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第333話 その剣の銘は鳳凰剣『天舞』

―――試合後に闘技場の医務室へと向かったシリウス


「身体は問題ないようですが、あまり無茶な真似をしてはいけませんよ……」


試合中に負った脇腹の傷があったところを確認しながら、レギンレイヴがシリウスを嗜める―――


「申し訳ございません。レギンレイヴ様」


「貴方に何かあったら悲しむ子供達がいることを忘れないで下さいね。勿論、イェンリンや私達もそうです」


「はい……肝に銘じまして」


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーには頭の上がらないシリウスだけに、レギンレイヴの言葉は重く圧し掛かる。


「ところで……」


そんなレギンレイヴはジト目でシリウスを見つめる……


「その方は、貴方の対戦相手だった方ですよね?何故、今も一緒に?」


「うん?私?それはあれほどの傷を負わせてしまったんだから、医務室にも顔を出したくなるのが人情でしょう?」


診察室の椅子に座るシリウスの隣に立っているのは、先ほど対戦していたエルカミナ=ハーンだった。


「……見ての通り、俺はもう大丈夫だから。心遣い感謝する」


「そう、だね……あの!次の試合も頑張って!応援してるから!!/////」


「うん?あ、ああ、それは、ありがとう」


エルカミナの様子にレギンレイヴは何か思い当たったのか、ニマニマとした顔でシリウスを見つめる。


「あの……なにか?」


レギンレイヴの様子に違和感を受けたシリウスは、何かあるのかと問い掛けるが―――


「―――お前の鈍感振りに笑いが込み上げてるんだよ!」


「アイタッ!って、八雲様?!―――どうして此方に!?」


―――突然、後ろから何かで頭を叩かれたシリウスが驚いて振り向くと、そこには八雲とイェンリン、そしてヨゼフスが立っている。


今は試合と試合の間のインターバル時間となっており、観客にも手洗いなどの時間が必要だろうとベスト8からは試合と試合の間にこうした時間を設けている。


「お前の鳳凰剣の鞘を届けに来たんだよ。ほれっ!」


そう言って先ほどシリウスの頭を叩いた物体、鳳凰剣=『天舞』の鞘といった赤い基調に黄金と宝石の装飾がついた見事な鞘を手渡した。


新しい姿に変わった鳳凰剣は、その能力を納めるのにも相応の鞘が必要だ。


そのため、八雲は紅神龍の鱗を用いて専用の鞘を用意しておいたのだ。


「わ、態々そのために此方まで!?言って頂ければ取りに上がりましたのに」


「まあ、こっちの個室の方が気兼ねなく話しやすいからな。それにしても……ハーン選手はシリウスのことが気になるみたいだね?」


「はい!?い、いえ、私は、その……怪我の様子が……気になったので/////」


頬を染めながらゴニョゴニョとなりだしたエルカミナに、八雲のみならずイェンリンまで悪い顔に変わり始めた。


「わざわざ余の血族を心配して来てくれるとは、対戦相手ながら素晴らしい心遣いではないか!のう?黒帝陛下」


「はい、流石はヴァーミリオン皇国の冒険者は情にも熱い者達がいらっしゃいますね、剣帝陛下」


ふたりの違和感しかない会話に、シリウスは首を傾げながら、


「あのぉ……御二人とも何かございましたでしょうか?」


と当たり障りないように問い掛けると、八雲とイェンリンが同時に呆れ顔に変わり、ハァー!と大きな溜め息を吐く。


「この人はお前のことが気になって此処まで来てくれたんだろう!」


「は、はいっ?!」


「此処まで相手のことを気づかうということは、お前のことを憎からず思っているからだというくらい、初見の余でも分かるぞ!」


「ハイッ!……はい?」


八雲とイェンリンの言葉に首を傾げるシリウスに業を煮やした八雲は―――


「ハーンさん!シリウスのこと!気になりますよね!!」


「へぁ!?―――は、はい/////」


―――今度はエルカミナに問い掛ける。


「試合を通じてシリウスの強さに魅かれたのだな!!」


「ふぇっ?!―――ひゃい!/////」


今度はこの国の皇帝に目の前で迫られて腰が抜けそうなエルカミナ。


「もうこうなったらシリウスと付き合いたいって思ってますよね!」


「ひゃ、ひゃいぃ!……って、いや、それは、あの―――/////」


「なんだ?余の可愛い血族では不満か?」


「そ、そんなことわぁあ?!で、でも、わたし、只の冒険者だから……/////」


「そんなこと―――関係ない!!!!」


「ヒェエエッ?!/////」


最後に八雲とイェンリンが同時にツッコミを入れて、エルカミナもタジタジの状態になってシリウスに視線で助けを求める。


「あ、あの……八雲様、剣帝母様……ハーン殿も困っていますので……」


仲裁に入ろうと試みるシリウスだったが……


「ア~ンッ!お前がこの際ハッキリとすればいいだけだろうがっ!!」


「ホォ~!小僧が余に意見しようとはいい度胸だなぁ?ええ、オイッ!!」


「ヒィイイ―――ッ?!」


三白眼に変わった八雲とイェンリンの迫力にシリウスはトラウマが呼び戻されてチビリそうになる。


「ふたりとも……冗談はそのくらいにしてあげてくださいね?」


そんなふたりの肩を掴み、後ろから影の差した笑顔を浮かべるレギンレイヴに振り返って―――


「あ、ハイ……サーセン……」


「冗談だ!レギンレイヴ!……その顔をしたお前は本気で怒っているからな……」


―――八雲もイェンリンも一気に大人しくなる。


「ま、まあ~冗談は置いておいて、ハーンさんは正直なところ、シリウスと仲良くなりたいって気持ちある?」


「八雲様!俺と仲良くだなんてっ!きっと彼女には迷惑になります!」


シリウスは自分の業をよく分かっているからこそ、自分と仲良くすれば彼女にも迷惑が掛かると理解している。


しかし、そんなエルカミナは―――


「迷惑だなんて思ってませんっ!私は、私の認めた相手ともっとよく知り合いたいって思うのは当たり前だと思うから!/////」


―――シリウスの言葉を打ち消すように声を上げる。


「よかったなシリウス!良い人だよ、この人」


「お前には勿体ないくらいの女ではないか!お前もそう思うであろう?ヨゼフスよ」


そこでシリウスの事を心配してやってきたヨゼフスに問い掛けるイェンリン。


「ヨゼフスって!?……ヨゼフス=ドゥエ・ヴァーミリオン公爵閣下!?し、失礼しました!」


エルカミナもシリウスがルーズラーであること、そしてヨゼフスが父親であることは知っている。


突然現れたシリウスの父親に、思わず恐縮してしまったのだ。


「息子のことを心配してくれて心から感謝する。ありがとう。これからも息子のことをどうか、よろしくお願い出来るだろうか?」


「は、はいぃ!/////」


「ち、父上?!それはハーン殿に迷惑だと―――」


「―――本人が迷惑じゃないって言ってるんだから、お前のことは俺が護る!くらいのこと言ってのけろよ」


シリウスの言葉に被せるようにして八雲が告げると、シリウスも小さくウッと息を止めてそれ以上は反論出来なくなった。


「その……迷惑を掛けると思うが……よろしく」


エルカミナに向かって頭を下げるシリウス。


「ハイッ!―――絶対に迷惑だなんて思わないからっ!/////」


嬉しそうに笑顔で答えるエルカミナ。


「良かったなぁ!ヨゼフス!これで孫の顔もすぐに見られるぞっ!」


「け、剣帝母様!?な、なにをっ!?/////」


「……/////」


イェンリンの煽りで益々顔が赤くなるシリウスとエルカミナ。


そんなふたりを嬉しそうに見つめるヨゼフス。


「ところで……そのシリウスの剣について説明を聴く約束だったはずだが?」


ジト目に変わったイェンリンの視線が八雲を突き刺す。


「分かってるって。それじゃあ此処にいる関係者に先に話しておこうか―――」


八雲がその場にいる者達に先に説明を始めるのだった―――




―――鳳凰剣=『天舞』


『天舞』というのはシリウスがつけた銘であるが、その剣は八雲によって希少鉱石から『創造』によって鍛えられた剣である。




「以前、シュヴァルツのティーグルに戻った時にマダム・ビクトリアを紹介しにティーグルの商人ギルドを訪れたんだけど、その時にギルド代表から良い商売の話しと取引が出来たってことで希少鉱石を譲ってもらったんだ」


「ほう?そのような希少鉱石を譲るということは、そうとう美味しい話を商人ギルドに持ち込んだな?」


「まぁ、その話はまた今度で!それで、その際にもらったのが『鳳凰の卵』って呼ばれている赤い鉱石の塊だった」


「―――えっ?『鳳凰の卵』ですって!?」


そこでエルカミナが真っ先に驚愕する。


「―――知っているのか!エルカミナ!!」


その鉱石のことを知らないイェンリンは少しノリも入りながら驚いたエルカミナに問い掛ける。


「あっ!はい、知っています。鳳凰の卵は名前の通り不死鳥フェニックスの卵のように思われがちですけど、正確には不死鳥の身体の一部が何らかの理由で分離した物が、長い年月の間で鉱石化したものなんです」


「ほう!不死鳥の身体の一部だと?その様な物が存在するとは余も知らなかった」


「収集クエストにはいつも載っていますが、発見出来た冒険者は聞いたことがありません……それに……」


「それに?」


「はい、その、見つかったと言われて取引される物もありますが、殆どが偽物なので……」


「流石は有名な冒険者!!よく知ってるねぇ♪ これも当初は偽物じゃないかって話があると言われながらギルドに出された物だったんだけど、そこの商人ギルドの優秀な鑑定士も本物だってことで買い取っていたし、俺も『鑑定眼』スキルがあるからねぇ。見ればすぐに本物の『鳳凰の卵』だって気がついたんだ」


八雲の説明にエルカミナはなるほどと納得する。


「それで、ちゃんと適正な値段を払って譲ってもらってね。その能力を調べてみたら、所有者が傷ついても『回復』させる力があることが分かった。だったら、これで武器を造れば使う者の身を護ってくれるんじゃないかって思ったのさ」


「だが、その剣は最初、銀色の鉄のような物に覆われた状態ではなかったか?」


『無銘』のロングソードだった時に銀色の表面に覆われていた件をイェンリンは問い掛ける。


「それが、この鳳凰の卵が能力を発揮するには最初にある条件が必要だったんだよ」


「条件?」


「それは―――『所有する者が死に繋がる傷を負うこと』だ」


「……はぁ?つまり剣を持つシリウスが、死ぬほどの怪我を負わなければ能力を発揮しないと?」


「そういうこと。俺だと死に繋がる怪我とかそう簡単に負わないし『回復』の加護もある。そのことは勿論、前もってシリウスにも話してあった。だから、この闘技場コロシアムに関わらず万一のことがあった時のお守りのつもりでもあったんだよ。でもそれがあんな自律して攻撃するピットみたいな能力まで備えているとは知らなかったよ」


八雲が言っているのは孔雀の羽根のような模様で浮遊して援護していた能力のことだ。


「そういうことだったのか……しかし、結果としてシリウスはこれで不死身になったということでいいのか?」


「どこまでが不死身でいられるのかは俺にも分からない。もしかしたら首を斬られたら死ぬかも知れないし。少なくとも、あの脇腹の傷くらいなら治るってことは分かっているけど」


「ふむ……おい!シリウス!!」


「は、はい!剣帝母様!!」


イェンリンに膝をついて礼をするシリウス。


「お前の身体はその剣の加護で傷が癒えるようになったとしても、どこまでその効果があるのか分からん。故に、身体には充分に気をつけよ。お前のことを心配に思う者が、つい先ほどひとり増えたのだからな」


そう言って優しい瞳で諭すように告げるイェンリンの言葉に、エルカミナの顔を一瞥した後シリウスは深々と頭を下げて、


「はい!承知いたしました」


イェンリンの言葉を胸に刻むのだった―――






―――それから、二回戦の後半も恙無く進み、


ついにこの『激闘!!闘技場コロシアム』も準決勝へと進む―――




ベスト4には―――


―――バビロン空中学園 中等部

アマリア=天獅・ライオネル


―――八雲の従者

シリウス=暁


―――ヴァーミリオン皇国軍 将軍

ガレス=トロワ・ヴァーミリオン


―――無名の戦士

ガイスト=フォミナ


―――の以上四名が準決勝へと名を連ねた。




だが、本選も佳境に入ってきた闘技場に怪しい影が差そうとしていることなど、今の八雲には想像も出来ないことだった―――



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