―――ラーズグリーズとゲイラホズ、そして新たに担任に加わったエメラルド、レーブ、ゴンドゥルの五人は特別クラスの生徒達に課題だけ伝えると教室から退室していった。
「ここからはクラス全員で話し合ってください」
そう言い残したラーズグリーズが教室を出ていく最後に―――
「―――さっきも言いましたが、これは『課題』……ですからね」
―――『課題』という部分を強調して出ていったことに、クラスの中が妙にシーンとしてしまう……
「……最後のあれ、一体何だったんだ?」
八雲がボソリと呟くと、隣からユリエルが、
「たぶんだけど……クラス全員に対する『課題』ってことみたいだから、下手な催しをすると全員の課題についての採点に響くってことじゃないかな……」
「はぁ!?―――連帯責任ってことかよ?」
ユリエルの推測に八雲が顔を顰める。
すると、クラス中では―――
「―――やっぱり今年もきた……」
「―――ちょっと、どうするのよ!?」
「もう去年みたいなことは嫌だァアア―――ッ!!!」
―――と、何故か軽い阿鼻叫喚が始まる。
そこで八雲は前の席にいる頭を抱えているクラスの男子に声を掛ける。
「おい、今年もって、去年もこの課題があったのか?」
すると、男子は振り返って、
「ああ、そうか。黒帝陛下は今年からの留学だから知らないんだな……去年の学園祭の時も同じ課題があった、って言うか毎年この課題は出されるんだ」
「毎年?つまり学園祭に向けてはクラス全員でやる課題が出されると」
コクリと頷く男子生徒。
「しかも……つまらない催し物だと、恐ろしい低評価が下されるんだ」
「エッ!?課題の評価もちゃんとされるのか?学園祭を盛り上げよう!っていう目的じゃなく?」
「いやこれ、完全にガチの課題だよ……しかも評価するのが幼年部、初等部、中等部、高等部の校長と……」
「各校長と?」
「このヴァーミリオンの皇帝イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン皇帝陛下だ……」
「……嘘、だろ?……おいおい♪ たかが学園の学園祭にする催し物なんだぜ?そんなものに皇帝が―――」
「―――本当ですわ」
そこで口を挟んだのは、フォウリンだった。
「フォウリン!?おい、本当にイェンリンも評価するのか?」
「はい……しかも昨年は―――」
『ハァ~!つまらん!!今どきの若いヤツ等は、この程度のことしか考えられんのか!!!評価は最低点数をつけておけ!!!』
「―――という評価を残してサッサと城にお戻りになられて、この特別クラスで昨年卒業予定だった先輩方は単位が足りなくなりそうな状態に追い込まれて、卒業ギリギリまで必死でしたわ……」
「学園祭が地獄絵図になっている光景しか浮かんでこないのは何故だ……それで、去年はどんな催し物をやったんだ?」
「たしか『属性魔術における自然界への影響と環境について』というテーマの論文を展示しましたわ」
「なんだ、それ!?―――テーマだけで絶対面白くないって分かる!!」
思わず背中を反らして驚いた八雲に、クラスメイト達の白い目が向けられる。
「ちょっと!―――それでも全員でいい評価を取ろうと頑張って考えたのよ!」
「そうだ!そうだ!―――皆の力を結集した論文を馬鹿にするな!」
「本当に人の気持ちを考えて!―――この残酷帝!!」
「―――いや、お前が人の気持ち考えろよ?残酷帝って何気に悪口だからな?大体、どうせ学園祭を色々回りたいから、特に人がいなくてもいい催し物にしておいて自分達が楽しみたかっただけだろう!」
「ギクリッ?!―――黒帝、去年もしかして来て見てたのか!?」
「『ギクリ』って口で言うヤツ初めて見たわ!―――学生の学園祭の出し物なんて、どこの学校でもサボろうとして同じ様なことを考えるからな!お前達の考えなんて、まるっとお見通しだ!!」
「ハハァ―――ッ!!!」
八雲の的を射た指摘に、何故かクラスメイトの殆どが深々と土下座並みに頭を下げる。
「なるほど……ヴァーミリオンのこれからを背負う若者の中でも、特別クラスに在籍する生徒の情けない催し物にイェンリンは呆れて帰ったってところか」
「ええ……わたくしも後に剣帝母様から呼び出されて、いつになくお小言を頂きましたわ」
フォウリンも八雲の言葉を肯定するようにイェンリンから叱責を受けたことについて話した。
「でも、去年がそんな状態だったら、今年のハードルはかなり高いぞ……」
「はぁどる?はよく分かりませんがラーズグリーズ様の、あのおっしゃり様からして間違いなく剣帝母様から、あの様な伝え方をする様に言われているのだと思いますわ」
「意地が悪い様にも感じるけど、イェンリンの立場からすれば学生に期待したい気持ちも分かる」
すると八雲の前にひとり、金髪の長い髪にピンクの大きなリボンをした綺麗な身形で美形の女子生徒が前に出る。
「―――それでは黒帝陛下?貴方様でしたら、どの様な催し物をご用意されますの?」
「うん?俺か?というか―――君は?」
前に出た少女の大きめの胸に視線を奪われそうになりながら八雲は何者か問い掛けると、
「申し遅れましたわ。わたくしはヴァーミリオン皇国シュタインベルク辺境伯の長女―――クリスティン=フォン・シュタインベルクと申しますわ。どうぞクリスとお呼びくださいませ」
「辺境伯……それはご丁寧に、よろしくな、クリス。俺のことは八雲でいいぞ」
「いいえ!大国の皇帝陛下を名前でお呼びするなど不敬となりましょう。黒帝陛下とお呼び致しますわ」
「クラスメイトなんだし、そこまで堅苦しくしなくてもいいんだけど?それで、シュタインベルク辺境伯って?」
「はい、この首都レッドから見て南方にある広大な領地を有する家ですわ」
「レッドから南方……てことは、シュヴァルツに近い場所ってことか?」
八雲の問い掛けにクリスティンはニコリと笑みを浮かべると、
「ええ、そうですわ。そして、黒帝陛下がシュヴァルツからこのレッドまでの道を開通した土地の持ち主でもあります」
「あっ……そうか、イェンリンに頼まれてエレファンからの道を繋いだことがあったな。あの時に道を造った土地のことか」
シュヴァルツ包囲網の戦後処理の中に、ヴァーミリオンの首都まで道路を開通させたことがあった。
その際に道を切り開いたのが、クリスティンの実家が所有する広大な領地だったのだ。
「あの時は突然に道が切り開かれて家の者達も驚いたそうですが、後から剣帝陛下の使者が来られて事後ですが剣帝陛下のご意向だと説明されましたわ」
「それは何だか悪かったな」
「いえいえ♪ 黒帝陛下には感謝しておりますのよ♪」
「感謝?どうして?俺、何かした?」
文句を言われることはしても、感謝される覚えのない八雲は首を傾げる。
「フフッ♪ 黒帝陛下が道を切り開いて下さったおかげで、我が家はいち早くエレファンにもレッドにも通じる道を利用することが出来ましたわ♪ 地理的な優位性を目一杯利用するのは生きるためには当然のこと、おかげさまで実家は今、潤っておりますの」
ニコニコと現金な笑みを浮かべるクリスティンを見て、八雲は―――
(なるほど……整備された道の有用性をすぐに見通して、いち早く動いたことで利益を得たのか。特別クラスなんて所詮は金持ちや、ちょっと頭が良いくらいの世間知らずしかいないのかとも思ってたけど、中にはこうして個性的なヤツもいるんだなぁ)
―――と、世情を見て動ける者もいるのだと感心する。
「それで、辺境伯っていうのは?シュヴァルツだとあまり聞き慣れない爵位だから」
「あら?そうなのですか?そうですわね、シュヴァルツ皇国で申しますと、公王といった立場に近いかと」
「公王!?そんなに偉いのか!?」
するとフォウリンが横から説明する。
「八雲様、彼女の実家シュタインベルク家は、元々ヴァーミリオン皇国に併合されたシュタインベルク王国の領土を自治領として所有している貴族なのです。辺境伯とは公王や公爵といった立場に近いものとなりますわ」
「ご説明、恐縮ですわ。フォウリン様」
クリスティンは三大公爵家のフォウリンに頭を下げる。
「イェンリンは自治までさせているのか?随分と信頼しているんだなぁ」
「それは我がシュタインベルク家は剣帝陛下がヴァーミリオンを拡大している時代、真っ先に御味方について、共に領土拡大に奮闘した功績がございましたの。偉大なご先祖様のおかげで、こうして自治領として認められているのですわ」
「へぇ~!そのご先祖様は先見の明があったんだな」
「お褒めに預かりまして光栄ですわ。それで―――話は戻りますが、黒帝陛下ならどの様な催しをお考えになりますのでしょうか?」
「ああ、その話しだったな。そうだなぁ……俺は去年までの学園祭を知らないんだけど、これまでの学園祭の催しと言ったら、どんなことをやっていたんだ?」
それについてはフォウリンが説明する。
「毎年、各クラスでの催しについては模擬店を開いてカフェや飲食店、他には楽器の出来る方が多いクラスでは演奏と合唱など、そういったものが多いですわね」
「なるほどな……模擬店なんかは外から本格的な助人を入れたりしても問題ないのか?」
「ええ、貴族の方や商人の御家の方は、そうした職人を呼び寄せて模擬店を開いたりされる方もいらっしゃいますわ」
「ということは聖ミニオン女学院の学院祭の時と、そう変わらないイメージでいいのか……でもなぁ~」
評価する人間の中にイェンリンが混ざっているとなると、生半可なことは出来ない。
「何かお店をなされるのですか☆?」
そこに瞳をキラキラさせたシャルロットが入ってくる。
「ん?シャルは模擬店がいいのか?」
八雲はシャルロットに問い掛ける。
「はい☆わたくし、一度自分でお店の人をやってみたいと思っておりましたの♪」
「シャルみたいな給仕さんがいたら間違いなく悪い奴が手を伸ばして不届きなことをしてくるそんなの許せないそんな奴がいたら確実に
「さ~ち?あんど?」
無邪気なシャルロットに手を出す悪漢を妄想して、濁った瞳でブルブルと震えながら怒りをヒートアップさせていく八雲を雪菜が宥める。
「ちょっと八雲!ドウドウ!!落ち着いて!なんだかクリストフさんに似てきたんじゃない?」
「―――おいやめろ。あのオッサンと同類項で括られたら、俺の公式は永遠に溶けない闇のロジックに陥る……あとアンヌママン、マジ怖い」
「しっかり染まってるじゃん……別に難しく考えるんじゃなくて、八雲が面白いと思うことをやってみればいいんじゃないの?」
(八雲はイェンリンにも似ているとか言っちゃうと、収拾がつかなくなりそう……)
すると途端に八雲の表情がパァ~と明るく変わり、
「ほう~♪ 雪菜さん、俺の面白いと思うことで、いいんだな?」
その時、八雲が向けた悪い笑みを見た雪菜は幼馴染としての経験から警報が頭の中で鳴り響く―――
「ちょ、ちょっと八雲?一応この世界の常識の範囲で―――」
「よぉ~し!!―――皆!!!聞いてくれ!!!」
すると雪菜の制止を振り切って、教室内にいるクラスメイトに十分届く大声で八雲が話し始める。
「去年のイェンリンの評価に皆も苦しんだことだろう!だが!!今年は違う!このシュヴァルツ皇国初代皇帝!九頭竜八雲が!!イェンリンがキャアッ!と乙女声上げて驚く、とっておきの興行を立案しようじゃないか!!!全員の評価満点目標で今年の学園祭に乗り込むぞォオオッ!!!」
「―――オォオオオッ?!なんだか知らんが黒帝陛下が本気になられたっ!!!」
「―――これは、今年はイケるのか!?凄いことになるのか!?」
「―――残酷帝が救世主にジョブチェンジしたぞ!!」
と、クラスメイト達も八雲の勢いにあてられて一気に気力が漲っていく―――
しかし、実はこれは雪菜に授けられた『神の加護』である―――『鼓舞』の加護が作用していた。
八雲の『龍紋』によってLevelが各段に上がった雪菜にもフォンターナ迷宮攻略の際に『神の加護』が覚醒していたのだ。
その効果は―――
『自身と自身が最も信頼する者に、民衆を奮い立たせる力を授ける』
―――というような集団戦で特に効果を発揮する能力なのだが、八雲のヤル気に反応して無意識に雪菜から『鼓舞』が発動し、クラスメイトに効果が発揮されてしまったのだ。
「学園祭を戦い抜いて制するのは俺達だァアア―――ッ!!!」
「オォオオオ―――ッ!!!!!」
『鼓舞』の効果で、どこまでもヒートアップしていく八雲達クラスメイトを見て、
「いや、貴方達は何と戦おうとしているの……」
と、頬をヒクヒクさせながら静かにツッコミを入れる雪菜だった……