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第306話 陰謀の兆し

―――暫くの間サジェッサのメイドコスを愛でた八雲は、葵達から調査についての報告を受ける。


「―――黒い石のペンダント……それに黒髪のアンゴロ大陸風の服を着た女……」


(……まさか、七野が……)


八雲はアズール皇国の首都で出会った七野のことが脳裏を過ぎる。


「主様?……何かございましたか?」


勘の鋭い葵が八雲の表情を察して問い掛ける。


「ああ、いや、つい先日にランゼのてんぷら屋で出会ったアンゴロ大陸風の服を着た女のことを思い出してな」


「なんと……まさか主様が出会ったその女が……今回の凶暴化事件の下手人だと?」


「いや、あの時にアズールにいたならタイミング的に違うように思えるが違うと言う証明は出来ないし証拠もないから何とも言えない。話した限りではそう悪い奴には思えなかったんだが……」


「女は幾つもの顔をもっておりまする。人も殺さぬような顔をして、女子供を平気で殺める暗殺者など幾らでもおります。主様も女にはお気をつけくださいませ♪」


「まずお前に気をつけることにしよう……」


「―――まぁ!なんという酷い扱い!そのような疑いをもたれるような行い、妾は致しませぬ」


「サジェッサの恰好見てから言ってね……」


「それはそれ♪ それで、主様。これよりどの様に致しまするか?」


「誤魔化したな……そうだな……その凶暴化は今も増えているのか?」


八雲の問い掛けにメイドコスのサジェッサが答える。


「現在は見つかった者達以上に増えている様子はありません。蒼天の精霊シエル・エスプリの序列外の者達に東部エストの各国を調査させていますが、今のところブロア帝国とブラウ公国の二カ国でしか発生している様子もありません」


蒼天の精霊シエル・エスプリにも序列外のメンバーがいて、その諜報員達が調査した報告では二カ国だけだという話を聴いて八雲は考える……


「その話しに出てきた黒い宝石のペンダントは現物があるのか?」


「いえ、本人達も身に着けておらず、何者かに持ち去られたのか掴まった現場では見つからなかったようです」


「情報が足りないな……葵、アンゴロ大陸についてはお前と白金の方が詳しいだろう。こんな真似をするような奴に心当たりはないか?」


すると葵が神妙な表情に変わり、


「……ひとつ、心当たりがございまする」


「なに?それは?」


白金も心当たりがある様で、葵に話を任せるといった雰囲気だ。


「アンゴロ大陸北部オーヴェンを支配する征夷大将軍せいいたいしょうぐんの『幕府』。その征夷大将軍の子飼いにしている密偵の軍団……その名も『鬼倭番おにわばん』の忍びの者達。アンゴロ大陸で他の大陸にまで手を出してくるような野心を持つのは、征夷大将軍をおいて他におりませぬ」


「征夷大将軍……」


葵の話しを聞いて白金に目を配ると、それに合わせて白金もコクリと頷いていた―――






―――アンゴロ大陸


アンゴロ大陸は三つの地域に分かたれている。




―――アンゴロ北部オーヴェン


武士もののふの長、征夷大将軍せいいたいしょうぐんが治める『幕府』が支配する地域。


武力が統制する士農工商制度があり、武士以外の身分に属する者は虐げられる地域である。


中央の『朝廷』と表面上は平静を装っているが、水面下ではアンゴロ大陸の覇権を争い、野望に燃えている。


各国の大名だいみょうがそれぞれの軍事力を所持し、『幕府』の招集により挙兵し、統制の取れた戦術を見せる戦闘国家集団が『幕府』である。




―――アンゴロ中部ミッテ


みかどを象徴とした『朝廷』が治める地域。


オーヴェンの『幕府』と表立っては平和な関係を維持しているように装っているが、実際は大陸覇権を狙う『幕府』と攻防戦を繰り返している。


オーヴェンと違って民衆は『朝廷』を中央として敬っているが、身分差別といった風潮は薄い。


『幕府』の差別主義的体制とは相容れず、かといって『幕府』の武力にも対抗するのは容易なことではないという現実に直面している。




―――南部ウンテン


『幕府』、『朝廷』ともに交易は行っているが、どちらに加勢するでもなく中立を保っている地域。


商人達の複合ギルド『恵比寿』が支配する地域だが、商人、職人が切磋琢磨する工業商業地域として特化した地で、世界中とも交易している貿易民主主義地域である。






「―――オーヴェンの征夷大将軍と鬼倭番……その忍者軍団がフロンテ大陸までやってきて、悪事を働いていると?」


「証拠はございません。目的も分かりませぬ。ですが、その持ち去られた黒い宝石の首飾り……それが何なのかが分かれば手掛かりとなるかと。それに……征夷大将軍には厄介な姫達がおりまする」


「姫達?どういうヤツらなんだ?」


「はい、父である征夷大将軍に従う三人の姫達……その実力は妾でも容易に打ち伏せることが出来る相手ではございませぬ。決して油断出来ない者達なのです」


「そんな奴がアンゴロ大陸にいるってのか!?イェンリンが喜びそうな話だな……」


「三人の姫達は征夷大将軍の寵愛も厚く、先ほどの鬼倭番を実質で従えておりますのも、その三人の姫達でございます」


「そうなると、今回の事件もその三人の姫の誰か、もしくは三人による陰謀の可能性も捨てられないな……でも事件を起こしている実行役も一所には留まっていないだろうし、それに発生している二カ国のことを考えると、逃げられるかもな」


「ブロア帝国とブラウ公国が、何か関係があるのですか?」


サジェッサが八雲に問い掛ける。


「問題は俺が疑いのある女と出会ったアズール、その隣国のブロア帝国、そしてその隣国のブラウ公国。この三国を結ぶ線の先にあるものは?」


「ッ!―――アンゴロ大陸!!ということは、犯人は北東に移動しながら凶暴化を引き起こし、そしてアンゴロ大陸に戻ろうとして進んでいると!?」


「何がやりたくてフロンテ大陸まで来たのかは知らないが勝手に荒らしていって、そのまま逃がすのも癪に障るよな?」


そう言い放つ八雲はニヤリと悪い笑みを浮かべていた……


「では主様、如何なさいますか?」


「まずは―――」


八雲は葵達に今後の方針を説明していくのだった―――






―――八雲が葵達に指示を出してから、


スコーピオ、ジェーヴァ、そして蒼天の精霊シエル・エスプリのエスペランザ達にはサジェッサを通じて八雲からの指示が『伝心』で飛んでいた。


ブラウ公国にある蒼天の精霊シエル・エスプリの諜報活動拠点となっている屋敷に滞在するスコーピオ達だが、


「八雲様はこれからブラウ公国に来られるとのことだ……此方は此方で手掛かりと言えるものがないのが情けない話だが」


「それは仕方ないッスよ、スコーピオ。ブロア帝国と比べても、ブラウ公国で発生している凶暴化事件の方が圧倒的に多いッスから。蒼天の精霊シエル・エスプリの助けがなければ、この国は本格的な内乱が起こっていてもおかしくなかったッスよ」


スコーピオの暗い顔にジェーヴァが慰めの様な言葉を掛けるが、ブラウ公国の現状が改善するという訳ではない。


スコーピオ達がブラウ公国に到着した時には、すでに国内の彼方此方で人間の凶暴化事件が巻き起こり、暴徒化した者達と警備の兵達との衝突が各地で発生していた。


警備兵のいる大きな街であれば抑えることも可能ではあるが、郊外の小さな集落や町では大量に発生した凶暴な暴徒達を抑えるほどの警備兵もいない。


混乱の渦巻くブラウ公国でエスペランザの指示を受けて蒼天の精霊シエル・エスプリの序列外のメンバーが各地に飛び、暴徒の鎮圧と拘束を行っているのだ。


「ブロア帝国の話しと比べると、ブラウ公国の凶暴化事件は発生している件数が多すぎる……」


スコーピオは葵御前から聴いたブロア帝国の発生件数と比較して、多すぎるブラウ公国の凶暴化事件に頭を悩ませていた。


「スコーピオのせいではありませんわ。すべてはアンゴロ大陸から来たと思われる者達が原因!わたくし達はこの港町でアンゴロに向かう者達を監視することが今出来ることですわ。犯人確保の機会なのですから」


真っ赤な髪を巻き髪にして金色の瞳を持つ勝気な美少女、エスペランザの励ましの言葉にスコーピオも暗い表情を改める。


「ああ、エスペランザの言う通りだ!俺達は八雲様が到着する前にその黒い宝石のペンダントとやらを手に入れるか、その犯人を捕縛するかを目指すとしよう」


スコーピオの宣言にジェーヴァもエスペランザも同時に頷いて同意を示すのだった―――






―――ジェーヴァからの報告で、ブラウ公国の現状を聞いた八雲は、


「ブラウ公国の方が凶暴化事件の発生が多くて、王も鎮圧部隊の出陣も考えているそうだ。元が善良な国民だけに早く元凶を止めないと、事実上の内乱状態に陥る。そんな勝手な真似はさせない」


「では、先ほど主様がご指示なされたように我等もブラウ公国へと」


葵の問い掛けに頷き返す八雲。


「ああ。俺は魔術飛行艇エア・ライドで先行する。此方には序列外の蒼天の精霊シエル・エスプリを配置して、葵達はキャンピング馬車で追いかけてきてくれ」


するとサファイアが前に出ると―――


「わたくしは貴方について行きますわ!貴方の世話係として!!」


―――そう叫ぶ様に訴えて、その瞳は何を言っても引く様には見えない。


「よろしいではございませぬか♪ 主様が単独で動かれて万一にも何かあってはノワールに顔向け出来ませぬ。それにサファイアは白雪から世話係を申し付けられております故、主様につき従うのは必然というものでございましょう」


サファイアの進言を擁護する葵の正論と言える発言に八雲も反論出来ない。


「では私とシュティーアは葵御前と共に追いかけるとしよう」


ルビーもサファイアに気を使ってか、そう進言すると八雲は諦めたように、


「分かった。それじゃあすぐに出るぞ、サファイア」


「承知しましたわ」


サファイアを連れてブロア帝国の蒼天の精霊シエル・エスプリの屋敷を出る。


屋敷の前で魔術飛行艇エア・ライドを『収納』から取り出した八雲。


「ほれ、後ろにお乗りください、お嬢様」


「馬鹿にしていますの?……失礼しますわ」


文句を言いつつ、八雲の後ろに横向きに腰掛けるサファイアを確認して、八雲は魔術飛行艇エア・ライドを浮上させる―――


「しっかり掴まっててくれよ!」


「貴方に触れるなんて死んでもお断りですわ!さっさと出発しなさいな!」


「まったく口の減らないヤツだな―――行くぞ!!」


八雲とサファイアを乗せた魔術飛行艇エア・ライドは屋敷を飛び出して一路、ブラウ公国へと向かうのだった―――






―――その頃、


ブラウ公国の首都ブリーデンの街角では、


「―――漸く合流したわね、七野ななの


「遅れて申し訳ありません四谷よつや。それで首尾は?」


着物のような形状の黒い服を纏い、はち切れんばかりに飛び出す胸元には鎖帷子を纏っていて、手足には手甲具足を装着し、首には白い襟巻をなびかせ、そのしなやかな美しい脚には網タイツを履いている美女がふたりで建物の影に隠れている。


黒髪をツインテールにした七野が、黒髪をボブカットにした四谷に問い掛けると、


「この国に残っているのは一葉かずは二色にしき三樹みつき五石ごこく、それに私と貴女よ。六道むどう八坂やさか九重このえ十和とわは、薔叉薇ばさら姫様の護衛でアンゴロ大陸に戻ったわ」


「そうですか。それでこれからどうしますか?」


「まずは一葉達と合流します。ブロア帝国の『黒水晶』はちゃんと回収してきましたか?」


「ええ、発狂した者達からすべて回収してあります。ですが……どうも蒼神龍の眷属達が、この件を嗅ぎ回っているようです」


「蒼神龍の?……それは不味いですね。そのこともすぐに一葉に報告しましょう」


「承知しました」


そう言ったふたりは一瞬でその姿が掻き消える―――


―――八雲と出会った七野もまたアンゴロ大陸から渡来してきた鬼倭番の一員であり、鬼倭番衆の中でも実力を持つくノ一軍団である十人のひとりであった。


そうして、新たな舞台はブラウ公国へと移っていく―――



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