―――ラーンの天空神殿からアズール皇国の首都ランゼにあるセル・レイン城へと向かう八雲達。
「もう面倒だから、このまま城まで行くけどリベルタス、到着したらすぐ説明に出てくれるか?」
「分かった。俺に任せろ」
青い髪をポニーテールにした左目に眼帯をする、堂々とした態度のリベルタスが腕組をして八雲に力強く頷く。
そして地上ではお馴染みの―――
「―――なんだぁ!?あれはっ!!!」
「ヒィイイ―――ッ!!!デ、デカい鳥!?」
「あ、悪魔の襲来かぁあ!?」
「こ、この世の終わりじゃあ~!!!」
―――と、阿鼻叫喚の地獄絵図になり掛けているほどパニックになっていた。
「なんだかこの光景も、もう見慣れてきたな……」
そう呟いた八雲が、空に向かって
『この天翔ける船は蒼神龍の御子の船なり。
セル・レイン城に訪問のため訪れしものなり。
アズールの民は平穏を取り戻して生活を送ることを願う』
大空に描かれた文字に目をやる地上の民達は半信半疑ではありながらも、正体不明だった物の正体が知れたことで徐々に落ち着きを取り戻していった。
そして蒼と白の城壁で覆われた美しい城、セル・レイン城に到着した
地上ではバタバタと城外に装備に身を包んだ近衛兵達が、ゴンドラの下りてくる庭に集まって来ているのが見えた。
「リベルタス、頼んだ」
「ああ、俺が話し終わるまでは此処から出ないでくれ」
地上に降りたゴンドラから、ひとり降りて近衛兵達のところに向かうリベルタス―――
そうして近衛兵の隊長らしき人物と話し出すリベルタスを見つめていると、暫くして八雲達の方へと振り返ったリベルタスが手招きしているのが見えた。
「どうやら上手く話してくれたみたいだな」
「うん、リベルタスが一緒に来てくれていてよかったよ♪」
マキシもリベルタスに感謝を込めた笑顔を浮かべる。
ゴンドラから下り立った八雲達は、こうして城内へと案内されるのだった―――
―――城内に入った八雲達は、そのまま真っ直ぐに玉座の間へと通された。
広い玉座の間の一番奥には、豪華なマントに王冠を頭に頂く国王と思しき人物が鎮座している。
ライトブラウンの髪に口髭を生やしている歳の頃は三十代後半くらいの人物は、少し笑みを浮かべるような表情で八雲達を迎えた。
全員が王の前で立ち並ぶとメリーアン達、バビロン空中学園の生徒会役員達は片膝をついて平伏しているが八雲とマキシ、それに神龍の眷属達は立ったままだった。
これは八雲も
なので、どこの王の前であっても平伏することはあり得ないのだ、と。
だが、面識のない王の前で平伏しないという行為も八雲やマキシにとっては辛いものがある。
しかし、そこは神龍の眷属を連れていることからも、王はすぐにその状況を察した。
「私がアズール皇国国王レイドルス=セルジュ・アズールである。そこの方々は神龍に連なる方々と思われるが名乗って頂きたい」
神龍の関係者に対して王が先に名乗ることは、これも通例上の礼儀とされていた。
「初めましてアズール陛下。俺は黒神龍の御子、九頭竜八雲といいます」
「黒神龍様の!?では……そちらが?」
「初めまして陛下。僕はマキシ=ヘイトといいます。蒼神龍の御子をしています」
「ッ!?―――マキシ……ヘイト……まさか、あの……」
「はい、ヨルン=ヘイトの孫です」
マキシの口からヨルン=ヘイトの孫だという出自が語られて、玉座の間にいる重臣達が騒めき始める。
「沈まれ!客人の前で恥ずかしい行いは控えよ!……そうか、汝がヨルン=ヘイト王の孫なのか……だとすれば、この国の正当な王家は汝になるということか」
「いえ!陛下は祖父が王位につく前の国母様から連なる正当なアズール王家!……王位を奪った祖父は愚かにもヴァーミリオンに戦争を仕掛けて亡くなりました。それから僕には色々なことがありましたが……今はこうして蒼神龍の御子として生きています。だから、もうその話しは無しにしてください」
「そうか……承知した。それで……本日は如何なる用向きでここに来訪されたのか?」
マキシの言葉に頷いたレイドルスはマキシに説明を求めるが、
「それは俺から説明させてもらってもよろしいですか?」
「黒神龍様の御子殿から?構わん。話されよ」
「はい。まずは彼方の女性に陛下は見覚えがございませんか?」
そう言って八雲が指し示したのはメリーアンだ。
「おお、よく見れば……お主は確かガリバー=リヴィング・クラフトの子孫という娘ではなかっただろうか?建国式典の時に、この城に招待して話した覚えがある」
「覚えていてくださいまして、ありがとうございます、陛下。メリーアン=ロイ・クラフトでございます。御無沙汰しております」
「うむ、息災な様子で何よりだ。しかし、どうしてメリーアンはこの国に?」
「それは彼女がヴァーミリオンのバビロン空中学園高等部の生徒会長であり、そして学園に対して提示した『研究テーマ』がこの国に来た理由なんです」
そう言って八雲はメリーアンに目配せすると―――
メリーアンが布に丁重に包んで持っていた物から、その布を取り去る。
すると、そこから蒼い光に包まれた重厚な本が姿を現した。
「オオオッ!?そ、それは!?まさか―――『蒼の書』ではないか!!」
玉座に広がる蒼い光に包まれた重厚な装丁の本を一目見て、レイドルスは城で保管しているはずの『蒼の書』が目の前に出されたことに驚きを隠せず声を張り上げてしまった。
「陛下、これは城にある『蒼の書』とは別の、二冊目の『蒼の書』なのです」
「二冊目だと!?と、いうことは『蒼の書』の最後に記されていた第二の書というのは……」
「はい、この書がその第二の書にあたる『蒼の書』なのです」
淡々としたメリーアンの説明に、レイドルスを始めとして重臣や近衛兵までが、
「オオオォ―――」
と驚きの声を上げる。
「しかし、その第二の書を一体どこで見つけたのだ?」
「それは、かの『ラーンの天空神殿』で発見しました」
「なにっ?あの『ラーンの天空神殿』でだと?しかし、あそこは汝の先祖ガリバーが探索して第一の書を発見してきたところではないか?」
「確かにその通りです。ですがガリバーはすべてを探索し切ることはできませんでした。現にこの第二の書は神殿の地中にある地下祭壇に秘蔵されていたのです」
その言葉にレイドルスは何やら得心がいったのか、前のめりに驚いていた姿勢から再び玉座に深く腰掛けて、
「そういうことか……しかし、それが汝の『研究テーマ』と、どういう関係があるのだ?」
メリーアンに問い掛けた。
「はい、陛下。私はこの二冊目の『蒼の書』を発見し、その内容を研究したいと思い至り、この度の探索に九頭竜君やヘイト君の協力を要請して発見に至りました。そしてこの二冊目の『蒼の書』の研究の許可を頂きに、こうして陛下の元にまかり越した次第です」
「なに?『蒼の書』の内容を研究だと……ふむ、しかしだな―――」
レイドルスが何かを言い掛けたところで、重臣のひとりが声を上げる。
「恐れながら!陛下!―――あの『蒼の書』は国母レイン=ドル・アズール様が記された、この国の至宝!それを発見者であるとはいえ、他国の者に渡して研究させるなどとは、もってのほかですぞ!」
歳を取った重臣は、怒声とも言える大声を張り上げて玉座に響かせる。
八雲も言い方はどうあれ、国の宝であることには間違いないことなので口を挟むのも難しいと思っていたが―――
「しかも如何にガリバーの子孫と言っても、このような小娘が研究するなど片腹痛いわ!お主が研究するよりも我が国の学者達に研究させた方がよっぽどマシであろう。女はサッサとどこか嫁にでも行って子供でも産んでおればよい!」
―――と、余計なことまで口走ってしまったのだ。
これには同じ探索チームのメンバーも怒りに震える表情を浮かべていたが、誰より頭に来ていたのは誰あろう―――九頭竜八雲だった。
「おい、そこの爺さん―――」
「爺さ……無礼な!儂はこの国の大臣のひとりであり公爵家の―――」
「―――これが何だか分かるか?」
公爵であり大臣でもある男に、八雲は胸元からある物を取り出す。
それは―――
「そ、それはっ!?まさか―――ブ、ブラックカード!?え、英雄クラスだと!?」
―――八雲が翳したのは冒険者ギルドのブラックカードだった。
「このカードが何なのかくらいは理解しているみたいだな」
「だ、だがブラックカードを持つ英雄だからといって、国の至宝を奪ってもいいなんてことにはならんじゃろうが!」
カードを見て驚いていた大臣だが、肝心なところを理解していなかった。
「なんだ、爺さん分かってないみたいだな?奪おうとしているのはお前なんだよ!知らないのか?冒険者における『鉄の法』を」
「な、なんじゃと?それはどういう―――」
「―――冒険者の『
―――冒険者の『
冒険者には様々な法が定められているが、その中のひとつに探索中や魔物討伐でのドロップアイテム等を発見した場合、その発見した物の所有権は最初に発見した冒険者本人にあるという法律だ。
これ等の鉄の法を破ることは世界中の冒険者ギルドを敵に回してしまうことにもなり兼ねないのだ。
言うなれば他人に所有権のあるアイテムを奪ったりすれば、知れた時点で忽ち、お尋ね者になる覚悟が必要になる事態に陥ってしまう。
ましてやそれが、国家が相手となった場合はその国から冒険者ギルドが撤収することもあり得る。
そうなると、商人ギルドなど冒険者ギルドと関わりの深い者達も、その国から姿を消すことにもなり兼ねないのだ。
「な、何を馬鹿なことを!?た、確かにそのような法があることは知っているが、それはこの国の至宝なのだぞ!!」
「この第二の書を発見したのは俺達、つまり俺も含まれている。その俺達から発見したお宝を掠め取ろうなんて真似をするってことは―――俺とヤリあう覚悟があるってことだよなぁ?」
「グ、グヌヌッ?!―――い、言わせておけばぁ!たとえ御子であっても、この儂にその無礼な態度は許せん!!!」
「もうよい!―――控えよ大臣!!!」
八雲と大臣の言葉の応酬を止めたのは誰あろう国王レイドルスだった。
「へ、陛下!しかし―――」
「―――控えよと申しておる!」
「は、はい……」
額に汗を浮かべるほど興奮していた大臣だが、国王の一喝で急に大人しくなっていく。
「黒神龍様の御子殿……我が家臣が大変失礼な態度を取り申し訳なかった。心から謝罪する」
「いえ、陛下は悪くないんで、どうかお気になさらず。それで、この第二の書の件、どうします?」
「……御子殿はどのような考えがあって、この城まで赴かれたのか?」
一国の王に就いているレイドルスは、すぐに八雲が何か考えがあってのことと察知していた。
「流石は国王陛下、話が早い。先ほども言った通り、この第二の書の所有権は俺達にある」
「うむ、それは認める」
「だが、それではアズール側も納得がいかないだろう?だったら、この場で契約をしよう」
「契約だと?どのような契約を結ぶというのか?」
そこで八雲は一旦視線をメリーアンに向ける―――
「……」
―――八雲の視線はメリーアンに対して、第二の書の件を八雲に任せる気があるのかどうか、そのことを問い掛けていることにメリーアンは気がつき、黙ってコクリと頷いて返した。
それを見て笑みを浮かべた八雲は―――
「俺達はこの第二の書を三年間所有する!そして三年後にこの第二の書をアズール皇国に買い取ってもらう!!」
「なにっ!?三年後に買い取れだとっ!?」
八雲の提案には流石のレイドルスも素っ頓狂な声を上げて驚く。
「その通り!勿論、その間に此方がどこかに売却するなんて真似は絶対にしないし、もし万一盗難にあったとしても、此方で必ず取り戻す。破損して消滅した場合は、買い取り金額を逆に此方が支払うという形で賠償する」
「うむ……しかし、何故三年なのだ?」
レイドルスにとってはその三年間という期間の意味が分からない。
「ああ、それはこの書を研究したい生徒会長達の卒業までの期間さ。今からだと二年と半年ほどあるから、その期間は此方が所有して研究したい、ただそれだけのことだよ」
「九頭竜君……」
八雲がこのような交渉を繰り広げているのが、自分達の卒業までを見込んでのことだと知ってメリーアンは胸に熱いものが込み上げてきていた……
「それで、幾らで買い取ればよいのだ?」
「国宝級でしょう?幾らなら買い取ります?」
「こいつめ……白金貨十枚―――」
「―――四十枚で」
「四十枚だと!?馬鹿を言うな!そのような金を払っては国が傾く!せめて十五枚―――」
「―――三十五枚」
「足元を見おって!?それならば二十枚―――」
「―――三十枚で。これ以上はまけられない。だけど分割でもいいよ?年に白金貨一枚を三十年払いで」
「なにっ!?分割でよいのか!?……年に白金貨一枚程度であれば、国庫からも出せるか……よかろう。では白金貨三十枚を三十年で支払うこととする」
「お買い上げ毎度どうも~♪ それじゃあ今日はその最初の白金貨一枚目、払っといてもらいましょうか♪」
「ちゃっかりしておるな……しかし!支払いに対しての何か担保はないのか?でなければそのまま持ち逃げされる可能性はそちらとしても否定出来まい!」
「ちゃっかりしてるのはどっちだよ……でも、それは当然だと思う。白金貨三十枚の買い物だしね。だったら―――」
そう言って八雲は、自身の『収納』から黒神龍の鱗を十枚取り出して玉座の間に積み上げた。
「黒神龍の鱗十枚だ。これを担保として置いていくよ。もしも契約を此方が反故にした場合は、この鱗を売るなり使うなり好きにしてくれていいよ」
「―――黒神龍様の鱗だとっ!?一枚だけでもとんでもない価値になるものを十枚も……よかろう!確かに受け取った。この契約は蒼神龍様の御子殿と我が重臣達の立ち合いの元、契約が成立したことを宣言する!」
そして、すぐにレイドルスは重臣に視線を向けると―――
「おい!財務大臣!白金貨一枚、今すぐに用意せよ!!」
レイドルスの呼び掛けに、大勢の重臣の中から慌てて玉座を飛び出していく男を見送る八雲。
そして、そんな八雲と国王のやり取りをポカーンとした顔で眺めていたメリーアン達だったが、
「これで研究資金、ゲットだぜぇ~♪」
と振り向いて明るく放つ八雲の笑顔に、メリーアンも他の者達も吊られて笑みを溢すのだった―――