―――大空に翻る八雲の
八雲の建てた闘技場で行われている『激闘!!
昨日のシリウスの件で闘技場に流れた不穏な空気も、今では感じさせないほど満席状態でお客は埋まっていて当初に八雲が校長達に話していた通り、一万席の客席は二日連続で満席となった。
これで賞金の心配はもうない訳だが、その闘技場の傍に造られた『ムーンバックス・カフェ』も『ふれあい動物広場』も、そして『乗馬体験コーナー』も三日連続フル稼働で闘技場同様に大盛況となっている。
この本選からは雪菜に実況アナウンスを頼んでいる。
こう見えて雪菜は日本にいた頃には八雲の道場のこともあり、格闘技好きでよくテレビで試合を見ていたので実況を頼んだのだ。
そして―――
トーナメント
一回戦第一試合に出場したアマリア
一回戦第四試合に出場したシリウス
一回戦第五試合に出場したガレス
―――八雲やイェンリンと関係のある選手達も、見事に一回戦を突破して二回戦へと駒を進めた。
二回戦に突入して第一試合出場のため闘技フィールドへと姿を現すアマリアに、クラスの同級生達からの声援が一際大きく上がっていた。
その中には仲良しのジェミオス、ヘミオス、コゼロークもいる。
そんな声援に笑顔で手を振って返すアマリアの姿を、貴賓席からレオンも見つめていた。
「どうしたんだ?レオンよ。お前の娘の晴れ舞台だ。もっと応援してやらんでよいのか?」
「フッ……剣帝陛下。娘の晴れ舞台だからこそ、父として静かに見守るべきかと」
「いや、昨日メッチャ叫んでたよね?名前呼んで泣きそうになってたよね?」
「―――黒帝陛下!?いや、昨日のことはお忘れくだされっ!/////」
(いや、オッサンの照れ顔とか誰得?)
「しかし二回戦の相手は確か賞金稼ぎだったな……」
そこでイェンリンが少し顔を曇らせる。
それはレオンもまた同じだった。
「賞金稼ぎが何かあるのか?」
その理由が思い当たらない八雲はイェンリンに問い掛ける。
「ああ、賞金稼ぎの狙う賞金首というのは、表向きは国で罪を犯した者だ」
「表向きは?それじゃあ裏もあると?」
八雲の質問にイェンリンは頷く。
「すべての賞金稼ぎがそうだとは言わんが、徒党を組んだ悪党というのはどこの国にもいるものでな。そういった組織から依頼を受けて標的を消す依頼、いうなれば暗殺も請け負う者達もいる」
その話を聴いて、八雲は過去にエドワードとアルフォンスを狙った暗殺組織を思い出す。
「そういうヤツ等は大概手段を選ばん。こればかりは戦闘経験を積んでいなければ対処出来ないことではあるのだが……あのアマリアの相手、何か良からぬことを仕掛けてこなければいいのだが」
「武器・魔術の使用を可としている時点で殆ど何でもありだからな。あとはアマリア次第だ」
そうは言っていても、八雲も不安が胸の中に広がっていった―――
―――二回戦第一試合
『さぁ~!早くも二回戦に突入します!激闘!!
雪菜のマイクアナウンスでアマリアは歓声を上げる観衆に笑顔で手を振って応える―――
『そして~!西門から登場したのは賞金稼ぎのエグザ=ドグザ選手です!!一回戦ではその体術で相手を翻弄して勝利を捕獲!この二回戦ではどのような戦いを見せてくれるのかぁ~!!!―――間もなく開始の合図です!』
入場アナウンスが終わるとシュティーアの工房のドワーフにより、ドラが高らかに打ち鳴らされて試合が開始された。
合図と同時にアマリアが先手必勝と言わんばかりに『身体加速』で突進を開始する―――
―――獣人族であるアマリアは元々身体能力が人族よりも高い。
そのアマリアが『身体加速』を掛けるということは人族の目から見れば瞬足で姿が消えるほどで、八雲が本選に雪菜という実況アナウンサーを置いたのはそのためだ―――
『速いっ!!―――ライオネル選手!スキルで身体速度を上げてドグザ選手に迫ります!!!』
「オラァアア―――ッ!!!」
―――アマリアは手にしたエレファンの国宝武装『獣皇』を振り被ってドグザに一閃、鋭い斬撃を繰り出す。
一足飛びに急接近してきたアマリアに対してドグザは落ち着いた表情でその剣閃を見切って躱す―――
―――いや、躱しただけではなく、回避した動きから回転してアマリアの側頭部目掛けて回転蹴りを繰り出すドグザ。
「クッ?!―――こんな蹴りっ!!!」
ドグザの右回し蹴りを左腕でガードするアマリアだったが、その蹴りの尋常ではない重さに小柄とはいえ『獣皇』を持つアマリアの身体が真横に数m吹き飛ばされていった―――
『これはドグザ選手の蹴りがライオネル選手を大きく吹き飛ばしましたっ!!今のはドグザ選手の蹴りの威力を視覚的に証明してくれました!!!』
―――アマリアはガードした左腕を伸ばしてダメージの有無を確認し、問題無いことを認めると再び『身体加速』で攻撃に飛ぶ。
その突撃に身構えるドグザは、『収納』から両手剣を取り出して同じく前に出る―――
『ドグザ選手!一回戦では見せていなかった両手剣を取り出して、ライオネル選手を迎え撃つ!!!激突するぞォオオ!!!』
―――雪菜の実況もすっかり熱が入ってきている。
「ハァアア―――ッ!!!」
「フゥウウ―――」
加速世界で互いの武器を打ち合い、斬り合い、突き刺そうと激しい攻防となり、一般客達の目には早送りした映像のような残像と、キキキキキィ―――ンッ!!!という連続で響き渡る高音の剣戟の衝突しか分からない―――
『ドグザ選手の両手剣の攻撃を一本の剣で捌きながらも攻撃を繰り出すライオネル選手っ!!!どちらも激しい攻防戦が繰り広げられていますっ!!!―――さぁ~!競り勝つのはどちらだァアアッ!!!』
―――残像しか見えない観衆達は、その攻防戦が見えている実況の雪菜に驚愕していた。
八雲と再会してから『龍紋』を得て、更にLevelも向上した雪菜にはアマリアとドグザの攻防がしっかりと見えている―――
―――八雲が雪菜に実況を頼んだ理由はそれもあった。
(なかなかやるな!賞金稼ぎ!!私の攻撃についてこられるとはっ!!!)
アマリアは自身の攻撃を受け流すドグザに改めて脅威を感じている―――
―――だが、ドグザもまた、
(これが中等部の生徒だとっ!?こっちは賞金稼ぎで食ってるプロだぞっ!!)
内心では次々に冷や汗ものの攻撃を繰り出すアマリアに脅威を感じていた―――
―――そこで一際大きく、キイィンッ!!と金属が激突した音と同時に一旦距離を取り、間合いから離れるふたり。
「フゥウウ―――ッ!……お嬢ちゃん、なかなかやるな」
見た目三十代前半といったドグザは体格も身長180cmはある大柄の男で、細身ながらも筋肉はしっかりと鍛えられている―――
―――数々の賞金首を獲物として追い詰めて、殺すか捉えるかといった方法で賞金を獲得してきたドグザ。
賞金の文字には反応してしまう男が、この
―――そんな危険な男であるドグザを相手にアマリアは、
「ハァ!うんっ!―――そろそろ準備運動はこのくらいでいいかっ!!」
と、ニコリと笑みを溢してドグザに告げる―――
「ハァ?……ハ、ハハッ!ハハハハッ!!―――随分とハッタリをかますじゃないかっ!」
―――ドグザは戦闘中だということも忘れて大笑いでハッタリだと切り捨てる。
「ハッタリ?私はそんなもの使わないぞ?それじゃあ、今から本気でいこうかっ!!」
そう言い切ったアマリアが『獣皇』を―――闘技フィールドに突き刺した。
『オォッとぉ!ライオネル選手!突然手にした剣を闘技場に突き刺して、一体何をするつもりなのかァアアッ!?』
雪菜も場を盛り上げる実況に熱が入る―――
すると、アマリアが腰を低く落として右脚を前に構えを取ると、八雲がその様子を見て、
「あ、アイツ……まさかっ!?」
そう呟くと隣のイェンリンが首を傾げて、
「なんだ八雲?お前、アマリアが何をしようとしているのか分かるのか?」
そう問い掛けると同時に―――アマリアが神速の速度でドグザの懐に姿を現す。
「……えっ?」
非現実的な動きで懐を取られたことに思わず変な声を漏らしていたドグザだが、次の瞬間―――
「グボォエアァアアオオ―――ッ!!!!!」
―――アマリアの一撃で、全身から聞こえてはいけないボキッバキッ!という音を立てながら、遥か彼方の闘技フィールドと観客席の境目にあるフレイアの防護障壁まで吹き飛ばされて、障壁にべしゃりっ!と激突して貼り付くと、ズリズリと滑り落ちていった……
「……
アマリアが繰り出したのは、八雲の九頭竜昂明流『観音掌』だった―――
「アイツ!いつの間にっ!?まさか見て覚えたのかっ!?」
八雲は直接アマリアに教えたことはなかったので、八雲が繰り出した技を見て覚えたのかと驚愕した。
「ハハハッ♪ 流石はお前のところに押し掛け女房してくるだけのことはあるではないか!!いい加減にアヤツとも向き合ってやらねば男が廃るぞ八雲!!」
驚いた顔の八雲にイェンリンがアマリアの恋心に支援攻撃を仕掛ける。
「ウッ!?いや、そういうことはレオンの前で―――」
「―――黒帝陛下!!まだまだ不躾な娘ではありますが!どうか、どうかお傍に置いて頂けます様、お願い致します!!!」
「それで本音は?」
「あんな危ない技をこんな大衆の面前で晒しては、他に嫁に行けるところなんぞある訳ないっ!!!」
「理由が酷すぎる……」
八雲がやれやれといった表情でレオンと言い合っている間に雪菜の実況が入る―――
「なんとォオオッ!!ライオネル選手!剣を地面に刺したかと思えば、突然体術でドグザ選手を吹き飛ばしたァアアッ!!!―――しかも今の技は婚約者であるシュヴァルツ皇国皇帝!黒帝の九頭竜八雲陛下が使う九頭竜昂明流の技だァアアッ!!!」
「なあっ!?―――ゆ、雪菜ァアアッ!!!」
アナウンスで婚約者だと言い放たれたことで、少なくとも一万人の観衆にはアマリアが八雲の婚約者だと周知されてしまう。
「オオッ!!!白神龍の御子様の援護を頂けるとは!このレオン、万の軍を得た気持ちですぞ!さあ!黒帝陛下!!どうかアマリアのことをっ!!!」
雪菜の援護で八雲に迫るレオン。
ここまで来たらレオンもエミリオの案に乗り、アマリアを八雲に貰ってもらうしかない。
「わ、分かった!分かったから!学園祭が終わったら、アマリアとちゃんと話しをするからっ!」
「誠ですかっ!イェンリン様!しっかりとお聴き頂きましたな?」
「ああ、聴いたぞ!これでアマリアも女の幸せを知れるというものよ!余も嬉しいぞレオン♪」
八雲の言はイェンリンが証人となって、レオンもこれでホッと胸を撫で下す。
そんなやり取りの中、アマリアは壁際まで吹き飛ばしたドグザの様子を確認するため、そこへ近づいて行く。
そうしてドグザから二mもないところまで来た瞬間―――
「フュッ―――!」
「―――ッ?!」
―――突然顔を上げたドグザが掌サイズの吹き矢を握り、その中に仕込んだ毒針を吹き出す。
その吹き矢が太腿に刺さり、慌てて間合いを取ったアマリアだが途端にグラリと身体を揺らして膝をつく―――
「ゲホッ!ゴホッ!オェエエッ!!―――ハァハァ!こ、この馬鹿力めっ!……だが、今撃ち込んだのはベヒーモス捕獲にも使う、神経毒だ……ハァハァ……獣人であろうと、劇薬だぞ」
壁伝いに立ち上がるドグザが、吹き矢の筒を投げ捨てて中身について説明するが、アマリアの意識は混濁してその声も頭の中ではグワングワンと響いて聞こえてよく分からない。
『ここまで追い込まれていて、ドグザ選手!隠し持った吹き矢で神経毒の毒矢をライオネル選手に撃ち込んだっ!―――汚いっ!!!』
「うるせぇええっ!!!―――武器の持ち込みありなんだろうがっ!!!」
思わずアマリアを心配して本音が出てしまった雪菜だが、ドグザはそれについてルールを盾にして一蹴する。
「あれが賞金稼ぎの恐ろしいところよ……余であれば、たとえ相手が瀕死であっても賞金稼ぎに安易に近づいたりはせぬ。これが戦闘経験といった訳だ」
八雲の隣で試合の始めに言っていたことの意味を説明するイェンリンに、八雲も膝をついたアマリアが心配になる。
「まあ、そこはアマリアも今、学んだでしょう……しかし、あの賞金稼ぎも知らないことがありますぞ?」
そこでレオンが表情を乱すことなく話していることに八雲が問い掛ける。
「あの賞金稼ぎが知らないこと?」
八雲がそう問い掛けた瞬間―――
「ウオォオオ―――ッ!!!!!」
―――膝をついていたアマリアが、突然雄叫びを上げる。
そうして立ち上がり、壁際のドグザに向かって歩みを進めていく―――
「バ、バカなァア!!!ベヒーモスでも眠る薬だぞっ!歩けるはずが―――ゴボバァアァアッ!!!」
―――ドグザが叫んでいるところに、アマリアの渾身の右ストレートがドグザの顔面を捉えて、顔を変形させながら相手の身体を空中にまで吹き飛ばしていく。
そうして再び地面に頭から着地した瞬間―――審判も兼ねるフレイアの判定でドグザの意識消失が確認され、ドワーフがドラを掻き鳴らしていった―――
『決まったァアアッ!!!―――勝者はアマリア=天獅・ライオネル選手ですっ!!!』
雪菜の勝利宣言が告げられて、アマリアはドッと湧き上がった大観衆の声に満面の笑みを浮かべて手を振り返していた。
「一体どうなっている?あの男が毒を仕込み間違ったのか?」
イェンリンも八雲と喜んではいたが、首を傾げて毒矢の件を検証する。
そこにレオンが答えを示した―――
「―――あれは、我が獅子の一族が持つ固有能力です。獅子は麻痺毒を撃ち込まれても数kmの距離を走る……」
アマリアの使った固有能力、それは―――
―――『
獣人族の中でも幾つかの一族に伝わる強靭な心臓を発動するスキル。
その心臓から血液と共に魔力を強制的に全身へと押し流し、麻痺毒や死に至る毒ですら跳ね退けて、さらに普段より強靭な身体と力を出すことが出来る。
しかし、実際に毒が抜けるわけではないので、その動ける間に治療を受けなければならない。
―――天獅一族特有の心臓強化スキルだと説明された。
「なるほど……でも毒が残るのなら、その後の治療が絶対条件になる訳だな」
「ああ、しかし今レギンレイヴが『回復』を掛けている。アマリアも平気そうに見えるから特に問題はないであろう」
「自分で企画しておいて何だけど、色々と癖のある奴がいるんだなぁ……」
少し疲れた顔の八雲だが、それでも、
「アマリアも獅子の子は獅子、か……」
嬉しそうに勝利の笑みを浮かべるアマリアに祝福の拍手を贈るのだった―――