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第307話 ブラウ公国での再会

―――ブロア帝国を出発した八雲とサファイア


マキシが言っていたように東部エストのアズール皇国は貿易の中心地となっているため、八雲の想像以上に街道は整備されていて魔術飛行艇エア・ライドの疾走も軽快だった―――


「そういえば、あの堕天使はどうしましたの?姿を見ませんでしたけど?」


八雲の後ろに座っているサファイアが八雲に問い掛けた。


「ラーンか?―――アイツなら念のために『天空神殿』に待機してもらってるよ。俺の後方3kmの距離を認識阻害ジャミングしながらついて来てるはずだ」


「そうですか。それで、ブラウ公国のどこに向かっていますの?」


「それは、港町『エンティア』っていう町だ。そこにスコーピオ達がいるって連絡があった」


「港町……そのアンゴロ大陸の手の者達は、そこにいるのかしら?」


「―――分からん。でも他にアンゴロ大陸と行き来している港町はないらしいからアンゴロに帰るなら、その港町を利用するしかない。もう少しスピード出すぞ!」


「分かりましたわ!」


魔術飛行艇エア・ライドの推進部へ更に魔力を込めた途端、竜巻のような噴射が発生して車体をロケットの様に爆走させる。


「ヒャッハァアア―――ッ!!!」


「―――なんですの!?その下品な雄叫びは!?」


八雲が上げた奇声に驚くサファイアを乗せて、魔術飛行艇エア・ライドは駆け抜けていった―――






―――その頃


港町エンティアにある蒼天の精霊シエル・エスプリの屋敷では、


「―――八雲様はもう少しで此方に到着されるそうだ」


八雲から『伝心』を受けたスコーピオがエスペランザに告げると彼女はコクリと頷いて、


「此方は各地の凶暴化した人間の鎮圧に対処していますわ。凶暴化の状況はやはりアンデッド化する訳ではなく、腕力もその人間の力以上には出せない様ですわ」


「一体何がやりたいんだ?人を襲って喰いつこうとする以外、魔物になったりする訳でもないとは……」


スコーピオは顎に手を置き、今回の不可解な事件の真相に頭を悩ませる。


「例の黒い宝石のペンダントも見つかってないッスから、手掛かりがなさすぎるッスねぇ……」


ジェーヴァも溜め息を吐きながら現状の焦燥感に駆られていた。


「せめて港町の警護で犯人を上げたいところだが……この町はアンゴロ大陸からの来客も多いからな。アンゴロから来た女という特徴だけでは絞り込めん」


スコーピオの言葉にエスペランザも暗い顔になる。


「ここは御子の知恵を借りるしか手はないかもしれんな。俺達はこの町で凶暴化が発生した際に手を打てるように体制を整えよう」


「そうッスね!私も町中の巡回へ引き続き行ってくるッス!」


ジェーヴァはグッと両手を胸元で拳に握り、気合いを入れて屋敷を飛び出していくのだった―――






―――そして、


超高速で疾走した魔術飛行艇エア・ライドで、ほどなくしてエンティアに到着した八雲。


町に入るとすぐに海が目に入り、立派な港がその先に見えていた。


「やっと着いたな!おお~!しっかりした港も完備して、これぞ港町!って感じだな♪」


後ろに座るサファイアに話し掛けると、


「まさか陸を走ってこれだけの短時間で到着するとは思っていませんでしたわ……」


ブロア帝国からブラウ公国までは普通の馬車で旅しても、五日は掛かる距離ではあったが、超人的な身体能力を持つ八雲とサファイアが搭乗して疾走する超高速飛行であれば、数時間での移動を可能にしていた。


但し、それは八雲の膨大な魔力があってこそという条件付きで、魔力燃費は決してよくはない。


「さてと……此処でスコーピオと待ち合わせの予定なんだけど……」


魔術飛行艇エア・ライドに跨ったまま周囲をキョロキョロと見回す八雲だが、それ以前に町中には人が少ない。


「港町ってもっと人がいるのかと思ったけど、全然人がいないんだな?」


「例の事件のせいではありませんの?ブラウ公国では彼方此方で起こっているそうですし、噂が回るのも早いでしょう」


「なるほど……それは確かに……んっ?あれは……」


サファイアの話しに納得した八雲の視線の先には、フラフラと足元の覚束ない男が此方に向かってくるのが見える。


酔っ払いのような男に猜疑心剥き出しで見つめるサファイアとは別に、八雲はその男の首に巻かれたペンダントに鋭い視線を向けていた。


「あのペンダント―――」


そう八雲が呟いた時―――


「―――GURYAAAA!!!」


―――その男が血走った真っ赤な目を剝いて、魔術飛行艇エア・ライドの八雲に向かってその口を大きく開きながら襲い掛かってきた。


魔術飛行艇エア・ライドからヒラリと飛び降りた八雲―――


―――そこに飛び掛かる男。


だが、そんな凶暴な男も所詮は一般の人間の力しかない―――


―――スッと身を翻して回避した八雲に手刀を首の後ろに打ち込まれると、


「―――AUUぅううっ?!」


そのまま地面に倒れ込んで、気を失ってしまった―――


「到着して早々、狙われるなんて日頃の行いが悪いのではありませんの?」


「人聞きの悪いことを言うな。心当たりがありすぎて困る」


「ありまくりですの!?貴方、どんな人生を送ってきたのですか?」


そんなやり取りをしている間にも、八雲は男の首から黒い宝石のついたペンダントを取り上げた。


「それが、例の?」


「ああ、たぶんそうだろうな……よし!」


「あっ!―――ちょっとっ?!」


サファイアが止めようとしたのも遅く、八雲はそのペンダントを自分の首に着けた。


「これは?!……う、ウウゥ……UGAAAA!!!」


奇声か雄叫びかという声を上げる八雲に、サファイアは白龍槍=初雪を取り出して八雲に向けて構える。


「可愛いサファイアのことが~食べたい~♪」


「……貴方、正気ですわね?いえやっぱり憑りつかれていますわ。それ以上、馬鹿な真似をする様でしたら死ななければ治らないでしょう。引導を渡して差し上げますわ」


「―――嘘です正気です冗談ですから得物は仕舞ってくださいオネガイシマス」


向けられた初雪を見て、あっさりと冗談だと告げる八雲にサファイアは溜め息を吐く。


「こいつの状態異常を確かめたくてな。どれどれ……」


そこでステータスを広げて常態確認を行う八雲の目には―――


「……『精神錯乱』に『凶暴化』と『食欲上昇』これが人間を食料に見せているのか……ん?これは……『欲望搾取』だと?まさか―――ハッ?!」


―――ステータスを確認している八雲に、空から黒い影が矢のように飛び込んできてギラリと光る刃物が頭上に振り降ろされてくる。


「―――チッ!」


突然の襲撃に八雲は咄嗟に―――


―――『身体加速』

―――『身体強化』

―――『思考加速』


―――を並列して発動し、敵を確認する。


その影は日本の着物のような黒い服に鎖帷子、手足には手甲足甲、その足には網タイツを履き、胸元はボリュームで盛り上がっていて八雲の『思考加速』でスローモーションのようになった世界ではポヨン♪ と揺れているのを目に焼き付ける―――


―――長い黒髪を三つ編みにして風に靡かせ、顔の鼻から下を黒い布で覆ったその襲撃者は迷うことなく八雲の頭上に日本刀のような武器を振り下ろしてきたため、一瞬で取り出した黒刀=夜叉で受け止める。


キィイ―――ン!と金属のぶつかり合う音が響いたかと思うと、ギリギリと刃を擦り合って押し迫るふたり―――


(日本刀!?―――いや、これがカタナと呼ばれているアンゴロ大陸の武器か。見たまんま日本刀だけど)


―――目の前の女が握る武器を観察する八雲に対して、女はすぐに体術を駆使して鋭い蹴りを繰り出してきた。


「危ねぇえっ?!いい蹴りだけど、俺には当たらないぞ」


「……」


話し掛けても声を出したり、何かを語ったりすることはない―――


(これは本物の暗殺者アサシンって感じだな……余計な会話はしないか)


―――女の目的は十中八九、八雲が身に着けている黒い宝石のペンダントだ。


八雲には状態異常の様々な耐性があり、精神的な干渉にもビクともしないため正気のままでいることに女も少し困惑している様子だった―――


「このペンダントが目的なのか?随分とエグい精神攻撃の付与が掛けられているみたいだけど?」


―――八雲のその言葉に、女の瞳に宿った『殺気』が更に強く光っているのが見受けられた。


すると八雲のことを只者ではないと判断した女が、胸元の着物の間から何かを取り出す―――


封魔ふうま忍術

―――淫香抱擁いんかほうよう


―――取り出した竹の筒のような物の中から、何やら微細な粉の様なものを空中に撒布するくノ一に、八雲は夜叉を握りしめて構える。


すぐに八雲の周囲にも甘い香りが漂いだしたかと思うと、一瞬クラリと頭の中が揺らいだ気がした―――


―――ステータスには『精神鎮痛麻痺』という文字が点滅している。


(さっきの粉は特殊な薬品か何か?風上に立っていたのはこのための様だが、精神耐性が強いと分かって薬物で攻撃とは、本当に容赦ないな……)


だがそれならそれで乗ってやろうと、チラリとサファイアを見て手を出すなと考えを伝えてみると、サファイアは初雪を構えたまま動かずにいてくれた。


カラァンッ!と地面に夜叉を落とす八雲―――


―――その様子に麻痺が身体に回って来たと思った女は、ゆっくりと八雲の傍へと近寄ってくる。


(このままこのくノ一を捕まえて、目的を吐かせてやる)


そう考える八雲の様子に疑うことなく、くノ一はカタナを八雲の前で上段に構えた。


その瞬間―――


八雲が後ろに引き絞った右腕を神速のスピードで前に繰り出し、くノ一の胸元に打ち込むと硬いモノに亀裂が入る様な音が響き、くノ一の全身を覆った忍び装束の下にある鎖帷子が吹き飛ぶ。


九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式体術

―――『観音掌かんのんしょう』!!!」


膨大な運動エネルギーを右腕一本で推し止め、尚且つ掌底の衝撃でくノ一の全身を覆った防具を破壊する。


「カハア―――ッ!!!」


マスクの下に隠れた口から全身を駆け抜けた衝撃により苦悶の叫び声が上がり、そのまま後方に吹き飛ばされたくノ一は地面を何度も跳ねて転がっていく。


「フゥ……薬物まで使ってくるとは―――」


「―――まだ来ますわよ!!!」


サファイアの叫び声に周囲を警戒していた『索敵』の反応に目を向けると、着物を脱ぎ捨てて全裸に褌のような下着だけを纏ったくノ一が、カタナを八雲に振り翳していた―――


―――『思考加速』の中で先ほど吹き飛ばした者に目を向けると、


(木片だと!?―――変わり身の術かよ?!)


自らの鎖帷子と着物を纏わせて、八雲の『観音掌』を受けさせた木片が無残にも転がっている―――


―――美しい裸体にたわわな胸を揺らして薄桃色の乳首を見せつけながら、口元を覆ったまま褌姿のくノ一に八雲は驚愕しつつ目を奪われるが、すぐさま斬りつけてきたカタナを両手で挟み込み白羽取りを決めた。


「変わり身の術まで使えるとは、正直驚いたぞ……」


「……」


カタナを握ったまま語り掛ける八雲だが、女からの返事はない。


しかしそこで―――


ピュ―――ィ♪と指笛のような音が響いた。


―――するとカタナを離して全裸のくノ一は飛び跳ね後退したかと思うと、


その後退した先の建物の上には―――


―――五人のくノ一が立ち並んで、八雲とサファイアを睨みつけている。


そのくノ一達の元に自分も飛び上がって合流する全裸のくノ一の様子を見ながら、八雲はある女に目が行く―――


「あれは……やっぱり、そうなのか―――七野ォオオッ!!!」


「ッ?!……」


―――その中にはマスクで鼻と口を覆っても、アズール皇国の天ぷら屋で出会った七野だと確信できる女が混ざっていることに気がついた八雲は、かまわず七野の名を叫ぶ。


「……ゆくぞ」


そう言い放つ軍団の頭である一葉かずはの掛け声で、くノ一達はその場から姿を掻き消していった―――


―――そして最後に八雲の方を振り返ってから姿を消す七野がいた。


アンゴロ大陸の服を着た女と聞いて怪しんではいたものの、こうして姿を見て確信へと変わった八雲は七野のことが心のどこかでいつまでも引っ掛かっていた。


そして、そんな八雲の様子をサファイアはただ黙って見つめているのだった―――



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