目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第334話 シリウス 対 アマリア

―――インターバルも終了し、これから準決勝が開始される。


『さあっ!―――休憩を挟みまして早速、準決勝第一試合を始めたいと思いまぁ~す!』


闘技場にはすっかり実況の板がついた雪菜の声が響き渡る―――


『それでは!!東門から入場してくるのはぁ~!ご存知!バビロン空中学園中等部から出場したシュヴァルツ皇国エレファン公王領のプリンセス!獅子の心臓ハートを胸に抱き、ここまで勝ち抜いてきました―――アマリア=天獅・ライオネル選手ですっ!!!』


選手入場の紹介で一段と盛り上がる闘技場の歓声。


『続きましては~!西門から現れたこの大会の注目株!!先ほどの二回戦で新たな武器をお披露目した不屈の剣士!―――シリウス=暁選手ですっ!!!』


やはりシリウスには観客からの声援はほとんど起こらない。


「がんばって……」


「でも……どっち?」


「どっちもがんばりゅのっ!」


「どっちもケガちないで……」


エルフのチビッ子四人組も一緒に遊んでもらっているアマリアとシリウスの対決に、どっちも応援したい気持ちで複雑な思いを抱いていた。


そして―――


「……頑張って!」


―――エルカミナも観客席に座ってシリウスの勝利を祈っていた。


そんな中で闘技フィールドの中央まで歩いてきて向かい合ったふたりは―――


「―――手加減はしないぞ、シリウス殿」


「はい、アマリア殿。俺も全力を出し切ります」


よく訓練も一緒にしているだけに、互いの手の内はある程度は把握している。


そんなふたりはお互い笑みを浮かべて試合開始の合図を待っていた―――


―――そこに鳴り響く開始のドラの音に、ふたりの表情は一瞬で引き締まる。




「―――『獅子心臓ライオン・ハート』!!!」


「―――『孤狼魂ウルフ・ガイ』!!!」




獣人族の中でも幾つかの一族に伝わる強靭な心臓を発動するスキルで、その心臓から血液と共に魔力を強制的に全身へと押し流し、更に普段より強靭な身体と力を出すことが出来る『獅子心臓』を発動したアマリア―――


―――『身体強化』 『身体加速』 『思考加速』 『状態異常無効』 『魔術攻撃耐性』が発動し、ステータスの数値が常人と比べて驚異的な各能力の上昇を見せる『孤狼魂』を発動したシリウス。


今ここに『獅子』と『狼』の激突が開始されようとしていた―――






―――お互いに強化系スキルを発動して、一気に前に出るふたり


「ウオォオオ―――ッ!!!」


「ハァアアア―――ッ!!!」


気合いと共にエレファンの国宝武装『獣皇』を振り上げたアマリアと、新たな剣として誕生した鳳凰剣=天舞を握りしめて受けて立つシリウス―――


―――『獣皇』と『天舞』が激突すると同時に鍔迫り合いから互いの闘気が四方に放出され、闘技フィールドの地面が圧によりべコリッとクレーター状に凹んだ。


「グウゥウウ―――ッ!!」


「フゥウウウ―――ッ!!


互いに引かず力比べする様に剣を押し合い、周囲には黄金の闘気と燈色の闘気が撒き散らされていく―――


―――だが鍔迫り合いも長くは続かず、更に押し込んだ瞬間アマリアの前蹴りがシリウスの胴体を狙う。


「―――ッ!!」


そのアマリアのモーションに気がついたシリウスは一旦バックステップで躱して距離を取る―――


「フウッ!!―――」


―――短く息を吐いたシリウスが今度は左右にウルフ・ステップを踏みながら、残像を生み出しつつアマリアに迫り天舞の刃を直線的に突き出した。


「―――甘いっ!!」


如何に加速スキルで強化されていても、直線的な攻撃を目で追えないアマリアではない―――


―――刺突してくる天舞を獣皇で払いながら、その勢いで獣皇を上段に振り上げて一刀両断の勢いでシリウスに振り下ろす。


天舞を振り払われて正面がガラ空きになったシリウスだったが―――


「―――フンッ!!」


―――自らに振り下ろされた獣皇を天舞から出現させた二本の孔雀羽根のピットで受けると、そのピットが破壊されるまでの僅かな時間で身体を逸らしアマリアの剣閃から逃れる。


「ハァハァ……」


ここまでの攻防はふたりの纏う『身体加速』によって、ほとんどの観客には真面に見えていない……


―――そうして再び対峙して睨み合う二人。


『こ、これはぁ!出だしから加速スキルによるとんでもない攻防戦に入りましたアマリア選手とシリウス選手!!殆どの観客にはふたりの異次元の攻防が見えてすらいなかったでしょう!それほどに凄まじい闘いになりましたァアッ!!』


漸く実況する間を掴んだ雪菜は、ここぞとばかりにアナウンスをする。


「……」


「……」


互いに無言で相手の隙を伺うアマリアとシリウス―――


―――先に仕掛けたのはアマリアだった。


「―――『獣皇の雄叫び』!!!」


アマリアの構えた『獣皇』が持つ固有能力の『獣皇の雄叫び』と呼ばれる武器スキルが発動されて、その雄叫びを聞いたシリウスは一時的に恐慌状態にステータスが陥る―――


「クッ!―――鳳凰剣!!!」


―――だが乱された精神は鳳凰剣の『回復』により、すぐに正常なステータスへと引き戻される。


「その剣、精神攻撃にも『回復』が有効なのか!?」


「どうやら、その様です」


シリウスの返事に少しカチン!としたアマリアは獣皇の柄を握り直す。


「下手な小細工はやめた!!やっぱりここは―――力で押し通すっ!!!」


「ッ!!―――受けて立つ!!!」


上段から獣皇を振り下ろすアマリア―――


―――下段から天舞を振り上げるシリウス。


お互いの剣が纏った魔力から噴き出す闘気が激突すると、フィールドにふたりを中心にして亀裂が走る―――


―――そこから押し合わずに次の攻撃、またその次の攻撃と超高速の剣戟を繰り出すアマリアに天舞を振るって襲い来るアマリアの斬撃を追撃し、尚且つ自身もアマリアに向かって攻撃を繰り出すシリウス。


残像のようにブレた姿で互いに一歩も引かない意気込みで打ち合うふたりに、闘技場の観客席からは声も出ない―――


「アァアアア―――ッ!!!」


「ウオォオオ―――ッ!!!」


―――お互いに雄叫びを上げて相手の隙を見逃さないように次の斬撃を連続で繰り出して、その激突の余波で弾けた闘気がお互いの身体に裂傷を走らせて鮮血が飛び散る。


これはもう学園祭の余興という範疇を越えて、命のやり取りと言える真剣勝負の領域に達していた―――






「―――おい八雲……これは少し不味いぞ」


試合を見ているイェンリンが隣の八雲にそう囁く。


「ああ……ふたりとも頭に血が上って本気で、のめり込んでいるな」


八雲もイェンリンの言いたいことは分かっている。


ふたりの衝突が最早いつ相手の命を奪ってもおかしくない威力にまで高まっていることだと。


「……止めなくてよいのか?このままだと……」


その言葉を聴いて不謹慎な話だが八雲は戦闘狂だったイェンリンも変わったな、などと思ってしまった。


「……獅子も狼も、無駄な狩りはしない」


ふたりの剣閃を見つめながら、そう答えるとイェンリンは一瞬目を見開いてから、


「ならば、余も最後まで八雲と見守るとしよう―――」


そう言って闘技場を見つめるのだった―――






―――ふたりの衝突は闘技フィールドを『身体加速』で移動しながら彼方此方で何度も衝突を繰り返す。


『これはこの『激闘!!闘技場コロシアム』で行われた試合の中でも一番と言える激突のオンパレードッ!!!加速スキルでフィールドを処狭しと移動しながら、もう何度ぶつかったのかわからないくらいの激突が繰り広げられていますっ!!!』


雪菜の実況も熱が込められると同時にふたりの無事を祈らずにはいられない状況だった。


「アァアアアァアア―――ッ!!!」


「ガァアアアァアア―――ッ!!!」


―――人の言葉は失われて獣の咆哮のような叫び声を上げながら、それでも目の前の獲物を狩ることに全力を集中するシリウスとアマリア。


その全身は衝突時の弾けた闘気の余波で傷が増えていくが、ここで有利になるのはシリウスだ―――


―――傷ついた途端に鳳凰剣の『回復』の力が発動して、その身体の傷を治していく。


対してアマリアは、傷を治す能力はない―――


―――蓄積されていくダメージゲージで考えれば、まだシリウスの方に分があるのだ。


そんな激突を繰り返していたふたりは漸く一旦距離を取り、両方が肩で呼吸をしていた―――


「ハァハァ……」


「ゴホッ!ハァハァ」


―――肩で息をしながらも相手からは視線を外さないふたりは瞬きすらしない。


「ハァハァ……クソッ!ホントその剣、反則だろ」


「フウゥ……俺も、そう思う」


「随分、アッサリと認めるじゃないか?」


「事実だからな。だが、アマリア殿の剣も凄まじい。鳳凰剣じゃなかったら、また剣を折られて早々に倒れていた」


「フフフッ……やっぱり八雲様の鍛えた剣は最高ってことだな!」


「ああ、その点については、俺も同感だ」


ふたりで同意したことに、フッと笑みが同時に零れる。


しかし、先に視線を鋭く戻したのは―――シリウスだ。


「このままではどちらかが命尽きるまでやり合うことになりそうだ……だが、それは八雲様も誰も望んでいないだろう」


「だったらなんだ?」


シリウスに続いて視線を鋭くするアマリア。


「だったら!!―――これで決めるっ!!!」


そう叫んだシリウスの鳳凰剣=天舞を空に掲げると、立ち昇る燈色の魔力のオーラから、十数枚の孔雀羽根のピットが生み出された。


「ッ!!―――あの女冒険者と戦った時のヤツかっ!!!」


シリウスの周囲を俊敏な動きで飛び回る孔雀羽根型のピットにアマリアの頬に汗が流れる―――


「いくぞォオオ―――ッ!!!」


―――そのピットを引き連れて前に出るシリウス。


「舐めるなァアア―――ッ!!!」


そのシリウスに臆することなく前に踏み出すアマリア―――


―――空中を舞う孔雀羽根がアマリアに襲い掛かっていく。


「ハァアアア―――ッ!!!墜ちろォオオ―――ッ!!!」


獣皇をその孔雀羽根に繰り出し次々と打ち墜としていくものの、その数が多い孔雀羽根の攻撃に体勢を何度も崩され、その隙を見逃さないシリウスが突撃する―――


「獲ったァアア―――ッ!!!」


―――横薙ぎに天舞を走らせるシリウス。


「獲らせるかァアア―――ッ!!!」


その天舞の軌道に獣皇を向けるアマリア―――


しかし―――


「ッ!!―――なっ?!」


―――その獣皇に激突してきた孔雀羽根にアマリアの剣の軌道は大きく逸れてしまい、その獣皇の剣閃の下を潜って空振り状態にさせたシリウスは軌道を修正した天舞を、そのままアマリアの胴体に向けて振り抜いた。


「―――アガァアアゥ!!!」


剣の刃ではなく平面部分で打ち抜かれただけだが『身体強化』で腕力の上がったシリウスが打ち込んだ一撃は、斬られていなくとも何本かの肋骨が一瞬でベキベキと音を立ててへし折れていく―――


―――吹き飛ばされたアマリアは、闘技フィールドの地面を何度も跳ねながら数十mという距離を転がっていった。


ピクリとも動かなくなったアマリアの姿を見て闘技場の観客席はシーンと静まり返り、雪菜ですら息を飲んで止まってしまった。


しかし、それも一瞬のことで雪菜はすぐに正気に戻り―――


「ライオネル選手、意識消失により勝者―――シリウス=暁選手ぅう!!!」


―――シリウスの勝利宣言を告げると、先ほどまで静まり返っていた観客席もすぐにドッと湧き上がる。


シリウスをルーズラーとして嫌う者は数多いが、元々関わりのなかった者達には強い剣士にしか映らない。


もうルーズラーだから、という理由で歓声が上がらないといった雰囲気ではなくなり始めていた―――


そんな歓声の中……


シリウスは倒れたアマリアの傍に近づく。


「ゲホッ……ゴホッ!……ハァハァ……わたしは、負けた、のか?」


意識を取り戻したアマリアが、傍に立つシリウスに向かって問い掛ける。


「今は喋らない方がいい。すぐにレギンレイヴ様が来ます」


シリウスの言った通り、医務室からやってきたレギンレイヴがすぐそこまで走ってきていた。


「おい……シリウス……」


「はい?」


息も絶え絶えにシリウスを睨みながら名前を呼ぶアマリア。


「お前……わたしに、勝っておいて……ハァハァ……優勝……しなかったら、ゴホッ!許さないからな」


苦しそうに顔を歪めながら、伝えたいことを伝えたアマリアは再び意識を失ってしまった。


「……ありがとうございました」


倒れているアマリアに深く頭を下げるシリウス……


そして、レギンレイヴに後を任せて闘技場を去っていくのだった―――






―――八雲が視線を向けると、既に貴賓席からレオンとエミリオの姿はなかった。


「なかなかやるようになったではないか?あのアマリアに勝つとは、余も思っていなかったぞ」


「同じ血族なんだから、そこは信じてやれよ……」


そこで少し呆れて答える八雲に、イェンリンは問い掛ける―――


「ではお前はシリウスが勝つと思っていたのか?」


「いやまったく……むしろなんで勝てたのか不思議だ」


「お前、それ絶対シリウスに言うでないぞ!」


そんなやり取りをしている間に、闘技場は準決勝第二試合へと進もうとしていた―――






―――そして、次に迎えるのは準決勝第二試合


ヴァーミリオン皇国軍 将軍―――

ガレス=トロワ・ヴァーミリオン


無名の戦士―――

ガイスト=フォミナ


―――ガレスと無名の戦士の闘いが始まろうとしている。


その選手入場を見て、ピクリと反応したドクトル・メンフィス。


「あの男……」


観客席の最後尾から見てもガイスト=フォミナという選手の姿は、忘れはしない先日の夜に自分の前に現れた長い黒髪のエルフの長い耳をした銀仮面を被った男だと気づく。


妖気のような気配を漂わせるその男は闘技場に立ち、向かいに対峙するガレスを沈黙しつつ、睨みつけていた……



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?