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第304話 アズールの分岐点

―――八雲達がセル・レイン城の玉座の間から退出した後


国王レイドルス=セルジュ・アズールは玉座から立ち上がると玉座の間を抜けてひとり、家臣が立ち入ることの出来ない通路を通って重厚な金属の扉の前にやってきていた。


その扉のサークル型の刻印に右手を置いたレイドルス。


すると―――


「……」


―――水色の光がサークルの刻印から扉全体に刻まれた溝に沿って走り抜けて、全体的に淡い光が満ちると扉がゆっくりと左右に開放されていく。


その先にはさらに通路が続いていて、レイドルスはその扉の中に入って進んで行く。


その奥にある階段を下り、そしてまた金属の重苦しい扉の前に立つと入口の時と同じようにしてサークル型の刻印に手を置くと輝き扉が独りでに動きだして開いていった。


地下室の中はかなり広い部屋になっていて高い天井に壁には魔法石の照明が輝き、室内を照らしている。


その室内はどこかの工場か研究室かといったフラスコや試験管、金属の箱やそこから伸びる無数のチューブのようなものが彼方此方に配線されて、そんな機材が繋がっていくのは部屋の中央にある大木の様なものだった。


「……様子はどうだ?ドクトル・メンフィス」


その機材と大木の近くに佇んでいるひとりの男に声を掛けるレイドルスに、背中を向けていたその男が振り返った。


長いストレートの濃い紫色をした髪を揺らして、振り返ったその顔は透き通るように白く、美しい顔立ちに鋭い目つきをした美男子であり、その耳の形からエルフであることは分かる。


「レイドルス王……いつもと変わらんよ。生きてはいるが、生きてはいない。生きた屍といった状態のままだ」


そう言って大木を見上げるドクトル・メンフィスの視線の先には―――


大木の中程で下半身を飲み込まれたはりつけの様な形で、両手を樹の蔓に巻き付かれて持ち上げられた女がいた。


一糸纏わぬ姿で大木に繋がっている美女―――


―――モスグリーンのストレートの髪が胸元を隠すほど長く垂れ下がり、


―――豊かな胸は呼吸をしており、ゆっくりとではあるが上下しているのが見える。


―――その瞳を伏せた顔はエルフ特有の美しい顔立ちをしていて、


―――しかしその意識は感じられない様子だった……


「……レイン……貴女を目覚めさせること、それは我が王家の悲願……決して諦めたりはしない」


呟くようにレイドルスは国母の名を呼び、目覚めさせることを改めて誓う。


「……此処に態々、王自らが足を運んだということは地上で何かあったのかね?」


そんなレイドルスの隣でドクトル・メンフィスがレイドルスに問い掛ける。


「今日、『蒼の書』の第二の書を私の元に持ち込んだ者達がいた」


「なんだと?……本物なのか?」


「ああ、間違いない。『ラーンの天空神殿』の地下にある祭壇で発見した様だ。その祭壇は自然信仰の祭壇だったそうだ」


レイドルスは別れ際にメリーアンと八雲に発見した場所について詳しく訊いたのだ。


「あそこの地下に自然信仰の祭壇……なるほどな。レインが自ら用意した場所、ということか」


レインを見上げながらドクトル・メンフィスはメリーアンと同じ推測を立てていた。


「それで?その者達は第二の書を持って何しに来た?」


「内容を研究したいからと、その許可を貰いに来たということだった」


「ほう……それは是非、私も研究者として意見交換したいものだな」


研究施設の様な部屋の中でメンフィスの目が鋭く輝く。


「汝の名前を聞いただけで向こうは恐縮してしまうだろう?フロンテ大陸最高の賢者―――メンフィス=フォレストの名を聞けば」


大陸最高の賢者と呼ばれたエルフの男―――メンフィス=フォレストは、その大陸一という賞賛には何も答えない。


「私はただ探求心を失わないだけだ。貴方方、人間はその短い寿命の中で成すべきことを見つけ、成すべきことを成そうと目指して懸命に生きる……だが、永遠の寿命を持つ私には究極の域まで突き詰めて探求していなければ、忽ち退屈という苦しみに襲われる」


「フフッ……人間の私からしてみれば贅沢な悩みにも聞こえるが、それが種族の壁というものか」


「……それで?その第二の書はどうしたのかね?」


「それがかなり妙な話になってしまってな。実は――――」


そこでレイドルスは玉座の間であった出来事をドクトル・メンフィスに語り聞かせた。


「―――その黒神龍の御子とやらは、かなり興味を魅かれる相手だな」


「先日、汝からはレインの肉体は安定化にまだ暫く掛かると聴いていたからな。であれば彼らの元に暫く預けておくのもよいだろうと思った。間違っていたかね?」


「いや、それで正解だろう。今この場に第二の書を持ってくれば、その書に封じられたレインの魂は不安定な肉体に戻るしか行き場がなくなり肉体と共に崩壊し、消滅してもおかしくはない。近くに置かないことは正解だ」


「やはりそうだったか。であれば肉体が安定した時に、第二の書の安全を確認したいと理由をつけて、此方に来てもらうことも可能だろう」


「うむ、学者として第二の書はかなり興味を惹かれる物だが今はそれでよかろう。それに―――」


するとドクトル・メンフィスは自身の身長より高い巨大な金属の箱についた両開きの扉を開くと、そこには―――


「彼らもまさか、ここに三冊目の『蒼の書』が存在するとは知る由もないだろう」


―――そこには、第一の書と並んでいる第三の『蒼の書』と呼ばれた蒼い輝きを放つ立派な装丁の本が保管されていた。


「……彼らはこの『蒼の書』が、実は第一の書が『身体しんたいの書』、第二の書が『魂魄たましいの書』、そして第三の書が『絶技ぜつぎの書』ということまでは気づくことはできないだろう。いや気づけたなら、それはそれで興味深い」


そう言ったメンフィスと共に、大木に眠るレインを静かに見上げるレイドルス……


「もう少しだ。レイン……貴女の復活はアズール王家の悲願なのだ。もう貴女が犠牲となることはない」


そんなレイドルスの言葉を、ドクトル・メンフィスは静かに聞いていた……






―――紺碧の歌姫アズール・ディーヴァにて蒼龍城に戻った八雲達。


「―――お帰りなさい。皆、無事でよかったです」


出迎えてくれたセレストにマキシは笑顔を向けて、


「ただいま!セレスト」


元気に返事を返していた。


マキシの様子は日々時間が経つほどに元気になっていることで、八雲も蒼天の精霊シエル・エスプリ達も心から喜んでいる。


「では、どんな冒険をしてきたのか、お話してもらいましょう♪」


セレストもそんなマキシの笑顔を見て、優しい微笑みを返して城の中に皆で入っていった。


広い貴賓室に集まった一行は、そこでセレストや残っていた蒼天の精霊シエル・エスプリ達に『ラーンの天空神殿』で起こったことや、新たに加わった堕天使のラーン、そして八雲が『ラーンの天空神殿』の所有者になったことを語っていった―――


「―――八雲殿は特殊な御子だと思ってはいましたが……まさか『ラーンの天空神殿』まで手中に収めて天使まで堕天させてしまうなんて」


「いやラーンを堕天させたことは確かに俺の仕業だけど、『ラーンの天空神殿』の所有については説明不足だからね?クーリングオフ出来るならやってるよ……」


「くうりんぐおふ?我が主、それは特殊な魔術か何かだろうか?」


八雲の隣に座って不思議そうに首を傾げるラーン。


「いや、それはもう気にするな……それよりも、これからのことだ」


そこで八雲はメリーアン達、生徒会役員達に視線を向け、そしてマキシに視線を移すと―――


「会長達はマキシと一緒にヴァーミリオンに戻ってください。俺はシュティーアと一緒にスコーピオ達と葵達に合流してから帰ります」


「えっ?一緒に帰らないの?」


突然残ると言い出した八雲にメリーアンが驚いた。


「ええ、少しスコーピオ達に調査してもらっていることがあるので、その報告を確認してからヴァーミリオンに戻りますよ。なに、そんなに時間は掛かりませんから♪ 会長達は国王から貰った研究資金をどう使うのか、その辺をしっかり話し合っておいてください」


三年後にアズール皇国が買い取ることになっている二冊目の『蒼の書』の研究体制を早く準備するに越したことはない。


マキシが何も言わないのは既に八雲から話しを聴いていて、とっくに自分も残ると言い張った結果、八雲にヴァーミリオンに戻るよう説得されたからだ。


八雲がマキシを連れて行かないのは、ここから先は正体の分からないモノを相手にしなければならないのだ。


どんな危険が待ち受けているか分からないのに、八雲の都合で生徒会長達も足止めしておく訳にはいかない。


皆には危険に関わって欲しくないという八雲の考えをもって真剣に説得されて、マキシも最終的には従うことに同意したのだ。


八雲の真剣な眼差しにメリーアンも、自分達が八雲の邪魔になる訳にはいかないと察して、


「分かった!九頭竜君に従うよ。君には本当にお礼をしてもし切れないほど、本当に世話になったね。君が戻って来たら改めてお礼をするからね♪」


そう八雲に伝えてマキシと帰国することに同意した。


「九頭竜君……メリーアンの夢を叶えてくれて本当に……ありがとう。私も貴方にはお礼のしようがないわ」


「気にしないで副会長。ふたりがこれから、二冊目の『蒼の書』の研究で名を上げることを願っているよ」


「ありがとう/////」


次にロレインが立ち上がり、


「あの、九頭竜先輩!」


「はい先輩です。もう一回言って」


「九頭竜先輩!!あの、本当に色々とお世話になってしまい、足を引っ張ることになりましたが、ありがとうございました/////」


頬を赤くしながらロレインが深々と頭を下げる。


「後輩の面倒見るのは先輩として当たり前だからな!気にしなくていいよ。あ、それと戻ったらロレインの実家の商会を案内してくれたら嬉しいかな」


「は、はい!任せてください♪」


そうして次にラミアが立ち上がる。


「九頭竜先輩……あの、ありがとう、ございました/////」


「ラミアもそんなに気にするなよ。あと時間が出来たら俺達の造っている街を見に行かないか?お母さんも『黒神龍特区』に来ているし、一緒に街を見に行こうぜ」


八雲がそう言ってラミアを誘うと、これまで見たことないほどの笑顔を浮かべて、


「はい♪ 絶対に約束ですから/////」


と、まるで意中の人にデートへ誘われたかのような喜び様を見せていた。


そうして一通り挨拶をしてセレストが八雲に、


「今、ブロア帝国の葵御前と白金殿にはサジェッサが、ブラウ公国のスコーピオとジェーヴァにはエスペランザが案内役として同行しています」


と、調査に出た仲間達の情報を八雲に伝える。


「ありがとうセレスト」


礼を言って八雲は次にサファイアとルビーに目をやると、


「サファイアとルビーもマキシと一緒に先にヴァーミリオンに戻ってくれ」


マキシと共にヴァーミリオンへの帰国を告げた。


「エッ?」


「……御子殿、私が不甲斐ない姿を見せたことで、愛想が尽きたのだろうか?」


ルビーが渋い表情になって八雲に問い掛けると、八雲は慌てて否定する。


「いやいや!そうじゃなくて、これからは俺の都合になるから先に白雪のところに戻っていいよってことで―――」


「―――それを決めるのはわたくし達ですわ!貴方はただ、わたくし達を侍らせて命令していればいいのです!!」


そこで反論してきたのは誰あろうサファイアだった。


「……いいのか?俺のところより、雪菜のところに戻った方が―――」


「―――世話役を仰せつかっておいて、その相手を置いて自分だけのこのこヴァーミリオンに戻った方が白雪様のお怒りに触れますわ!」


「そ、そうか?そう言うんなら……俺は別にいいけどさ」


天空神殿でラーンに辱めを受けたサファイアを追い込んだ自覚がある八雲は気を使ったつもりだったのだが、サファイアはサファイアで雪菜と話したことで何か心境の変化が起こっていた。


「それじゃあ、サファイアとルビー、改めてよろしくな!」


「ああ!」


「よろしくてよ」


こうしてマキシはメリーアン達と帰国の途に着くことになり、その侍従として蒼天の精霊シエル・エスプリの中から、フォース『願い』のウェンス、エイス『夢』のレーブがマキシ達の護衛と第二の『蒼の書』の護送の任を申し付けられた。


レーブはヴァーミリオン行きをかなり嫌がっていたようだったが、ゴンドゥルとクレーブス、そしてエメラルドの三人からセレストへ直々にレーブの指名が約束されていた様で、完全に強制参加状態だったが、ウェンスは元々マキシの面倒を色々と見ている姉のようなポジションになっているので妥当な人選だった。


これより八雲はシュティーア、サファイア、ルビーと共にまずは葵御前達との合流を目指すのだった―――



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