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第300話 雪菜の思い出

【―――そうだねぇ……気がついた時には幼馴染でずっと一緒にいてくれた。でも、十歳くらいを過ぎてくるとやっぱり男の子と女の子だから、仲が悪くなった時期もあったんだよね】


普段から息の合った夫婦の様に話すふたりの、思いも寄らない話にサファイアは聞き入るのだった―――






―――八年前 日本某県某市


九頭竜八雲 十歳

草薙 雪菜 十歳


物心ついた時から一緒にいて遊んでいた八雲と雪菜だが、学校に行き始めてから十歳になった頃には、互いにそれぞれ同性の友達も増えてきて、いつしか思春期を少しずつ感じ始める男の子、女の子といった若草な物語の時期に入っていき、互いに人前では仲良く会話することが減っていった。


八雲はもうこの頃には祖父に九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅうの手解きを受けていて、日々鍛錬の毎日を過ごしている。


雪菜はというと、そんな八雲の様子を眺めている時間が多かったのだが、女の子の友達が出来始めた頃から少しずつ八雲の稽古を見ている時間も減っていき、十歳の頃には道場まで見に来ることはなくなっていた―――


―――そんなある日、八雲と雪菜にある事件が起こった。


「なあ、八雲!お前、草薙と仲良いよな?もしかしてお前等、デキてんのかよ~!」


それはいつも八雲と遊んでいる男子の、何気ない一言が切掛けだった。


その当時、八雲と雪菜は別のクラスだったがクラスの中で突然そんな話題を振られて、八雲は妙に焦ってしまい―――


「ハァ?バカなこと言ってんじゃねぇよ!誰が雪菜のことなんか好きになるかよ!!雪菜とはただ、家が隣同士なだけだ!!!/////」


―――と、クラス中に響き渡る大声で言ってしまった……そのクラスの扉に雪菜が立っていることも知らずに。


「……」


「おい!あれ、草薙じゃね?」


「ッ?!―――雪菜!?」


八雲が扉に向かって振り返った時に見えたのは瞳に涙を一杯にした幼馴染の姿で、そしてすぐに扉の向こうの廊下を駆け出していく様子だった……


「あ~あ!泣~かした♪ 泣~かした♪ 言ってやろ♪ 言ってやろ~♪―――ヒグゥッ!!」


調子に乗って八雲を揶揄う様に歌っていた男子の顔面に、八雲の拳が突き刺さっていた……


「キャァアア―――ッ!!!」


―――途端にクラス中に女子の悲鳴が響き渡った。


只の子供の喧嘩なら大したことにはならないが、八雲はこの当時でも古武術を学んで身体も鍛え始めていたので、まともに拳を繰り出せば前歯や鼻の骨折くらい余裕だった。


―――後から分かったことだが、この時に揶揄ってきた男子は雪菜のことを好きだったと八雲は知ることになるがそれはまだ先の話しだ。


そうして揶揄口調だった男子に馬乗りになってボコボコにしてしまった八雲は、その後の家に帰ってから激怒した祖父に容赦なく折檻された。


家の古武術を武術の心得もない相手との喧嘩で用いたことに祖父の逆鱗は収まらず、何より相手の子供の痛みを知れと言われながら祖父にボコボコにされた八雲。


その後、怪我をさせた相手の両親がその怪我をした我が子を連れて、八雲の家まで文句を言いに突撃して来たが、応対に出た祖父が連れている八雲が自分達の連れている子供よりもボコボコにされ、顔面血まみれになって意識を失っている姿を見て息を呑んだ……


鬼の形相の祖父が八雲の首根っこを掴んだまま血を流しているのに玄関まで引き摺って出て来たことで、その両親も息子も卒倒し、すぐに逃げ帰ってしまったという伝説までこの時出来てしまった……


だが、雪菜は八雲に言われたことがショックでその日から塞ぎ込んでしまう……


それから数日経った休日、雪菜が八雲の家の前を通りかかると八雲の家の愛犬である黒柴犬のあかつきが、雪菜を見つけてキャンキャン♪ とじゃれつこうとしてリードを目一杯引っ張り過ぎて首輪がスポッと抜けてしまった。


「ああっ!暁!―――ダメ!ダメだよ!!」


雪菜は慌てて暁を呼ぶが自由になった勢いからか、暁は家の門を飛び出して近くの山の方に向かって嬉しそうに駆け出して行ってしまう―――


「どうしよう……どうしよう……」


雪菜達の住んでいた場所はそれなりの街でもあり、少し歩いて行けば山もあるような地域だった。


その暁が駆けて行った山は十五分も歩けば行けるような場所で、だが既に夕方になっていたこともあり、今から暁を探しに行けば間違いなく夜になってしまう。


「どうしよう……でも……でも……暁がいなくなったら……八雲が……」


そんな状況でも八雲のことが頭に浮かんだ雪菜は、恐る恐る八雲の家のインターフォンを押した。


「はぁい……って、雪菜!?」


「八雲!?―――どうしたの、その顔!?」


玄関から出て来たのは、顔面がボコボコになって青い痣になっている八雲だった。


「べ、別にいいだろ!そ、それより何だよ?」


八雲は級友に揶揄われたことと祖父にやられたことを恥ずかしく思い隠したくて雪菜の要件を訊くと、


「あ、うん、あの……暁が、首輪が抜けて山の方に―――」


「―――なにっ!?暁が!?」


急いで犬小屋に向かった八雲の目には、スッポリと抜け落ちて地面に落ちた首輪だけが残っている……


「大変だ!探しに行かないと!!―――山の方に向かって行ったんだよな?」


「う、うん。あの!私も探すの手伝う!!」


目の前で逃げられてしまった雪菜は責任感から八雲に申し出た。


「えっ?雪菜も?そうか……よし、分かった!頼むよ!」


クラスで嫌な思いをさせてしまった雪菜の申し出が八雲は素直に嬉しかった。


「うん!」


そうしてふたりは夕暮れの中、裏山に向かって走っていった―――






【―――それで……どうなりましたの?】


ベッドの中で雪菜の昔話を寝物語のように聴き入っていたサファイアに、『伝心』で雪菜が続ける。


【うん、その後に暫く探して山で暁は見つかったんだけど、今度は夜になって明かりのない真っ暗な山で八雲と迷子になっちゃって。しかもそれから急に雨も降り出しちゃってね。もう大変だったよ♪】


と、今だから笑い話のように話せるといった様子の雪菜だったが、


【でも、その時……私が真っ暗な夜の山の中で、足を滑らせて沢に墜ちたの……】


【エッ!?大丈夫でしたの?】


【うん、そこまで深いところじゃなかったから、八雲がすぐに助けてくれて……でも、その時に足を挫いちゃって……私は情けなくて、八雲に迷惑掛けていることが悲しくて、ずっと泣いていた】


その心理はサファイアにも分かる……というより今日同じような体験をしたところなのだ。


サファイアもラーンの精神攻撃に負かされたこと、八雲に攻撃を仕掛けたことも記憶に残っている。


ただ、そのあまりに恥ずかしい醜態を晒したことを八雲に八つ当たりして晴らそうとしていたに過ぎないのだから、心理的にクラスメイトを殴った当時の八雲と変わりはしない。


【でも、そんな私を八雲は責めなかった。きっと足を引っ張って泣いている私のこと、何となく理解してくれていたんだと思う。八雲はずっと「お前が悪い訳じゃない。一緒に探してくれて嬉しかった」って言い続けてくれてたよ。そうして一晩山で明かしたところで、漸く周りが明るくなってきて八雲が私をおんぶして山を下りられたんだ】


【それは……大変でしたのね】


【―――そりゃあもう!家に帰ってきて、親とか八雲のお爺ちゃんから大目玉だよ!子供がふたりも一晩中、行方不明になってるんだもん。でも八雲は「雪菜は暁が逃げたことを知らせに来てくれて、探すのを手伝ってくれてた。雪菜は悪くない。悪いのは手伝わせた俺だ!」ってハッキリと言って私のこと庇ってくれたの】


【そこは男らしいところですわね】


【うん、学校ではあんなこと言われたけど、でもやっぱり八雲は八雲なんだって、その時に改めて思ったの。だから私は今でも八雲のことが好き。ずっと好きなんだよ。八雲の両親が事故で亡くなって、その次にお婆ちゃんが、そして最後の家族だったお爺ちゃんが亡くなった時に八雲までいなくなりそうで私は怖かった】


【……】


【そうしたら、本当にいなくなったでしょう?】


それは八雲が突然の異世界転移に巻き込まれたことだ。


【心が壊れそうな気持ちになって、そこら中を必死に捜し回って、いつの間にか私もこの世界に飛ばされて、そして白雪に助けてもらって、サファイア達にも色々と助けてもらった。八雲に会えないと思っていた時に異世界転移でしょう?もう本当にダメだって思ってたけど、サファイア達が支えてくれたことで今の私がいるんだよ】


現に白龍城内に転移させられた雪菜は、発見当初は精神異常を来たしているのではと疑うほど支離滅裂でおかしくなっていた。


【そうして暫く皆の助けがあって過ごしているうちに八雲の名前を聞かされて、私は人生でここまで喜んだことがないってくらい喜んだよ♪ だから今も八雲の傍にいるの。ねぇ、サファイア……八雲のこと、嫌い?】


【……嫌いですわ】


【そうだよね。八雲はスケベで馬鹿なこともするし、人のこと傷つけることもある。それじゃあ、一緒にいても辛いだけなら、白龍城に帰る?私はサファイアが本当に嫌な思いをしているなら、白雪に頼んでアルブムまで送ってもらえるように頼むよ?】


【エッ……それは……】


突然の雪菜の申し出にサファイアは困惑する。


【今すぐに答えを出さなくていいよ。ヴァーミリオンに戻ってくるまでに、サファイアがどうしたいのか考えてみて。私はサファイアにも幸せになって欲しいから】


【雪菜様……】


そう言って雪菜の『伝心』は途切れた。


雪菜の話しを聴いてベッドに横になりながら色々なことが頭を過ぎり、無意識のうちに頭の中はこれまでの八雲とのことを、何度も何度も出会った時から今までを繰り返し思い出しては消えて、そしてまた思い返す……


だが、そこでハッと気がついたサファイア―――


「なんで……アイツのことばかり考えていますの!私は!/////」


―――悶々とした頭の中を整理することは、結局サファイアには出来なかった。


不貞腐れた表情を浮かべながらベッドに潜り込むだけだった―――






―――翌朝、天空神殿に再び上陸した八雲達。


朝食も済ませて、今日は本格的に神殿の探索を行う予定だ。


「それじゃあ、まずは―――ラーン!」


「はい、我があるじ


八雲の呼び掛けに答えるラーン。


今は漆黒の翼を仕舞い、人と変わらない姿となったラーンには黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーのディオネと同じ軍服のような服に金の刺繍を鏤めた黒いコートを与え、昨日までのふわふわした天使のような装いから女将校のような姿に変わっている。


「この神殿に『蒼の書』っていう書物が保管された場所がないか、心当たりはないか?」


「書物……ですか……それならば……たしかこの神殿の地下に封印されている物がありますが、それでしょうか?」


「地下があったのか!?それは行ってみないと分からないな……会長、どうします?」


そこで判断を仰ぐ八雲に、メリーアンは―――


「勿論行くさ!でも、その地下には罠とかあるんだろうか?」


―――安全性についてラーンに問い掛けると、


「封印はされているがトラップの類いはない」


と断言するラーンの言葉に皆でホッとしつつも、


「それでも十分に警戒して行こう。それではラーンさん、案内をお願いしてもいいかな?」


メリーアンの言葉にラーンは頷いた。


「此方です―――」


と、先頭を歩き出すのだった―――






―――昨日、天使達と戦闘を行った教会のような遺跡まで辿り着く


その教会の更に奥へと進むラーンに追従する八雲達は、その先に石造りの小屋のような大きさの建物を見つけた。


「ここが地下への入口か?」


ラーンに問い掛ける八雲に、彼女はコクリと頷いた。


「この扉には……『天聖神の神紋』を刻みし者でしか解けない封印が施されています」


「え?それじゃあ、神紋を持たない人間が此処に来ても―――」


「―――この扉を開くことは出来ません。天の主の封印なので、破壊することも出来ません……」


その話しを聞いてメリーアンが扉に近づいてキョロキョロと見回す。


「見た目は只の石の扉だけど……もしも私達が九頭竜君に同行をお願いしていなかったら……此処まで来ることも、この扉を開くことも出来ずに終わっていたということなんだね」


振り返って改めて八雲に微笑みを向けて、


「ありがとう、心から感謝するよ」


と、深々と頭を下げた。


「まだこの先に『蒼の書』があるとは限りませんよ。だから、気を抜かずに行きましょう!」


メリーアンに頭を下げるのは早いと言って扉に手を掛ける八雲。


「―――これはっ!?」


握ったノブの周囲から黄金の光が扉の模様に沿って一面に走り、そして力も入れていないのに自動的に扉が開き始める―――


「……行きましょうか」


―――メリーアンに暗がりの地下への階段を指差して進むことを告げる八雲。


メリーアンはコクリと頷いて返すのだった―――






―――石畳と石積の壁と柱が続く天空神殿の地下通路を進む八雲達。


石畳の床なので足音は暗い通路にコツコツと鳴り響いて、その木霊する音が余計に不気味な雰囲気を醸し出している。


「ウゥウ……く、暗くて、怖いですぅ……」


ロレインが魔法杖で《光灯《ライト》》を発動し暗がりの続く通路を照らしてはいるものの、それでも奥は暗く続いている景色が恐怖を生み出して震えながら怯えていた。


「よし!それじゃあここで俺がティーグルで出くわした、とっておきのアンデッドの話しを―――」


「イヤァアアア―――ッ!!!くずりゅうせんぱいぃ……悪魔ですか!!」


「何故この状況でアンデッドの話しをしようとするの……」


八雲の前振りにロレインは悲鳴を上げ、アイズは呆れた顔をしていた。


「いやぁ、こんな経験なかなか出来ないだろうしさ!だったら場を盛り上げようかと」


「場を盛り上げるのがアンデッドの話しっていうチョイスはどうなんだい?」


「……最低です」


メリーアンのツッコミに少し笑みが零れると、ロレインやラミアも不安そうな表情が普通に戻っていた……


サファイアはそんな八雲と女生徒達のやり取りをジッと見つめている。


「どうした?サファイア」


「ルビー?……いえ、別に。なんでもありませんわ」


「そうか?ところでサファイア。お前は御子殿の世話係だったな?」


「……なんですの?突然そんなことを訊いてくるなんて、貴女らしくありませんわよ?」


すると、ルビーの顔が少し赤らんで―――


「いや、その、私も御子殿にあのような姿を見られたのだから、雪菜様にご相談したところ話しを色々と聞いてもらったのだ。それで私も気持ちが固まったら……『龍紋の乙女達クレスト・メイデン』に名を連ねることもやぶさかではないと……」


「ッ?!……正気ですの?ルビー」


ルビーもまた雪菜と話して相談していたことにも驚いたが、白い妖精ホワイト・フェアリー最強クラスのルビーの口から八雲のハーレムに加わるかもしれないという話が飛び出してサファイアの心情は荒海のように乱れていた。


「ああ、本気だ。今では上位天使まで従えて、その力は認めるしかない。なにより雪菜様の夫なのだ。私も加えて頂いてもおかしくはないだろう?龍の牙ドラゴン・ファング達や紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達は、もう何人も名を連ねているのだから」


「それは!!……ええ、そう……ですわね」


普段なら「何を馬鹿なことを!」とキレることが目に見えるサファイアが、ルビーの発言に肯定の意を示したことに、


「お前は、どうするんだ?」


思わずルビーもサファイアに問い掛ける。


「―――エッ?わたくしは、別に……」


「ならいいが、あの様子だとウェンスもリベルタスも私とそんなに気持ちは変わらないと思うぞ?お前も、後悔だけはするなよ」


そう言い残して殿をサファイアと変わり、前に進むルビーの背中がサファイアには妙に遠く見えるのだった―――



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