに愕然する天使に向かって八雲はにこやかに笑顔で―――


「ようこそ!―――弱肉強食の地上へ!」


―――天使にとって死刑宣告のような言葉を投げ掛けた。


「あ、うぅ……な、なにをしたか、わ、分かっている?」


全身を震わせて銀髪の天使は座り込んだ地面から、八雲を見上げて声まで震えている。


「うん?……う~ん、アンタの素顔を見た」


「そ、それが、どんな意味を、もっているのか、わかっているの?」


「聞いた話しだと、堕天するって聞いたけど?」


すると―――


「イ、イアウウゥ―――ッ!!」


―――突然、天使が苦しむように自身の身体を両腕で抱きしめて背中を丸めていく。


そして同時に背中に広げられた六枚の純白の翼が生え際から徐々に黒く変わっていき、やがて六枚の翼はすべて漆黒に染まっていった。


「アァ……うそ……いや……イヤァアアッ!!!」


自らの漆黒に染まった翼を見つめて、泣き顔に変わった天使が叫び声を上げる。


あまりの天使の動揺振りに、『堕天してザマぁ~♪』とか言ってやろうかと考えていた八雲にも人並に罪悪感が浮かぶ。


「あ~あ!マスター、女の子泣かして最悪~!この女の敵!」


煽る様に言い放つリヴァーを睨みつけて、


「―――お前が素顔見られたら天使は堕天するとか俺に教えたんだろ!!」


八雲が言い返す。


「あれぇ?そうだった?メンゴ♪ メンゴ♪」


「という訳で責任はこのチンチクリンの妖精が取るから、煮るなり焼くなり着せ替えするなり好きにしてくれ」


「ちょっと!?―――私を売る気!?」


ガミガミ言い合いになる八雲とリヴァーを睨みながら天使が呟く。


「……うるさい」


「ア、ハイ……」


「サーセン……」


涙目でジト目を八雲に向ける天使のドスの効いた一言で、八雲とリヴァーは黙り込んだ……


だが、このまま放置することも出来ない八雲は天使に向かって告げる。


「まあ、堕天までさせたのは悪かったよ。だけど!お前も人の話しを聞かずに襲ってきただろう?だったら、返り討ちにあうことも当然想定して然るべきだろう」


「……」


ウェーブの銀髪を乱したまま、天使は何も返さない。


そこで埒が明かないと考えた八雲は―――


「素顔を見られた以上、お前は俺に従うんだよな?答えろ。お前が従う相手は誰だ?」


「……ウゥ……クッ、そ、それは……」


銀髪の天使は八雲を見上げて口元をプルプルと震わせながら、答えることに抵抗している様子が見て取れた。


「―――答えろ。お前の従うべき相手は誰だ?」


「そ、それ、は……あ、貴方……です……」


遂にその言葉を口にした天使は瞳にいっぱいの涙を溜めている。


「よし!その言葉、忘れるなよ。お前の名前は?」


「……わたしは、私は……」


また天使が言い澱む。


「マスター。天使達には固有の名前はないわよ?この天使は上位の天使という存在だけで、個を称する名を持たないの」


そこでリヴァーが天使についての豆知識を八雲に教えてくれた。


「そうなのか?―――おい、本当に名前がないのか?」


「……はい、あり、ません……」


そう言って俯いた天使に、八雲は―――


「―――だったら、俺が名前をつけてやる」


「エェ?!―――マスターが!?」


―――自ら名をつけると言い出した八雲に、普段からネーミングセンスがないと言って憚らない八雲に対して不安に満ちた視線を送っていた。


「なんだよ?俺だって最近、自分のネーミングセンスがイケてんじゃね?って思いだしたところなんだぞ!」


「あ、それって失敗する時のフラグっていうヤツなんでしょ?分かります」


八雲とリヴァーのやり取りに、不安気な表情を更に暗くする天使だったが、


「ざけんな!いいか!お前の名前は―――『ラーン』だ!!」


「ちょっと!―――それってこの天空神殿の名前じゃないっ?!」


今いる天空神殿の名前をつけた八雲にリヴァーが驚いてツッコミを入れる。


「ああ、そうだ。此処は『ラーンの天空神殿』。そしてその天空神殿に現れた天使、だから名前は『ラーン』だ!異論反論意見は一切認めないぞ」


「……ラーン……それが……わたしの、名……」


名前が決まったところで八雲はラーンに『回復』を施して、精霊魔術で負わせた全身の骨折など傷を癒していく。


「これは……地聖神様の……」


八雲の回復に『地聖神の加護』を感じ取ったラーンは、八雲の顔をジッと見つめていた。


「よし!―――どうだ?これで傷は治したと思うんだけど?まだどこか痛むか?」


「大丈夫……貴方、何者ですか?」


「うん?俺か?―――俺は九頭竜八雲だ。これからよろしくな、ラーン」


「くずりゅう……やくも……覚えました……はい、貴方に、従います」


回復した身体で一旦立ち上がり、そこから片膝をついて八雲に対して拝礼をするラーン。


「よし。それじゃあ早速……アレ、なんとかしてくれないか?」


「……?」


首を傾げるラーンに対して八雲が指差した先には―――


「アハン♡ アッ♡ あついぃ♡……/////」


「やくもくぅん♡ はやく、こっちにきてぇ♡/////」


「コ、コロスッ!ぜったいぃにぃ……コロスぅ/////」


―――紫に輝く粘液体に塗れた美女達がいる。


阿鼻叫喚の卑猥な姿を曝け出して喘ぎ声や、熱い吐息混じりの恨み言を呟いていた……






―――静寂を取り戻した遺跡群


その中心にあるラーンの天空神殿では、あれからラーンがベルを鳴らすと、粘液に塗れた美女達が正気に戻っていった。


「キ、キャァアア―――ッ!!!!!/////」


「み、見ないでェエエ―――ッ!!!/////」


「エッ……わたし……どうして、こんな……イヤァアアアッ!!!/////」


「な、なんだ!?この粘液は!?―――ハッ!おい!御子殿!!早くこれを解け!!!/////」


「あれ……アタイ……どうして……裸に!?や、八雲様!?早くこれ解除してくださいぃ/////」


などなど、阿鼻叫喚の悲鳴が鳴り響き―――


「く、九頭竜八雲ォオオオ!!!―――コ、コロスぅうう!!!/////」


唯ひとり、尋常ではない殺気を噴き出しているサファイアの怒声が一際響き渡った―――


―――八雲はサファイアの尋常ではない殺気に対して、強硬な手段を取ることにする。


そして八雲に飛び掛かろうとしていたサファイアに対して、


「ラーン」


「はい……」


返事したラーンが再びベルを一度鳴らすと―――


「アアアッ?!い、イヤぁアアッ!!!―――や、止めさせなさいィイイ!!!/////」


―――意識はそのままだが、何故か身体を地面に仰向けに寝かせて八雲に向かって両膝を抱え上げ、M字大開脚で股間を自ら晒すサファイアがそこに出来上がっていた。


しかも自らの両手で脚をクパァ♡と開き、先ほど着込んだそこにある下着が丸見えだ……


「俺に対して攻撃しないと誓えるか?サファイア」


「だ、誰がぁああ!こんなことまでされてぇええ!!/////」


「誓えないなら、その恰好のままで白雪のところまで連れて帰るぞ?天使にやられましたって言って」


「この、卑怯者ォオオ―――ッ!!!/////」


怒りを納めないサファイアに八雲は溜め息を吐く……


「ハァ……え?今頃気づいたの?俺は正義の味方でも何でもないぞ?お前の正気を失わせて犯してないだけ、まだマシだと思えっての」


「うわぁ……こんな鬼畜がマスターかと思うと、マジでドン引きだわ……」


「……妖精に同意する」


八雲の容赦のないサファイアへの仕打ちに、リヴァーとラーンが激しく同意していた……


「―――サファイア、お前の私怨に一々つき合っていられるほど暇じゃない。俺に対して攻撃しないと誓え。でなければそのままヴァーミリオンの屋敷までお持ち帰りだ」


「わ、分かりましたわ!だから!!こ、この恰好はどうか、どうか許してくださいまし/////」


いつものようにお道化て許してくれる八雲とは違い、完全に容赦のない様子を見て遂には涙目になって懇願するサファイアにゾクゾクした八雲だが、ここは他の者の目もある。


「……ラーン、解除しろ」


「……了解」


そしてラーンが再びベルを鳴らすと、ようやく自由になることが出来たサファイアはシクシクと泣いていた。


(少しやり過ぎたか……でも、いい加減サファイアの態度にもどこかでキツク締めておかないと……あ、これ戻ってから雪菜に怒られる予感しかしない……)


少しやり過ぎたことに後悔と絶対に雪菜が怒ってくるだろうなと予想して、八雲も精神的に落ち込んでいた―――






―――衣服を着て、改めて集合する探索チームのメンバー達。


「あぁ~その、さっきの醜態については……その、皆ここで忘れよう/////」


メリーアンがまず全員にそう提案する。


だが、その提案には唯ひとり男である八雲が真っ先に同意してくれなければ成り立たない提案だということは、八雲も流石に空気を読んで理解している。


「ああ、そうだな―――俺はもう忘れた。というか、何も見ていないし、何も聞いてはいない。何もなかった。それでいいだろう?」


「配慮してもらって助かるよ、九頭竜君/////」


真っ先に八雲の同意が得られたことにホッとするメリーアン。


「そうだな……今回、そこにいる天使の精神攻撃に私達はなす術もなく、御子殿のおかげで救われる形となった者同士だ。此方から文句をつける筋合いなどない」


サファイアを見つめながら、そう言い切ったのはルビーだった。


自身も白い妖精ホワイト・フェアリーとしてのプライドがあるだろうルビーから、全員に伝わるように出た言葉に最早誰も文句は言わない。


サファイアですら俯いたまま何も言わずにいた。


「よし。それじゃあこれからは―――ラーン」


「はい、なんでしょう?」


漆黒の六枚の翼を生やしたラーンが八雲に視線を向ける。


「お前はどうして俺達に攻撃を仕掛けてきた?」


先ほどまでの戦闘の意味を問い掛ける八雲だったが、ラーンの返答は―――


「それは、この試練の地に侵入する者の排除」


―――予想外の言葉だった。


「試練の地?攻撃してきたのは、俺達が侵入者だったからか?」


八雲だけではなく周囲の者も皆がラーンに視線を集めて困惑していく。


「はい。私はしゅに仕える天使でした……その主が与えたもうた使命はただひとつ、試練の地を侵す……侵入者を滅せよ……と、それだけでした」


「その主っていうのは……天聖神でいいのか?」


「地上の者達が、そう呼んでいるしんなるしゅで間違いありません」


(天聖神が此処に来た人を滅せよ、と命じて来ただと?人に何か恨みでもあるのかよ……)


滅ぼされる心当たりのない八雲にとっては、むしろ天聖神がこの異世界に引っ張り込んだ張本人じゃないかと疑っているくらいだ。


「そうか……そのことはこれ以上分からないだろうな。だったら、この遺跡については知っているか?」


八雲は質問の内容を変えてラーンに問い掛ける。


「はい……此処は主の試練が与えられる場所……」


「天聖神の試練……さっきも言っていたけど、その試練とは何だ?」


「いつか訪れる『神紋のあるじ』が……この試練の場で、守護天使と上位天使を越えることが出来るか……それが、この場の存在意義……」


「―――ちょっと待て!!今……『神紋の主』って言ったか?」


「はい……天を統べるしゅの印を刻みし者への……試練の場だと」


すると八雲は徐に自身の黒いシャツの胸元のボタンを外して開けさせると―――


「お前のいう『神紋』って言うのは―――これのことか?」


「ッ?!―――それは!……たしかに、天の『神紋』……では、貴方が……」


―――その胸にアルヴィトから受け取った『天聖神の神紋』が輝いている。


「ああ、あああ……そう、ですか……主よ……そういうことなのですね……」


「おい、ラーン?大丈夫か?」


『天聖神の神紋』を見て驚愕してよろけ出したラーンだったが、その場で片膝をつくと頭を下げる。


「お、おい!?」


「その神紋を見て悟りました……私がこうして堕天したのも、貴方様に従属するのも、すべては主の御意志……私が貴方のお傍に仕えることこそ……主の導き」


「なんだって?それじゃあ、お前が堕天して俺の元に来るまでが天聖神の目論見だとでも?」


「はい……そのことが、これから何を意味するかまでは……私にも分かりません」


ラーンの説明に八雲は沸々と怒りの様な、納得のいかない感情が湧き上がる。


自分や雪菜をこの異世界に引き込んでおきながら、更には此処で天使を堕天させることまで神の掌の上だと宣われては、たまったものではない。


「お前の言い分はわかった。けど、お前がどう思おうとも俺のことは俺の意志で決める。天聖神も誰も関係ない」


「それが貴方様のご意志であるのなら……私は従うまでです」


そう言ってラーンは深く頭を下げるだけだった……






―――それから八雲はペルセポネを『伝心』で呼び出して、その場に紺碧の歌姫アズール・ディーヴァを呼び寄せた。


天使との戦闘でかなりの時間を費やしたことで晴れた空もとっぷりと陽が落ちており、これ以上の探索は望めないので皆で一旦紺碧の歌姫アズール・ディーヴァへと引き上げることにしたのだ。


そこから食事を取り、明日の探索について少し話してから八雲も自室に戻った。


そして、今日のサファイアのことで八雲は雪菜に『伝心』を送る―――


【―――八雲?どうしたの?何かあった?】


【ああ、その、雪菜に頼みがあって……実は今日―――】


―――突然の『伝心』に心配そうな声を聴かせる雪菜。


そんな雪菜に八雲は罪悪感を抱えているサファイアについて話していった―――






―――そして、


サファイアはというと自室に籠って今日の醜態を思い出し、また涙が溢れてきていた……


【―――サファイア?】


【ゆ、雪菜様!?―――い、一体どうなさったのです!?】


―――そこに『伝心』で届いた雪菜の声に驚くサファイア。


【うん、どう?大丈夫?】


【はい?大丈夫ですわよ?どうされましたの?】


サファイアは努めて冷静になろうとして、余計に心の声が上擦る。


【今日、八雲に……嫌な目にあわされたんだよね?】


【ッ?!―――ど、どうしてそれを!?】


まさか雪菜がそのことを知っているとは思いもよらなかったサファイアは驚きを隠せない。


【八雲から聴いたの。サファイアにやり過ぎたから、元気づけて欲しいって】


(あの男!雪菜様に何を話しましたの!?)


突然の雪菜の話しに、サファイアは困惑していたが、


【八雲って、たまにやり過ぎる時があるんだよね。だから、そういう時は決まってフォローしようとしてくるの】


【はぁ……それで、雪菜様に?】


【うん。話しを聴いたら八雲がサファイアへお詫びに何かしても、サファイアが嫌な気持ちになるだけでしょ?だから私にフォローして欲しいって頼んできたの】


【そんなことのために雪菜様のお手を煩わせるなんて!】


心酔する雪菜にその様な面倒を頼んだ八雲に対して、理不尽な怒りが湧いてくるサファイアだったが、


【アハハッ!八雲は別に完璧でもなければ神様でもないから失敗もするし、やり過ぎることもあるんだよね。私は八雲の幼馴染だからね。子供の頃から、そんなこと何度も見て来たから】


雪菜は笑いながら八雲のことを語り出す。


【それにしても!あれはやり過ぎでしたわ!!/////】


【うん、だよね。でも八雲が本当にサファイアのこと考えてなかったら、私のところに『伝心』なんて寄こさないと思うんだ】


【それは……そうかも知れませんけれども……】


【だから、八雲が馬鹿なことしたり、間違ったことをしたりしたら怒ってもいいし喧嘩してもいいよ。でも、本当に傷つけたりするのはやめて欲しいかな】


【……雪菜様。以前から気になっていたのですが……何故そこまで九頭竜八雲を想っているのですか?】


【そうだねぇ……気がついた時には幼馴染でずっと一緒にいてくれた。でも、十歳くらいを過ぎてくるとやっぱり男の子と女の子だから、仲が悪くなった時期もあったんだよね】


普段から息の合った夫婦のように話すふたりの、思いもよらない話にサファイアは聞き入るのだった―――



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