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第308話 封魔のくノ一

―――くノ一軍団が立ち去った後、


「御子!―――ん?その男は何だ?まさか……」


佇む八雲と、それを見つめるサファイアの元にスコーピオとジェーヴァ、そしてエスペランザが姿を現す―――


見つけた八雲達の足元に転がっている男を見かけて怪訝な表情に変わるスコーピオ。


「スコーピオ……ソイツはこれを着けていて襲ってきた男だ」


そう言って八雲は自分の首に下げたペンダントをスコーピオ達に見せる。


「御子!そんな得体の知れない物を身に着けるなど!?―――すぐに外してくれ!!!」


「ああ、大丈夫だ。俺には効かないよ」


「だとしても、だ!それで……何が原因か分かったと?」


「そうだな、ちょっと精神錯乱させられて、ちょっと食欲を上げられて周りのヤツらが全部食料に見えて、そうしているうちに欲望を吸い取られているってアイテムだ」


「なんだそれは?頭のおかしいヤツになるためのアイテムか?」


スコーピオは八雲の言っていることに対して素直な感想を述べた。


「言い得て妙だな……だけど少し違う。『精神錯乱』で理性を崩し、『食欲上昇』で欲望を増幅して、最後に『欲望搾取』で吸い取って持ち去る。頭のおかしなヤツを生み出す様に見せかけて、目的は最後の欲望の搾取だ」


「人の欲望を集めることに何か意味が?」


「それは集めている本人に訊かないと分からないさ……ただ集めているからには、何かに利用するんだろうしな」


「一つ謎が解けて、また新たな謎という訳ッスか……」


ジェーヴァも八雲の説明を聴いて頭を傾げる。


「さっき此処でアンゴロ大陸の着物を着た怪しげな女達を見た。そのうちのひとりは俺も心当たりがあるヤツだった」


「―――なんだと!?御子、誰を抱こうと文句を言うつもりはないが、犯罪者は頂けないぞ……」


「おい、どうして女ってだけで、俺とそういう関係なんだと思ったんだ……」


「―――エッ!?」


「―――えっ!?」


驚きの表情に変わるスコーピオとジェーヴァに八雲が泣きそうな顔になる。


「冗談は置いておいて、御子がどういう経緯でその女と知り合いになったのか場所を変えてゆっくりと聞かせてもらおうか」


笑顔で語るスコーピオの提案に、八雲とサファイアは彼女達と場所を移動することにした―――






―――八雲達が移動している頃


ブラウ公国の港町エンティアにある、アンゴロ大陸の『幕府』が人知れず用意した諜報活動用の隠れ家屋敷―――


和風テイストが感じられる畳の敷かれた座敷には神棚のような祭壇が設置され、そこには大きな銅鏡が祀られている。


八雲の前から姿を消した五人のくノ一と、七野ななのが集まっていて、その七野を取り囲むように正座していた。


その中のひとり、くノ一軍団の頭領である一葉かずはが七野を無機質な瞳で見つめながら―――


「七野、何故あの男がお前の名を知っていた?……あの男は何者だ?」


―――感情の起伏が感じられない尋問の言葉を投げ掛ける。


「あの男とは、偶然にアズールの飯屋で知り合いになっただけのこと。名前以外のことは何も存じません」


「では、あの男の名を申してみよ」


「九頭竜……八雲と」


七野のその言葉に突然神棚に祀られた銅鏡から黒い靄が吹き出したかと思うと、真っ黒な闇の様に広がり、そしてその中央にひとりの美女の姿が現れた―――


「ッ?!―――姫様!?」


―――その靄に映像のように映し出された美女を姫と呼ぶ一葉の言葉に、全員が鏡に向かって正座して両手を畳につき深々と頭を下げる。


そこに映し出された美女、薔叉薇ばさら姫はくノ一軍団を見渡すと、


「七野……」


七野の名を呼ぶ。


「はい!―――姫様!」


返事をする七野。


「先ほど、お前は九頭竜八雲と申したか?」


「はい、姫様……アズール皇国で偶然出会い、本日『黒水晶』を身に着けているところを再会いたしました者の名が、九頭竜八雲でございます」


七野は頭を深々と下げながら、薔叉薇姫に申し開きをするように早口で語る。


しかし、それを聴いた薔叉薇姫は―――


「クックッ♪ クククッ♪ ハハハッ♪―――これはよい♪ 七野よ、その九頭竜八雲こそ私の大百足を屠ってくれた益荒男ますらおなのよ~♪」


「な、なんと!?九頭竜八雲が、あの『災禍』を!?」


「クフフフッ♪ 面白いわぁ~♪ 一葉よ、私の可愛い鬼倭番封魔忍軍おにわばんふうまにんぐん華組十勇士の者達よ。その九頭竜八雲を捕らえ、私の元まで連れて来てちょうだい。手段は問わないわぁ~♪」


喜々とした表情で命じる薔叉薇姫に一葉は―――


「姫様の指令、我等十勇士、必ず達成致し、九頭竜八雲を御前に持ち帰りまする」


―――と、頭を深々と下げて薔叉薇姫に誓う。


「フフフッ♪ そこまで畏まるでない一葉。これはただの座興よ~♪ 貴方達の命まで賭ける必要などないわ。貴方達は私の大切な駒……座興で失う訳にはいかないもの。ただ、最悪でも、あの益荒男の力を見極めてきてちょうだい~♪」


鼻歌でも歌うかのように軽やかな口調で語る薔叉薇姫に、


「―――御意!!!」


くノ一軍団全員が返事を返し、姫はその姿を消していった……


「……三樹みつき、今日あの男と手合わせしたお前から見て、あの男どうなのだ?」


黒水晶を奪うため、八雲と闘った経験をもつ三樹に問い掛ける一葉。


「私の淫香抱擁いんかほうようの秘薬も効き目がなく、その体術は達人のそれかと見受けました……」


「それほどの男か……姫様が益荒男と称えているのも頷けるというもの。しかし、我等も封魔忍軍華組十勇士と呼ばれる忍びの者だ。女には女の闘い方があるというもの……七野」


「はい!」


「此度の『益荒男墜ますらおおとし』は、お前に任せるとしよう。名を名のり合ったも何かの縁だ。せめて自分の身体であの男を墜とせ」


「ッ!?―――承知、いたしました」


そう言って、七野は両手をついて一葉に頭を下げるのだった―――






―――港町エンティアにある蒼天の精霊シエル・エスプリの屋敷


場所を移した八雲は、七野との縁について皆に包み隠さずに説明した―――


「そんな偶然があり得るのか……いや、御子のことだから、何かそういったモノを惹きつけるのかも知れん」


「俺はGホイホイかよ……怪しいヤツばっかり寄って来られても嬉しくない……あ、美女は除く」


「どこまで馬鹿ですの?女と見れば、だらしない態度を取って」


「妬くなよ、サファイア」


「焼いて欲しいんですの?」


そう言って胸元に上げた掌から、火属性魔術で炎を迸らせるサファイア。


「ちょっと、それ物理的に焼こうとしてる!?冗談だ、落ち着こう。話せば分かる」


「話した結果、汚物は消毒と答えが出たのですが?」


「とうとう汚物扱いまで落ちたか……冗談は置いておいて、これからのことを話そう」


仕切り直すようにして言った八雲に視線が集中した。


サファイアはチッ!と舌打ちして炎を握り消していた。


「今、この国ではブロア帝国の件数よりも、凶暴化事件が増えていると言ったな?」


その問い掛けにエスペランザが答える。


「ええ、ブラウ公国では件数もそうですけど、人数が桁違いに多いですわ。大きな街では鎮圧のために警備隊が出てきたくらいですから」


「そんなにか……だとすると、相当な数の黒い宝石がバラ撒かれていたことになるな」


「ええ……実際に変貌した者の家族に話しを訊いたりしてみましたが、人が変わる前日までそんなペンダントは所有していなかったそうですわ」


「となると、寝ている間に首に巻かれたとか、手口としてはそんなところだろう」


「つまりは無差別に、民を変貌させたと?」


エスペランザの言葉に仄かな怒りが乗っているのを感じ取る八雲。


「端的に言って、そうだろうな……奴等の目的としては煽る相手ではなく、回収するアイテムの方が目的みたいだからな」


憤るエスペランザの気持ちは八雲も分からなくはない。


他人の都合で振り回されることほど、迷惑な話はないのだから……


「兎に角、今は手分けしてヤツ等の尻尾を捕まえるしかない。エスペランザ、次にアンゴロ大陸に向かう船が出るのはいつだ?」


「明日の正午ですわ」


「その船に乗るとも限らないが……それでも見張りは置かない訳にはいかないな。俺はこの町の中を探す。スコーピオとエスペランザ、ジェーヴァとサファイアでツーマンセルになって行動してくれ。何かあったら俺とスコーピオ、ジェーヴァで『伝心』を飛ばすってことで」


「貴方……単独行動する気ですの?」


「ん?ああ、たぶんその方が見つかる可能性が高いような気がするんだよねぇ」


「御子……くれぐれも無茶はしないでくれよ?」


心配そうな表情を浮かべるスコーピオに、八雲は笑顔で―――


「大丈夫!大丈夫!くノ一忍法武芸帳系の漫画でけっこう勉強してるから♪」


―――と、彼女達には訳の分からない自信を見せる。


それが余計に周囲の皆に対してジワリと不安を振り撒くのだった……






―――蒼天の精霊シエル・エスプリの屋敷を出た八雲。


そこから港町エンティアにあるアンゴロ大陸料理の店をブラブラと巡っていた……


「おお!―――刺し身を出す店まであるのかよ!?こっちは何だかおでんみたいな屋台まである……何?此処は、俺の天国なの?」


彼方の店、此方の店と立ち寄ってはそこにある刺し身や干物、アンゴロ産の味噌や醤油を用いた数々の料理に八雲は瞳がキラキラッ☆と輝きまくっていた。


何故くノ一軍団を追わずにこんな真似をしているのかと言えば、八雲が目立つ行動をしていれば相手の目に留まりやすいと踏んでの行動だった。


最初はそのつもりで始めてみたが、いざ町を回ってみると興味のある料理が多すぎて今ではそれがメインになってきている。


「兄ちゃん~!こっちの焼き鳥もどうだい♪」


屋台の親父からニコニコと誘われて、


「おお!いいねぇ♪ 塩とタレで二本ずつおくれ♪」


「あいよ!すぐに焼き上がるからよ♪」


屋内の定食屋も興味が湧いたが今は通りにある屋台を巡ってそんなやり取りをする方が、手元の料理する様子も直接見られて楽しくなってくる。


「へい!お待ちっ!!」


お代を払って袋を受け取ると、焼き鳥を食べながら人気のない港とは逆の町の外へと向かっていく八雲。


郊外に向かうと内陸の方向には森があり八雲はその森に入る道を進み、その先の抜けたところにある草原に出て来た。


岩場もあり、そのうちの大きな岩を椅子代わりに腰掛けて手元の焼き鳥に舌鼓を打っていると―――


「モグモグ……漸く出て来たか……」


―――あの時、屋根の上に現れた、くノ一五人と七野が現れた。


「……」


相変わらず、くノ一達は余計な言葉は発しない。


そんな彼女達を見ながら、八雲は焼き鳥をモグモグと頬張っていく……


すると、くノ一のひとりが胸元に手を入れたかと思うとクナイが一瞬で八雲に向かって投擲された―――


―――だが、八雲は焦ることもなく手に持っていた焼き鳥の竹串を投げると、なんと金属のクナイを弾き飛ばしてクナイを投げた三樹に襲い掛かった。


「―――クッ?!」


襲い掛かる焼き鳥の串を回避して、歯軋りする三樹―――


「この前の全裸姉ちゃんか。いい身体して、嫁入り前の女の子が簡単に肌を晒しちゃダメでしょ!」


―――どこかの母親のような口調で三樹を叱る八雲。


だが単純に竹串で三樹の投擲したクナイを弾き飛ばして、その三樹を狙っていたことにくノ一達は驚愕していた……


そこで、くノ一の頭である一葉が一歩前に出る。


「……黒神龍の御子、九頭竜八雲とお見受けする」


本来、忍びの者が自らの身分や所属を語ることはあり得ない。


会話すら憚られることだが、一葉は対話を挟むことで八雲の為人を見定める切掛けと考えた。


「いえ違います人違いです間違いです。それじゃあこれで失礼します」


「……」


一葉の問い掛けに八雲が人違いだと、その場から離れようとした時―――


「……七野」


―――と一葉の呼び掛けに七野が腰元から掛け軸ほどの幅がある巻物を取り出して、その巻物を広げる。




封魔ふうま忍術

―――花魁地獄道中おいらんじごくどうちゅう!!!」




「ッ!?―――なにっ!?」


―――七野が広げた巻物には、筆で描かれた惨たらしい地獄絵図が広がっており、その地獄絵図がその巻物から飛び出したように八雲の周囲に突然現れたことで驚かされる。


「幻覚なのか?いや、これは……」


幻覚の類いであれば八雲には効果がないはずだ―――


―――であれば、この目の前に広がる『地獄絵図』は、


「異空間の類いか……くノ一のこと舐めてたわ」


その異能の力に忍者を漫画の知識の中でだけ予想していた八雲は、今さらながら反省する。




周囲の『地獄絵図』では―――


―――金棒を持った鬼に殴られる縛られた死者


―――大釜の熱湯に次々と鬼に捕まり、放り込まれる死者


―――逆さ吊りにされて、背中の皮を鬼に剥がされる死者


―――剣山のような針山の上を進めとばかりに金棒で鬼に押されて、足元を真っ赤に染めた死者


八雲が地獄の鬼と認識出来る存在達が死者を折檻する世界が広がり、自分が今立っている空間に驚きを隠せない―――




「我等、御身を迎えに参った者……大人しくご同行頂きたい」


一葉が静かにその力の一端を述べるが八雲にとっては不利な状況に、更に不利な上乗せ情報を貰った様なものだ。


「俺に一体何の用なんだ?このペンダントか?それとも俺の命が狙いか?」


目の前に並んだ六人のくノ一に問い掛けると―――


「我等は貴殿が大人しくご同行頂けぬ場合は、貴殿を骨抜きにして連れて行くのみ」


「何その『骨抜き』って!?くノ一だけに、その辺りをもっと詳しく―――」


そう八雲が一葉の言葉に喰いついたところで―――


―――八雲と向かい合っていた一葉の傍にいた二色の手元から、白くしなやかな糸が八雲に向かって一瞬で発射される。


「オオッ!?―――蜘蛛の糸!?いや、これは―――」




「封魔忍術

―――鬼蜘蛛縛鎖おにぐもばくさ




静かに忍術の名を唱える二色が続けて語る。


「……只の糸ではない。我が身に封じし『魔』の紡いだ糸。たとえ神龍の御子であろうと断ち切ること、容易ではない」


その言葉に八雲が身じろぎ、力を入れてみるが確かに糸はしなやかに伸縮を起こし、されど切れることはなく八雲の込めた力を上手く分散しているようだった。


「―――フンッ!!」


そこから力を込めた二色に合わせて、物理の法則を無視して糸が八雲の身体を持ち上げ、近くにあった台座のような岩の上に横に倒された。


「何をする気だ!?」


横に寝かされた八雲は、くノ一軍団に目的を問う。


すると一葉は八雲を睨みながら―――


「これより、『益荒男墜とし』を執り行う!―――七野!!」


「……はい」


―――名前を呼ばれて八雲の傍に来た七野を見つめながら、


「七野……」


八雲がその名を呼ぶと―――


「……」


―――無言のままパサリッ!と、七野がその着物のような服を地面に落とす。


その美しい裸体を八雲の前に晒すのだった―――



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