―――石畳と石積の壁と柱が続く天空神殿の地下通路を進む八雲達。
通路を進んでいる今、とても静かだったが先の八雲の冗談でそこまで緊迫した空気はなくなり、周囲を警戒はしつつも初めて足を踏み入れる場所への探検気分が勝ってくるとワクワクする感覚に包まれ始めた―――
天空神殿の地下は八雲が想像していたよりも広く長い通路になっており、その間にメリーアンのご機嫌な話や学園に戻ってから行われる学園祭の催しについて色々な話題を話しながら進んで行く―――
「―――学園祭なんてあるんですか?」
「ああ!勿論あるよ♪ 毎年三日間催されて、その間は一般の生徒のご家族も招待して一緒に楽しんでもらうんだよ♪」
「へぇ~♪ それで、どんなことをするんです?」
「そうだねぇ~♪ 学年関係無しに各クラスでの催しと、それとは別に個人やグループでの個別催しも生徒会に申請してもらえば開催出来るから、お家が商売をしていたりする子は、ここぞとばかりにお家の宣伝のために実家の店の人達と店を出す子も多いね♪」
「それは面白そうですね!俺も何かやろうかなぁ~」
「おっ!いいじゃないか♪ 九頭竜君も何か考えてやってみなよ!申請は生徒会に出してもらえば私が生徒会長特権ですぐに許可してあげよう♪」
ムフー♪ と生徒会長の権限を振るおうと豊満な胸を張るメリーアンに副会長のアイズが、
「―――ダメに決まっているでしょう。何か催しをするつもりなら、しっかりと申請書を書いて提出してください」
クールビューティーな表情で八雲に断りを入れてメリーアンを諫める。
「―――分かりました。そうしますよ」
「……/////」
そう言いながら笑ってアイズに返すと、その笑みを見たアイズはほんのりと頬を赤らめていた。
アイズのその様子を見たメリーアンは、何も言わずに微笑みを浮かべてその幼馴染を見ていた―――
―――そうして地下道を進んで行くうちに大きな広間に繋がる入口までやってくる。
教会の礼拝堂のような高い天井と広いスペースの奥に祭壇の様なものが見えた。
「あれは……祭壇か?」
その場所を見て祭壇と推測した八雲だったが、そこでメリーアンが接近して周囲から確認していく―――
「これは確かに祭壇だね……だけどこの祭壇の形式はエルフが信仰する自然信仰の形式だよ。ほら、ここにレリーフがあるだろう?これは自然信仰にある世界の始まり、『生命の樹』を模して描かれているんだ」
―――説明しながら祭壇の紋様を指差す。
そこには確かに巨木のような紋様が描かれているのを他の者達も見て理解する。
「でも、天聖神の天空神殿の地下に、どうしてエルフの自然信仰の祭壇が?」
八雲の当然の疑問に対してすぐに答えは出ない。
だが、そこでメリーアンが―――
「フフフッ♪―――私のとんでも説、聞いてみる?」
―――いつかの八雲と同じ台詞で自身の見解を説明し始める。
「此処を造ったのは、ズバリ!―――アズール皇国の国母である初代女王レイン=ドル・アズール様さ!」
「えっ!?でも、この遺跡は突然此処に現れたと……」
思わずメリーアンの説に異を唱える八雲だったがメリーアンは人差し指を立てて、チッチッチ!と舌を鳴らしながら指先を左右に振る。
「上の遺跡は確かにそうだろうね。でも、遺跡が現れてから、此処をレイン様が後から造ったと言ったら、どうだい?」
「あっ……確かにそれは考えなかったな。でも、どうしてアズールの国母様が造ったと言えるんです?」
メリーアンが唱える説に国母レインとの繋がりが八雲には見えなかった。
「それはね……アズールの国母であるレイン様は―――エルフだったからさ」
「エルフ!?……なるほど……だからこのエルフの信仰している祭壇を見て、そう思ったってことですか」
「そういうこと!まぁ……証拠はどこにもないんだけどね♪」
そう言って、おどけるメリーアンだったが、
「いや、諦めるのはまだ早いですよ」
「えっ?どういうこと?」
今度は八雲に向かって首を傾げるメリーアン。
「此処に『蒼の書』の二冊目があればレインが秘蔵したという物証のひとつになるでしょうし、もしかしたら祭壇のことも書いてあるかも知れませんよ?」
「ハッ!……確かにその可能性はあるね」
「ただ一冊目の『蒼の書』を盗んで天空神殿に持ち込んだのが誰で、何が目的だったのかまでは分かりませんけど……ところでラーン?」
「はい我が主、なにか?」
「昔此処に探索に来て一冊目の『蒼の書』を持ち帰った冒険者がいるんだが、その時は試練を行わなかったのか?」
八雲が言っているのは冒険家ガリバーのことだ。
「……あれは天の主の意志で見逃しました。手を出してはならないと天啓が下りましたので」
「見逃せって天聖神が?天使の姿は冒険者に見せたのか?」
「はい、此処の地上に保管していた書物を手にしたところで、姿を現した守護天使の軍団を目にしたその者達はすぐに撤退していきました」
「なんだかそれも天聖神の筋書きみたいで、ますます気に入らないな……」
「天の主の御心は計り知れません……」
そうして、慎重に皆で祭壇を調べることにする。
「ラーン、その書物はどこにあるんだ?」
案内してくれたラーンに問い掛けると、
「彼方です」
祭壇に置かれた棺のようなものをラーンが指差す。
「この中に……よし、開けるぞ?何かあるかも知れないから、注意しておいてくれ」
周りの皆にそう伝えて、八雲が棺の蓋をゆっくりと開いていくと―――
「オオォ……」
―――皆で感嘆の声を上げる。
開いた棺の中には―――
「これは……まさに……」
―――淡く蒼い光りが棺から溢れ出す。
その蒼い光を発するのは丁寧に装丁された分厚い一冊の本であり、その棺の中に納められていた。
「これは!……うん、間違いない!!この蒼く輝く立派な装丁は一冊目の『蒼の書』とまったく同じ製本方法だよ!!!」
「うん?というと会長は一冊目の『蒼の書』を見たことがあるんですか?」
一冊目の『蒼の書』はアズール皇国の王家に、メリーアンの先祖である冒険者ガリバーが寄贈したと聞いていた八雲は疑問符を浮かべる。
「ああ、言ってなかったね。二年前アズール皇国の建国記念式典の際に、『蒼の書』を王家に寄贈したクラフト家の代表ということで招待されたことがあってね。その際に式典で披露される一冊目の『蒼の書』を見たことがあるんだ。王家にある『蒼の書』も同じ装丁で同じ様に蒼く輝いていたよ」
「そういうことですか。だったら、これが二冊目の……」
「うん!間違いない」
そうして二冊目の『蒼の書』に震える手を伸ばし、ゆっくりと手にするメリーアン。
その蒼い表紙をゆっくりと開き、最初のページに記された文章に目を通すと―――
「……この書は第一の書に連なる第二の書なり……アズール建国よりの記録であった第一の書と対となる、この書は我が心を記す書なり……この書に記したる我が心が……後世のアズールの民の……幸福へと繋がらんことを……願う……ものなり……」
―――メリーアンは途中からは少し涙声になりながら、国母レイン=ドル・アズールの言葉を噛み締めるように読み上げていた。
二冊目の『蒼の書』を先祖に続き発見出来たことへの感動なのか国母レインの民を、国を想う心に感動したのか、もしくはその両方なのか……それは八雲には分からない。
だが、その涙は哀しみからのものではなく、喜びの涙だということだけは分かっていた―――
―――無事に二冊目の『蒼の書』を発見した八雲達
地下から天空神殿へと戻ってきた八雲達は
「マスター、目的のお宝は発見出来たのか?」
艦内で迎えてくれたペルセポネが八雲に軽快な雰囲気で問い掛ける。
「ああ、おかげさまで無事に見つかったよ」
「オオ―――それは良かった!では、この後はどうする?」
「目的も達成したからな。会長どうしますか?」
「うん、『蒼の書』発見の報告と内容の研究を許可してもらうために、アズール皇国の王家に断りを入れておきたいんだ。だから首都ランゼのセル・レイン城に向かいたいんだけど」
「なるほど……でも直接行っても話通りますかね?」
「以前に式典には出席しているから、まったく通じないということはないと思うけど」
「―――だったら、リベルタスにお願いしてみたらどうかな?」
八雲とメリーアンの話しにマキシが突然提案した。
「リベルタスに?」
「うん!リベルタスはアズール王家から依頼を受けて鍛冶の仕事をすることがあって、王家には顔が利くから、どうかな?リベルタス」
マキシは控えているリベルタスに問い掛けた。
「ええ、マキシ様からの願いとあれば、喜んで協力しよう」
御子であるマキシからの頼みとあれば、リベルタスは喜んで引き受けると答えた。
「ありがとう!リベルタス。でも、王家の依頼って何を造ってたんだ?」
「アズール皇国の宝物庫の中にある国宝級の武具や防具の手入れだよ。希少価値の高い物やレインの時代にセレスト様が寄贈した装備なんかもあってね。俺じゃないと扱えないものもあるんだ」
「思った以上に重要な役割の仕事なんだな。でも、それで顔が利くのは助かる。よろしくな!」
「お、おぅ……任せとけ/////」
八雲に笑顔で頼まれた途端に、頬を赤くして返事を返すリベルタス。
そのリベルタスを見て、キッと鋭い視線を送るウェンスとニコニコとその様子を見ているマキシ……
なにか異様な空気が漂い出した艦橋内だったが、
「それじゃあペルセポネ。目的地はアズールの首都ランゼのセル・レイン城だ」
「了解だ!推進部に魔力注入―――両舷微速前進」
艦体後部の三本の推進部から、風属性魔術で噴射が開始される。
そんな時、八雲の肩に乗っていたリヴァーが何気なく八雲に、
「そういえば、結局マスターの『天聖神の神紋』って、なにか効果があるの?」
「うん?そういえば……」
するとラーンが指先でトントンと八雲の肩を叩き、
「これ、効かない」
と言って、腰にぶら下げていたラーンの
「ああ、確かに俺には特に催眠効果はなかったな……でも、それってどういう物なんだ?」
「これは『神の
「怖っ?!なにそれ!?……それじゃ、やろうと思えばその
だが、ラーンは首を横に振る。
「もうこの
「あ、回数制限付きだったのね……だったら、もう何の効果もないのか?」
八雲が問い掛けるとラーンがコクリと頷いた。
「でもそれだと『天聖神の神紋』の効果を発揮するものがなくなったってことだよな?」
すると、ラーンは徐に窓の外を指差した。
「……『神紋の主』には、あれがつき従う」
「あれって?」
「あれ……」
「だから、あれって……ん?」
ラーンの指差す方向に目をやると……
―――そこにあるのは、飛び立ったにも関わらずまったく距離が離れないラーンの天空神殿だった。
「あれって……おい、まさか……というか、あれ……動いてないか?」
「だから、あれは主のもの。主のいる場所に……常につき従う―――」
「―――ペルセポネ!!緊急停止!!!」
八雲の叫び声に、ペルセポネが空中で
「オイオイオイオイィッ!!あの遺跡、俺について来てるじゃねぇか!?」
「だから……主のものだから、主につき従うのは当然―――」
「―――イヤイヤイヤッ!いつ?いつ俺のものになったの!?」
「あの地下の封印を解除した時に―――」
「―――あれで俺に所有権発生するの!?いやそれ契約緩すぎない!?先に言っておいて?詐欺じゃないの?大丈夫!?」
いきなり巨大な浮遊島を個人所有することになりましたと言われて取り乱す八雲からすれば、常に自分の後を巨大な浮遊島がつけてくるとか邪魔でしかない。
「でも八雲様、考えようによったら、あれだけ大きな浮遊島を所有すれば、けっこうな改造が出来るんじゃないですか?」
そこでシュティーアが八雲の所有物となった浮遊島を指差して、八雲の能力を使えば何かに活用出来るのではないかと提案した。
「アアッ!……確かに!……あれだけ大きな浮遊島なら……内部を開発して……あれを造ったり……いや、あれも出来たり……」
と何やら八雲はブツブツと浮遊島の魔改造計画のプランを頭の中で練り出してしまう……
「とにかく!―――ラーン!あの浮遊島に
「それは―――はい、可能です。実行しますか?」
「ああ!発動してくれ。あんな大きな岩がフワフワ常に見えてたら、他人の目から見たら恐怖でしかないからな。後は俺から三kmくらい距離を取る様に調節は可能か?」
「可能です。私はあの浮遊島の管理者ですから」
「よし!その距離を保ちながら連れてきてくれ!それじゃあ改めて、ペルセポネ!出発してくれ」
「―――了解した」
こうして八雲は堕天使ラーンを手に入れただけではなく、天空神殿の浮遊島まで手に入れてしまったのだった―――